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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第10局 熱血!春の団体戦(2日目・2015年5月17日日曜)
122/682

110手目 5回戦 林家〔藤花〕vs曲田〔升風〕

※ここからは林家はやしやさん視点です。

挿絵(By みてみん)


「いわゆる、ガチンコというやつですわ」


 と、ポーン先輩。たしかに、これはガチンコですね……升風(ますかぜ)の野郎、手抜いてくれないのか……それにしても、うちに優勝の芽がまだあるなんて、びっくらこいた。条件は、市立が自力、うちが他力。市立が2−3で負けてうちが3−2で勝てば、プレーオフ、それ以上の差がつけば、うちの勝ち。

「さあ、張り切って行きますわよ」

 私たちは、全員着席。お相手は。

「ネクラ野郎なんだよなぁ……」

 目の下にクマのあるこの暗そうな男子こそ、曲田(まがた)勝己(かつみ)

 升風の新1年生。ようするに、同学年ってことです。

「林家さん、どうしたの? イヤそうな顔だね?」

「なんでもないでがす」

 こいつ、苦手なんですよね……いろんな意味で……。

 駒を並べて……さっさと振り駒。

藤花(ふじはな)、奇数先」

升風(ますかぜ)、偶数先」

 どうですか、この振り駒の先手番率。振り駒の笑魅(えみ)と呼んでください。

「対局準備の整っていないところはありますか?」

 箕辺(みのべ)会長、すでにお疲れの模様。声がかすれてます。

「それでは、対局を始めてください」

「よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

 まずは、7六歩ってなもんだ。

「どうしよっかな……8四歩」

 矢倉のお誘い? ……なんか怖い。こいつ、前日に当たりが分かってるときの勝率が、異常に高いんですよね……8割くらいあるはず……準備周到、矢倉は罠っぽい……。

「2六歩」

「その角換わり、受けるよ、3二金」

 7八金、8五歩、7七角、3四歩、8八銀。

「7七角成」

「同銀」


挿絵(By みてみん)


 さあ、角換わり。

 4二銀、3八銀、7二銀、1六歩、1四歩、9六歩、9四歩。

 端は全部突く。

 3六歩、6四歩、4六歩、6三銀、6八玉、5二金、4七銀。

「素直に腰掛け銀かな……5四銀」

 5八金、4四歩、5六銀。

 

挿絵(By みてみん)


 一番オーソドックスになりましたね。

 ちょっと相手の読み筋に入ってる可能性があるか……。

 4一玉、6六歩、7四歩、7九玉、3一玉、3七桂、3三銀。

「4八飛ッ!」

「へぇ、林家(はやしや)さんが、めずらしいね、攻めに出るんだ」

 それは、どうかな。

 4二金右、8八玉、2二玉、6八金右で、ボナンザ囲いっぽいものが完成。

「2四銀」

 これは……挑発ですね。飛車をもどれってことか。

「2八飛」

「3三銀」

 ウーン、4八飛の千日手狙いくさい。どうりで指し手が早いわけだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 行きますか。

「9八香」


挿絵(By みてみん)


 穴熊は正義。

「それを待ってたよ、7三桂」

「穴を待ってるとか、こいつ変態ですよ」

 9九玉、と。

「変態で結構、こじ開けるから、6五歩」


挿絵(By みてみん)


 えぇ? ここで攻めて来るの?

「千日手狙いかと思ったんですがね」

「まあ、一応は狙ってたよ。でも、拒否したのはそっちだよね?」

 正論は、つまらん。

「で、これを取ったら、どうなるんですか?」

「……」

 あ、沈黙しましたね。自力で解いてやりますよ。

 エート、6五同歩……7五歩? 同歩、6五銀、同銀、同桂、8八銀、7七歩……じゃないですね。5七桂成といきなり捨てて、同金、3九角。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は林家(はやしや)さんの脳内イメージです。)

 

