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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
13/682

11手目 我が輩は猫である

 手早く着替えた私は、ポニーテールを結ぶ間もなく、ベランダから庭へ降りた。潮風に吹かれながら、浜辺のほうへむかう。大きな月が天空に掛かって、まるで夢のなかにいるようだった。大谷おおたにさんを先頭に闇のなかを急ぐと、潮騒しおさいの音が聞こえた。あとすこしで浜辺というところで、私たちは足をとめる。

「ねぇ、だれもいな……ん?」

 防波堤のうえに、すらっとした人影がみえた。

 まさか、そんな――私が目を凝らす暇もなく、人影は月を背に振り返った。

 黒いレオタードを身にまとい、ショートカットの頭から、猫耳が生えている。流線型のアイマスクのむこうで、猫のように目がきらりと光った。

「怪盗キャット・アイ、参上」

 変態だーッ! 叫びかけた私の口を、神崎かんざきさんが塞いだ。

 先頭を走っていた大谷さんは、レオタードの女と対峙する。

「物の怪が、姿を現しましたね」

「自己紹介を聞いてなかったの? 我が輩は、キャット・アイ。怪盗だ」

 なにが怪盗よ。ただの変態でしょ。

 一人称が「我が輩」なのも意味不明だ。夏目漱石かなにか?

 私が内心突っ込みを入れていると、キャット・アイと目が合った。

 こっちも驚いたけど、キャット・アイも大いに驚く。

「ニャ……おまえは……」

「な、なによ?」

 キャット・アイは表情をもどして、ニャハハと笑った。

「あまりにも変な顔で、我が輩、驚いてしまった」

 はあ?

「あのね、これでも言い寄られるくらいモテるのよ」

「なんだ、それは。拙者たちへの当てつけか」

「裏見さんは煩悩にまみれておいでで」

 味方から攻撃された? なんで?

「ニャッハッハ、足並みがそろってないじゃないか」

 私たちはキャット・アイに、ここでなにをしているのか尋ねた。すると、キャット・アイは足もとからビニール袋を拾いあげて、それを掲げてみせた。

「ちょいとお腹が空いてね。夜食をいただいた」

「夜食?」

「そこに干されていた魚を失敬した」

 私は、キャット・アイの目線を追った。そこは、桂太のおじいちゃんが、釣った魚を干しておく場所だった。私たちは、猛抗議する。

「ちょっとッ! なに勝手に盗んでるのッ!」

「人間だって、勝手に海から魚を盗んでるだろう」

 自分が人間じゃないみたいな発言で、私は当惑した。

 ほんとに化け猫? ……いやいや、空気に飲まれちゃダメ。化け猫なんていない。

「とにかく、魚を返しなさいッ!」

「まあまあ、そう怒るな。無条件で、とは言わない。我が輩と将棋を指そう」

 えぇ……どういうこと。

 混乱する私をよそに、神崎さんがまえに出た。

「望むところだ。拙者が受けて立とう」

 指す気マンマンの神崎さんを、大谷さんが制する。

「いえ、ここは拙僧が」

「ひぃちゃんの手を煩わせることもあるまい」

 大谷さんは小声で、逃げ道を塞いでくださいと指示した。

 神崎さんは、無言で首を縦に振る。

「わ、私は?」

裏見うらみさんは、そこで秒読みをしてください」

 ちょ、また? 私は神崎さんから、蛍光の腕時計を受け取った。

 一方、大谷さんはキャット・アイのそばへ近寄り、防波堤に跳び乗った。

 華麗に着地して、彼女は右手を前に出す。

「化け猫さん、いざ、尋常に勝負」

「30秒将棋ね。先後は、どうやって決める?」

「先手はゆずります」

 ニャッハッハと、キャット・アイは笑った。

 この女、キャラ作りがさっきから細かい。

「舐めてると、痛い目をみるよ……2六歩」

 キャット・アイは譲り返さないで、いきなり初手を告げた。

「猫さんは、居飛車党ですか……3四歩」

 2五歩、3三角、7六歩、4二銀、4八銀、3二金、7八金、7二銀。

「4六歩」

「6四歩」


挿絵(By みてみん)


 変則的な出だしではあるけれど……角換わりになりそう。

 4七銀、6三銀、6八銀。

「このタイミングですね。8八角成」

「同金」

 大谷さんは、先手の形を崩した。壁金だ。ポイントを稼いだ模様。

 3三銀、6九玉、5四銀、7九玉、4二玉、7八金。

 キャット・アイは、壁金を解消する。

 それにしても、普通に将棋を指せるっぽい。どういう怪盗なの。

 ただの変態さんではないようだ。

 5二金、1六歩、9四歩、9六歩、6五歩。


挿絵(By みてみん)


