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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第10局 熱血!春の団体戦(2日目・2015年5月17日日曜)
127/682

115手目 5回戦 裏見〔市立〕vs新巻〔清心〕(1)

※ここからは香子きょうこちゃん視点です。

挿絵(By みてみん)


「というわけで……最終戦です……」

 飛瀬(とびせ)さんは、オーダー表をテーブルのうえにひろげた。

「最終戦とは決まってないんじゃない?」

 と葉山(はやま)さん。おっしゃるとおり。

 うちの条件を単純に整理すると、

 

 【市立(いちりつ)】チーム勝数3 勝ち星11

 【藤花(ふじはな)】チーム勝数2 勝ち星10

 

 うちが5回戦で清心せいしん

 

 5−0 4−1 3−2 → 無条件に優勝

 2−3 → 藤花が5−0か4−1なら逆転負け 3−2ならプレーオフ

 1−4 0−5 → 藤花が勝ったら逆転負け


 となっているわけですね、はい。

 つまり、プレーオフの可能性がのこっている。

 ところが飛瀬さんは、それを否定した。

(ひかる)ちゃんが言ってるのは、プレーオフだと思うけど……それは考えない……」

「なんで?」

升風(ますかぜ)は優勝の芽がないから、育成オーダーで下から5人出す可能性がある……その場合は藤女が5−0で、うちは負けたら終わり……というわけで、藤女が負ける、という前提は、とらない方針で……清心に勝って決める……」

 な、なんてこと……飛瀬さんが、めらめらと燃えている。

「うーん、なんとなく分かったけど、清心に必勝のオーダーってあるの?」

 葉山さんは、けげんそうにオーダー表をながめた。

「必勝のオーダーはない……っていうか、無策でいったら負ける……」

「だよね。清心の新しい1年生……新巻(あらまき)くんと古谷(ふるや)くんだっけ? 強いんでしょ?」

 そこなのよねぇ。下馬評は、3人しかいないってうわさだったのに、その3人が勝ちまくりで、あっさり優勝を決めてきた。清心3本柱、おそるべし。

「事前の調査だと、新巻くんがちょっと穴みたい……とにかく、古谷くんが強い……中学の県大会で準優勝の経歴があるみたいだし……それも事故負けらしいから……」

「ようするに、殺人兎なんだね。じゃあ、そこは避けて、新巻くんとガチンコ?」

 葉山さんの提案に、飛瀬さんはこくりとうなずいた。

「それしかない……新巻くんに裏見(うらみ)先輩か私があたる……」

 なるほど……前主将と現主将でがんばる作戦ですか。

「ほんとうに、それでいいの? 私は3年生よ? 4回戦は林家(はやしや)さんに負けてるし」

「それでも、頼れるのは裏見先輩しかいません……」

 そっか……私は、腕組みをして、後輩たちをみまわした。

「任せてちょうだい」

 私は、どうやって新巻くんに当てるつもりなのか、それを尋ねた。

「それがむずかしいんですよね」

 来島(くるしま)さんはそう言って、清心のオーダー表をひろげた。

 

挿絵(By みてみん)


「1番席は、田中(たなか)くんで固定でしょ?」

 と私。これには、女子の全員が同意。

「そこは福留(ふくどめ)さんをあてます……いいよね……?」

「了解です」

 福留さんのところも、かなり重要だ。そこで勝ってくれないと困る。

「福留さん、勝算は?」

「五分五分かな……と」

 うーん……どうやら、清心とはかなりオーダーの相性が悪いみたい。

 1番席に来島さんをもってこれればなあ……いや、それは、たらればか。

「問題は、新巻くんが2番席にくるのか……それとも3番席にくるのか……」

 飛瀬さんは、パターンを書き出した。

 

 【パターンA】田中 新巻 森屋 佐伯 古谷

 【パターンB】田中 中川 新巻 佐伯 古谷


「Aの場合は私がガチンコ、Bの場合は飛瀬さんがガチンコね?」

 私の確認に、飛瀬さんは「はい」と答えた。

 ただこれ……福留さんか馬下(こまさげ)さんか来島さんが、さらに1勝でしょ?

