116手目 5回戦 裏見〔市立〕vs新巻〔清心〕(2)
「……3三金」
これまた前のめりな……でも、方針は一目瞭然だ。このまま4四金と出て、3筋〜5筋を確保。そこから7四歩〜7三銀と固めるつもりだろう。4二金〜5二金左〜7四歩〜7三銀は欲張りすぎ、という判断だ。
だったら、私も固めましょう。
「9八香」
穴熊をめざす。
「うーん……やっぱそうしてきましたか……」
相手の読み筋には、入ってたみたいね。トリッキーな手じゃないし。
「4四金です」
私はすぐにクマらずに、6八金右としておく。
7四歩、9九玉、7三銀引、8八金、8三銀、7八金右、7二金。
変則穴熊vs変則銀冠。後手も、そうとう堅いわね。飛車の先着をしたい。
「3八飛」
とりま、攻撃態勢を築いておきましょう。
「3三桂」
ここで、私は小考。3六歩の仕掛けを考える。
3六歩、同歩、同銀で、突破できたらいいんだけど……ムリよね。3五歩と押さえられたときに、4五銀とは出られない。ただ、4五歩の突き返しは、あるか。3六歩、4四歩と取り合うしかなくて、そこで同飛……うーん、この同飛が、なかなか。4筋を受けるのは、ほぼ不可能になっている。おたがいに角の位置は悪い。でも、どちらかと言えば、私のほうがよくないのよね。後手には、1三角という最終手段があるから。
となると、3五歩には4七銀ともどるしかないか……歩の交換で満足する? だけど、そこで絶対に攻めてくるわよね。反動がきつくなるような……私は、お茶を飲んだ。
「ふぅ」
ひたいをぬぐう。思ったより、緊張しているようだ。
新巻くんは、両手のゆびを組んで、そのうえにあごを乗せていた。かなり真剣な顔。普段のおちゃらけたところは、全然ない。意外と二重人格だったりして……と、こんなことを考えてる場合じゃないわね。集中、集中。
……………………
……………………
…………………
………………
攻めさせますか。これだけあいてが前のめりなら、むしろ引いてみるのも手だ。
反動を利用する。
「3六歩」
新巻くんは、30秒ほど考えて、同歩と取った。
同銀、3五歩、4七銀。これで手渡し。
ちょっと警戒されたかしら? すぐには指してこない。
新巻くんが指を伸ばしたのは、さらに1分経ってからだった。
「……2四歩」
そっちか……これは、考慮中に読んであるわ。
「5六歩」
取らずに攻め返す。トランポリンの要領。
一見、2四歩、5五歩、2五歩のほうが速いようにみえるけど、2筋を放棄して5八飛か6八飛と回る手があるから、大丈夫。たとえば、2五歩、5五歩、2六歩の伸ばしに、5八飛、2七歩成、5四歩、3七と、5六銀。
(※図は裏見さんの脳内イメージです。)
ポイントは、3七とに同桂としないことだ。同桂、3六歩、4五桂は、調子がよさそうにみえて、罠っぽい。たとえば、3七歩成、3三桂成、同角、5六銀のあと、再度4七とと捨てる順があるから。同銀、3七飛成とされて、対応に困る。以下、5六銀、5七歩、6八飛と寄らされてから5四金で、完封負けコース。
最後の5六銀で2四飛は気になるけど、そこで3七桂とすればいい。
「2五歩です」
「5五歩」
「1三角」
さすがに、さっきの順は回避したわね。
ただ、狙いがイマイチ……5七に利かせた? だとすると……だんだん狙いがみえてきたわよ。私がここですぐに5八飛としたら、3六歩、3八歩、5七歩、同飛、4五桂と跳ねる狙いね。これを同歩とはできないから(それは5七角成で投了になる)、6七飛、3七歩成、同歩、同桂成、同桂、同飛成として、3筋を突破できるって寸法か。
かと言って、放置は5七歩の先着……5筋への展開はむずかしくなった……。
「1五歩」
角を攻めましょう。
同歩に6五歩と突き出して、今度は角の展開を目指す。
「5七歩です」
案の定、5八飛を封印してきた。これは、そこそこ痛打。
でもでも、5五に歩がまだ残ってるのよ。これを活用する。
「5四歩」
「同金」
「3六歩ッ!」
ふたたび3筋へ転換だ。めまぐるしく戦線が変わる。
「ぐッ……全体のバランスがとれない……」
新巻くんは、ちょっとのけぞった。
ほらほら、戦場のどこかは、放棄するしかないわよ。放棄する場所を決めなさい。