 大谷さん、積極的。ここから6二飛の予定だろう。

「ンー、攻め将棋か……5六銀」

「6二飛」

 予想が当たる。キャット・アイは両腕を組み、右の靴底を鳴らしてリズムを取る。

「しばらくは受けようかね。5八金」

 7四歩、3六歩、3一玉、3七桂。

 ここで大谷さんは、6四角と打つ。4七金を強要してから、4四歩、7七銀、7三桂。

 キャット・アイ、初めての長考。

「……20秒、1、2、3」

「8六角」


挿絵(By みてみん)


 ん? これは?

 大谷さんも、一瞬では手の狙いがみえなかったのか、小考した。

「……20秒、1、2、3、4、5、6」

「同角」

 同銀、6四角と進む。8六角の狙いは、未だにみえてこない。

「攻めて来ないんだね。じゃあ、我が輩から攻めるよ。2四歩」

 開戦。キャット・アイが先攻した。

「同歩」

「7五歩」


挿絵(By みてみん)


 ……あッ、これが8六角の狙いか。手損なしに銀を出たわけだ。

 大谷さん、月明かりのもとで、やや険しい表情。

「やりますね……同歩」

 キャット・アイは、7四角と打ち込む。

 8二飛、5二角成、同飛、7四金。角金交換からの、金角交換に持ち込んだ。

 8六角の時点でこの構想を抱いていたとしたら、かなりの腕前だ。

 私には全然見えていなかった。

「せめて形を崩します。5五角」

 同銀、同銀(銀角交換)、7三金(駒損拡大)。

 先手は金がそっぽだから、まだまだ。

「6六歩」


挿絵(By みてみん)


 大谷さんも攻勢に転じた。

 キャット・アイは空に向かって両腕をひろげ、気取ったように右膝を折り曲げた。

「ウーン、普段は偉そうな人間様を手玉に取るって、最高。同歩」

 6七歩、2三歩、3五歩、6三金、9二飛、5三金、5二歩。

「すり込んで行くよ。4三桂」

 これは取れない。大谷さんは、4一玉と逃げた。

「7三角」


挿絵(By みてみん)


「つ・め・ろだニャー」

「くッ……」

 まさかの、5三歩と取れない展開になってしまった。

「ひぃちゃん、がんばれ。拙者がついているぞ」

 神崎さんの声援。私も応援する。

 すると、キャット・アイがこちらを睨んだ。

「ちょっと、20秒過ぎたんじゃないの?」

 あ、しまった。秒読みを忘れてた。

「ま、いっか。おまけで10秒あげる」

 キャット・アイは、余裕をみせる。私はちゃんと時計を確認した。

「1、2、3、4、5、6、7」

「2三金」

 大谷さんは、脱出経路を作った。

「5四金」

 キャット・アイは5五の銀を取らずに、金を逃げた。これも冷静な一手だ。

 3六歩、5五角成、3七歩成、同金。

「7六桂です!」


挿絵(By みてみん)


 ん? 意外と食らいついてる?

 キャット・アイは、こめかみに指を添えて、小考に沈んだ。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「6七金」

 3六歩、同金、6八歩。大谷さんは手順を尽くす。

「なるほどね、4七角が詰めろになるって寸法か。じゃあ、7六金」

 大谷さんは、それでも4七角と突っ込む。

 6八玉、3六角成。

「7五銀」


挿絵(By みてみん)


「これで我が輩の王様は捕まらない」

「……」

 秒読み係の私からみても、かなりつらいかたちになった。

「1、2、3、4、5、6、7、8、9」

「3七銀」

 キャット・アイは、ノータイムで2九飛。

 以下、4六銀不成、6四馬、5三歩、1五桂。


挿絵(By みてみん)


 緩急自在。左右の使い分けも絶妙。

 この猫耳女、いったい何者?

