106手目 4回戦 飛瀬〔駒桜市立〕vs高崎〔藤花〕(1)
オレの名前は高崎伊織。藤花女学園の新1年生だ。よろしくな。
さぁて、いよいよ4回戦。当たりは悪くないんだが……選りに選って、飛瀬先輩と当たるなんてな……このひと、自称宇宙人だろ? なんだかなぁ。
「飛瀬先輩?」
「はい……」
「先輩って、宇宙人なんですか?」
「あ、はい……」
「……」
「……」
触れるのは、やめておこう。なんか、ヤバい気がする。
「準備のととのっていないところはありませんね? ……では始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
オレがチェスクロを押して、対局開始。
ではでは……とりまの7六歩。
「8四歩……」
ンー? 矢倉のお誘いか?
最近、矢倉の先手番勝率が、だんだん下がってきてるからな。避けるぜ。
「2六歩」
「矢倉は拒否、と……じゃあ、こっちで……」
角換わり。これなら受けて立つ。
7八金、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、7七角成、同銀、4二銀。
普通の角換わりだ。
3八銀、7二銀、4六歩、6四歩、4七銀、6三銀、9六歩、9四歩。
端歩を突き合いまして……。
6八玉、3三銀、5八金、4二玉、7九玉、5四銀、1六歩、1四歩。
ウーン……おたがいに、指し手が速過ぎるな。
もうちょっと、スローペースな試合運びのほうが、好み。
バスケは激しいほうが、いいけど。
3六歩、5二金、5六銀。
ここで飛瀬先輩は、ようやく手を止めた。1分考えて、6筋に指を伸ばす。
「6五歩」
フーン……攻撃的。嫌いじゃないね。
「こっちも、積極的に行かせていただきますよ。3七桂」
3一玉、8八玉、2二玉。
お互いに入城。ディフェンスが堅くなけりゃ、マトモに戦えない。
「4七金」
「4四歩……」
「2五歩」
「4三金右……」
後手は6五歩と突いたから、7四歩とは、やりにくいはず。7三桂がなけりゃ、こっちが先攻できるって寸法。さて、どう攻めるか……ここで小考。
……………………
……………………
…………………
………………
3八飛かね。4九角と打たれても、2八飛〜4八金で殺せる。2七角なら、3九飛と引いて無問題。4五歩、同歩、3五歩、同歩、4五銀、同銀、同桂を目指す。
「3八飛」
今度は、飛瀬先輩が小考。4九角と打ってくれるくらい、弱けりゃいいんだけど。
「9二飛……」
ん? なんだそりゃ? 8三角……は6二飛で、角の成り場所がないのか。
このまま、4五歩と攻めるか? 4五歩、同歩、3五歩、同歩、4五銀、同銀、同桂、4四銀、3三歩……これは、完璧にハマってるな。こうは進まないだろう。気になるのは4五銀のときに、2九角くらいか? 5四銀、3八角成、4三銀成、同金、4五桂、4七馬、3三桂成、同桂……どっちが有利なのか、よく分からないな。
ただ、上部に抜けられるか? 2五桂から3三玉で、捕まらない気がするな。それと、4五歩、同歩、3五歩、同歩、4五銀、2九角、5四銀、3八角成、4三銀成のとき、同金と取らないで、4七馬、3二成銀、同玉、4五桂、2九飛も気になる。
(※図は高崎さんの脳内イメージです。)
……これは、さすがに後手が勝ってるか? 3三桂成、同桂に3四歩は詰めろじゃないから、6九銀と先に詰めろを掛けられて負けっぽい……いや、そうでもないか? 金銀を4枚もらってるから、6八金打で勝ちかもしれないな。6八金打……さすがに9五歩なんかしても、間に合わないだろう。
ほかに手がなければ、4五歩で……ん? なんかイヤーな予感がするな。もう一回くらい読んでおくか。途中のパターンが多いし……4五歩、同歩、3五歩、同歩、4五銀までは一直線として、そこで2九角、5四銀、同歩と手をもどしたら、どうなる?
