表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第12局 香子ちゃん、ボランティアに勤しむ(2015年5月23日土曜)
135/682

123手目 よっしーのお願いごと

※ここからは香子ちゃん視点です。

 ここは駒桜こまざくら市内の喫茶店。

 私は同級生の横溝よこみぞ良枝よしえちゃんこと、よっしーにメールで呼び出されていた。

 将棋関係者のMINEで声をかけなかったところが、いかにもあやしい。

 場所も八一やいちじゃないし――とりあえずコーヒーを飲んで待機。

「あのね……来週の土曜日、空いてる……?」

 よっしーは、ようやく話を切り出した。

 私はスケジュールを脳内で確認する。

「空いてるわよ」

「ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

 やっぱりね。なんとなく察していた。

 よっしーはもじもじしながら、小声で説明をする。

 それを聴き終えた私は、コーヒーカップを置いてひとこと、

「ボランティア? この時期に?」

 と尋ね返した。

「うん……ダメかな……?」

「ダメっていうか、私たち3年生よ? そんな時間なくない?」

 そもそも、よっしーがボランティアしていたなんて、初めて知った。

 どんなことをしているのか、私はとりあえず尋ねてみた。

「まだなにもしてない……」

「だったら、受験が終わったあとでよくない?」

「AO入試にボランティアを書く欄があるの……」

 あッ――完全にお察し。

「そこが空欄になるとマズい……ってこと?」

「うん……」

「そういうのって、継続的にやってないとダメって聞いたけど?」

音無おとなし先生に相談したら、『1回でもいいからやっときなさい』だって……」

「音無先生が絡んでるなら、藤女ふじじょの内部で頼んだほうがよくない? 藤女って、そういうのに熱心だって聞いてるけど? 手話サークルとかなかった?」

「あるけど、資格系は面接でバレるから……将棋がいい……」

 ああ、なるほど、将棋でボランティアしてたことにするのか。

 どうも感心しないわね。とはいえ、付き合いもある。

「具体的には?」

「女子中学生に将棋を教える……っていうのはどうかな……?」

「もうちょっと詳しく」

 よっしーはしどろもどろになりながら、説明を始めた。最近、女性の将棋人口が増えていること。その普及に貢献するという名目なこと。学内や同級生だとインパクトがないから、駒桜市内の女子中学生を集めて教えるというプランなこと。

 私は途中で口を挟んだ。

「規模が大きすぎると思うわ」

「中学の将棋部に入ってるメンバーは、どうかな……MINEで繋がりあるし……」

「将棋部の女子に教えて、どうするの? 普及になってなくない?」

「書類を埋めるだけだから……だれが参加したかなんて分かんないし……」

 単なる受験テクニックじゃないですか。なんだか気が進まないわね。

 私はAO入試を考えてないというか、志望校にないからメリットもない。

 遠回しに断りましょう。

「サーヤに頼むのは?」

「もちろん、涼子りょうこちゃんに最初に頼んだんだけど……」

 

  ○

   。

    .


【回想シーン(於:藤花女学園・校門前)】


「涼子ちゃん……ちょっといいかな……」

 なんかスマホで読んでるけど、少女漫画だからいいよね。多分。

 涼子ちゃんは画面から顔をあげた。

「どうしたの、よっしー? 暗い顔しちゃって?」

「じつはかくかくしかじか……」

「ボランティア? そんなのやらなくても大丈夫でしょ」

「涼子ちゃんは部活の推薦があるからいいけど、私はないから……」

 涼子ちゃんはタメ息をついて、竹刀バッグを担ぎなおした。

「土曜日は空いてるから大丈夫よ。何時集合?」

「できれば、お昼を済ませてから……」

「おーい、涼子ちゃん」

 あれ? 蔵持くらもちくん? なんで?

