117手目 5回戦 佐伯〔清心〕vs飛瀬〔市立〕(1)
※ここからは飛瀬さん視点です。
「はずれたね」
遊子ちゃんは席を立って、私にそう告げた。
「1勝2敗2ガチだから……まだ勝機はあるよ……」
「そうだね……私のところも頑張るよ」
遊子ちゃんが古谷くんに入れれば、金星……でも、そう簡単にはいかない……ここまでみてきた限り、古谷くんはゆるめないタイプ……。
「それじゃ、またあとで」
「またあとで……」
私は、2番席に向かおうとした。そのとき、ふと声をかけられた。
ふりかえると、捨神くんが立っていた。
「飛瀬さん、調子は?」
「まあまあ……かな……捨神くんは……?」
「4連勝で、まずまずだよ。飛瀬さんも、4連勝だよね?」
私は、うなずいた。捨神くんは、いつものように笑った。
「今季もふたりで全勝賞取れるといいね」
「うん……」
捨神くんは、ほんのいっときだけ、真剣な顔になる。
ときおりみせてくれる彼の真剣なまなざしが、私は好き。
「またあとで……応援してるから」
「私も応援してる……」
捨神くんは、天堂の1番席に向かった。私は市立の2番席へ。
愛をもって着席……。
「飛瀬さん、よろしく」
佐伯くんは、先に着席していた。
「よろしく……今回のオーダーは、私の狙いうち……?」
「狙いうちってわけじゃないけど、うえにズラしてくるかな、と思った」
オーダーが読まれてたのか……。
「市立は、5番席不在の前科があるしね」
「あ、はい……」
私がやったんじゃないんだけど……連帯責任……。
「読んでたなら、どうして新巻ー中川ー佐伯ー古谷ー古久根にしなかったの……?」
「それも考えたよ。僕と馬下さんのところが真剣勝負になるだけだよね。棋風が分かってる飛瀬さんと、指したことのない馬下さん相手なら、前者かな、って」
佐伯くんは、王将を自分のマス目においた。私も駒を並べる。
「それに、飛瀬さんとは公式戦で、一度指してみたかったし」
「エンターテイナーだね……」
「そうだよ、将棋はエンターテイメントなんだよ」
責任と興行の狭間でつくったオーダーか……さすがは駒桜のマジシャン……。
「1番席は、振り駒をお願いします」
箕辺くんの指示で、裏見先輩が振り駒。
「市立、奇数先」
「清心、偶数先!」
私が後手。チェスクロの位置をなおして、待機。
「準備のできていないところはありますか? ……それでは、始めてください」
「よろしくお願いします……」
「よろしくお願いします」
チェスクロをポチポチ。
「2六歩」
んー、まさかの相掛かりのお誘い……どうしよう……佐伯くんとなら、どのみち変則将棋になりそうだし、手将棋だと私が不利か……相掛かりのほうがマシ……。
「8四歩……」
2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2六飛。
深く引かない流れ。
「9四歩……」
積極的にいこう……格上相手に守勢はムリ……。
3八銀、9五歩、2七銀、3四歩、3六飛、8四飛。
「さすがに受けてきたね。3八金だよ」
4一玉、5八玉、6二銀、2六銀、5一金、2五銀。
まっすぐ棒銀……これはもう、3四の歩が受からない……。
「5四歩……」
手を稼ごう……3四銀に5五歩として……ここで6八銀か……。
1四歩、1六歩、9三桂。
この手をみて、佐伯くんは顔をあげた。
「積極的だね」
「うん……積極的……」
「じゃあ、今回は飛瀬さんから動いてもらうね。4九玉」
4四角、5九銀、2二銀、4八銀。
どっちが先手か分からない布陣だね……佐伯くんは、もたれて指すつもり……ここで私がひよると、ちぐはぐになる……先手も3四に銀がいるから、手がないわけじゃない……例えば、次に4五銀がみえてる……ここで長考。
攻めるなら……8六歩かな……? 同歩……同歩で、なんともないね……歩があれば、8六歩、同歩、9六歩、同歩、8五歩みたいなのも……ムリ攻めか……。
「手がない……」
「パスはなしだよ」
パスは反則だね……パスって言ったら、その場で反則負けになるのかな……? 佐伯くんのことだから、冗談で済ませてくれそうだけど……っと、こんなこと考えてる場合じゃないか……なにか手は……なさそう……。
とりあえず、8六歩と指した。佐伯くんは、黙って同歩。
「4二金上」
手待ちする。
「8六歩からの手待ちか……これは予想外だな」
佐伯くん、ご感心。
「さすが、マジックのコツを心得てるね」
「あれは、スペーステクノロジーなんだけど……」
「4五銀」
無視された。5三角、7六飛、3一玉、3九玉、3三桂、3六銀、2四歩。
ここで、佐伯くんが長考。
手待ちの甲斐があって、攻めてきてくれるかも……。
「5六歩」
これは……7九角で、角筋を通すつもりかな……そのまえに動きたい……。
「5四飛……」
「7九角」
あッ……すぐに7九角か……5六歩〜5七歩成は、同銀で受けるのかな……?
