124手目 キョドちゃん
パシリ
私は初手を指した。7六歩。
キョウドウさんは少し長めの袖をまくって、すぐに応じる。
「3四歩」
んー、どうしましょ。初手合いだから、棋風が分からないのよね。
「6六歩」
私は振り飛車を選択した。様子見しやすいからだ。
「1四歩」
「端歩か……1六歩」
「こ、こうです」
パシリ
振り飛車相手に中飛車? ……微妙。
相振りは中飛車より四間、四間より三間、三間より向かい飛車がベター。
となると、この手は……んー、ちょっと待ってよ。
角が出て2二飛なら、向かい飛車になる。狙いはそこかも。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7五歩ッ!」
私は損にならなさそうなところを突いた。
「このお姉ちゃん、序盤で30秒使い切ってるよ」
ツンツンヘアの女の子が、黒いフリフリドレスの子に耳打ちした。
聞こえとるがな。まったく、最近の中学生は。
「7筋怖いなぁ……4四角」
やっぱり出て来た。これは向かい飛車だ。
7八飛、2二飛、4八玉、2四歩、3八玉、2五歩、6八銀、4二銀。
この子、挙動不審なわりに手つきが鋭い。
「7四歩ッ!」
初手合いのときは先攻大事。怯まずに押す。
「ふわぁああ、攻められちゃいました。同歩」
私は同飛と進めた。キョウドウさんは5三銀とあがる。
……スキがない。棋力的に初段……もっとあるかも。
「7六飛」
私は飛車を撤退させた。
「にぃろく……3三桂」
「2八銀」
「こんどこそ2六歩」
同歩、同飛、2七歩、2一飛。
後手は陣形がバラバラだ。狙いどころになりそうなのは――
「9六歩」
端角で狙う。さすがに7三歩と置いてくるんじゃないかしら。
「うーん……これはむずかしいです……うーん……」
キョウドウさん、お腹を押さえたかっこうで長考。
それを見たツンツンヘアの少女は、
「キョドちゃん、トイレ?」
とからかった。キョウドウさんは顔を赤くする。
「ち、ちがいますよぉ」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「はわわわ、4二金」
時間に追われた? ……それとも、4一玉と逃げるつもり?
この手だけだと、判断がつかない。どちらともとれる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「9七角」
私はひとさしゆびで角をあがった。
キョウドウさんは、また悩む。
「うーん……うーん……」
私のほうは狙いが明確だ。7七桂〜6五桂と跳ねていけばいい。
後手はそのまえに攻めたいはず。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「こ、怖いけどいっちゃいますッ!」
4四角を活かしてきた。これは本命で読んである。
「同歩」
即潰れはない、というのが私の判断だ。
キョウドウさんは、そーッと1七に歩を置いた。
同香、2五桂、7七桂、1八歩(!)
その手があったか……でも、後手は歩切れ。
「7四歩」
こちらも成り込みを狙う。
「取られちゃいませんように……1九歩成」
「同銀」
「ふええぇ……取られた」
あたりまえでしょ。7三歩成、2九と、6三と、2八とは、同玉が1七角成、3八玉、3七桂成、同玉とむき出しになって勝てない。と金は後手が速い。
「そ、それなら1七桂成ッ!」
同桂、同角成に4八玉の早逃げ。
「2七飛成は、なんか弾かれそう……かな……?」
迷うキョウドウさん。私も攻めを読みながら迷う。
4二金が、意外といい味をだしてきた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「えいッ!」
……………………
……………………
…………………
………………
「あッ」
私は前のめりになる――しまった、痛打だ。
飛車は死んでないけど、7五飛も8六飛も角道が遮断されてしまう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8六飛ッ!」
「2七馬」
こ、これはマズい。4九馬、同玉、2九飛成だと終わり。
「5九金左」
金に紐をつける。6九への逃げ道も作る。
「これでいけますかね……1八歩」
冷静すぎィ! もうちょっと中学生らしく、はっちゃけてちょうだい。
「こうなったら攻め合いよッ! 7三歩成ッ!」
同桂、7四歩、7六歩、7三歩成、7七歩成、同銀、1九歩成。
「6三と」
一時的に銀損してるけど、まだ戦える。次に取り返せばイーブンだ。
「と金さん怖いですぅ、6二銀上」
消しにきた。5三と、同銀と交換して、6五桂と追撃する。
私が狙っているのは、バラバラにしてから8五飛と浮く順だ。
「はわわわ、強烈な攻め」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
え? なにこれ? 8五飛で?