「やだ、冬馬とうま、校門のまえで出会ったら噂になっちゃうでしょ/////」

「なんの?」

「とぼけちゃって」

 涼子ちゃんの強烈な肩たたき。蔵持くん、前のめりに。

「いたたた……ところで、今週の土曜日空いてる?」

「空いてるわよ」

 え……さっきの約束は?

「よかった。剣道教室の人手が足りないんだ。手伝ってくれる?」

「もちろんッ!」

「じゃ、朝の9時に駒桜スポーツセンターで」

 

  ○

   。

    .


 あのさぁ……私はテーブルに頬杖ほおづえをついた。しょうもない。

「ま、その状況のサーヤじゃムリよね」

「恋は盲目……」

 そういう問題かしら。約束は守らないとダメでしょ。

「ポーンさんは? 外国人にも教えた実績ができて、一石二鳥じゃない?」

「ポーンさんはね……」

 

  ○

   。

    .


【回想シーン(於:藤花女学園・将棋部部室)】


「この手は、こうすればいいんじゃないかな?」

「さすがはHerrサエキ! すばらしい手ですわッ! Wunderbar!!」

 うわぁ……タイミングが悪かったかな。

 清心せいしんと合同練習してるなんて聞いてない。

「あの……ポーンさん……ちょっといいかな……?」

「Aha、Frauヨコミゾ、いかがなされました?」

「じつはかくかくしかじか……」

「Dazu kann ich beitragen!! ボランティアは、淑女のたしな……」

「横溝先輩、すこしいいですか?」

 え? なんで佐伯さえきくんが割り込んでくるの?

「もしかして、手伝って……」

「ボランティアというのは、自発的にしてこそ意味のあるものです。大学受験で有利になるからという不純な動機は、いかがかと思います」

「え……それは……」

「ポーンさんも、そう思うだろう?」

「He? ……そ、そうですわ、Herrサエキのおっしゃる通りですッ!」

 裏切られた。悲しい。

 

  ○

   。

    .


「あの子、マジメくんだからしょうがないわよね」

「というわけで、彼氏いない同士、がんばろうね……」

 はいはい……ん? 今なんて言った?

 

  ○

   。

    .


 引き受けたのはいいけれど……私は会場でふたたびタメ息をついた。

 目の前には、藤女の制服を着たツインテールの少女と、どうみても美少年にしか見えないヅカ系の少女がひとりずつ。内木うちきさんとつかくんだ。

「裏見先輩、おはようございます」

「Bon matin」

「おはよ……あなたたち、この指導受ける意味あるの?」

「ありません」

「ないです」

 ですよねぇ。てきとうに集めすぎでしょ。なんで市内最強クラスを呼ぶかな。

「ごめんね……もういろいろ思いつかなくて、知ってる中学生全員に声かけた……」

 そのおかげか、わりと盛況。

 藤女の視聴覚室がいっぱいになっていた。

「全体の棋力は、どんな感じ?」

「ぜんぜん知らない子もいるみたい……」

「ってことは、ルールを教えるグループ、初級者に詰め将棋を解かせるグループ、本格的に対局指導するグループに分けたほうがいいかな。となると……」

 私は内木さんと塚さんに向きなおる。

「ふたりとも、手伝いなさい」

 イヤな顔をされるかと思いきや、そうでもなかった。

「内木さん、ずいぶんとおとなしいわね」

「先輩から『土曜日、空いてる?』って言われたら、雑用しかないですよね?」

 テラ社会人ッ!?

