108手目 5回戦 不破〔天堂〕vs大場〔駒北〕
※ここからは大場さん視点です。
なんでこんなことになってるんっスかッ!?
「さ、最終戦で、ヤンキーと当たっちゃったっス……」
五見くんは、眼鏡をくぃ〜。
「おたがいに端ですからね。ずらしようがありませんよ」
「なに冷静な分析してるんっスか! 全勝賞がかかってるんっスよ!」
「それは僕も同じですよ。4連勝で、捨神先輩と当たってますから」
「角ちゃん、全勝賞欲しいっス!」
「だったら、倒せばいいでしょう、倒せば」
おうおう、やったるっスよ。あのヤンキー女を、ぼこぼこにしてやるっス。
「これから5回戦を始めます。全員、着席してください」
角ちゃん、怒りの着席。
楓ちゃんは先に座って、飴玉を舐めてるっス。
「ちぃす」
「今日こそは、ぎたんぎたんにしてやるっス! 覚悟するっス!」
「なんだ、それ、挨拶くらいしろよ」
「上級生にむかって、なんっスか、その態度はッ!?」
「いや、下級生にむかって『ぎたんぎたん』もないっしょ……つーか、あたしは、将棋の序列でしか敬意払わないから。年齢とか関係ないんで、よろしくぅ」
くぅ、マジで頭金にしてやるっス。怒りの駒並べ。
「振り駒をしてください」
1番席の五見くんがカシャカシャ。
「……駒北、偶数先」
「天堂、奇数先」
なんで後手引いてるんっスか! ちゃんと振り駒の練習するっス!
「対局準備の整っていないところはありますか?」
ないっス。
「では、始めてください」
「よろしくお願いするっス」
チェスクロをポチポチ。
「よろしく、と……7六歩」
「3四歩っス」
「2六歩」
ふえ?
「居飛車っスか?」
「あんた、三間党だろ。相振りにする必要性を感じないんでね」
くぅ、たしかに中飛車vs三間飛車は、中飛車が不利っスけど、メタらなくていいじゃないっスか。角ちゃん、ぐれちゃう。
「お望み通り、三間っス! 3五歩!」
6八玉、3二飛、4八銀、4四歩、7八玉、6二玉、7七角。
やっぱり居飛車穴熊っスね。そのための2六歩だったっス。
7二玉、8八玉、8二玉。
「9八香」
「こっちも9二香っス!」
「へぇ……相穴にするんだ」
美濃囲いオンリーと思ってもらっちゃ、困るっス。穴熊も得意なんっスよ。
「まあ、じっくり指しますか。9九玉」
9一玉、8八銀、8二銀、2五歩、3四飛。
いい感じに出られたっスね。
「こっちも浮くよ、2六飛」
5二金左、7九金、1四歩、5九金、7一金、6九金右、4二銀、5六歩。
「角ちゃんの十八番、石田流を喰らうっス!」
楓ちゃんは、飴玉を口の端によせて、眉をひそめたっス。
「石田穴熊ぁ? ……欲張り過ぎでしょ」
「欲張りの、なにが悪いんっスか?」
「べつに悪いとは言わないけどさ……6八角」
い、いきなり角をぶつける準備っスか? ……成立してるっぽいっスね。
「さあ、どうする? 3六歩でも、いいぞ?」
「さ、3六歩は、そのうちやるっス。先に4三銀っス」
5七銀、6二金左、7八金上、3三桂、1六歩、5四銀。
「あたしのほうが、堅いんだよなあ」
「バランスでなんとかするっス」
「石田穴熊とか、バランス無視してる構えだろ……そろそろ、いくぜ」
楓ちゃんは、6六銀と上がったっス。7七銀引の準備っスか?
……違うっスね。5五銀とぶつけてきそうっス。
だったら、手順に固めるっス。
「6四歩っス」
「5五銀」
「6三銀っス」
ここで、楓ちゃんが小考。
「……ちょいとゆさぶりをかけるか。7七角」
あ、攻勢に出たっスね。手損では、あるんっスが……次は4四銀っスか?
一見、桂馬が助からないように見えるっスけど、5七の地点が空いてるっス。
「4五桂っス」
「ふぅん、やるね……4六銀」
角ちゃんも、5四銀と出直すっス。
9六歩、1二香、6八角、6五銀。
「7六と5六、どっちかの歩は、助からないっスよ」
ここで、楓ちゃんは長考。ハマったんじゃないっスか?
「……成立してるな。1五歩だ」
ふわぁッ!? いきなり端攻めっスか?