「1、2、3」

「5四馬」

 同馬、同歩、2三桂成。

 馬は消せたけど、形勢が全然もどらない。

「1、2、3、4、5、6」

「4五角」

 大谷さん、必死の喰らいつき。詰めろだ。

 キャット・アイは3二銀、5二玉を入れてから、5六金と受けた。

 さすがにこれは切らざるをえなくて、同角、同歩、4二銀。

「これで決まりだね。7三角」


挿絵(By みてみん)


 厳しい。銀当たりなうえに、寄せの網を絞っている。

「1、2、3、4」

「4五歩」

「そいつは寄りだよ。5一桂成」

 え? 寄ってる? 私は脳内将棋盤で、寄りを追った。

 同銀は3四角だからないとして、5三玉で逃れているような……。

「秒読み」

「あ、はい」

 大谷さんは29秒ギリギリまで考えて、5三玉と上がった。

「7一角」


挿絵(By みてみん)


 詰んでるようにみえないんだけど……ん、待ってよ。2九に飛車がいるのか。

 大谷さんは、ノータイムで6二歩。

 6四銀、4四玉、6二角行成、同飛、同角成、5三角。

「さすがに難しいほうへ誘導したか……同馬」

 同銀、同銀不成、3五玉。

 5三同銀不成に同玉は、4三飛、6二玉、7一角、同玉、7三飛成、7二合駒、8二銀のときに、5一成桂がいるから詰んでしまう。これはさすがに分かった。

「3六歩」


挿絵(By みてみん)


 あ、これは……これは詰んでそう。

 同玉に2六飛と打たれる。

「3七玉」

「3八歩」

「……同玉」

「4九銀」

 大谷さんは気息を整えて、右手でキャット・アイを拝んだ。

「拙僧の負けです」

 な、なんと、大谷さんが負けてしまった。

 これには、神崎さんもがっかり。

「ひぃちゃん……」

「ニャッハッハ、我が輩の勝ちだね。この干物は、もらって行くよ」

 キャット・アイは、くるりときびすを返した。

 その足もとに、手裏剣が突き刺さる。

「そうはさせんぞ!」

「ニャ!?」

 キャット・アイは、神崎さんが襲いかかって来ると思ってなかったのか、大慌てで逃げ始めた。堤防のうえを、ぴょんぴょんと跳ねる……って、えぇ!?

「な、なにあの動きッ!?」

 私は自分の目を疑った。キャット・アイは、何メートルも跳躍しては着地するの繰り返しで、神崎さんの猛追をギリギリかわす。

 ふたりは、アッという間に視界から消え去った。あとに残された私たちは、月の光に照らされた太平洋を、ぼんやり見送るばかりだった。

場所:T佐市の浜辺

先手:怪盗キャット・アイ

後手:大谷 雛

戦型:角換わり腰掛け銀


▲2六歩 △3四歩 ▲2五歩 △3三角 ▲7六歩 △4二銀

▲4八銀 △3二金 ▲7八金 △7二銀 ▲4六歩 △6四歩

▲4七銀 △6三銀 ▲6八銀 △8八角成 ▲同 金 △3三銀

▲6九玉 △5四銀 ▲7九玉 △4二玉 ▲7八金 △5二金

▲1六歩 △9四歩 ▲9六歩 △6五歩 ▲5六銀 △6二飛

▲5八金 △7四歩 ▲3六歩 △3一玉 ▲3七桂 △6四角

▲4七金 △4四歩 ▲7七銀 △7三桂 ▲8六角 △同 角

▲同 銀 △6四角 ▲2四歩 △同 歩 ▲7五歩 △同 歩

▲7四角 △8二飛 ▲5二角成 △同 飛 ▲7四金 △5五角

▲同 銀 △同 銀 ▲7三金 △6六歩 ▲同 歩 △6七歩

▲2三歩 △3五歩 ▲6三金 △9二飛 ▲5三金 △5二歩

▲4三桂 △4一玉 ▲7三角 △2三金 ▲5四金 △3六歩

▲5五角成 △3七歩成 ▲同 金 △7六桂 ▲6七金 △3六歩

▲同 金 △6八歩 ▲7六金 △4七角 ▲6八玉 △3六角成

▲7五銀 △3七銀 ▲2九飛 △4六銀不成▲6四馬 △5三歩

▲1五桂 △5四馬 ▲同 馬 △同 歩 ▲2三桂成 △4五角

▲3二銀 △5二玉 ▲5六金 △同 角 ▲同 歩 △4二銀

▲7三角 △4五歩 ▲5一桂成 △5三玉 ▲7一角 △6二歩

▲6四銀 △4四玉 ▲6二角上成△同 飛 ▲同角成 △5三角

▲同 馬 △同 銀 ▲同銀不成 △3五玉 ▲3六歩 △同 玉

▲2六飛打 △3七玉 ▲3八歩 △同 玉 ▲4九銀


まで125手で怪盗キャット・アイの勝ち

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