107手目 4回戦 飛瀬〔駒桜市立〕vs高崎〔藤花〕(2)
※ここから飛瀬さん視点です。
うーん……なんか、切れてる気がするね……失敗したかな……。
私が負けても、裏見先輩、馬下さん、遊子ちゃんが勝てば3−2……。
ちらりと、裏見先輩のほうを確認する。
……………………
……………………
…………………
………………
あれ……裏見先輩……なんか不利になっていない……?
うーん……集中、集中……ここから攻めを続けるには、金銀で挟み込む形しかない……となると、金銀の入手が急務……8五の銀も6五の銀も取れなかったから……4八の金を狙いに行くしか、ないかな……どうやって狙いに行くか……4六香とか……?
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
放置してくれれば、一気に優勢なんだけど……しないよね……4七歩で……あ、でも、4七歩は嬉しいかな……? 4七香成、同金、4六銀と出て、6四銀なら4七銀成……この形は、ほとんど寄せに近い……高崎さんは金を持ってないから、受けが難しい……例えば、4六銀、6四銀、4七銀成にうっかり7八歩は、7七歩(詰めろ)、2八飛(これと2八飛打くらいしか受けがない)、7八歩成、同飛、同金、同玉、8七金、6九玉……あ、これも詰むね……6八歩、同玉、5八飛以下……ぴったり……。
そっか……意外と悲観する必要ないかも……ただ、4六銀に6四銀と取らないで、冷静に5六金は困るね……金を取られない手筋っぽいし……4八金なら、3七銀不成で簡単に勝てるけど……5六金……5六金……そこで4七銀不成と入る?
(※図は飛瀬さんの脳内イメージです。)
6四銀、5六銀不成、6九玉、5七銀成……これは、受け駒が悪くて、私の勝ち……2八飛、4八歩と、飛車の横利きを止めてOK……問題は、4七銀不成に、6六金と再度逃げられた場合……あ、でも、これなら3七角成って逃げられるのか……悩む必要がなかった……というわけで、意外と繋がってそう……。
「4六香……」
私が香車を打つと、高崎さんは、頭を掻きむしった。
私の長考中に、気付いてたかな……?
高崎さんも、なかなか振りほどけないと考えてるみたい……。
「……5八金」
スライドして避けた……4九香成は、金を取れる可能性がゼロ……。
さっき、4七歩と受けられたパターンで、同香成が効いたよね……ってことは、歩を打たれない場合でも、4七香成、同金、4六銀が成立するはず……。
「4七香成……」
「6八玉」
あッ……これがあったか……5八成香は、清算してダメ……。
「4六銀……」
上からの攻めを厚くする。4九香、3七銀不成、6四銀(2九飛なら4六角)、2六銀成、4七香……攻めが薄くなったような……飛車と桂馬だけで寄せられるかな……? あんまり自信がない……まず、飛車をどっちから打つか……9八飛あたりかな……2八飛に打つのもあるけど、6六歩で上部脱出されたら、永久に捕まらなくなりそう……桂馬取りもかねて9八飛、5九玉、3七成銀……ここで、先手にこっちを攻める手がないような……。
私は、残り時間を確認した。3分しかない。途中で考え過ぎた……。
「じゃあ、9八飛で……」
「5九玉」
高崎さんは5分残してるけど、ノータイム指しか……。
「3七成銀……」
この手をみて、高崎さんは、角を盤の中央に放った。
攻防……どっちかって言うと、防御かな……成銀が狙われてる……3八成銀……は、おかしくなりそう……4五桂と紐をつける……? でも、そのあとが続かないね……もっと厳しい手じゃないと……うーん……なにがあるかな……?
