114手目 5回戦 葛城〔升風〕vsポーン〔藤花〕
「というわけで、市立のほうは俺が観るから、歩夢は藤女のほうを頼む」
「了解です」
……どうも、駒込歩夢です。この世で最も姉に似ていない男と呼んでください。
松平先輩は、市立の観戦に行っちゃいました。
裏見先輩の応援のまちがいじゃないんですかね……まあ、いいですけど。
藤女の動向がたいせつなのは事実ですし、ここは偵察といきましょう。
組み合わせは……うーん、どこをみてもおもしろそうだな……ただ、1番席は曲田くん持ち、3番席は春日川さんがほぼ勝ちで、5番席は辻先輩が有利……このあたりは放置しとこう。2番席か4番席……やっぱり主将同士の戦いかな。4番席。
ステルス移動して、僕は4番席にまわった。
「振り駒をしてください」
さあ、林家さんが振りまして。
「藤花、奇数先」
「升風、偶数先」
なるほど、葛城先輩が先手。だったら、升風サイドへふたたび移動。
「……」
「……」
なんでどっちも黙ってるのかな?
ポーン先輩が、優勝ラインで真剣になってるのは分かるけど……うーん。
ポーン先輩と葛城先輩。お嬢様と男の娘。ひと波乱ありそうだ。
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いしまぁす」
「よろしくお願い致します」
ポーン先輩がチェスクロを押して、対局開始。
葛城先輩とは指したことがあるけど、ポーン先輩は、よく知らないんだよね。高校から参加してるはずだ。居飛車党とは聞いているから、おそらく相居飛車。
「7六歩ぅ」
8四歩、6八銀。矢倉になった。3四歩、6六歩、6二銀、5六歩、5四歩、4八銀、4二銀、5八金右、3二金、7八金、4一玉、6九玉、5二金、7七銀、4四歩。どうしようかな。矢倉の序盤は、あんまりみてもしょうがないような……僕は、偵察がてら、ほかの対局席も回ってみた。
林家vs曲田が角換わり、獅子戸vs高崎が横歩、春日川vs蔵持が矢倉で、鞘谷vs辻は横歩。対抗型がひとつもない。めずらしい……で、一周して葛城vsポーン。
なるほど、きわめて普通の矢倉。
ここから5三銀、4六角と進んで、脇システム。
2二玉、2六歩、9四歩、9六歩、8五歩、1六歩、1四歩、2五歩。
おたがいに飛車先を詰めた。そろそろ開戦じゃないかな。4六角で。
「4六角ですわッ!」
だよね。同銀、6四銀。ここで葛城先輩が小考。
この様子だと、単純に収める気はなさそうだ。6一角あたりに突っ込むかな?
「んー、6一角ぅ」
「Ups!! いきなり攻めてまいりました」
今日は、冴えてるね。
狙いは要するに、3五歩からごちゃごちゃやって、6一の角で睨むわけだ。
最悪、角金交換まではもっていけるし、すぐに死ぬわけでもない。
「Umm……」
ポーン先輩は1分ほど考えて、5三銀。これは手を引かされた格好。
「3五歩ぅ」
同歩、同銀、3四歩、4六銀、4二銀右。
これは……露骨に殺しにきたか。5一銀〜5二銀で、角が死ぬ。
まあ、5一銀〜5二銀は手損だし、4三角成は残ってるけど。
「うぅん、なんかいやらしい手だねぇ」
「べつにいやらしくはありませんことよ」
「そうかなぁ? じゃあ、7五歩って突くねぇ」
これはむずかしい手だなあ。すぐには評価できないや。おそらくは、5一銀と形を崩させてから、4三角成と切る予定っぽい。そのまえに一手指さないといけないけど、右辺を動かすのはムリ。だから、一番マイナスにならない手。それが7五歩。
同歩だと、7二歩以下、角が助かる。無視して5一銀しかない。
「Keine andere Möglichkeit……5一銀ですわ」
「4三角成ぅ」
同金で、後手は陣形がめちゃくちゃ。
7四歩、6四角、3七桂、5二銀。
「5五歩ぅ」
同歩、7三歩成の予定かな。まあ、同歩しかないけど。
「同歩」
「7三歩成ぅ」
「ど、同角」
「7二歩ねぇ」
これを同飛なら、8三金が飛車角両取り。駒損回復になる。
このパターンは、葛城先輩持ち。ポーン先輩は、そろそろ反撃しないとね。
「ドイツ魂をみせてさしあげますわッ! 5六歩ッ!」
そうそう、こういう攻め合いのほうが、見てておもしろい。観戦者視点。
対局者はどうか分からないけど……あ、2四歩と突いた。
同銀、7一歩成、9三桂、7二金、4六角、同歩、8四飛。
「駒損は回復したよぉ、7三角ぅ」
葛城先輩、今日は過激だな。なにかあった?