「さすがに、3四飛は動かせないか……3六同歩」
1五香、1四歩と打たせてから、3五歩、同角、3六銀、4六角。
「3五歩ッ! 3筋制圧ッ!」
2四飛なら、後手は飛車が働かなくなる。
「ここからが振り飛車の真骨頂ですよッ! 4四飛ッ!」
新巻くんは、飛車角交換を挑んできた。
同角、同金、3四歩、1九角成、3三歩成、2九馬。
「ぐッ……飛車の逃げ場所が……」
うまいところがない。
「1番奥へ逃げるわ」
私は、6八飛とした。新巻くんは1五歩で、香車を回収する。
かなりいい勝負だ。銀冠に馬は、私でもほれぼれするくらい堅い。2九にいるうちに、攻めを繋げないと。穴熊の姿焼きになっちゃう。
「5一飛ッ!」
先着ぅ! 狙いは、攻めと同時に受け。5七飛成も見ている。
ここで新巻くんは、方針になやんだのか、時間を使った。
残り時間は、私が10分、新巻くんが8分になる。
「こっちも攻防手でいきます。5四香」
これも、いい手だ。5八歩成を狙うと同時に、5七飛成を消している。
しかたがないから、いったん5九歩と受けた。ますます窮屈に。
「3七角ッ!」
ぐぅ、これは2枚目の馬作りだ。完全に振り飛車の指し方。
3四と、5五金とさせて、香車の筋をシャットアウト。
これで、なんとかなってればいいけど……とにかく盤上を整理しなくちゃ。
「4七桂」
金を攻める。これは回避できないから、新巻くんは5九角成と突っ込んだ。
5五桂、同香、同飛成、5八歩成。
「同飛」
「同馬ですッ!」
「同龍」
新巻くんは、桂馬を手にした。
「6六桂ですよッ!」
うわーん、6五歩がマイナスになってるじゃないの。
穴熊のかたさを信じて、私は5一龍と入りなおした。
「7八桂成ッ!」
「同銀」
新巻くんは再度6六桂と打って、8七銀に3九飛とおろした。
ん? 3九飛? 銀取りに当てた? そんな暇あるの?
……………………
……………………
…………………
………………
新巻くんのほうも、そうそう寄らないか……それを見越した銀取り……ただ、私のなかの速度計算……直感によれば、3六飛成は遅過ぎる……。
私は、こめかみに両手をあてて、考え込んだ。具体的な打開策が分からない。
むかしの私なら、パッと思いつくはずなんだけど……先手が速いはず……。
……………………
……………………
…………………
………………
私は、チェスクロを確認した。のこり3分。これ以上は使えない。
「6四歩」
培ってきた経験則に頼る。ここが急所。
詰めろでもなんでもないけど、私のほうだって詰めろはかかってない。
新巻くんは、最初普通の顔をしていた。でも、だんだん「おや?」となる。
「意外と厳しい……」
私のほうは、7九金と張り付けてから5六馬で、ようやく詰めろ。但し、5筋には龍が利いているから、すぐに5六馬はない。7八金とべったり張るのは、同銀、同桂成、同金と清算しておけば、大丈夫なはず。どのみち、6四歩と手をもどさないといけない。一番のポイントは、6三歩成に同金と取ると、7一角から一気に追いつめられることだ。
というわけで、6四歩には、同歩と取りたいはず。でも、それには用意した手がある。
新巻くん、背筋を伸ばして、首を一回転。そして、また考え始めた。
……………………
……………………
…………………
………………
「取るしかないか」
6四同歩。私は角を空打ちして、4五にすえた。
これが、完全に攻防。新巻くんは、ちょっと片目をつむった。
うまいところに打たれたと、そう感じているようだ。
ピッ
「うげッ!?」
新巻くん、1分将棋に突入。
「ここで時間がないとか、うそだろ」
新巻くんは、あらかじめ歩を手にした。歩を打つの? ……あそこか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
手筋っぽい。これを同角なら6五馬とぶつけて、7二角成に同銀で、なんともないという計算だ。すなおに角馬交換なら、後手陣は小康状態。
私は深呼吸して、最後の水分補給。読みを入れる。
……………………
……………………
…………………
………………ピッ
私も1分将棋になった。でも、これは手応えがあるわよ。
私の全盛期の実力、よみがえれッ!