「ボクもこういうのはけっこうお呼ばれしているので、問題ありません」

 あらあら、塚くん……じゃなかった、塚さん、なんだか頼もしい。

「じゃあ、私がルールの説明、塚さんが詰め将棋、内木さんが指導対局でいいかしら?」

「中学生が指導対局するのですか?」

 内木さんの反論。ごもっとも。

「内木さんは、なにをやりたいの?」

「地元のイベントではルール解説をよくやっています」

「はいはい、ルール解説がしたいのね。だったら……よっしーが指導対局?」

「私……指導できるほど棋力ない……」

 よっしー、指導対局はイヤな模様。

「先輩は、ボクと一緒に詰め将棋を解説しましょう」

 塚さんの提案――それがいいかな。よっしーは人前だと引いちゃうタイプだから、だれかと組んだほうがいい。詰め将棋はひとりで解説すると、ひとりごとに聞こえちゃう。

「あれ? もしかして私が指導対局?」

「県大会優勝経験者と指したいひとは、多いと思いますよ」

 内木さんのコメントに、私は照れた。

「いやぁ、そうかしら。だったら、この分担でいきましょう」


 うらうらうらうらうらうらうらうらうらうらうらぁ!

 

「先輩、なにやってるんですかッ!?」

 ルール解説の大盤から、内木さんがすっとんできた。

「なにって指導対局よ」

 ただいま5連勝中。絶好調。

「平手でぼこぼこにする指導対局がどこにあるんですか。もっと大人になってください」

「いや、そこは県大会優勝経験者の実力を……」

 内木さんは肩をすくめて、左手を自分の後頭部にあてた。

「強いなぁ、お姉さん負けちゃった……くらい言えないんですか?」

 あのさぁ、接待将棋じゃないんだから。

 なんですか、その媚びを売ったような笑顔は。

「指導対局で手抜いたら失礼でしょ。ここのグループは、そこそこ指せるんだし」

「せめて駒落ちをですね……」

「すみませーん、次の対局は何分からですか?」

 ふりかえると、3人の少女がこちらに目を向けていた。

 ひとりは、ちょっと質の堅そうなツンツンヘア。元気がよさそう。

 もうひとりはジト目で黒いふりふりのドレスを着ていた。

 最後のひとりは、なんか落ち着かずにそわそわしてるソバージュの子。

「すみません、指導対局ってもう終わりですか?」

 ツンツンヘアの子が、もういちどたずねた。

 運営で揉めてたとは言えないので、休憩中だと答えた。

「もうすぐ再開するわ。ちょっとだけ待ってて」

 3人の少女は、雑談を始めた。

 私は内木さんに向きなおる。

「べつに苦情は出てないし、このペースでいいでしょ?」

「それもそうですね……そうだ、私とひとつ賭けをしませんか?」

 はぁ? なんでそういう流れになるかな。論破されたのが悔しいとみました。

「ギャンブルはダメよ」

「裏見先輩、将棋部に入ったきっかけがギャンブルだって聞いてますけど」

 うッ……なぜそれを。だれかがペラペラしゃべってるわね。

「まあ、食事をおごるくらいなら……」

「そのつもりです。『さっきの3人に3連敗したらおごる』は、いかがですか?」

 ……舐めてるわね。

「オッケー、3連敗したら杉屋すぎやで牛丼をおごるわ」

「大盛ですよ」

 大盛だろうが特盛だろうがメガ盛りだろうが、なんでもOK。

 ねぎだく、つゆだく、卵、追加の肉皿もつけてあげましょう。

 私はパンと手をたたいた。

「それでは再開します」

 3人に順番を決めてもらう。

「キョドちゃんでいいよ」

「ふえぇん、わたしですかぁ……」

「さっきじゃんけんで決めたじゃん」

 おどおどしてる子が前に出た。椅子に座って、駒を並べなおす。

「きょ、姜堂きょうどうです。よろしくお願いします」

 自己紹介がちゃんとできて偉い――けど、漢字が分からん。

 それに、なんだか落ち着きがないわね。駒の位置を執拗に調整している。

「よ、よろしくお願いします」

「よろしく。持ち時間は、どうしたい?」

 棋力も好みもバラバラだから、10秒、30秒、60秒で選択できる。

「さ、30秒でお願いします」

「了解。じゃんけん」

 ぽんで、私の先手。

「それじゃ、よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 キョウドウさんはぺこりと頭をさげて、チェスクロを押した。

「キョドちゃん、がんばれぇッ!」

 おっと、敵陣営には応援団あり。張り切っていきましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