 これは、崩壊してますね……間違いない。

 ってことは、6五銀に同銀と取らないか、そもそも7五同歩と取らないか。

 このどっちかですねぇ……どっち? 6五銀に同銀と取らない……のは、5六銀、同歩から角を打たれて、ジリ貧になりそう。7五歩を取らない方針一択。8八銀と引いて、桂馬の筋を避けておくでがす。

「6五同歩」

 7五歩、8八銀、8六歩、同歩、同飛。

 ここで8七歩から収めるのは、8三飛と引かれて、こっちに手がない。

「……6四角」


挿絵(By みてみん)


 こう。攻めながら守りまひょ。

「なるほどね、8三飛なら8四歩ってわけか」

 そうでがす。8七に打ってないから、8四に打てるって寸法よ。

「まあ、それでも8三飛なんだけどね」

 勝己は8三に飛車を引いた。うっざ。

「8四歩」

「9三飛」


挿絵(By みてみん)


 横にスライドされちっち。

「引きこもりみたいな飛車してますね」

「笑魅さんの王様には直通してるよ」

 相引きこもりぃ。これは負けられませんね……おうちから出たほうが負け……つまり、引きずりだせばいいわけですか。飛車を引きずり出す方法は、9五歩か? 同歩なら9四歩、同飛、7三角成……うん。

「9五歩」

「同歩、9四歩かな?」

「いちいち言わなくていいでがす」

「取らないけどね。6五銀」


挿絵(By みてみん)


 えッ? ……取らない手があるの? なくない?

 9四歩、9二飛、9三歩成、5二飛、7三角成くらいしかないのに。

 これは、大幅に私がいいでしょう。よくない?

「それ、なにか錯覚してませんか?」

「錯覚してるのは、笑魅さんのほうじゃないの?」

 ウーン……自信満々に返されると、困る……さすがに、勝己レベルでおかしな錯覚をしているとは思えない……でも、9四歩以下は、どうみても私がいい……。

「悩んだら取るッ! 9四歩ッ!」

「同飛」


挿絵(By みてみん)


 なんだこれぇ……私は、目の錯覚じゃないかどうか、こすってみる。盤面、変わらず。

「ひ、飛車を捨てるんですか?」

「これくらいしないとさ、笑魅さん、おうちから出てくれないでしょ?」

 それもそうか……って、なんで納得してるんですか。罠くさい。同香、同香が王手で、9七歩、5六銀、同歩……いや、待ってくださいよ……5六歩だと、8五桂がウザイですね。9七桂成から殺到されると、潰れかねない……だったら、5六同歩に代えて、7三角成か。でも、そこで6七歩と打たれるのが、これまたウザイ。

 

挿絵(By みてみん)


 (※図は林家さんの脳内イメージです。)

 

 まさか、後手の攻めが繋がってる……?

「笑魅さん、取らないの? 飛車だよ? 飛車? 美味しそうでしょ?」

「ちょ、ちょっと静かにするでがす」

 6七歩に、どう逃げるか……7七金右しかない。7六歩、同金、5七銀成……うッ……これは先手陣が、めちゃくちゃ薄い……穴熊の意味がない……。

「あ、そうだ。僕も、お題を考えたんだよ」

「お題って、なんですか?」

「笑魅さんが、よくやってるやつ。ほにゃららとかけまして、うんたらかんたら」

 ああ、なぞかけのことですか。私が答えると、勝己はこくりとうなずいた。

「今の局面とかけまして、笑魅さんと解きます。これで、いい?」

「その心は?」

「いろいろと手遅れです」

「は? ……つまんないです」

「つまないのは、僕の王様ね」

 うっさい。マジで転がすぞ。落語を舐めるな。

「林家笑魅の辞書に、手遅れなんて文字はないんですよッ! 9四同香ッ!」

 こうなったら、ガチンコでぶつかる。

「『手遅れ』が載ってない辞書は、欠陥品だよ……同香」

 9七歩、5六銀、7三角成、6七歩、7七金右、7六歩、同金、5七銀成。


挿絵(By みてみん)


 チクショー! 読み通りになっちゃった! 手を変えられないッ!