 かなりムリがあるような……すなおにプレーオフを考えたほうが、よくないかしら。

「ねぇ、松平(まつだいら)は、どう思う?」

 松平は、あごに手をあてて、真剣に考え込んでいた。

「松平?」

「ん? ……なんだ?」

「松平は、オーダーをどう読んでるの?」

 なぜか松平は、かなり言いにくそうな顔をした。

「まあ、なんとなく、考えてることはあるんだが……」

「なによ、それ。はっきり言いなさいよ。オーダーは男子が参加してもいいんだし」

 松平は、さらに悩んだ。どうしたの? 奇策?

「これから俺が言うことは、参考程度に聞いて欲しい」

「分かったから」

 はずれたときの予防線を張らない。オーダーを個人の責任にしてもしょうがない。

「俺は、清心のオーダーを、こう読む」


 新巻 森屋 原田 佐伯 古谷

 

 えッ……なにこれ?

「どういうオーダーなの?」

「3年生を記念に出すオーダーだ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あ、そういうことか。

「た、たしかに、森屋(もりや)くんと原田(はらだ)くんは3年生で、まだほとんど出てないわ」

 しかも、清心は優勝が決まってるから、記念出場はアリだ。

「それだけじゃない。俺たちがフルオーダー……例えば、福留、裏見、飛瀬、馬下、来島できたとき、ほぼ3−2で清心の勝ちになるオーダーだ。合理的でもある」

 私たちは、おたがいに目配せし合った。

「これ前提でいく?」

 3年生の松平に気兼ねしてる気配があったから、私から尋ねた。

「でも、これに対する有効な手段がないような……」

 飛瀬さんは、くびをひねった。松平は、また言いにくそうな顔をする。

「ひとつだけある……5番席を空欄にするんだ」

 あッ! 例の作戦ッ!

 

 裏見vs新巻 飛瀬vs森屋 馬下vs原田 佐伯vs来島 不在vs古谷

 

 これは……これは○○○●●がありえる。

 それだけじゃない。さっきのABパターンにも対応している。だって、

 

 【Aパターン】

 裏見vs田中 飛瀬vs新巻 馬下vs森屋 来島vs佐伯 不在vs古谷

 【Bパターン】

 裏見vs田中 飛瀬vs中川 馬下vs新巻 来島vs佐伯 不在vs古谷


 AもBも2勝2敗1ガチ。ガチンコの場所が移動するだけだ。

「飛瀬さん……決断をお願い」

 私たちは、一斉に飛瀬さんを……主将の顔をみた。

 飛瀬さんは、決意のうなずき。

「これでいきます……」

 そのとき、運営からアナウンスがあった。オーダー提出の時刻だ。

 部長の来島さんがオーダー表に書き込んで、運営に提出した。

 箕辺(みのべ)くんたちは、てきぱきと確認。各チームに返却した。

「それでは、オーダー交換の時間です」

 私たちは、対局席に移動した。ひさびさにドキドキする。

 相手は部長の古久根(こくね)くん、こちらは来島さんが1番席に座った。

「市立からで、どうぞ」

 来島さんは、ゆずり返さなかった。

「1番席、副将、裏見先輩」

 この時点で、清心のほうに微妙なうごきがあった。

「……1番席、三将、新巻」

 きたッ! 第一条件クリア!

 これは、森屋→原田でならべてるはず。2勝2敗1ガチ。

 私は、佐伯(さえき)くんと目が合った。その瞬間、ちょっとイヤな気配がした。

「2番席、五将、飛瀬さん」

「2番席、六将、佐伯」

 ……えッ?

「3番席、七将、馬下さん」

「3番席、七将、山崎(やまさき)

「4番席、八将、来島」

「4番席、八将、古谷」

「5番席は……いません」

「5番席、九将、古久根」

 うッ……私たちは、オーダー表を確認する。

 

挿絵(By みてみん)


