110手目 5回戦 林家〔藤花〕vs曲田〔升風〕
※ここからは林家さん視点です。
「いわゆる、ガチンコというやつですわ」
と、ポーン先輩。たしかに、これはガチンコですね……升風の野郎、手抜いてくれないのか……それにしても、うちに優勝の芽がまだあるなんて、びっくらこいた。条件は、市立が自力、うちが他力。市立が2−3で負けてうちが3−2で勝てば、プレーオフ、それ以上の差がつけば、うちの勝ち。
「さあ、張り切って行きますわよ」
私たちは、全員着席。お相手は。
「ネクラ野郎なんだよなぁ……」
目の下にクマのあるこの暗そうな男子こそ、曲田勝己。
升風の新1年生。ようするに、同学年ってことです。
「林家さん、どうしたの? イヤそうな顔だね?」
「なんでもないでがす」
こいつ、苦手なんですよね……いろんな意味で……。
駒を並べて……さっさと振り駒。
「藤花、奇数先」
「升風、偶数先」
どうですか、この振り駒の先手番率。振り駒の笑魅と呼んでください。
「対局準備の整っていないところはありますか?」
箕辺会長、すでにお疲れの模様。声がかすれてます。
「それでは、対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
まずは、7六歩ってなもんだ。
「どうしよっかな……8四歩」
矢倉のお誘い? ……なんか怖い。こいつ、前日に当たりが分かってるときの勝率が、異常に高いんですよね……8割くらいあるはず……準備周到、矢倉は罠っぽい……。
「2六歩」
「その角換わり、受けるよ、3二金」
7八金、8五歩、7七角、3四歩、8八銀。
「7七角成」
「同銀」
さあ、角換わり。
4二銀、3八銀、7二銀、1六歩、1四歩、9六歩、9四歩。
端は全部突く。
3六歩、6四歩、4六歩、6三銀、6八玉、5二金、4七銀。
「素直に腰掛け銀かな……5四銀」
5八金、4四歩、5六銀。
一番オーソドックスになりましたね。
ちょっと相手の読み筋に入ってる可能性があるか……。
4一玉、6六歩、7四歩、7九玉、3一玉、3七桂、3三銀。
「4八飛ッ!」
「へぇ、林家さんが、めずらしいね、攻めに出るんだ」
それは、どうかな。
4二金右、8八玉、2二玉、6八金右で、ボナンザ囲いっぽいものが完成。
「2四銀」
これは……挑発ですね。飛車をもどれってことか。
「2八飛」
「3三銀」
ウーン、4八飛の千日手狙いくさい。どうりで指し手が早いわけだ。
……………………
……………………
…………………
………………
行きますか。
「9八香」
穴熊は正義。
「それを待ってたよ、7三桂」
「穴を待ってるとか、こいつ変態ですよ」
9九玉、と。
「変態で結構、こじ開けるから、6五歩」
えぇ? ここで攻めて来るの?
「千日手狙いかと思ったんですがね」
「まあ、一応は狙ってたよ。でも、拒否したのはそっちだよね?」
正論は、つまらん。
「で、これを取ったら、どうなるんですか?」
「……」
あ、沈黙しましたね。自力で解いてやりますよ。
エート、6五同歩……7五歩? 同歩、6五銀、同銀、同桂、8八銀、7七歩……じゃないですね。5七桂成といきなり捨てて、同金、3九角。
(※図は林家さんの脳内イメージです。)
これは、崩壊してますね……間違いない。
ってことは、6五銀に同銀と取らないか、そもそも7五同歩と取らないか。
このどっちかですねぇ……どっち? 6五銀に同銀と取らない……のは、5六銀、同歩から角を打たれて、ジリ貧になりそう。7五歩を取らない方針一択。8八銀と引いて、桂馬の筋を避けておくでがす。
「6五同歩」
7五歩、8八銀、8六歩、同歩、同飛。
ここで8七歩から収めるのは、8三飛と引かれて、こっちに手がない。
「……6四角」
こう。攻めながら守りまひょ。
「なるほどね、8三飛なら8四歩ってわけか」
そうでがす。8七に打ってないから、8四に打てるって寸法よ。
「まあ、それでも8三飛なんだけどね」
勝己は8三に飛車を引いた。うっざ。
「8四歩」
「9三飛」
横にスライドされちっち。
「引きこもりみたいな飛車してますね」
「笑魅さんの王様には直通してるよ」
相引きこもりぃ。これは負けられませんね……おうちから出たほうが負け……つまり、引きずりだせばいいわけですか。飛車を引きずり出す方法は、9五歩か? 同歩なら9四歩、同飛、7三角成……うん。
「9五歩」
「同歩、9四歩かな?」
「いちいち言わなくていいでがす」
「取らないけどね。6五銀」
えッ? ……取らない手があるの? なくない?
9四歩、9二飛、9三歩成、5二飛、7三角成くらいしかないのに。
これは、大幅に私がいいでしょう。よくない?