「1五歩ッ!」

 端攻めに賭ける。左からの攻撃は、間に淡路(あわじ)

 6八歩成、同金、同成銀、同飛、8七歩、同……銀とは、できないか。7九角で終わりそう。1四歩と取り込む。6七歩、同飛、7八銀、2五桂。


挿絵(By みてみん)


「喰らいついてきたんじゃないですか、これ?」

「自陣がめちゃくちゃなのに、よくそういうこと言えるね……8八歩成」

「おうちを出ます。同玉」

 ああ、太陽がまぶしい。

 6七銀成、1三銀(端は完全突破)、3一玉、6一飛、4一香、6七飛成。


挿絵(By みてみん)


 棺桶にした。これは逆転の可能性がある……と思います、多分。

 ここで、勝己は小考。

「成銀を抜かれたのは、ちょっと想定外かな。長引きそうだ」

 でしょ? そう簡単には、終わらせませんから。

「とりあえず、叩いておくよ、6六歩」

 あ、狙って575にしましたね。金子(かねこ)先輩が黙ってませんよ。文芸部ですし。金子先輩に俳句の蘊蓄(うんちく)を語らせたら、すごいってもんだ。頭がくらくらしてきます。だいたいね、琴音(ことね)ちゃんも邦楽部だし、みんな和風なんですよ、和風。例外は伊織(いおり)ちゃんくらい。

「そのまえに、3三銀を、取っときます」

 3三桂成、同金右、6六龍。

「1三桂」

 ぐぅ……銀を補充してきたか……金銀3枚だと入玉しにくい……。

「同歩成」

「同香」

 これを同香成……は、1八飛、6八歩、1三飛成で、私の負けか。勝己のほうは入玉が簡単ですからね。1三香は取れない……なにか、1筋方面に利かせないと……。

「5一馬」


挿絵(By みてみん)


 勝己、本局で初めて眉をひそめる。

「これは……ああ、2五桂狙いか」

 見抜かれちっち。でも、見抜いたところで、次の2五桂は防げない。

 勝己、長考。あごに手をあてて、深く考え込む。

「……5八飛」

「8七玉」

 入玉、入玉、さっさと入玉。

「ん? 6八歩としないの?」

「1九香成のタイミングは与えません」

「それは、そうだけど……8六歩」


挿絵(By みてみん)


 連続の叩き。同金、7四桂、6二龍が第一感ですが、それは5四角、6五合駒、6七銀の詰めろが怖い……入玉、ひるむべからず。

「同玉、王手龍は許容します」

「ウーン、やっぱり、そうくるんだね。最善な気がする」

 勝己は、両手を頬に当てて、盤上没我。

「あ、私も、なぞかけを思いつきましたよ」

「……」

「テストの山勘(やまかん)とかけまして、ブラのホックと解きます」

「……」

「外れると大変です」

「……」

 無視かよ。せっかくエッチぃの選んだのに。

 勝己は、さらに1分考えて、7四桂と打った。

 8五玉、6六桂、2五桂。

「5四飛成」

 これが詰めろ。痛い。

「9四玉」

「8二銀」


挿絵(By みてみん)


「さすがに、入玉はムリだと思うけど?」

 そんなバカな……こんなことがあってはならない……。

 私は、残り時間いっぱい使って、脱出方法を考えた。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「さ、3三桂成ッ!」

「笑魅さんは、おうちにしまっちゃおうね、8三銀打」

 9五玉、9四歩、8六玉、8八飛。


挿絵(By みてみん)


「しまわれた……」

「どうする? まだ指す?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 詰む詰まない以前の問題ですね、こりゃ。思い出王手もできやしねぇ。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「負けました」

「ありがとうございました」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ひどい、これはひどい。

「なんか、いいところなかったですね」

「9五歩ってムリする必要あった?」

「飛車を捨ててくるとは思わなくて」

 先入観だったかなあ。反省。

「まあ、あそこで9五歩の代わりに7五歩じゃ、なにがしたいのか分からないよね。おとなしく、8七歩、8三飛、7二角、8二飛、6一角成とかだったんじゃないの?」


挿絵(By みてみん)