「そんなの、成立してないっス」
「成立してるかどうかは、将棋の神様が決めることなんだよ」
「じゃあ、楓ちゃんが決めることでもないっス」
「チッ、口だけは達者だな」
「デザインが達者と言って欲しいっす」
楓ちゃんは、角ちゃんの制服を、じろじろ眺めたっス。
「それ、駒北の制服だろ? なんで星マークとかついてるんだ?」
「これは、角ちゃんがデザインした、特製っス」
「おまえ……制服改造したらダメだろ」
「煙草吸ってるような女に言われたくないっス」
「校則はなぁ、破るためにあるんだよ」
そこだけは意見が一致したっス。角ちゃんの才能は、ルールに縛られないっス。
「いいから、さっさと考えろよ」
あ、おしゃべりに時間を使っちゃったっス。反省。
「とにかく、こんなの成立してないっス」
ああしてこうして……受かってるはずっス。
「同歩っス!」
3六歩、同歩、1五香、4六角、同歩。
「5七銀で、桂馬は死んでないっス」
「あたしの読みについてきてるね。そうこなくっちゃ、面白くねぇよな。8六角」
ここで4六銀成……じゃないっスね。香車を拾ってから、4五歩に3七歩成っス。
「やっぱ桂馬はあげるっス。1五香っス」
「4五歩」
「3七歩成っス! 先着したっスよ!」
楓ちゃん、ここで指の骨をポキリ。暴力はダメっス。
「これを見落としてるんじゃないか? 3五歩だ」
飛車の頭に歩打ちっスか?
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…………………
………………
「あッ、1三角」
(※図は大場さんの脳内イメージです。)
見落としてたっス。楓ちゃんはニヤリ。
「飛車角交換までは、確定だな」
ひ、飛車角を交換しない方法……ないっスね。
「くぅ、同飛っス!」
1三角、3六と、2八飛、4五歩、3五角成、同と、3一飛、4六と。
こうなったら、がむしゃらに、と金を寄せて行くっス。
楓ちゃんは、また長考。スティック付きの飴玉を転がして、両腕を組んだっス。
「さすがに、と金の速度では負けるか……じゃあ、こうだな」
6四角。飛び出してきたっスね。
「5六とっス。まむしのと金っスよぉ」
「4四歩」
ここで6七と、同金、6六銀直……は、さすがにヌル過ぎるっスね。
「角を殺しに行くっス! 6三香っス!」
楓ちゃんは、ガリリと飴玉を噛み砕いたっス。
「そいつを待ってたんだよ。7五桂」
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…………………
………………
「は、8三桂不成が激痛っス……」
8三桂不成〜7一龍〜6二龍は、投了級っス。
「7四銀と引くしかないぜ?」
「言われなくても分かってるっスよ! 7四銀っス!」
6三桂成(あうあう、角ちゃんの香車)、同銀、8六角。
6五の銀がいなくなって、5六とが立ち往生してるっス。角ちゃんピーンチ!
「4三歩成は阻止するっス。5二銀っス」
「3八飛寄」
「じわじわ行くぜ」
「それは悪手っス! 4九角があるっス!」
これが飛車取り&6七とを見てるっス。
「飛車を取ってる暇があるのか? 4三歩成だよ」
ふわぁ? ここで歩成っスか?
「ろ、6七……」
待つっス。6七と、間に合ってるっスか? 6七と、同金、同角成、5二と、同金、7八銀とかっスか? 同馬と切って……切ったら、さすがに繋がらないっスね。まず3八角成と取ってから、5二と、同金、3八飛成……は飛車を打ち込む場所がないっス。
「両方の含みを残すっス。4三同銀っス」
「そっちか……」
楓ちゃん、またまたシンキングタイム。
残り時間は、角ちゃんが13分、楓ちゃんが15分っス。
楓ちゃん、早指しだけど、要所要所で、きっちり使ってる印象っスね。
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………………
「これでだいたい決まってるな。7一飛成」
「ひ、飛車を切るんっスか……?」
「終盤は駒得より寄せの速度だぜ」
同銀で、なにかあるんっスか? 金じゃ絡めないっスよ?
「同銀っス」
「3一飛成……どう対応する?」
銀取りっスね……8二銀で、いいんじゃないっスか?
8二銀……ああッ! 7一金があるっス!
「ぎ、銀をもどれないっス……」
「もどったら、7一金、同銀、同龍、8二金、6二龍までだ。それとも、同龍のときに、8二飛と打つか? 龍を撤退して、あたしの勝ちだよ」
どうするっスか? 6一歩っスか? でも、金底の歩には香車、になっちゃうっス。6五香があるっス。6一桂は、6五香、6三歩、同香成、同金、6一龍で、金銀の連結が悪いっス。どう繋げても、こっちが駒損になるっス。
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…………………
………………
ヤバいっスね、これ。受けの手が、ひとつしかないっス。
「は、8二玉っス」
これで耐え忍ぶっス。
「6一金」
「それはイモ筋っス! 同金っス!」
同龍、6二金。これでただの手損っス。
「6五香」
ブーっ!