「それ、なにか錯覚してませんか?」
「錯覚してるのは、笑魅さんのほうじゃないの?」
ウーン……自信満々に返されると、困る……さすがに、勝己レベルでおかしな錯覚をしているとは思えない……でも、9四歩以下は、どうみても私がいい……。
「悩んだら取るッ! 9四歩ッ!」
「同飛」
なんだこれぇ……私は、目の錯覚じゃないかどうか、こすってみる。盤面、変わらず。
「ひ、飛車を捨てるんですか?」
「これくらいしないとさ、笑魅さん、おうちから出てくれないでしょ?」
それもそうか……って、なんで納得してるんですか。罠くさい。同香、同香が王手で、9七歩、5六銀、同歩……いや、待ってくださいよ……5六歩だと、8五桂がウザイですね。9七桂成から殺到されると、潰れかねない……だったら、5六同歩に代えて、7三角成か。でも、そこで6七歩と打たれるのが、これまたウザイ。
(※図は林家さんの脳内イメージです。)
まさか、後手の攻めが繋がってる……?
「笑魅さん、取らないの? 飛車だよ? 飛車? 美味しそうでしょ?」
「ちょ、ちょっと静かにするでがす」
6七歩に、どう逃げるか……7七金右しかない。7六歩、同金、5七銀成……うッ……これは先手陣が、めちゃくちゃ薄い……穴熊の意味がない……。
「あ、そうだ。僕も、お題を考えたんだよ」
「お題って、なんですか?」
「笑魅さんが、よくやってるやつ。ほにゃららとかけまして、うんたらかんたら」
ああ、なぞかけのことですか。私が答えると、勝己はこくりとうなずいた。
「今の局面とかけまして、笑魅さんと解きます。これで、いい?」
「その心は?」
「いろいろと手遅れです」
「は? ……つまんないです」
「つまないのは、僕の王様ね」
うっさい。マジで転がすぞ。落語を舐めるな。
「林家笑魅の辞書に、手遅れなんて文字はないんですよッ! 9四同香ッ!」
こうなったら、ガチンコでぶつかる。
「『手遅れ』が載ってない辞書は、欠陥品だよ……同香」
9七歩、5六銀、7三角成、6七歩、7七金右、7六歩、同金、5七銀成。
チクショー! 読み通りになっちゃった! 手を変えられないッ!
「1五歩ッ!」
端攻めに賭ける。左からの攻撃は、間に淡路。
6八歩成、同金、同成銀、同飛、8七歩、同……銀とは、できないか。7九角で終わりそう。1四歩と取り込む。6七歩、同飛、7八銀、2五桂。
「喰らいついてきたんじゃないですか、これ?」
「自陣がめちゃくちゃなのに、よくそういうこと言えるね……8八歩成」
「おうちを出ます。同玉」
ああ、太陽がまぶしい。
6七銀成、1三銀(端は完全突破)、3一玉、6一飛、4一香、6七飛成。
棺桶にした。これは逆転の可能性がある……と思います、多分。
ここで、勝己は小考。
「成銀を抜かれたのは、ちょっと想定外かな。長引きそうだ」
でしょ? そう簡単には、終わらせませんから。
「とりあえず、叩いておくよ、6六歩」
あ、狙って575にしましたね。金子先輩が黙ってませんよ。文芸部ですし。金子先輩に俳句の蘊蓄を語らせたら、すごいってもんだ。頭がくらくらしてきます。だいたいね、琴音ちゃんも邦楽部だし、みんな和風なんですよ、和風。例外は伊織ちゃんくらい。
「そのまえに、3三銀を、取っときます」
3三桂成、同金右、6六龍。
「1三桂」
ぐぅ……銀を補充してきたか……金銀3枚だと入玉しにくい……。
「同歩成」
「同香」
これを同香成……は、1八飛、6八歩、1三飛成で、私の負けか。勝己のほうは入玉が簡単ですからね。1三香は取れない……なにか、1筋方面に利かせないと……。
「5一馬」
勝己、本局で初めて眉をひそめる。
「これは……ああ、2五桂狙いか」
見抜かれちっち。でも、見抜いたところで、次の2五桂は防げない。
勝己、長考。あごに手をあてて、深く考え込む。
「……5八飛」
「8七玉」
入玉、入玉、さっさと入玉。
「ん? 6八歩としないの?」
「1九香成のタイミングは与えません」
「それは、そうだけど……8六歩」
連続の叩き。同金、7四桂、6二龍が第一感ですが、それは5四角、6五合駒、6七銀の詰めろが怖い……入玉、ひるむべからず。
「同玉、王手龍は許容します」
「ウーン、やっぱり、そうくるんだね。最善な気がする」
勝己は、両手を頬に当てて、盤上没我。
「あ、私も、なぞかけを思いつきましたよ」
「……」
「テストの山勘とかけまして、ブラのホックと解きます」
「……」
「外れると大変です」
「……」
無視かよ。せっかくエッチぃの選んだのに。
勝己は、さらに1分考えて、7四桂と打った。
8五玉、6六桂、2五桂。
「5四飛成」
これが詰めろ。痛い。
「9四玉」
「8二銀」
「さすがに、入玉はムリだと思うけど?」
