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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第1局 香子ちゃん、四国遠征編(2014年8月18日月曜〜25日月曜)
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10手目 四国最強の少年

 ふり返ると、目つきの鋭いオールバックの少年が立っていた。白の半袖シャツに黒のベスト。グレーの半ズボン。顔は顎に向かっていくラインが細く、磯前いそざきさんとくらべて、そこまで日焼けしていない。でも、腕に筋肉はついていた。屋内系のスポーツをしている雰囲気だ。バスケとか。背はそこそこかな。

 少年は私にちらりと視線を向けた。予備の椅子を持ち出して、テーブルの端に腰をおろした。緊張が走る。

「こいつが、例の女ですか?」

 少年は、ずいぶんとぶっきらぼうに尋ねた。

 香宗我部こうそかべくんがたしなめる。

義伸よしのぶ、失礼だぞ」

「で、結果は?」

 香宗我部くんは、私がキャット・アイじゃないことを保証した。

 ヨシノブと呼ばれた少年は、私の顔をのぞきこむ。

「ふぅん……そっか」

 信用しやすい性格なのか、それとも私が怪盗なんてありえないと思ったのか、ヨシノブくんはあっさりと背を引いた。そして、ポケットに手を突っ込んだまま、ちょっと偉そうな態度で、香宗我部くんに話しかけた。

「ってことは、俺がやるしかないわけですね」

「そうは言っていない。今から相談して決める」

 香宗我部くんの返事に対して、ヨシノブくんは不満げな表情をうかべた。

「なんで俺じゃダメなんですか? 四国で俺より強いやつはいないんですよ?」

 とんでもなく強気な発言が出た。

 私は疑惑の目をむける。香宗我部くんは、ようやくこの少年を紹介してくれた。

「彼は、吉良きら義伸よしのぶ、県立王手町おうてまち高校の1年生です」

 吉良くんは、よろしく、と、愛想のない挨拶。なんか印象悪いなあ、と思いきや、よくよくみると、顔立ちは年相応の幼さで、背伸びしてる感がカワイイ。地方特有の、つっぱりたいお年頃、というやつだろうか。

「お姉さん、なんて名前ですか?」

裏見うらみよ」

「出身は?」

駒桜こまざくら

 吉良くんは、よく手入れされた眉毛を持ち上げた。

「駒桜? 捨神すてがみのいる町ですよね?」

「捨神くんのこと、知ってるの?」

 当たり前だろうと、吉良くんは態度で示した。

「裏見先輩は、俺のこと知らないんですか?」

「知らない」

 堂々と答えてみた。こういうタイプは、いじりたくなる。

 案の定、吉良くんは自尊心が傷つけられたのか、身をよじった。「知らないとか、もぐりですね」と返せないのは、根がグレていない証拠。

「なんで知らないんですか?」

「私、高校から公式戦デビューで、学生棋界にくわしくないのよね」

 吉良くんはチッと舌打ちして、目をつむった。

「じゃあ、四国で一番将棋が強い男って覚えといてください」

「ほんとぉ?」

 ちょっと煽ってみたら、香宗我部くんがあいだに割って入った。

「身内びいきじゃありませんが、義伸は四国で一番強いと思います」

 四国の県代表のなかでもトップだと、香宗我部くんは付け加えた。

 ンー、そうか、ちょっとからかい過ぎたようだ。反省。

「つまり、捨神くんとはライバル?」

 吉良くんは、このコメントにも舌打ちした。

「ライバルじゃないですよ。あいつのほうが格下です」

 ところがこれは、香宗我部くんが認めなかった。

「いい勝負だろう」

 いい勝負なのか……それはそれで衝撃的なんだけれど。捨神くんより強い子には、会ったことがない。おなじH島県代表の桐野きりのさんがいい勝負かな、と思う。

 磯前さんもここで煽る。

「まあ、四国でトップと言っても、微差だろ」

 吉良くんはめんどくさそうな顔をして、

「微差じゃないですよ」

 と答えた。

「じゃあ、あたしに10割勝てる?」

 吉良くんは黙ってしまった。磯前さんの質問は、ちょっとイジワルだ。人間同士の将棋で10割はムリ。羽生名人だって、10割勝ってるわけじゃない。事故はある。吉良くんは、こうみえて、いじられキャラなのかもしれない。