 1勝2敗2ガチ。

「はずれたね……」

 来島さんは席を立って、飛瀬さんに話しかけた。

「記念オーダーじゃなくて、育成オーダーだね……2年生以下のフルメンバー……」

 ああ、松平……私は、松平をさがした。気まずそうに、すみっこにいる。

「ちょっと、松平」

「いや、すまん……ほんと……」

「ちがうわよ。怒りに来たんじゃないわ。新巻くんの特徴を教えてちょうだい」

 松平は、髪をくしゃくしゃにしながら、目を閉じた。

虎向(こなた)は振り飛車党で、向かい飛車以外はなんでもやる」

「向かい飛車以外……むかしの私と似てるってこと?」

 松平は、くびをたてに振った。

「たぶん、市内のメンバーなら、初期の裏見に一番近いと思う」

「穴熊はしないってわけね?」

「めちゃくちゃ重要な対局以外は、めったにしない」

 なるほど……だとすれば……ある程度予測がつく。

「裏見、あいては昔の自分だと思え。そうすれば、初見じゃなくなる」

「分かった……アドバイス、ありがと」

 私は松平と右手でハイタッチして、1番席にむかう。

「あ、待ってましたよ、裏見先輩!」

 新巻くんは、さきに着席していた。いつもの陽気なスマイル。

「よろしく」

 私も着席して、駒をならべる。清心のほうは、すでに弛緩しているかと思いきや、そうでもないようだ。上等よ。

「1番席は、振り駒をお願いします」

 箕辺くんの指示。

「裏見先輩で、どうぞ」

 私はゆずり返したけど、新巻くんはもういちど返してきた。

「それじゃ、私が振るわね」

 1番席と2番席がガチンコだから、奇数先(きすうせん)偶数先(ぐうすうせん)、どっちでも同じだ。

 私が後手になるか、飛瀬さんが後手になるかのちがいだけ。

 でも、できれば飛瀬さん先手のほうが……えいッ!

「ぐッ……市立、奇数先」

「清心、偶数先!」

 歩をもどして、待機。会場内は、熱気が高まる。

「準備のできていないところはありますか? ……それでは、始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますッ!」

 新巻くんがチェスクロを押して、対局開始。

 私はひと呼吸おいて、7六歩。

「3四歩」

「2六歩」

 新巻くんは、中央の歩に指をそえた。

「5四歩ですッ!」


挿絵(By みてみん)


 きたわねッ! これは予想どおりッ!

 振り飛車党時代の私でこの状況なら、ゴキゲンを選択する。

 2五歩、5二飛、5八金右、6二玉、4八銀、7二玉、6八玉。

 とりあえず中央を厚くしておく。

「5五歩」

「2四歩」

 同歩、同飛、3二金、2八飛、2三歩、4六歩、3五歩、4七銀、9四歩、9六歩。

「5四飛と出ますッ!」


挿絵(By みてみん)


 積極的な棋風。穴熊を牽制してきた。

 私の9六歩が、穴熊放棄じゃないことを見抜いている。なかなかやるわね。

 だてに4連勝はしてないわけか。

「7八銀よ」

「銀冠も受けてたちますよッ!」

 8二玉、8六歩、7二銀、7九玉、4二銀、7七角、5三銀、8八玉。

「ぶつけますね、2四飛」


挿絵(By みてみん)


 ん? ここでぶつけてきた? 飛車交換は大丈夫ってこと?

 へんね、こっちのほうが駒は繋がってるんだけど……私は、交換した場合を考える。2四同飛、同歩、4一飛(先着)で、3一金は4三飛成があって、3一飛は同飛成、同金、2三飛の打ち直し……いや、3一同飛成に同角かしら……なるほど、5三に攻め駒があるから、3一角でも悪くはないわけか……私のほうは、2八飛が受からない、と。

「取れないわね。2五歩よ」

「さすがは裏見先輩、そうこなくっちゃ。3四飛」

 うーん、いい位置につけられた。かなり指し慣れているようだ。

 私はとりあえず、囲いの完成を目指す。

 8七銀、8四歩、7八金、6四銀、6六歩、1四歩、1六歩。

 

挿絵(By みてみん)

 

 最後の端歩は、手詰まりっぽい? それとも税金?

 よく分からないけれど、全体的にまえのめりだ。金を移動させてくるかしら。

「どうしようかな……」

 新巻くんは、うしろ髪を束ねているゴムをはずして、結びなおし始めた。これは、考えるときの癖っぽいわね。私はお茶を飲む。8三銀もありそうだし、4二金もありそう。7四歩もあるかなあ……どれを本命で読むか、なやましい。

 

 私も、真剣に読み始めた。

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