そんなバカな……こんなことがあってはならない……。
私は、残り時間いっぱい使って、脱出方法を考えた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「さ、3三桂成ッ!」
「笑魅さんは、おうちにしまっちゃおうね、8三銀打」
9五玉、9四歩、8六玉、8八飛。
「しまわれた……」
「どうする? まだ指す?」
……………………
……………………
…………………
………………
詰む詰まない以前の問題ですね、こりゃ。思い出王手もできやしねぇ。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けました」
「ありがとうございました」
……………………
……………………
…………………
………………
ひどい、これはひどい。
「なんか、いいところなかったですね」
「9五歩ってムリする必要あった?」
「飛車を捨ててくるとは思わなくて」
先入観だったかなあ。反省。
「まあ、あそこで9五歩の代わりに7五歩じゃ、なにがしたいのか分からないよね。おとなしく、8七歩、8三飛、7二角、8二飛、6一角成とかだったんじゃないの?」
ウーン、この、とりあえず馬にしてみました感。
「馬を作って、どうするんですか? 次に6五銀か7六歩が丸見えなんですが」
「6五銀、同銀、同桂、8三銀とか、いろいろあるんじゃないの?」
「それ、飛車が捕まってませんよね? 8一飛で?」
「捕まえなくても、閉じ込めておいたらダメなの? 7二馬、3一飛とか」
「ダメでしょう。5七桂成、同金、3九角があるのに」
感想戦では、手が見えるってもんだ。
「ああ、そう言えば、そうだね。本譜でも考えた気がする」
ぐぅ、おちょくってますね、これは。
「じゃあ、6一角と離して打とうか。6一角、8一飛、7二角成はありえないから、6一角に8五飛、7二角成、6五銀、7三馬、5六銀、同銀で」
「ちょっと待つでがす。5六銀、同銀じゃなくて、7四馬、8一飛、5六馬でがす」
こっちのほうが、圧倒的に鉄壁。
勝己は、「へぇ」と感心しながら、あごを上げた。
「たしかに、そっちのほうがいいね。ちょっと適当に考え過ぎたかな。でも、8七歩に8四飛と引いても、6二角、8三飛、7一角成、6五銀、7二馬、8五飛、7三馬、5六銀以下で、結局同じなんだよね。あ、そう言えば、対局中にも考えたかな」
おまえ、なんで本譜で考えたこと忘れてるんだよ。わざとだろ。
手の内を明かさないスタイル、嫌い。
「これ、感想戦する意味あるんですかね……」
「ん? もう打ち切るの? 僕は構わないけど」
「なぞかけで、交互に評価し合うっていうのは、どうですか?」
「いいよ。ほかは終わってないみたいだし」
いいのか……言い出しっぺの私が困惑してしまう。冗談だったのに。
「じゃあ、私からいきますよ。虎向のパンツとかけまして……」
場所:2015年度春季団体戦 5回戦
先手:林家 笑魅
後手:曲田 勝己
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩
▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △7二銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩
▲3六歩 △6四歩 ▲4六歩 △6三銀 ▲6八玉 △5二金
▲4七銀 △5四銀 ▲5八金 △4四歩 ▲5六銀 △4一玉
▲6六歩 △7四歩 ▲7九玉 △3一玉 ▲3七桂 △3三銀
▲4八飛 △4二金右 ▲8八玉 △2二玉 ▲6八金右 △2四銀
▲2八飛 △3三銀 ▲9八香 △7三桂 ▲9九玉 △6五歩
▲同 歩 △7五歩 ▲8八銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛
▲6四角 △8三飛 ▲8四歩 △9三飛 ▲9五歩 △6五銀
▲9四歩 △同 飛 ▲同 香 △同 香 ▲9七歩 △5六銀
▲7三角成 △6七歩 ▲7七金右 △7六歩 ▲同 金 △5七銀成
▲1五歩 △6八歩成 ▲同 金 △同成銀 ▲同 飛 △8七歩
▲1四歩 △6七歩 ▲同 飛 △7八銀 ▲2五桂 △8八歩成
▲同 玉 △6七銀成 ▲1三銀 △3一玉 ▲6一飛 △4一香
▲6七飛成 △6六歩 ▲3三桂成 △同金右 ▲6六龍 △1三桂
▲同歩成 △同 香 ▲5一馬 △5八飛 ▲8七玉 △8六歩
▲同 玉 △7四桂 ▲8五玉 △6六桂 ▲2五桂 △5四飛成
▲9四玉 △8二銀 ▲3三桂成 △8三銀打 ▲9五玉 △9四歩
▲8六玉 △8八飛
まで116手で曲田の勝ち