「龍も捨てるんっスか!?」
「あのな、相穴の終盤は、金銀>その他なんだよ。分かってんのか?」
「そんなの攻めが切れるに決まってるっス!」
「おう、じゃあ切らせてみろよ」
望むところっスよ。
6一金、同香成、6三飛(攻防っス)、7一成香(いきなり詰めろっスか)、同玉。
「6三飛は、攻防にみえて疑問手だ。6四銀」
あッ……完全に閉じ込められちゃったっス。
角ちゃん、ここで最後の長考。時間がないっス。
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…………………
………………
ピッ
……………………
……………………
…………………
………………
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同飛っス!」
「なんだ、おまえも切ってるじゃないか。同角」
めちゃくちゃ薄いっス……先手は穴熊が丸残り……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ご、5二銀打っス」
楓ちゃん、残り5分をここで全部投入。読み切られちゃ〜う。
「よし……5三角成」
角切りとか、どうみても寄り筋を見つけたとしか思えないっス。
同銀、6三金。詰めろっス。5二飛は4一飛、6一合駒(5一合駒は同飛成、同飛、7二金打で詰むっス)、4三飛成以下、駒をボロボロ取られて投了っス。
かと言って、ほかに適当な手も……4三の銀に紐をつけるっスか?
6一角? でも、5三の銀に紐がないから、5三金と取られて終了っス。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ご、5二飛っス!」
「4一飛」
6一角、4三飛成、6二飛。
「投げ場がなくなってるぞ。5三龍だ」
6三飛、同龍、7二金。
「6二金……詰みだ」
同金、8二銀、同玉、6二龍、7二合駒、7一銀、9一玉、8二銀までっスか。
この時点で8二玉と逃げても、7二金、同角、7一銀以下、詰むっスね。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「負けましたっス」
「ありがとうございました」
……………………
……………………
…………………
………………
角ちゃん、悲しい。
「どこが悪かったっスか?」
「端攻めが炸裂してるし、駒組みが悪いんじゃないか」
マジっスか!? 全否定っスか!?
「もうちょっと、先輩をいたわって欲しいっス」
「あのさぁ……あたしは、将棋が強くない人間に、頭下げないから」
「どういう価値基準なんっスか?」
楓ちゃんは、新しい飴玉を取り出して、口に頬張ったっス。
「あたしはね、大人のマネしてるだけなの、分かる? 地位にへこへこしたり、金にへこへこしたりするだろ? あたしの場合は、その基準が将棋ってだけ」
「大人のマネなんか、しちゃダメっスよ。心が穢れるっス」
「おまえ、いいこと言うな」
「角ちゃんは、ピュアな心の持ち主っスからねぇ」
「お、おう……それより、藤女と市立の試合、観に行こうぜ。まだ決まってないだろ」
そうっスね。男子は清心で決まりっスけど、女子はまだ逆転の芽があるっス。
今回は、角ちゃんの完敗っス。潔く、負けを認めるっス。
あとで優太くんに慰めてもらっちゃ〜う。
場所:2015年度春季団体戦 5回戦
先手:不破 楓
後手:大場 角代
戦型:先手居飛車穴熊vs後手石田流穴熊
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △3五歩 ▲6八玉 △3二飛
▲4八銀 △4四歩 ▲7八玉 △6二玉 ▲7七角 △7二玉
▲8八玉 △8二玉 ▲9八香 △9二香 ▲9九玉 △9一玉
▲8八銀 △8二銀 ▲2五歩 △3四飛 ▲2六飛 △5二金左
▲7九金 △1四歩 ▲5九金 △7一金 ▲6九金右 △4二銀
▲5六歩 △1三角 ▲6八角 △4三銀 ▲5七銀 △6二金寄
▲7八金右 △3三桂 ▲1六歩 △5四銀 ▲6六銀 △6四歩
▲5五銀 △6三銀 ▲7七角 △4五桂 ▲4六銀 △5四銀
▲9六歩 △1二香 ▲6八角 △6五銀 ▲1五歩 △同 歩
▲3六歩 △同 歩 ▲1五香 △4六角 ▲同 歩 △5七銀
▲8六角 △1五香 ▲4五歩 △3七歩成 ▲3五歩 △同 飛
▲1三角 △3六と ▲2八飛 △4五歩 ▲3五角成 △同 と
▲3一飛 △4六と ▲6四角 △5六と ▲4四歩 △6三香
▲7五桂 △7四銀 ▲6三桂成 △同 銀 ▲8六角 △5二銀
▲3八飛寄 △4九角 ▲4三歩成 △同 銀 ▲7一飛成 △同 銀
▲3一飛成 △8二玉 ▲6一金 △同 金 ▲同 龍 △6二金
▲6五香 △6一金 ▲同香成 △6三飛 ▲7一成香 △同 玉
▲6四銀 △同 飛 ▲同 角 △5二銀打 ▲5三角成 △同 銀
▲6三金 △5二飛 ▲4一飛 △6一角 ▲4三飛成 △6二飛
▲5三龍 △6三飛 ▲同 龍 △7二金 ▲6二金
まで119手で不破の勝ち