7四飛、5一角成、5四飛、5八歩。
「3二銀で頑張りますわッ!」
なんだ、これ? 金銀が入れ替わった雁木? めずらしいにもほどがある。
っていうか、駒が一枚も繋がってないんだけど。
6二金と寄るくらいでも……いや、それは5三銀と立たれるくらいでダメか。
……………………
……………………
…………………
………………
ん? 意外と手がない? 葛城先輩も、ちょっと困った表情。
「ふえぇ……」
「ふえぇ、なんておっしゃっても、赦しませんことよ」
ポーン先輩は、やたら張り切っている。形勢がもどったからかな。
ここは、葛城先輩、慎重に考えないとマズい。
残り時間は、葛城先輩が13分、ポーン先輩が10分。
……………………
……………………
…………………
………………
「8一金」
えぇ? そこ? ……これは、どうなんだろう。
ポーン先輩に速い手がないことを前提にした、香車の回収。
ヘタしたらこれ、9二香と逃げる手まであるような……香車が欲しいのは、分かる。回収して2七香と打てたら、ほぼ先手の勝ちだから。ド急所に利いて、どうしようもない。
ポーン先輩は、かなり真剣な表情で読み始めた。
「8六歩」
葛城先輩は、同銀を選択。
ポーン先輩はセーラー服のそでをまくって、角を手にした。
「5九角ですわッ!」
攻守逆転したっぽい? 2七飛か3八飛だけど、どちらも3五歩の伸ばしがある。
あ、でも、そこで9一金と取って、香車をすえればいい勝負かな?
「2七飛……うぅん、3八飛ぃ」
3五歩、9一金、3六歩、3九香。うわぁ、おかしな2段ロケット。
「さすがに、わたくしが有利でしてよッ! 3七歩成ッ!」
同飛、3四歩(慎重)、4五歩、3三銀、1五歩、同歩。
「か、開拓ぅ……開拓するよぉ。9二金」
入玉だね。間違いない。ただこれ、入玉できそうな雰囲気だし、ポーン先輩はあわてるんじゃないかな。「はわわ」とか言ってる。とりあえず飛車角交換?
「3七角成」
うんうん、そうだよね。同香、5九飛、1二歩、同香、1三歩、同香、7六角。
入玉のときに邪魔な、飛車の横利きを消しにきた。でも、ちょっとやり方に疑問。
「5五飛」
これで、横利きは消えない。先手に桂馬でもあれば、だいぶ違うのに。
9三の桂馬を拾いにいくかな?
「4四歩ぅ」
「同金」
「ここで9三金だよぉ」
んー、4四歩は、入れてよかったのかな? 歩の補充だった?
4三銀右があるから……ああ、そう指した。後手は鉄壁。
7三馬(馬当たりだからね)、6四桂で、葛城先輩が困った。
「にゅ、入玉できないよぉ」
「投了しても、かまいませんことよ?」
さすがに、それはないかな。団体戦だし。
ピッ
あ、ここで葛城先輩が1分将棋。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
あッ! 切ったッ!