「5六歩……」
「4六角」
「5七歩成……」
「同銀」
どうしよう……4六角と出られたから、そこを目標にしたい……でも、4四歩と突いたときに、5五歩〜5六飛〜5四歩の返しが気になる……例えば、5五歩、6四飛、5六飛と回られて、次に5四歩で角が死ぬ……。
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
もちろん、6四飛と逃げないか、5六飛と回られたときに4五歩と突き返せば、それでいいわけだけど……6四飛と逃げないなら、7四飛のぶつけか、8四飛……7四飛のぶつけは5六飛と手順に逃げればいいだけ……8四飛も、5六飛、2三銀、5四歩、6四角、同角、同飛のあと、5三角と突っ込まれてダメっぽい……つまり、角を逃げるのは意味がなくて、4五歩の突き返しが本線……。
4五歩と突き返して、3五角、同角、同銀、6九角、8七角、8八歩……8八歩と打てるのが大きい……同金なら6七飛成……これで、いこう……。
「4四歩……」
佐伯くんは1分ほど考えて、5五歩と応じた。
「6四飛……」
「5六飛」
「4五歩……」
佐伯くんは、5筋の歩に指をそえた。
「5四歩」
攻め合い……これは……うーん、あんまり読んでなかった……5三歩成、同銀と手順に銀を寄せられるから、ないと思ってたんだけど……うーん……4六歩、5三歩成、同銀のときに、4六歩以外ってことだよね……? でないと、こっちにまた手番が渡って、私が有利になるから……7五角?
「ん、そっか……」
「どうかした?」
「いや……なんでもない……」
私はごまかして、盤面にむきなおる。
そっか……7五角が痛いね……飛車を逃げられない……逃げたら5三角成、同金、同飛成で一気に終わっちゃう……飛車角交換はしょうがないとして……そこで攻めないといけないわけか……ただ、飛車角交換後に、絶対5一飛があるし……。
私はポケットから、真っ黒な名刺大のケースをとりだした。
お口直しの錠剤型お菓子。ひとつ口にふくむ。
「それ、なに?」
「これはね……シャートフの特産品……ヴァレニカっていうお菓子……」
「僕にも、ひとつくれる?」
「どうぞどうぞ……」
地球人でも、可食だったはず。佐伯くんは一粒もらって、口にほうりこんだ。
「ああ、Lukrecjaだね」
「食べたことあるの……?」
「ヨーロッパだと、一般的なお菓子だと思うよ」
そうなんだ……箕辺くんに食べさせたら、激マズだって言ってたのに……スーパーやコンビニでも売ってないし……日本で売られてなかっただけ……?
私も食べながら考える。とりあえず、もう方針変更できないから、4六歩、5三歩成、同銀、7五角までは確定として……相手の守備を剥がそう……3五歩、同銀、4五桂みたいな感じで……ただ、3五歩は手抜くかも……3五歩、6四角、同歩、5一飛……。
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
これが、激痛なんだよね……4一角としか受けられなくて……うーん……じつはそうでもない……? 4一角、5三飛引成、同金、同飛成は、案外受かってるか……次に3六歩から飛車を打って……いや、飛車が先かな……とにかく、反撃できそう……となると、4一角には3五銀と、手を……もどせない……4五桂がまたあるから……9一飛成?
9一飛成なら、私も戦えるかな……うん……。
「4六歩で……」
「この流れは、僕も覚悟を決めるよ。5三歩成」
同銀、7五角、3五歩、6四角、同歩、5一飛、4一角、9一飛成。
あッ……予想通り……。
3六歩、4六銀、3七歩成、同銀。
こうやって固めるんだ……ちょっと読みから外れてきたかも……。
「私に角と銀しかないから、バランスは取れてるのか……」
「さあ、飛瀬さんのテクニックをみせてもらうよ」
テクニックと言われましても……ひとまず、4五桂かな……。
私は4五桂と跳ねかけて、手を引っ込めた。
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…………………
………………
マズい……4五桂だと、3六香がある……3三歩と受けたら、そこで4六銀……3七に歩を打てない……かと言って、4五桂、3六香、3七桂成は王手じゃないから、3二香成が入る……同角はできないし、同金なら5三飛成が残る……同玉は形が悪過ぎ……。
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………………
技をかける。
「8一歩」
私の指し手に、佐伯くんはちょっとだけ顔色を変えた。
「同龍に6三角打?」
あ、見抜かれた……8一同龍、6三角打、5一龍、3六歩みたいな……それとも、3六歩が先かな……? あと、6三角打は、5四歩や5五香の攻めにも対応してる……。
佐伯くんは、真剣に読む。
「……5四歩」
うーん……取らなかった……。
「4四銀……」
「8一龍」
狙いは不発……でも、9三龍〜7三龍は回避した……。
「こっちはもう、手がないね……2三銀……」
佐伯くん、また考える。
「飛車を渡さない攻めがむずかしいな」
そう……飛車さえもらえば、佐伯くんの王様はスカスカ……6九飛で勝ち……。
「じゃあ、僕も守るね。6八金」
手堅い……私のほうが攻めろってことか……。
残り時間は、私が12分、佐伯くんが13分。ほぼ同じ。
私は、長考に入った。