「そんな話は、どうでもいいじゃないですか。キャット・アイをやっつけるんでしょう」

 香宗我部くんもマジメな顔になった。

「まず、だれが挑戦を受けるか、それを考えないといけない」

「だから、俺でいいじゃないですか? ほかにだれが出るんです?」

「義伸は、まがりなりにも四国最強だ。軽々と出せない。出して負けたら、ほかの地方に舐められるからな。O山の県代表が撃退に成功した以上、どうしても比較される」

 どうやら香宗我部くんは、四国将棋界の面子を気にしているようだ。高校生なのにブランド管理とか、ずいぶんと老練。駒桜市にそんな怪盗があらわれたら、捨神くんでもぶつけてお茶を濁すところだろう。

「俺は負けませんよ」

「将棋でそういう宣言は意味がない。来年度は大切な大会も控えている。自重しろ」

「あの盤、いくらするか分かってるんですか? 100万ですよ、100万」

 100万!?

「ご、ごめん、キャット・アイが盗みたがってるものって、何なの?」

 香宗我部くんは、市内の某高校が所有している将棋盤だと答えた。

「榧製の5寸6分盤です。時価で100万くらいすると言われています」

「だったら、吉良くんを出すしかなくない?」

 私は部外者なのに、うっかり口出ししてしまった。

 撤回するまえに、吉良くんが猛スピードで便乗してくる。

「ほら、H島のお姉さんも、そう言ってるじゃないですか。俺で決まりです」

 香宗我部くんは少しむずかしい顔をして、両肘をテーブルに乗せた。

 吉良くんに返事をするかと思いきや、相手は私だった。

「ここだけの話ですが……僕と磯前さんは、キャット・アイを捕まえたいんです」

「捕まえる? ……さっき、警察でも捕まらないって言ってなかった?」

「警察は、あんまり本気にしてないんですよ」

「どうして?」

「作り話だと誤解されてるんです。ちょっと人間だと思えないところがあって……」

 私は、比喩かなにかと思った。でも、香宗我部くんは、そのままの意味だと答えた。

「数メートルもある壁を飛び越えたり、高速で電柱にのぼったりできるんです」

「えぇ……嘘でしょ?」

「嘘じゃないんです。E媛のときも、取り押さえようとしたんですが、グラウンドのフェンスを乗り越えて、そのまま消えてしまいました。僕は、この目で目撃したんですよ」

 私は、なにかトリックがあるんじゃないかと指摘した。例えば、仲間が紐で吊り上げているとか。香宗我部くんは、それもありうると認めたうえで、

「ただ、あれは人間の動きじゃなかったと思います」

 と主張した。

「仮に……仮に超人的な怪盗だとして、どうやって捕まえるの?」

「T島の女性に、助っ人を求めています」

「助っ人? 女性? ……トリックを見破る名人とか?」

「いえ、多少は神通力が使えるので、なんとかなるのではないかな、と……おかしな話だと思われるかもしれませんが、キャット・アイは、化け猫という噂もあるんです。あたまに付けてる猫耳は、ヘアバンドじゃなくて本物だとか」

 あのさぁ……化け猫とか、いるわけないでしょ。

 中国地方から来た私を、からかってるんじゃないかしら。疑わしくなる。

「それに、その女性は、将棋も強いんです。T島の県代表ですから。でも、連絡が取れなくて……T島の知り合いに声をかけているんですが、まだ見つかっていません」

 さいですか――私は水を飲もうとコップに手を伸ばし、ふと止めた。

 将棋が強い、女性、T島……あれ? 心当たりがある。

「それって、大谷おおたにさん?」

 香宗我部くんは、顔をあげた。

「ご存知ですか?」

「今日の午前中に、横浪よこなみ半島で会ったわよ」

 なんてこった、と香宗我部くんは叫んで、席を立った。

「横浪半島の、どこですか?」

「お寺の裏で」

「義伸、手分けしてさがすぞ」

 あわてて勘定を済ませる香宗我部くんを、私は呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待って、電話を入れれば……」

「彼女は携帯を持ってないんです」

 私は、神崎かんざきさんが一緒にいたことを伝えた。

 香宗我部くんたちの顔が、パッと明るくなる。

「神崎さんに、連絡を取っていただけますか?」

「いいわよ」

 私たちは邪魔にならないように店を出て、神崎さんの携帯を呼び出した。


 プルル プルル

 

