115手目 5回戦 裏見〔市立〕vs新巻〔清心〕(1)
※ここからは香子ちゃん視点です。
「というわけで……最終戦です……」
飛瀬さんは、オーダー表をテーブルのうえにひろげた。
「最終戦とは決まってないんじゃない?」
と葉山さん。おっしゃるとおり。
うちの条件を単純に整理すると、
【市立】チーム勝数3 勝ち星11
【藤花】チーム勝数2 勝ち星10
うちが5回戦で清心に
5−0 4−1 3−2 → 無条件に優勝
2−3 → 藤花が5−0か4−1なら逆転負け 3−2ならプレーオフ
1−4 0−5 → 藤花が勝ったら逆転負け
となっているわけですね、はい。
つまり、プレーオフの可能性がのこっている。
ところが飛瀬さんは、それを否定した。
「光ちゃんが言ってるのは、プレーオフだと思うけど……それは考えない……」
「なんで?」
「升風は優勝の芽がないから、育成オーダーで下から5人出す可能性がある……その場合は藤女が5−0で、うちは負けたら終わり……というわけで、藤女が負ける、という前提は、とらない方針で……清心に勝って決める……」
な、なんてこと……飛瀬さんが、めらめらと燃えている。
「うーん、なんとなく分かったけど、清心に必勝のオーダーってあるの?」
葉山さんは、けげんそうにオーダー表をながめた。
「必勝のオーダーはない……っていうか、無策でいったら負ける……」
「だよね。清心の新しい1年生……新巻くんと古谷くんだっけ? 強いんでしょ?」
そこなのよねぇ。下馬評は、3人しかいないってうわさだったのに、その3人が勝ちまくりで、あっさり優勝を決めてきた。清心3本柱、おそるべし。
「事前の調査だと、新巻くんがちょっと穴みたい……とにかく、古谷くんが強い……中学の県大会で準優勝の経歴があるみたいだし……それも事故負けらしいから……」
「ようするに、殺人兎なんだね。じゃあ、そこは避けて、新巻くんとガチンコ?」
葉山さんの提案に、飛瀬さんはこくりとうなずいた。
「それしかない……新巻くんに裏見先輩か私があたる……」
なるほど……前主将と現主将でがんばる作戦ですか。
「ほんとうに、それでいいの? 私は3年生よ? 4回戦は林家さんに負けてるし」
「それでも、頼れるのは裏見先輩しかいません……」
そっか……私は、腕組みをして、後輩たちをみまわした。
「任せてちょうだい」
私は、どうやって新巻くんに当てるつもりなのか、それを尋ねた。
「それがむずかしいんですよね」
来島さんはそう言って、清心のオーダー表をひろげた。
「1番席は、田中くんで固定でしょ?」
と私。これには、女子の全員が同意。
「そこは福留さんをあてます……いいよね……?」
「了解です」
福留さんのところも、かなり重要だ。そこで勝ってくれないと困る。
「福留さん、勝算は?」
「五分五分かな……と」
うーん……どうやら、清心とはかなりオーダーの相性が悪いみたい。
1番席に来島さんをもってこれればなあ……いや、それは、たらればか。
「問題は、新巻くんが2番席にくるのか……それとも3番席にくるのか……」
飛瀬さんは、パターンを書き出した。
【パターンA】田中 新巻 森屋 佐伯 古谷
【パターンB】田中 中川 新巻 佐伯 古谷
「Aの場合は私がガチンコ、Bの場合は飛瀬さんがガチンコね?」
私の確認に、飛瀬さんは「はい」と答えた。
ただこれ……福留さんか馬下さんか来島さんが、さらに1勝でしょ?