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8五歩ッ!」
寄せに一番邪魔なのは、7三と8三の銀。これをどける。
「すっげぇそれっぽいッ!」
それっぽいじゃなくて、それなのよ。新巻くん、覚悟。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同歩ッ!」
5四角、6五馬、同角、同歩、8四歩。叩きが入った。
「同銀……」
新巻くんは、どっちで取るか悩んだ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同銀直ッ!」
「8三歩ッ!」
2度目の叩きが入る。歩切れだから、これで最後。
ただこれ、思ったより簡単じゃないわね。同玉、8一龍、8二金打の展開ですら、まだ時間がかかりそうだ。もちろん、この進行は後手の攻め駒がなくなって、ほぼ先手必勝にはなるけれど。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「9二玉ッ!」
そっちか……むずかしいほうに逃げた。いまだに寄せがみえない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ろ、6四桂ッ!」
同銀なら、2八角の飛車銀両取りで終了……だけど、8三金がある。
7二桂成と追撃はできても、そのあとが明瞭じゃなかった。
意外と粘られてる? それとも、4五角が寄せになってなかった?
「8三金」
新巻くんは、一転して冷静に金を逃げた。
今度は、私が59秒まで考えるハメに。
……………………
……………………
…………………
………………
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7二桂成」
「8二金打」
ぐぅ……これが堅い……。
私はふたたび59秒まで考えて、6三角の援軍を送る。
新巻くんはそれをみて、ノータイム指しをやめた。私の陣地をみる。どうやら守り切ったと読んで、寄せに入るつもりのようだ。私も、気になる手があった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8六歩」
激痛。これはさすがに取れない。取っても受けになってないから。8七歩ともう一回叩かれて、同金に7八桂成で終わってしまう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は、8二成桂と取った。ついでに、受けも考える……いや、受けはあとだ。
同金、7二金。一応の詰めろ。以下、詰めろ詰めろで迫れば、なんとか。
新巻くんは30秒ほど考えて、9三玉と逃げた。
私は、詰めろの継続を考える。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「9五歩ッ!」
詰めろの……はず……直感的には詰めろ。
だって、9四歩、8三玉、7三金に、同金は8一龍で即詰みでしょ。7三同銀は7二銀と打って、同金(8四玉は9五金の一手詰み)、8一龍、8二合駒、7二角成、8四玉、9五金までだ。で、7三同玉は……ん? 7三同玉は?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「8七歩成」
つ、詰めろじゃないと読んだ? 私の勘違い?
たしかに、7三同玉のあとがみえない……まずい……軌道修正……ができないッ!?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
私は9四歩と取り込んで、新巻くんはノータイムで8三玉。
私はさらに59秒まで読んで、7三金。新巻くんはノータイム同玉。
新巻くんは、チェスクロを押すときに、何度もくびを縦に振った。
そんなバカな……これが詰まないはずがない……なにか見落としてるはず……このままだと、飛瀬さんたちに、もうしわけない……任せてって言っちゃったのに……私は、あきらめずに読む。県大会の決勝のことを考えたら、まだ冷静でいられるはずだ。
いろいろな詰み形を考える……どれもダメ。
どうして詰まないの? むずかしく考え過ぎるから? だったら、簡単に……。
ピッ
56秒。私は、3手か5手のパターンを考えた。
「3手か5手……そっかッ!」
「えッ?」
ピーッ!