……6三歩で止まるかも。2二歩、同飛、3一銀まで決めてから浮きたい。
「2二歩」
私は飛車を叩いた。
同飛(逃げるかと思った)、3一銀、4九馬、同金、2八飛成、3八桂。
だいぶ戻った気がする。
「7五香」
うーん、戻ってない。まだこっちが悪い……待ってよ。
バラバラにするチャンスなのでは?
ああしてこうして――
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8四飛ッ!」
突撃ィ! 同歩、7五角、同銀、4二銀不成、同玉、5三角。
王手銀。駒をだいぶ渡したけど、こっちはすぐには詰まない。
さすがに3二玉と逃げるでしょうから、7五角成と銀を取って、次の一手に3三香と王手をかける。同玉、4五桂と追撃して、4四玉なら5三馬、4五玉、4六金で詰むし、2四玉と逃げたら2六歩と詰めろをかけつつ押さえる(4二馬以下の詰めろ)。
「な、なんだか、たいへんなことになってます。3二玉」
「7五角成」
先手が詰まなければ、なんとかなる。
7八飛には6八金で粘る。
「7九……」
キョウドウさんは、飛車を打ちおろそうとして、すこし迷った。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7八飛」
王手を選択した。私は6八金と受ける。
「一か八かです」
パシリ
飛車を捨てた? ……詰んでる?
7八金、3六桂……いや、5六桂か。5六桂、5九玉、5八銀、同金、同金、同玉、3八龍には、6九玉と引いて耐えているはずだ。以下、6八銀、同銀、同桂成、同金は詰まないし、6八銀に代えて5九金、7九玉、7八龍、同玉、6九角も、8八玉と逃げたかたちが詰まない。やっぱり端が広い。
「7八金」
私は5秒残して飛車を回収した。
5六桂、5九玉、5八銀。
足りないと思うんだけど、手が速い。
「同金」
キョウドウさんは、龍に指をそえた。
「3九龍」
……………………
……………………
…………………
………………
詰んどるがな。4九合駒、5八金、同玉、4九龍以下だ。
「ま、負けました」
「はわわわ、勝っちゃいました」
簡単な詰みを見落としてしまった。ショック。
「ど、どうでしたか? ちゃんと指せてましたか?」
「指せてたんじゃないかな……」
私は苦悶する。完敗、中学生に完敗。
「キョドちゃん、やるぅ!」
「これもまた運命」
うしろのふたり組に褒められて(?)、キョウドウさんは照れた。
「えへへへ、次はだれですか? カオルちゃん?」
「くるみ先輩だね」
「うふふふ」
黒いフリフリドレスの子が出てきた。頭に白いカチューシャをしている。
右手には、つぎはぎのあるウサギの人形を抱えていた。怖い。
「卜部くるみです。よろしくお願いします」
「よ、よろしく」
私は駒をならべなおした。気持ちを整理する。
「じゃんけんぽん」
私がチョキ、ウラベさんがパーで、私の先手。
「何秒がいい?」
「30秒で」
キョウドウさんと同じ選択か――よし、気合いの入れなおし完了。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
ウラベさんがチェスクロを押して、対局開始。
「2六歩」
「変えてきましたね……3四歩」
相掛りは受けないのか。もしかして振り飛車党?
