表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第10局 熱血!春の団体戦(2日目・2015年5月17日日曜)
123/682

111手目 5回戦 獅子戸〔升風〕vs高崎〔藤花〕

※ここからは高崎たかさきさん視点です。

挿絵(By みてみん)


「チッ……育成オーダーでこなかったか」

 オレは、軽く舌打ちをした。すると、目の前に座っている、ライオンのたてがみ頭の男子が、ちらりと顔を上げた。ちょっとイカツイこの男子こそ、オレの対戦相手、獅子戸(ししど)譲二(じょうじ)。普段は、ジョージって呼ばれてる。居飛車党で……まあ横歩になるかな。

「いおりん、さっきから、なんで俺のこと、じろじろ見てるんだ?」

「ンー、ちょっと考えごとしててね」

「……明日は雪だな」

 バカだなあ、5月に雪が降るわけないだろ。どういう天気予報なんだよ。

「ライオンと(とら)って、どっちが強いと思う?」

「……それが考えごとなのか?」

「なんかさあ、おまえの髪型と、うしろにみえる虎向(こなた)のこと比べてたら、疑問に思った」

 ジョージは、テーブルにひじをついて、そのうえに顎を乗せた。

「俺と虎向のどっちが強いか、って比喩か?」

「ちげぇよ、純粋にライオンと虎のどっちが強いか訊いてんの」

 だいたい、将棋じゃ虎向のほうが強いだろうが。そんな質問しない。

 獅子戸は細かいところがあるから、ずいぶんと悩み始めた。

「ライオンと虎……1対1なんだよな?」

「あたりまえだろ。集団リンチはナシだ」

「ライオンの牡と牝って、どっちが強いんだった?」

「牡はたてがみがあって、牝はないんだよ」

 さすがにオレでも知ってる。だけどジョージは、あきれたように、ため息をついた。

「特徴を訊いてるわけじゃないんだが……国語の成績が悪いだろ?」

 ぐッ、なぜそのことを。

「いいから、答えろ」

「とりあえず……ライオンは狩りをするのが牝だから……」

 ここで、振り駒のアナウンスが入った。笑魅(えみ)が振る。

藤花(ふじはな)奇数先(きすうせん)

升風(ますかぜ)偶数先(ぐうすうせん)

 くそぉ、また後手かよ。たまには先手で指させろ。

 オレは、チェスクロを自分の右側において、対局開始の合図を待った。獅子戸は、なぜかライオンと虎の問題について、まだ考えている。盤外戦術になっちまったぞ。そういうつもりは、なかったんだが。

「それでは、対局を始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 オレがチェスクロを押して、対局開始。

「どっちが強いかは、ネットで調べるか……7六歩」

 3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛。


挿絵(By みてみん)


 予想通りの横歩だ。

「3三角」

「3六飛」

「8四飛」

 8五飛には、しない。最近は、こっちが普通だ。2六飛、2二銀、8七歩、5二玉、5八玉、7二銀、3八金、1四歩、4八銀、1五歩。


挿絵(By みてみん)


「端を詰めてくるのか……」

 ジョージは、すこしばかり眉をひそめた。

「最終戦だし、積極的にいくよ」

 バスケでもそうだけど、大一番で消極的な方針はダメなんだよ。ガンガン押して、相手にプレッシャーをかけるのが吉だ。人間って、メンタルの弱い動物だからね。

「こっちも、攻撃の態勢を築かないとな……3六歩」

「8六歩」

 オレの手をみて、獅子戸は悩ましげにのけぞった。

「いきなり仕掛けか」

 同歩、同飛、3五歩。

「行くぜッ! スリー・ポイント・シュート!」


挿絵(By みてみん)


 ガタリと、椅子の揺れる音。

「げッ! そっちかッ!」

 横歩のアレに飛び込むぜ。同銀、5五角打。

「放置なら、8八角成、同金、同角成だぞ」

「くそッ、分かってるって……だが、これは止まる。6六歩だ」

 なるほど、6六同角、7七銀なら、先手で止められるってわけか。

「そうはさせるか、1九角成」

 3七桂、2五歩、5六飛。


挿絵(By みてみん)


 ん……思ったより、稼げてない感じか? 第一感、5四香の返しなんだが……5四香には3六飛と逃げるしかなくて……そこで1八馬だよな。2七歩と受けるつもりか? そうなると、オレのほうも手がない……すぐに5七香成から崩せるわけでもないし……。

