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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第11局 アイドル棋士、内木レモン、参上!(2015年5月22日金曜)
133/682

121手目 将棋仮面との出会い

「おはようございます」

 私の名前は内木(うちき)檸檬(れもん)。中学3年生。

 H県のローカルアイドル事務所に所属中。

 売りは……将棋が指せること、かな。

「レモンちゃん、おはよう」

 眼鏡をかけたマネージャーさんに挨拶される。私の担当者さん。いいひとなんだけど、押しが弱いところが難点。でも、今回はがんばってくれたみたい。まさかのテレビ出演なのだから。関西のローカル局とはいえ、これまでの仕事とはひと味ちがう。アピールするチャンスだ。

「楽屋は、さっき言った場所だから」

「分かりました。さきに行って待ってます」

 私は、煌煌(こうこう)と灯りのともった廊下を、まっすぐに進む。

 左右には、出演者の名前が入ったネームプレート。空き部屋もあった。もう夜の10時過ぎだし、深夜枠のひとしか残っていないのだろう。

 やっぱり、マイナーなひとしかいないのかな。そう思ったとき、廊下の奥で声がした。複数の男子だ。かなり若い。あらかじめよけておこうと思い、私は右にそれた。すると、曲がり角から、信じられない面子が現れた……人気アイドルグループ、テンペスト。5人組の歌って踊れる、メジャー少年ユニットだった。

 先頭に立っていた薄栗毛色の髪をした男子は、ポケットに手を入れたまま、めんどくさそうな顔をしていた。彼がリーダーの結城(ゆうき)くんであることは、すぐに分かった。

「マネージャーも、こんな地方局に仕事入れるなよなあ……」

 すると、となりのちょっとおどけた男子が、

「まあまあ、俺たちも、まだ一流ってわけじゃないんだからさ」

 と、なだめた。

「そりゃ分かってるけど……おっと」

 結城くんは、私の存在に気づいて、にっこりと笑った。

「こんばんは」

「こ、こんばんは」

 挨拶しただけのようで、5人組は私の横をスッと通り抜けた。

 と思いきや、一番うしろをひとりで歩いていた、黒髪の男子と目があった。

 若干ヒール役で有名な、葉隠(はがくれ)というひとだった。高校2年生だったはず。

 白いTシャツ、黒のジャケットに、履き古したジーパンという格好。

 サイドバングショートのしたには、鋭いまなざし。私を値踏みしているかのようだ。

「あの……なにか?」

「いや」

 葉隠さんは、プイッとまえを向いて、そのまま立ち去った。

 なんか、失礼なことでもした? 不安になる。

 とりあえず、気合いを入れ直して、楽屋へ。案の定、大部屋だった。なかに入ると、すこし古めのソファーが3つ、コの字型にならんでいた。中央に背の低いテーブル。そのさきには、テレビが一台。ほかにはだれもいなくて、テレビもオフになっていた。

 ずいぶん殺風景ね。私は室内を見回す……あら。

「将棋盤があるじゃない」

 おそらくは、待ち時間に遊ぶためだろう。将棋盤と囲碁盤がおいてあった。

 今日は名人戦2日目。もう対局は終わっていると思う。

 私は将棋盤をとりだして、棋譜を並べることにした。


挿絵(By みてみん)


 (第73期名人戦第4局 先手:羽生(はぶ)善治(よしはる) 後手:行方(なめかた)尚史(ひさし)


 ……むずかしいわね。圧倒的に先手持ちなんだけど、決め手が分からない。

 私は1分ほど考えて、1三馬を予想した。

 スマホでチェックしかけたとき、楽屋のドアがあいた。

「あ、マネージャー、おそ……」

 振り向いた私は、びっくりしてソファーにつんのめった。

「は、葉隠さん……?」

 ドアのところに立っていたのは、テンペストの葉隠さんだった。

 葉隠さんも、私の存在におどろいたような顔をしていた。

「なんだ、先客か」

「あの……なにか御用ですか?」

 私の質問に、葉隠さんは一瞬だけ詰まった。

「楽屋のテレビが壊れてて……いや、なんでもない」

「いえ、私は観てませんから」

 私は、なんだか慌ててしまった。自分のほうが邪魔をしている気分になる。

 アイドルの上下関係というやつだろうか。

 私があまりにも強くすすめたものだから、葉隠さんは断りにくくなったようだ。

 ソファーに腰をおろして、テレビのスイッチを入れた。

 チャンネルをころころ変える。その仕草に、私はすこし首をかしげた。グループ用の楽屋から、わざわざ大部屋に移動したのだ。観たい番組があるんじゃないだろうか。それとも、よっぽどのテレビ好き? ……そういう雰囲気でもない。今は深夜ニュースに固定して、それをつまらなさそうに眺めていた。