ピッ。
持ち時間がなくなっちゃった……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「あわわ……4七成銀……」
駒を捨てちゃった……狙いは、一応あるんだけど……。
「同金」
「4四香……」
これで、繋がってないかな……? 放置は後手の勝ち……4六歩なら、5四歩〜5五桂の打ち込みで勝負する……。
さすがの高崎さんも、ここは考えた。
「香車1枚しかないんだろ? ……絶対切れてるぞ。4五歩」
あッ、手筋。
「同香……」
「4六歩」
あれ……これって……歩の枚数が変わったね……。
「5四歩……」
「6六角」
私は、角の頭に歩を打った。
「しまったッ! 手筋に頼り過ぎたッ!」
高崎さんは大声を出して、頭を抱えた。
「オレのバカ、歩を渡してんじゃねーよ……9三角成」
うーん……また難しい……さっき、5五桂が好手かと思ったんだけど……同銀、同歩、4五歩とされたときに、手がないっぽいんだよね……援軍が必要かな……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「7七金……」
角が退いたから、この手が効く。
高崎さんは30秒ほど考えて、5八香と打った。時間を残してるのは、私の攻めが切れたときに、反撃するためだね……ここは寄せきらないと……。
「6七金……」
「4八玉」
王様を上がった高崎さんの手つきは、かなり力強かった。
パンパンと手を払って、チェスクロを押した。
ここで5五桂も、同銀で続かなさそう……ほんとに切れる……第一感は5八飛成……ただ3七玉と上がられたときに、追撃手段がない……9三に馬がいるから、うっかり5七金は、同馬で終わっちゃう……このカラクリを解くには……。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
こうする……同金なら、5八飛成、3七玉、5七金……。
「また捨てる手があるのか」
高崎さんは、時間を使い始めた。
「同金と取れない……5九銀」
4七香成は、上から逃げられる……。
「5八金……」
「同銀」
「4三香……」
決まったっぽいかな……次の4七香成は、同銀とできない……4六金なら、同香、4七歩に3八金、同玉、5八飛成、2七玉、4七龍、3七合駒、3五桂、同歩、3六銀、2八玉、2六香、1九玉、4九龍みたいな順で、詰むし……。
ピッ
高崎さんも、残り時間がなくなった。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4六金ッ!」
同香、4七歩、3八金。
「5九玉ッ!」
あッ……ぎりぎり詰まない順があるのか……。
私は、気を取り直して読む。
……………………
……………………
…………………
………………
詰んでないけど、寄ってるね……。
「4七香成……」
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「ろ、6八香」
それは受けになってない……手数稼ぎ……。
4八金、6九玉、5八金、7九玉、6八飛成。
「ま、負けました……」
「ありがとうございました……」
一礼……投了図だけみると、完封……。
高崎さんは両肘をついて、頭を抱えた。
「惨敗じゃねぇか……」
「まあ……攻めが繋がってたかどうか、分からないんだけどね……」
切らせる順は、どこかであったかも……。
私たちは、感想戦をすることにした。
「終盤、5八香じゃなくて、6九香と受けたほうが、よかったですか?」
「これは、5五桂と打つかな……」
「4八金、4六香、4七歩、同香成、同金、同桂成狙いですか?」
「それは、してこないよね……完全に受けなしだし……5五桂、同銀、同歩、4五歩、5八銀、4八玉、4七銀成……はマズいか……上に抜けられちゃう……4八玉に6九銀不成として……これもダメか……じゃあ……銀は打たずに1八飛成と取っておく……?」
「やっぱり、それがイヤですよね。ただ、本譜よりは良かったかもしれません」
「もうちょっと、明快な順があればいいんだけどね……例えば……6九香と打たれた時点ですぐに1八飛成として、次に5五桂を狙うとか……」
「4八金なら4六香で、5八金の逃げには2九龍までですか」
「4六金と立たれるのが、ちょっと気になる……」
「それは4七香で、即寄りしてますよ」
4七香……あ、ほんとだ……4八龍までの詰めろだけど、同金とはできないし、4九に香車を打っても、同香成、同玉、4七香、同金、同桂成で受けなし……。
「ってことは、6九香より5八香のほうが、粘れてたね……」
「正解手順を見つけられなきゃ、6九香のほうがよかったかもしれませんけど」
ま、それはね……私が間違えたら、どんな手でも正解だから……。
「それにしても、8七飛成の攻めは、成立しないと思いますよ」
「私としては……入玉を急がれてたら、困ったかな……」
例えば、9五歩と銀取りに打ったときに、7七玉とか……。
こんな感じで……。
「7五金で止まってません?」
「そこで7六香と露骨に来られたら、困ったような……」
「アー、たしかに……7五金は変ですね。8七歩成、同銀、9六歩とか、どうです?」
いろいろありそうな変化……。