「チェッ、桂馬が立ちおくれたな」

 オレはコーラを飲んで、一息ついた。

 ジョージは、ほれみろと言った感じで、

「だろ? 7四歩って突くまえに攻めるから、そういうことになるんだ」

 と言った。オレは、コーラのペットボトルを、テーブルに打ち付けた。

「うっせぇな、いつ突くかは、オレの勝手なんだよ」

 とはいえ、こっから7四歩〜7三桂とする暇がないのは、事実だな。それについては、認めざるをえない。ジョージのほうは、3四歩〜4五桂がある。ってことは、なにかしないといけない。候補は……2六歩だ。同飛、1七馬と、移動を迫る。

「5四香」

 3六飛、1八馬、2七歩、2六歩、同飛。

「1七馬」


挿絵(By みてみん)


 2五飛と浮くのはありえないから、3六飛か4六飛。4六飛は3五馬として、拠点の歩を払える。だから、実質的には3六飛の一択。これなら、3四歩からの攻めを、3五歩で切り返すことができる。3四歩、4四角、4五桂、3五歩みたいな。

 獅子戸もむずかしいとみたのか、ここで長考。

「どっちもありそうだが……逃げないほうがいいか。3四歩」

 ンー、読みが、はずれたな。逃げないのもあったか。

 4四角、3三歩成、同桂、3四歩、2六角、3三歩成、同銀、2六歩。


挿絵(By みてみん)


 駒割りは、あんまりいい感じじゃないね。ジョージも飛車を持っちまった。

 ここは、いったん撤退したほうが良さそうだ。

「1六馬」

 3九金と引かせてから、3四馬と逃げる。ジョージ、ふたたび長考。

「しまったな……金当たりで逃げ回れるのか……」

 ま、たまたまだけどね。3四馬が7八金に当たってなかったら、危なかった。

 問題は、ここで4五角がみえるんだよね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は高崎(たかさき)さんの脳内イメージです。)

 

 同馬、同桂は、こっちが不利。馬が消えたうえに、銀当たりになる。

 

 パシリ

 

 ジョージは、オレが考えている最中に、4五角と打ってきた。

 同馬はできないから……3六歩と攻め合うか。3六歩、3四角、同銀、2五桂と逃げてきて、これを喰いちぎる順もありそうだ。2五同銀、同歩、3七歩成、同銀……ここで飛車を下ろすか? ただ、下ろす場所が難しいな。1九飛は意味ないし……先に桂馬を打つか? 4五桂、4六銀、5七桂成、同銀、同香成、同玉……これだッ! 次に5九飛ッ!

「3六歩ッ!」

 3四角、同銀、2五桂、同銀、同歩、3七歩成、同銀。

「4五桂ッ!」

「くッ! 4六銀ッ!」

 5七桂成、同銀、同香成、同玉。

「5九飛だッ!」


挿絵(By みてみん)


 これは優勢の感触があるぞ。ジョージも、頭を抱えた。

「しまった……中央を過小評価してた……」

「7四歩を突かなくても、中央突破できるんだぜ?」

 オレは、コーラをがぶ飲みする。いやぁ、うまい。

「逆転の芽があるのは、これくらいか? ……5八香」

 香車で受けてきたか……うまくいけば、5三香成、同玉、6五桂狙いね。

「じゃあ、消すしかないよな。6九銀」

 6八金、5八銀成、同金、5四香、5六歩、同香、4六玉、5八飛成。

「5四歩」


挿絵(By みてみん)


 さてと……これ、ヘタしたら、詰めろになってるんだよな。先手は持ち駒が多い。

 残り時間は、オレがまだ10分余してるし、ちょっと考えよう。5三歩成、同玉、6五桂は確実として、これでオレの玉が詰んでるかどうか……6二玉とスライドして、5三角と打たせてから5二玉ともどるのは、どうだ? これが一番詰まない形か? 4二飛、5一玉、6二銀……は詰むから、素直に4二同金、同角成、同玉。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は高崎さんの脳内イメージです。)

 

 これで詰まないっぽいかね。5四桂、3一玉、3二歩、2一玉と、横へ逃げていけば、駒が足りないだろう……ん? 待てよ。今は4六に玉がいるから、6五桂って打つ必要性がないよな。4五桂でも紐はついてる。4五桂だと、右にも駒が利くから、捕まるか? 5三歩成、同玉、4五桂、6二玉、5三角、5二玉、4二飛、同金、同角成、同玉、5四桂、3一玉……3二銀、同玉、3三金、2一玉、2二銀、1二玉……打ち歩詰め?