《もしもし、神崎だ》

「あ、神崎さん? 裏見だけど」

《どうした。やはり座禅を組む気になったか》


 私は、これまでの経緯を手短かに告げた。


《それは一大事だ。ひぃちゃんと代わろう》


 私も、携帯を香宗我部くんに預ける。香宗我部くんは大谷さんに、キャット・アイがあらわれたこと、彼女を捕まえるつもりなこと、そのためには、大谷さんの協力が必要なことを説明した。

「ええ……ありがとうございます。それでお願いします」

 香宗我部くんは携帯を切ると、私に返した。

「どうだった?」

「まだT佐市にいるそうです。今から合流する約束をしました」

 ふむふむ、お役に立てたようだ。

「ありがとうございました。それでは、また後ほど」

 

  ○

   。

    .


「いやあ、いきなり孫娘ができたみたいで、うれしいね」

 角刈りの、よく日に焼けた老人が、焼酎入りのグラスを手に笑った。

 このひとこそ、おじいちゃんの弟、裏見うらみ銀二郎ぎんじろう

 おじいちゃんに全然似てなくてびっくりした。性格も別人。

 昨日の夜も上機嫌だったけど、今日は輪をかけてにぎやかだ。それもそのはずで、桂太けいたの家の座敷には、神崎さんと大谷さんも同席していた。ふたりとも借りた浴衣姿で、夕食をごちそうになっている。今日釣ったばかりの魚が、刺身や焼き物になって、テーブルのうえに並べられていた。

「どんどん食べてくれよ。俺が獲ってきた魚だ」

 言われなくても食べております。

 私はカツオのたたきを頬張りながら、次の魚に迷う。

 鯛もおいしそうだけど、ここは地味にアジを……。

「裏見さんのおじいさまは、もとからK知にお住まいなのですか?」

 大谷さんの質問。よく聞いてくれたとばかりに、銀二郎さんは目をつむった。

「じつはな、俺は親父と……香子きょうこのひいじいちゃんだな。親父と大げんかして、16のときに家を飛び出したんだ。それから日本全国をふらふらして、ここに落ち着いた」

 なんか衝撃的。こういう裏話って、家族にも内緒のことが多いと思う。現に私は、おじいちゃんの弟が、K知で漁師をしているという情報しか知らなかった。

 桂太はタメ息をついて、

「どうせ落ち着くなら、もっと都会にして欲しかったよ」

 と言った。

 銀二郎さんは、桂太の後頭部をパシリとはたいた。

「馬鹿野郎、K知はいいところだろうが。それに、おまえの父ちゃんと母ちゃんは、ここで知り合ったんだ。ほかの土地に住んでたら、おまえは生まれてないんだぞ」

「そりゃ、そうだけどさ……」

 そうそう、過去を改変すると、自分が消えちゃう。

 タイムスリップして矛盾が生じないのは、SFの世界だけだわ。

 私はアジのフライを食べながら、そんなことを思った。

「ま、ゆっくりしてくんな」

 銀二郎さんはあらためて、私たち3人にそう挨拶した。

 大谷さんと神崎さんは、たまたまK知に遊びに来ている、という設定。ほんとうは、香宗我部くんに頼まれて、キャット・アイを捕まえる予定だった。いきなりホテルをとるのはムリだから、桂太の家が選ばれた、というわけ。

 私たちは大いに食べて、歯を磨いてから、就寝することになった。2階の客間で、雑魚寝する。電気を消して、私はすぐに寝入った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ん? 私は肩を揺すられて、目を覚ました。

「どうしたの?」

 目をこすりながら起き上がると、神崎さんが膝立ちになっていた。

「なにやら、外の様子がおかしい」

「様子? なんの?」

 風が吹く。どうやら窓が開いているようだ。

 神崎さんは、窓際にいる大谷さんに声をかけた。

「どうだ。なにか察知したか」

「……やはり、物の怪の気配がします」

 ワケが分からない。お願いだから寝かせて欲しい。疲れが取れなくなる。

「しかも、こちらに近づいて来ています」

「偵察に行ったほうがよいな……裏見殿も、支度をせよ」

「私は、ここで寝てるから。おふたりでどうぞ」


 ニャーオ

 

 私は布団を引いて、身構えた。

「え……なに、今の?」

 一瞬、猫かと思ったけど、なにかがおかしかった。人間のモノマネにも聞こえた。

 神崎さんと大谷さんは、おたがいに示し合わせたかのように、うなずきあった。

「どうやら、獲物がお越しのようですね……裏見さん、準備を」

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