 ウーン、この、とりあえず馬にしてみました感。

「馬を作って、どうするんですか? 次に6五銀か7六歩が丸見えなんですが」

「6五銀、同銀、同桂、8三銀とか、いろいろあるんじゃないの?」

「それ、飛車が捕まってませんよね? 8一飛で?」

「捕まえなくても、閉じ込めておいたらダメなの? 7二馬、3一飛とか」

「ダメでしょう。5七桂成、同金、3九角があるのに」


挿絵(By みてみん)


 感想戦では、手が見えるってもんだ。

「ああ、そう言えば、そうだね。本譜でも考えた気がする」

 ぐぅ、おちょくってますね、これは。

「じゃあ、6一角と離して打とうか。6一角、8一飛、7二角成はありえないから、6一角に8五飛、7二角成、6五銀、7三馬、5六銀、同銀で」

「ちょっと待つでがす。5六銀、同銀じゃなくて、7四馬、8一飛、5六馬でがす」


挿絵(By みてみん)


 こっちのほうが、圧倒的に鉄壁。

 勝己は、「へぇ」と感心しながら、あごを上げた。

「たしかに、そっちのほうがいいね。ちょっと適当に考え過ぎたかな。でも、8七歩に8四飛と引いても、6二角、8三飛、7一角成、6五銀、7二馬、8五飛、7三馬、5六銀以下で、結局同じなんだよね。あ、そう言えば、対局中にも考えたかな」

 おまえ、なんで本譜で考えたこと忘れてるんだよ。わざとだろ。

 手の内を明かさないスタイル、嫌い。

「これ、感想戦する意味あるんですかね……」

「ん? もう打ち切るの? 僕は構わないけど」

「なぞかけで、交互に評価し合うっていうのは、どうですか?」

「いいよ。ほかは終わってないみたいだし」

 いいのか……言い出しっぺの私が困惑してしまう。冗談だったのに。

「じゃあ、私からいきますよ。虎向(こなた)のパンツとかけまして……」

場所:2015年度春季団体戦 5回戦

先手:林家 笑魅

後手:曲田 勝己

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀

▲3八銀 △7二銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩

▲3六歩 △6四歩 ▲4六歩 △6三銀 ▲6八玉 △5二金

▲4七銀 △5四銀 ▲5八金 △4四歩 ▲5六銀 △4一玉

▲6六歩 △7四歩 ▲7九玉 △3一玉 ▲3七桂 △3三銀

▲4八飛 △4二金右 ▲8八玉 △2二玉 ▲6八金右 △2四銀

▲2八飛 △3三銀 ▲9八香 △7三桂 ▲9九玉 △6五歩

▲同 歩 △7五歩 ▲8八銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛

▲6四角 △8三飛 ▲8四歩 △9三飛 ▲9五歩 △6五銀

▲9四歩 △同 飛 ▲同 香 △同 香 ▲9七歩 △5六銀

▲7三角成 △6七歩 ▲7七金右 △7六歩 ▲同 金 △5七銀成

▲1五歩 △6八歩成 ▲同 金 △同成銀 ▲同 飛 △8七歩

▲1四歩 △6七歩 ▲同 飛 △7八銀 ▲2五桂 △8八歩成

▲同 玉 △6七銀成 ▲1三銀 △3一玉 ▲6一飛 △4一香

▲6七飛成 △6六歩 ▲3三桂成 △同金右 ▲6六龍 △1三桂

▲同歩成 △同 香 ▲5一馬 △5八飛 ▲8七玉 △8六歩

▲同 玉 △7四桂 ▲8五玉 △6六桂 ▲2五桂 △5四飛成

▲9四玉 △8二銀 ▲3三桂成 △8三銀打 ▲9五玉 △9四歩

▲8六玉 △8八飛


まで116手で曲田の勝ち

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