 なにか読み間違えてないだろうな? 3二銀のところで3二歩は、同玉なら詰みだが、2一玉と寄られたときに詰まないはずだ。5四桂に代えて3四桂は、5一玉と下がられたときに、継続手段がない。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 詰まないってことで、いいんだよな? だったら、ジョージの寄せをみるぜ。ここから即詰みがあるなら、それで話は終わりだ。読む順番がおかしかったか。まずは……駒を節約するなら、5七龍の王手。でも、詰め将棋的には、ありえない。八段目の横利きがなくなる。むしろ、5七角と打ちたいよな。5六玉は3五角成から即詰み。3六玉は……3五歩と頭を押さえて、2七玉、3六金、1七玉、1六歩までか。突き歩詰め。

 ん? 待てよ? ってことは、3七玉でも詰みだよな? 3六歩がある。

 オレは、ニヤリと笑った。

「なんだ、簡単に詰んでるじゃないか。5七角」


挿絵(By みてみん)


 ジョージは、がっくりと肩を落とした。

「さすがに見落とさないか……」

「当たり前だ。詰みまで指すか?」

「しょうがないよな、団体戦だし」

 3七玉、3六歩、同玉、3五歩、2七玉、3六金、1七玉。

「1六歩、と」

「負けました」

「ありがとうございました」

 おたがいに一礼して、対局終了。この勝ち、デカイんじゃない?

 ジョージは、たてがみみたいな髪の毛の端をつまんで、くるくると回した。

「どっかで、えらく間違ったな」

「4五角以下は急転直下だったし、そこでべつの手だったんじゃない?」

 オレたちは、局面をもどした。


挿絵(By みてみん)


 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「ほかの手があるように、見えないんだが」

 とジョージ。

「6七角で、ぎりぎり凌いでない?」

「同馬で?」

「同金のあと、7八角も7八飛も打てないと思うよ」

「8七歩から叩いて終了だろう」

 ん、そうか。8筋に歩が利くんだな。

「8七歩、同銀、8八飛は終わりだから、8七歩、7九銀か……でもさ、本譜は詰みまで一直線に進んじゃったわけだし、こっちで耐えるほうが、よくない?」

「次の3六歩を、どうやって耐える?」


挿絵(By みてみん)


 ああ……オレも、髪の毛をくしゃくしゃにした。

「これは激痛だな。明確にオレのほうがいい」

「もっとまえで間違った気がするな。1七馬と引かれたとき、3六飛と寄るんだったか」

「いや、それはオレも読んだけど、3四歩、4四角、4五桂、3五歩の止めがあるだろ。先手からは、攻められなくなると思うんだけど。それとも、全部守り切るわけ?」

「守り切るって言ってもなあ……左辺の格好が悪過ぎるし……」

「ようするに、最初の飛車成りが成立してるってことじゃないの?」

 ジョージは、あんまり認めたがらなかった。序盤で悪くしてるってことだから。

「ほかは、どうなってるんだろうな?」

 ジョージは、左右を確認した。

 笑魅と勝己(かつみ)琴音(ことね)蔵持(くらもち)先輩は、まだ指していた。

「ここが早く終わり過ぎなんだよ」

 オレは、腕組みをして、椅子にもたれかかった。

「しょうがないだろ、横歩は事故ったら粘れない」

 まったく……お、そういえば、思い出したぞ。

「ところで、ライオンと虎、どっちが強いんだ?」

「またそのネタか?」

「このままだと、夜眠れなくなるだろ」

「ライオンは集団で狩りをするだろ。虎は一匹狼で……」


 虎がオオカミ? ……おかしいだろッ!

場所:2015年度春季団体戦 5回戦

先手:獅子戸 譲二

後手:高崎 伊織

戦型:横歩取り8四飛型


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △3三角 ▲3六飛 △8四飛

▲2六飛 △2二銀 ▲8七歩 △5二玉 ▲5八玉 △7二銀

▲3八金 △1四歩 ▲4八銀 △1五歩 ▲3六歩 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3五歩 △8八飛成 ▲同 銀 △5五角打

▲6六歩 △1九角成 ▲3七桂 △2五歩 ▲5六飛 △5四香

▲3六飛 △1八馬 ▲2七歩 △2六歩 ▲同 飛 △1七馬

▲3四歩 △4四角 ▲3三歩成 △同 桂 ▲3四歩 △2六角

▲3三歩成 △同 銀 ▲2六歩 △1六馬 ▲3九金 △3四馬

▲4五角 △3六歩 ▲3四角 △同 銀 ▲2五桂 △同 銀

▲同 歩 △3七歩成 ▲同 銀 △4五桂 ▲4六銀 △5七桂成

▲同 銀 △同香成 ▲同 玉 △5九飛 ▲5八香 △6九銀

▲6八金 △5八銀成 ▲同 金 △5四香 ▲5六歩 △同 香

▲4六玉 △5八飛成 ▲5四歩 △5七角 ▲3七玉 △3六歩

▲同 玉 △3五歩 ▲2七玉 △3六金 ▲1七玉 △1六歩


まで96手で高崎の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