かなりムリがあるような……すなおにプレーオフを考えたほうが、よくないかしら。
「ねぇ、松平は、どう思う?」
松平は、あごに手をあてて、真剣に考え込んでいた。
「松平?」
「ん? ……なんだ?」
「松平は、オーダーをどう読んでるの?」
なぜか松平は、かなり言いにくそうな顔をした。
「まあ、なんとなく、考えてることはあるんだが……」
「なによ、それ。はっきり言いなさいよ。オーダーは男子が参加してもいいんだし」
松平は、さらに悩んだ。どうしたの? 奇策?
「これから俺が言うことは、参考程度に聞いて欲しい」
「分かったから」
はずれたときの予防線を張らない。オーダーを個人の責任にしてもしょうがない。
「俺は、清心のオーダーを、こう読む」
新巻 森屋 原田 佐伯 古谷
えッ……なにこれ?
「どういうオーダーなの?」
「3年生を記念に出すオーダーだ」
……………………
……………………
…………………
………………
あ、そういうことか。
「た、たしかに、森屋くんと原田くんは3年生で、まだほとんど出てないわ」
しかも、清心は優勝が決まってるから、記念出場はアリだ。
「それだけじゃない。俺たちがフルオーダー……例えば、福留、裏見、飛瀬、馬下、来島できたとき、ほぼ3−2で清心の勝ちになるオーダーだ。合理的でもある」
私たちは、おたがいに目配せし合った。
「これ前提でいく?」
3年生の松平に気兼ねしてる気配があったから、私から尋ねた。
「でも、これに対する有効な手段がないような……」
飛瀬さんは、くびをひねった。松平は、また言いにくそうな顔をする。
「ひとつだけある……5番席を空欄にするんだ」
あッ! 例の作戦ッ!
裏見vs新巻 飛瀬vs森屋 馬下vs原田 佐伯vs来島 不在vs古谷
これは……これは○○○●●がありえる。
それだけじゃない。さっきのABパターンにも対応している。だって、
【Aパターン】
裏見vs田中 飛瀬vs新巻 馬下vs森屋 来島vs佐伯 不在vs古谷
【Bパターン】
裏見vs田中 飛瀬vs中川 馬下vs新巻 来島vs佐伯 不在vs古谷
AもBも2勝2敗1ガチ。ガチンコの場所が移動するだけだ。
「飛瀬さん……決断をお願い」
私たちは、一斉に飛瀬さんを……主将の顔をみた。
飛瀬さんは、決意のうなずき。
「これでいきます……」
そのとき、運営からアナウンスがあった。オーダー提出の時刻だ。
部長の来島さんがオーダー表に書き込んで、運営に提出した。
箕辺くんたちは、てきぱきと確認。各チームに返却した。
「それでは、オーダー交換の時間です」
私たちは、対局席に移動した。ひさびさにドキドキする。
相手は部長の古久根くん、こちらは来島さんが1番席に座った。
「市立からで、どうぞ」
来島さんは、ゆずり返さなかった。
「1番席、副将、裏見先輩」
この時点で、清心のほうに微妙なうごきがあった。
「……1番席、三将、新巻」
きたッ! 第一条件クリア!
これは、森屋→原田でならべてるはず。2勝2敗1ガチ。
私は、佐伯くんと目が合った。その瞬間、ちょっとイヤな気配がした。
「2番席、五将、飛瀬さん」
「2番席、六将、佐伯」
……えッ?