同金、6三馬、5七歩成、同歩、7六桂、同金。
ここで、ポーン先輩も1分将棋に。
なやましい局面だ。5七飛行成か、5七飛引成か。二者択一。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ポーン先輩が選んだのは、5七飛行成。
ここで120手くらいかな? まだ長引きそうだ。
「い、1四歩ぅ」
葛城先輩、入玉の体勢が築けないから、また攻めに転じた。
でも、中途半端な気がするなあ。この手で、後手の入玉も楽になる。
同香、2六桂、6九角、1四桂、同角成、6八銀。
両取り逃げるべからず。8四桂、7七金引、6八龍、同金。
「7九銀ッ!」
寄りそうなんだけど……手数は伸びそうだ。
9七玉、6八銀不成。
「い、1三歩ぅ」
葛城先輩は、力なく退路封鎖。
「Schau mal!! 8九飛成ッ!」
「ふえ?」
おっとっと、歩を取らない。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「い、1二飛だよぉ!」
「Was……habe ich gemacht……?」
後手が一気に危なくなった。とはいえ、さっきの歩は、取れないと思う。同馬は2五桂がふんどし。一見、同玉がよさげだけど、それは8二飛が銀桂両取り。8四飛成とされたかたちは、入玉の可能性大。かと言って、同桂は脱出が困難になる。というわけで、この1三歩は、放置せざるをえなかったんじゃないだろうか。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「さ、3一玉ですわッ!」
葛城先輩は59秒まで慎重に読んで、5五桂。
これだから将棋はおもしろい。ただ、一手ばったりではない模様。
後手もまだ余してる。
「9九龍ッ!」
「9八香ぉ!」
「寄せられるもんなら、寄せてみろ、ですわッ! 2二香ッ!」
とりあえず、4三桂不成だよね。同銀に、どうするか……なかなかむずかしい……あんまりいじると、3三の銀がどいて、脱出経路ができてしまう可能性もある。軽い手でいければいいんだけど……さて……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
4三桂不成が指された。これをノータイムで取るかどうか……取らない。
ポーン先輩は、時間攻めじゃなくて、自分も読むほうに力を入れた。
これはこれで、戦術だ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同銀」
葛城先輩にバトンタッチ。
攻めるんじゃなくて、守る手もあると思う。単に6四馬で王手するみたいなのは、4二歩と受けられてダメだろうな。銀2枚の連携が強い。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
へぇ、そこか。同銀が一瞬怖いけど、4一金、3二玉、4二金、同玉、2二飛成で、後手玉が一気に寄る。これは受けないといけない。放置は4一馬の一手詰み。
「Das ist sehr schwierig」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
ポーン先輩は、がっちりと5二金。これも打ちにくい手だ。攻め駒がなくなった。
以下、6四馬、6九馬、7八金打、7七銀不成、同銀、8五金、8六馬、7八馬。
詰めろじゃないけど、次に7七馬がある。同馬なら9六金の一手詰み。
「ふえぇ……わけがわかんないよぉ……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「い、1一飛成ぅ!」
おっと、勝負に出た。この瞬間に7七馬なら、4一歩成、同玉、2一龍で頓死。3一に合駒を打っても、同龍でムダ合いだから。詰めろ逃れの詰めろ。