「6四金ッ!」
詰んでる、詰んでる、詰んでるッ! 5手詰みよッ!
金銀が8筋にあるから、複雑に考え過ぎたわ。
「え? 金捨て? 金捨てたら詰まな……ッ!」
新巻くんは、ぎょっとなった。
「き、金なくても詰むのかッ!」
そうよ。同玉なら5四角成、7三玉、5三龍まで。
8三玉なら7四角成、7二玉、6三金まで。
どちらも銀が余る5手詰め。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ま、負けました……」
「ありがとうございました」
ふぅ……勝った。私の肩に、だれかの手が触れた。
松平だった。
「裏見……最後はヒヤヒヤしたぞ……」
「6四金以下は、5手詰めでしょ」
「そのわりに、59秒まで考えてたよな?」
ぐぅ。こいつは。
一方、新巻くんは、エーッという顔で、くびをかしげていた。
「詰まないと思ったんだけどなあ……」
そのへんが、経験の違いよ。
直感的に詰むと思った私、詰まないと思った新巻くん。
最後の最後で、勘の働いていたほうが勝ったわね……あ、そうだ。
「ほかは、どうなってるの?」
松平は、アッとなった。
「すまん、ここ見てたから……」
なにやってんの。私は、新巻くんに向きなおる。
「感想戦は、あとでもいいかしら?」
新巻くんは、いつものさわやかスマイル。
「あ、いいですよ、俺もほかが気になりますし」
私は席を立って、2番席へ移動した。
場所:2015年度春季団体戦 5回戦
先手:裏見 香子
後手:新巻 虎向
戦型:先手居飛車穴熊vs後手ゴキゲン中飛車
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △5四歩 ▲2五歩 △5二飛
▲5八金右 △6二玉 ▲4八銀 △7二玉 ▲6八玉 △5五歩
▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △3二金 ▲2八飛 △2三歩
▲4六歩 △3五歩 ▲4七銀 △9四歩 ▲9六歩 △5四飛
▲7八銀 △8二玉 ▲8六歩 △7二銀 ▲7九玉 △4二銀
▲7七角 △5三銀 ▲8八玉 △2四飛 ▲2五歩 △3四飛
▲8七銀 △8四歩 ▲7八金 △6四銀 ▲6六歩 △1四歩
▲1六歩 △3三金 ▲9八香 △4四金 ▲6八金右 △7四歩
▲9九玉 △7三銀引 ▲8八金 △8三銀 ▲7八金右 △7二金
▲3八飛 △3三桂 ▲3六歩 △同 歩 ▲同 銀 △3五歩
▲4七銀 △2四歩 ▲5六歩 △2五歩 ▲5五歩 △1三角
▲1五歩 △同 歩 ▲6五歩 △5七歩 ▲5四歩 △同 金
▲3六歩 △同 歩 ▲1五香 △1四歩 ▲3五歩 △同 角
▲3六銀 △4六角 ▲3五歩 △4四飛 ▲同 角 △同 金
▲3四歩 △1九角成 ▲3三歩成 △2九馬 ▲6八飛 △1五歩
▲5一飛 △5四香 ▲5九歩 △3七角 ▲3四と △5五金
▲4七桂 △5九角成 ▲5五桂 △同 香 ▲同飛成 △5八歩成
▲同 飛 △同 馬 ▲同 龍 △6六桂 ▲5一龍 △7八桂成
▲同 銀 △6六桂 ▲8七銀 △3九飛 ▲6四歩 △同 歩
▲4五角 △5四歩 ▲8五歩 △同 歩 ▲5四角 △6五馬
▲同 角 △同 歩 ▲8四歩 △同銀直 ▲8三歩 △9二玉
▲6四桂 △8三金 ▲7二桂成 △8二金打 ▲6三角 △8六歩
▲8二成桂 △同 金 ▲7二金 △9三玉 ▲9五歩 △8七歩成
▲9四歩 △8三玉 ▲7三金 △同 玉 ▲6四金
まで143手で裏見の勝ち