「3番席、七将、馬下さん」
「3番席、七将、山崎」
「4番席、八将、来島」
「4番席、八将、古谷」
「5番席は……いません」
「5番席、九将、古久根」
うッ……私たちは、オーダー表を確認する。
1勝2敗2ガチ。
「はずれたね……」
来島さんは席を立って、飛瀬さんに話しかけた。
「記念オーダーじゃなくて、育成オーダーだね……2年生以下のフルメンバー……」
ああ、松平……私は、松平をさがした。気まずそうに、すみっこにいる。
「ちょっと、松平」
「いや、すまん……ほんと……」
「ちがうわよ。怒りに来たんじゃないわ。新巻くんの特徴を教えてちょうだい」
松平は、髪をくしゃくしゃにしながら、目を閉じた。
「虎向は振り飛車党で、向かい飛車以外はなんでもやる」
「向かい飛車以外……むかしの私と似てるってこと?」
松平は、くびをたてに振った。
「たぶん、市内のメンバーなら、初期の裏見に一番近いと思う」
「穴熊はしないってわけね?」
「めちゃくちゃ重要な対局以外は、めったにしない」
なるほど……だとすれば……ある程度予測がつく。
「裏見、あいては昔の自分だと思え。そうすれば、初見じゃなくなる」
「分かった……アドバイス、ありがと」
私は松平と右手でハイタッチして、1番席にむかう。
「あ、待ってましたよ、裏見先輩!」
新巻くんは、さきに着席していた。いつもの陽気なスマイル。
「よろしく」
私も着席して、駒をならべる。清心のほうは、すでに弛緩しているかと思いきや、そうでもないようだ。上等よ。
「1番席は、振り駒をお願いします」
箕辺くんの指示。
「裏見先輩で、どうぞ」
私はゆずり返したけど、新巻くんはもういちど返してきた。
「それじゃ、私が振るわね」
1番席と2番席がガチンコだから、奇数先、偶数先、どっちでも同じだ。
私が後手になるか、飛瀬さんが後手になるかのちがいだけ。
でも、できれば飛瀬さん先手のほうが……えいッ!
「ぐッ……市立、奇数先」
「清心、偶数先!」
歩をもどして、待機。会場内は、熱気が高まる。
「準備のできていないところはありますか? ……それでは、始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますッ!」
新巻くんがチェスクロを押して、対局開始。
私はひと呼吸おいて、7六歩。
「3四歩」
「2六歩」
新巻くんは、中央の歩に指をそえた。
「5四歩ですッ!」
きたわねッ! これは予想どおりッ!
振り飛車党時代の私でこの状況なら、ゴキゲンを選択する。
2五歩、5二飛、5八金右、6二玉、4八銀、7二玉、6八玉。
とりあえず中央を厚くしておく。
「5五歩」
「2四歩」
同歩、同飛、3二金、2八飛、2三歩、4六歩、3五歩、4七銀、9四歩、9六歩。
「5四飛と出ますッ!」
積極的な棋風。穴熊を牽制してきた。
私の9六歩が、穴熊放棄じゃないことを見抜いている。なかなかやるわね。
だてに4連勝はしてないわけか。
「7八銀よ」
「銀冠も受けてたちますよッ!」
8二玉、8六歩、7二銀、7九玉、4二銀、7七角、5三銀、8八玉。
「ぶつけますね、2四飛」
ん? ここでぶつけてきた? 飛車交換は大丈夫ってこと?
へんね、こっちのほうが駒は繋がってるんだけど……私は、交換した場合を考える。2四同飛、同歩、4一飛(先着)で、3一金は4三飛成があって、3一飛は同飛成、同金、2三飛の打ち直し……いや、3一同飛成に同角かしら……なるほど、5三に攻め駒があるから、3一角でも悪くはないわけか……私のほうは、2八飛が受からない、と。
「取れないわね。2五歩よ」
「さすがは裏見先輩、そうこなくっちゃ。3四飛」
うーん、いい位置につけられた。かなり指し慣れているようだ。
私はとりあえず、囲いの完成を目指す。
8七銀、8四歩、7八金、6四銀、6六歩、1四歩、1六歩。
最後の端歩は、手詰まりっぽい? それとも税金?
よく分からないけれど、全体的にまえのめりだ。金を移動させてくるかしら。
「どうしようかな……」
新巻くんは、うしろ髪を束ねているゴムをはずして、結びなおし始めた。これは、考えるときの癖っぽいわね。私はお茶を飲む。8三銀もありそうだし、4二金もありそう。7四歩もあるかなあ……どれを本命で読むか、なやましい。
私も、真剣に読み始めた。