 あんまりじろじろみるのは失礼かと思って、私は将棋に集中した。1三馬と取る。


挿絵(By みてみん)


 さて……後手は3六と、でしょうね。スマホで確認。正解。

 問題は、この局面だ。右辺を放置して、2六と、3五金、同龍、同馬、同玉の展開は、さすがにありえない。これでもまだ先手勝ちかもしれないけれど、リスクがある。

 私は、入玉をとめる手を考えた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 視線を感じて、私は顔をあげた。

 葉隠さんは、将棋盤をじっとみつめて、

「なにをしてるんだ?」

 と尋ねてきた。

「将棋です」

「将棋ね……趣味?」

 私は、そうだ、と答えつつ、自分のウリでもあるとつけくわえた。

 葉隠さんは、「へぇ」と言って、

「そういうのは、やめておくんだな」

 と、小声で……だけど、はっきりした口調で告げた。

 私は聞き間違いかと思い、眉をひそめた。

「やめる、というのは?」

「マイナーなものは、極めてもマイナーだ。個性をつけるのは勝手だが、メジャー路線を目指したいなら、そういうキャラ付けは、やめたほうがいい」

「キャラ付けじゃありません。私は将棋が好きですし、公式大会にも出てます」

「だったら、なおさらやめておけ。イメージは大事だ」

 有無を言わさぬ口調で、私はムッとした。

 盤面にむきなおる。将棋は、こういう負の感情も忘れさせてくれるから。

 持ち駒をパシパシやっていると、香車がテーブルから滑り落ちた。

 カラカラと床に転がって、葉隠さんの足もとにむかう。

「すみません」

 私が身をのりだすより早く、葉隠さんは駒をひろって、盤面に打ち付けた。

 

 パシーン

 

挿絵(By みてみん)


「あ、ありがとうございます」

 私は駒台に香車をもどそうと、指を伸ばした。

 そして、動きをとめた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 この香車……いい手だ……同龍とはできないし、2六とともできない。同となら、3五銀か3五馬から、入玉を完全に阻止できる。だから、この香車は放置せざるをえない……3六香のまえに、なにか手を作らないと……。

 考え込む私のまえで、葉隠さんは席を立った。

「あの……この手は……」

「手? 俺はボードのうえにおいただけだぞ」

 葉隠さんは、出口にむかう。去り際に、ちらりとこちらを振り返った。

「アイドルはイメージが命だ。それだけは覚えておけ」

 バタンとドアが閉まり、私はしばらくのあいだ、身動きがとれなかった。

 

  ○

   。

    .