「それは、あまりよくないかな……7四とと引いて、9七歩成の暇がない……」
「そうですね……素直に、9六歩と取りますか」
だね……それが一番簡単……取れるものは取る……と……。
「7四と、で、どう対処します?」
「8七歩成、同玉、9七角成……は、7六玉、7五銀、8五玉で、微妙に抜けられちゃう虞があるね……安全に8六金と押さえておこうか……」
「9八玉や8八玉は、9七歩成で追撃されますから、7八玉の一択ですか」
「その次が難しいんだよね……9七歩成は、間に合ってないような……」
「9一角とでも、逃げとけばいいんじゃないですか?」
「それこそ8一飛で困らない……?」
高崎さんは、あ、そっか、と言った。
「すんません、今のはナシで。先に7七銀と打って、金に紐をつけます」
「6九玉で切れてない……?」
私たちが議論していると、まわりに野次馬が集まってきた。
最初に声をかけてきたのは、藤花の林家さん。
「い、伊織ちゃん……ひとつ訊いてもいいでがすか?」
「なんだ? いい手でも思いついたか?」
「勝ちました? 負けました?」
負けた、と高崎さんが答えた途端、林家さんは、その場にがっくり。
「チーム負けてるじゃん……」
「マジかよッ!?」
高崎さんは立ち上がって、「だれが負けたんだッ!?」と叫んだ。
「あんただよ」と林家さん。的確。
「Entschuldigung……Frauコマサゲに負けてしまいましたわ……」
「ごめん、私も来島さんに負けちゃった」
高崎さんは、ただでさえ高い背筋を伸ばして、うしろにのけぞった。
髪の毛をぐしゃぐしゃにする。
「ここ決勝卓だったのかッ! だれか対局中に教えろよッ!」
「いや、反則でがす」
うぅん、勝ってたのか……私は、うしろの裏見先輩に、確認を取った。
「4ー1ですか……?」
「3−2」
あ、はい……裏見先輩、途中から敗勢だったし……。
裏見先輩は、ハァと、ため息をついた。
「それにしても、下級生だけで、よく頑張ったわ。褒めてあげる」
「ありがとうございます……」
1、2年生だけで3勝……この事実は大きい……。
ただこれ……まだ優勝決まってないんだよね……。
「ところで、これ、どういう対局だったんですか?」
林家さんは、興味深そうにのぞき込んだ。
「オレの先手で、角換わり」
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…………………
………………
「伊織ちゃん、うちが偶数先だったか、奇数先だったか、覚えてます?」
「ん? 奇数先だろ?」
「伊織ちゃんは、何番席でがすか?」
高崎さんは、前から順番にテーブルを数える。
「2番席だな」
「ってことは、先手? 後手?」
高崎さんは、アッとなった。
「オレが後手じゃねぇかッ! 初手で反則負けしてるぞッ!」
林家さんは、呆れ返った。
「バカすぎる……今度から、バカ崎さんって呼んであげますね」
「いやッ! 待てッ! 飛瀬先輩が先にチェスクロを押したんだッ! 本当だぞッ!」
……………………
……………………
…………………
………………
「記憶にございません……」
「なんで嘘吐くんですかッ!? 飛瀬先輩の反則負けですッ!」
「将棋は投了優先だから……反則はノーカン、ノーカン……」
「ちくしょーッ! 気付いてたら0手で勝ちじゃないかッ!」
終わりよければ、すべてよし……地球のことわざって、ステキ……。
場所:2015年度春季団体戦 4回戦
先手(?):高崎 伊織
後手(?):飛瀬 カンナ
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩
▲7七角 △3四歩 ▲8八銀 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △7二銀 ▲4六歩 △6四歩 ▲4七銀 △6三銀
▲9六歩 △9四歩 ▲6八玉 △3三銀 ▲5八金 △4二玉
▲7九玉 △5四銀 ▲1六歩 △1四歩 ▲3六歩 △5二金
▲5六銀 △6五歩 ▲3七桂 △3一玉 ▲8八玉 △2二玉
▲4七金 △4四歩 ▲2五歩 △4三金右 ▲3八飛 △9二飛
▲4八飛 △4二飛 ▲4五歩 △8二飛 ▲4四歩 △同 銀
▲2八飛 △3三銀 ▲4八金 △4二金引 ▲2九飛 △4三金直
▲2七飛 △4二金引 ▲2八飛 △6四角 ▲2六飛 △7四歩
▲1八香 △7三桂 ▲7五歩 △8六歩 ▲同 歩 △9五歩
▲7四歩 △7六歩 ▲同 銀 △9六歩 ▲7三歩成 △8六飛
▲8七金 △9七歩成 ▲同 香 △同香成 ▲同 桂 △8七飛成
▲同 銀 △8六歩 ▲9六銀 △9五歩 ▲8五銀 △8七金
▲7九玉 △5五銀 ▲6五銀 △4六香 ▲5八金 △4七香成
▲6八玉 △4六銀 ▲4九香 △3七銀不成▲6四銀 △2六銀成
▲4七香 △9八飛 ▲5九玉 △3七成銀 ▲5五角 △4七成銀
▲同 金 △4四香 ▲4五歩 △同 香 ▲4六歩 △5四歩
▲6六角 △6五歩 ▲9三角成 △7七金 ▲5八香 △6七金
▲4八玉 △4六香 ▲5九銀 △5八金 ▲同 銀 △4三香
▲4六金 △同 香 ▲4七歩 △3八金 ▲5九玉 △4七香成
▲6八香 △4八金 ▲6九玉 △5八金 ▲7九玉 △6八飛成
まで132手で飛瀬の勝ち