さすがは葛城先輩、男の娘パワーをみせてきた。
「それが詰めろなのは、ご承知ッ! 8六金ですッ!」
ポーン先輩は、根っこの馬を取った。同玉、7七馬、8五玉。
「これが分かりやすいですのよッ! 7三金ッ!」
必至かな? 9四玉、6七角で、合駒が悪過ぎる。
「そ、そんなぁ……」
葛城先輩は、ぷるぷるしている。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
4一金、3二玉、9四玉、4九角、8五銀、同角成、同玉、7四銀、9四玉。
「7六馬ッ! 詰みですわッ!」
「ま、負けましたぁ……」
ゲームセット。主将対決は、藤女の勝ち。
「オーッホッホ! Ich hab' ein gutes Ende genommen!!」
葛城先輩は、涙目になりつつ、まわりの男子に結果をたずねた。
ここが一番遅かったから、藤女と升風の、ほぼ全員が集まっていた。
「ほ、ほかは、どうなってるのぉ?」
獅子戸くんと曲田くんが、おたがいに顔を見合わせた。
そして、獅子戸くんが答えた。
「えっと……2−3で負けです」
葛城先輩は、くちをぱくぱくさせる。
「ぼ、ボクが主将になって、負け越し……ボクも負け越し……う、うぅん……」
あ、倒れた。升風陣営、大慌て。
「きゅ、救急車を呼べッ! ……こら、おまえは先輩に触るなッ!」
じゃ、あとは獅子戸くんたちに任せよう。僕は市立の応援にダッシュ。
場所:2015年度春季団体戦 5回戦
先手:葛城 ふたば
後手:エリザベート・ポーン
戦型:脇システム
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲4八銀 △4二銀 ▲5八金右 △3二金
▲7八金 △4一玉 ▲6九玉 △5二金 ▲7七銀 △4四歩
▲7九角 △3三銀 ▲3六歩 △3一角 ▲3七銀 △6四角
▲6七金右 △4三金右 ▲6八角 △7四歩 ▲7九玉 △3一玉
▲8八玉 △5三銀 ▲4六角 △2二玉 ▲2六歩 △9四歩
▲9六歩 △8五歩 ▲1六歩 △1四歩 ▲2五歩 △4六角
▲同 銀 △6四銀 ▲6一角 △5三銀 ▲3五歩 △同 歩
▲同 銀 △3四歩 ▲4六銀 △4二銀右 ▲7五歩 △5一銀
▲4三角成 △同 金 ▲7四歩 △6四角 ▲3七桂 △5二銀
▲5五歩 △同 歩 ▲7三歩成 △同 角 ▲7二歩 △5六歩
▲2四歩 △同 銀 ▲7一歩成 △9三桂 ▲7二金 △4六角
▲同 歩 △8四飛 ▲7三角 △7四飛 ▲5一角成 △5四飛
▲5八歩 △3二銀 ▲8一金 △8六歩 ▲同 銀 △5九角
▲3八飛 △3五歩 ▲9一金 △3六歩 ▲3九香 △3七歩成
▲同 飛 △3四歩 ▲4五歩 △3三銀引 ▲1五歩 △同 歩
▲9二金 △3七角成 ▲同 香 △5九飛 ▲1二歩 △同 香
▲1三歩 △同 香 ▲7六角 △5五飛 ▲4四歩 △同 金
▲9三金 △4三銀右 ▲7三馬 △6四桂 ▲4三角成 △同 金
▲6三馬 △5七歩成 ▲同 歩 △7六桂 ▲同 金 △5七飛上成
▲1四歩 △同 香 ▲2六桂 △6九角 ▲1四桂 △同角成
▲6八銀 △8四桂 ▲7七金引 △6八龍 ▲同 金 △7九銀
▲9七玉 △6八銀不成▲1三歩 △8九飛成 ▲1二飛 △3一玉
▲5五桂 △9九龍 ▲9八香 △2二香 ▲4三桂不成△同 銀
▲4二歩 △5二金 ▲6四馬 △6九馬 ▲7八金打 △7七銀不成
▲同 銀 △8五金 ▲8六馬 △7八馬 ▲1一飛成 △8六金
▲同 玉 △7七馬 ▲8五玉 △7三金 ▲4一金 △3二玉
▲9四玉 △4九角 ▲8五銀 △同角成 ▲同 玉 △7四銀
▲9四玉 △7六馬
まで170手でポーンの勝ち