「ハーイ、今夜もやってまいりました、アイドル登竜門のコーナーです!」

 蝶ネクタイ丸顔の司会者が、マイクを片手に登場する。

「今夜も、新進気鋭のアイドルふたりをお呼びして、ガチンコバトルをしてもらいます。まずは、H県で活躍中の将棋アイドル、内木レモンちゃんでーす」

 私はサイドから登場して、ぺこりと頭をさげる。カメラに笑顔。

「こんばんは、内木レモンです」

「レモンちゃんは、将棋アイドルなんだよね? 強いの?」

 まったく経歴を調べられていないようだ。

 まあ、しょうがない。

「将棋倶楽部24というサイトで、3段です」

「段ってことは、黒帯?」

「ええ……そのくらいです」

 これは困った。司会のひと、全然分かっていない。

「さあ、黒帯のレモンちゃんと戦うのは、このひと、夜ノ(よるの)伊吹(いぶき)ちゃんでーす」

 前髪ぱっつんショートの、右目に眼帯をした少女があらわれた。

 ひらひらの黒いスカートに、白の制服、赤いネクタイ。

 TKY13のレギュラーメンバーだ。西洋風のモンスターに仮装したグループで、私よりもずっと有名なアイドル。同世代。眼帯もキャラ付け。

「こんばんは、伊吹でーす」

 伊吹さんは、カメラにむかって手を振った。

「伊吹ちゃんは、2回目の登場かな?」

「はい。前回は、アクセサリー鑑定で勝たせていただきました」

「そんな伊吹ちゃんとレモンちゃんが挑むテーマは、こちらです!」


 【将棋】


「なんと、レモンちゃんの得意分野なんだよね。伊吹ちゃん、大丈夫?」

「1ヶ月ほど練習してきました」

 1ヶ月? ……将棋を舐めてるわね。

「頼もしいなあ。ルールは、えーと、ちょっと待ってください」

 うしろに、パネルが表示される。

 

 【ルール】

 ・男女ペアマッチ

 ・1手10秒

 

 え……? 男女ペアマッチ? 聞いていない。相方は、だれ?

「それでは、会場にいる男性エキストラのなかから、抽選で相方を選んでもらいます」

 ええッ!? 私は驚愕した。めちゃくちゃだ。

「あの……将棋のルールを知らないひとが当たったときは、どうなるんですか?」

「あ、大丈夫、大丈夫。今日の男性エキストラは、将棋強いひとばかりだから」

 ホッとする。どうやら、事前に選別があったようだ。

 エキストラ募集のときに、棋力を確認したのだろう。

「それでは、抽選をしまーす。番号札は、もう配られてますね?」

 男性エキストラたちが、一斉に番号札をあげた。

「はい、それでは、伊吹ちゃんから引いてください」

 スタッフが、即席の箱を持ち出してきた。伊吹さんは、細い手をつっこむ。

 そして、1枚のカードを引いた。司会のおじさんは、番号を確認する。

「7番!」

 スッと、客席で腰をあげたひとがいた。

「あっしでやんす」

 奇妙な、若干ふざけたような返事がかえってきた。

 江戸茶色の着物をきた若い少年が、扇子をひらひらさせながら、ステージにあがる。

 ふんわりとしたソフトウェーブの髪型。顔は、2枚目っぽい3枚目だった。

 少年は、伊吹さんのとなりに立つ。司会は、彼にマイクをむけた。

「和服とは、変わってるねえ」

「職業服でやんすからね」

 職業服? ……日本舞踊? いや、むしろ噺家(はなしか)っぽい。

「お名前は? プライバシーだから、匿名でもいいですよ」

我孫子(あびこ)でやんす」

「将棋は、どれくらい強いの?」

 アビコと名乗った少年は、扇子を閉じて、口もとにあてた。

「そうでやんすねぇ……初段くらいでしょうか」

「じゃあ、黒帯なんだ」

「黒は黒でも、黒星の黒でやんすよ」

 アビコくんはニタニタと笑って、自分の頭を扇子でたたいた。

 一方、私は彼の返事に、違和感をおぼえた。

 今の言い方は……段位を低く言った気配だ。用心したい。

「次は、レモンちゃんが引いてね」

 スタッフが、べつの箱を持ってきた。

 なんで、べつの箱? ……ま、いっか。1枚引いて、司会に渡す。

「21番!」

 スタジオの隅で、ひとりの……え?

 会場がざわつく。

「なに、あれ?」

御面(おめん)ライダーじゃないか?」

 有名な特撮の仮面をつけた……男性? 男のひとが、こちらに歩いてくる。

 上下が黒のジャージで、スポーツシューズを履いていた。

 私は、イヤな予感がする。司会もきょどっている。

 だけど、さすがはプロだ。すぐさま営業スマイルにもどった。

「きみも変わってるねぇ。お名前は?」

「将棋仮面」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 えぇ……どうしよう……引きなおしたい……。

「お面は、はずしてくれないの?」

「職業服なので」

「そ、そっか……将棋は、強い?」

「まあまあ」

 声がくぐもっているうえに、わざと作っているように聞こえた。

 司会のひとは、おいしいシチュエーションだと思ったらしい。満面の笑みだ。

「さあ、伊吹ちゃんと和服のお兄さん、レモンちゃんと将棋仮面のペアで、登竜門!」

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