分かんないからとりあえず詰めておきましょう。
変に7六歩と突いて横歩模様になっても困る。
「2五歩」
3三角、7六歩、2二飛。
向かい飛車ッ!?
「どうしました、お姉さん? 最近では普通の向かい飛車ですよ?」
分かってるわよ。だけど、されると心臓に悪い。
それに、対局数が少なくて定跡が30秒じゃ思い出せない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3三角成」
同桂、9六歩、4二銀、9五歩。
こういうのが、あったような、なかったような?
棺桶美濃に閉じ込めておけば、なんとかなるでしょ、多分。
穴熊はバランスが悪いから、してこないはず。
「6二玉」
6八玉、7二玉、7八銀、8二玉。
穴熊かも……まあ、それはそれで。
「7九玉」
ウラベさんは、初めて手をとめた。
中学生特有の早指しをやめる。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ
棺桶美濃を選択――ウラベさんは、すばやくチェスクロを押した。
「なぜ穴熊ではなく美濃を選んだのか、お分かりですか?」
知らんがな(本日2度目)。この子たち、挙動が読めない。
「バランスが悪いからじゃないの?」
私の適当な答えに、ウラベさんはくすりとした。
「いいえ、ちがいます」
「じゃあ、穴熊が嫌いなのね」
「私が美濃を選択したこと……これは、運命なのです」
……………………
……………………
…………………
………………は?
「いったい、なんの話……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「5八金右ッ!」
危なッ! 新手の時間攻めッ!?
「運命をごぞんじないのですか?」
「ウラベさん、あなた中2?」
「中3です」
中2病は、早く卒業しましょうねぇ。今の会話はなかったことにする。
5四歩、4八銀、2一飛、7七桂、5三銀、5九銀。
最後の手は迷った。銀を守備に回すと、攻めるのがむずかしくなるからだ。
とはいえ、このまま固めていけば、先手は守備力でリードできる。
ウラベさんは中学生だから、どこかで我慢できなくなって暴発するという読み。
「8四歩」
目標になりそうな手がきた。8六歩と突き返す。
8三銀、8七銀、7二金、7八金、7四歩、8八玉。
ひたすら固めていく。
7三桂、6六歩、6四銀、6八銀、4二金、6七銀。
「立派な銀冠です」
いえいえ、それほどでも。
「本局の運命、先輩とふたりで見に行きましょう。5五銀」
場所:藤花女学園の視聴覚室
先手:裏見 香子
後手:姜堂 倫子
戦型:先手三間飛車vs後手向かい飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △1四歩 ▲1六歩 △5四歩
▲7五歩 △4四角 ▲7八飛 △2二飛 ▲4八玉 △2四歩
▲3八玉 △2五歩 ▲6八銀 △4二銀 ▲7四歩 △同 歩
▲同 飛 △5三銀 ▲7六飛 △3三桂 ▲2八銀 △2六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲2七歩 △2一飛 ▲9六歩 △4二金
▲9七角 △1五歩 ▲同 歩 △1七歩 ▲同 香 △2五桂
▲7七桂 △1八歩 ▲7四歩 △1九歩成 ▲同 銀 △1七桂成
▲同 桂 △同角成 ▲4八玉 △8四桂 ▲8六飛 △2七馬
▲5九金左 △1八歩 ▲7三歩成 △同 桂 ▲7四歩 △7六歩
▲7三歩成 △7七歩成 ▲同 銀 △1九歩成 ▲6三と △6二銀上
▲5三と △同 銀 ▲6五桂 △6四銀 ▲2二歩 △同 飛
▲3一銀 △4九馬 ▲同 金 △2八飛成 ▲3八桂 △7五香
▲8四飛 △同 歩 ▲7五角 △同 銀 ▲4二銀不成△同 玉
▲5三角 △3二玉 ▲7五角成 △7八飛 ▲6八金 △6七金
▲7八金 △5六桂 ▲5九玉 △5八銀 ▲同 金 △3九龍
まで90手で姜堂の勝ち