(※図は高崎さんの脳内イメージです。)
一番単純な変化が、頭から抜けてたな。ここで4五桂は、3八角成。さすがに不成立。一旦4八飛と寄って……3六銀。これがあったか。4五桂と跳ねられないし、同金、同歩は、4五桂、3七歩成、3三桂成、同桂のあと、継続手段が……あるか。銀3枚あるし、4三飛成と切ってもよさそうだ。同金、3四歩は、勝ちの感触があるぜ。
だから、止めるなら露骨に止めるな……4七金か。3三桂成、同金寄、4七飛(さすがに切るだろ)、同角成で駒割りは……飛桂と銀の2枚変え。だいたい後手の桂得。ただ、9二の飛車は捕獲できる可能性もあるし、かなり際どい。むしろ、4七金じゃなくて、4四歩とガッチリ止めてくるか? 3三桂成、同桂……いや、これはない。3四歩、同金、6一角で困る。3三桂成、同……金上?
(※図は高崎さんの脳内イメージです。)
これでも先手がまだ攻めて行けそうだが……3七歩成が入ったら、じり貧か……。
4五歩以下の攻めは、成立してない可能性もあるな。4回戦は天王山だし、ここは慎重に行ったほうが、いいだろう。攻め合いは、相手にチャンスを与えるきっかけにもなっちまう。ディフェンス重視。
「4八飛」
もっと確実な攻め。2九角を消す。
「攻めて来ないんだ……」
飛瀬先輩も、にわかに読み直し始めた。3五歩以下を読んでたんだろうな。
オレも、続きを考える。
……………………
……………………
…………………
………………
「こうかな……4二飛……」
また飛車の移動? これも、8三角は6二飛で、成る場所がない。
4五歩で、どうなる? 4五歩、同歩、3五歩、同歩、4五銀、同銀、同桂。ここで、攻めて来るか止めて来るか。攻めて来るなら、3六歩と伸ばして来そうだ。が、これは、3三桂成、同金寄、5一角と突っ込んで、5二飛、3三角成、同金、3六金。
(※図は高崎さんの脳内イメージです。)
これで寄ってる気がする。大丈夫だろう。逆に4五桂を4四歩と止めて来るのは、とりあえず3三桂成と取っておいて、同金寄、3四歩、4三金寄(同金は6一角)……そこで2四歩か? 同歩、5一角が厳しい。飛車を逃げたら2四角成だが、逃げないのは4二角成、同金引、8二飛と下ろして、こっちが優勢。
よし、攻めるぞ。
「4五歩ッ!」
「8二飛……」
「ッ!?」
また避けた? さっきから、うろちょろしてんな。
「4四歩」
「同銀」
チッ……4五銀と出られないじゃないか。
「2八飛」
オレは、2筋に狙いを変更した。3三銀、4八金。
「一手動いてもらいますよ」
「うーん……動かせる駒が、ほとんどない……」
飛瀬先輩は悩んでから、4二金引とした。2九飛(割り打ち防止)
飛瀬先輩は4三金直。オレは2七飛。
「手待ち合戦になってきた……」
4二金引。千日手になりそうだな……2八飛。
飛瀬先輩は、ここでちょっと考える。
「6四角……」
ん? 千日手を拒否した?
「積極的ですね」
「恋も将棋も、積極性が大切……」
なんだ、そのコメント?
まあ、こういう意味不明なのはおいといて……2六飛かね。2九飛は、3五歩で困る。
「2六飛」
7四歩(この準備だったか)、1八香、7三桂。
「7五歩ッ!」
ここが急所。同歩は論外だが、同角も先手有利。
角のプレッシャーがなくなって、3五歩、同歩、4五銀、同銀、同桂がある。
事前に教えてもらった飛瀬先輩の棋力からして、同角はありうる。
「これはいやらしい……一回味付け……8六歩……」
同歩、9五歩。
なに? 攻めて来た? これも味付けか?
角筋が止まってるし、さすがに端攻めは成立しないだろう。
「同……」
待て待て……端は、詰めさせるか。取ると、角筋が通ったときに危ない。
「失礼、7四歩」
こっちのほうが単純だし、厳しい。
飛瀬先輩は30秒ほど読み直して、7六歩と叩いてきた。
「同銀」
「9六歩……」
「先に桂馬をいただきますよッ! 7三歩成ッ!」
ここで、飛瀬先輩が大長考。
……………………
……………………
…………………
………………
3分経ったぞ?
……………………
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…………………
………………
5分経ったぞ。なんかあるのか? オレは、盤面を確認した。同角か8六飛しか、ないと思うんだが……もしかして、そこでオレに好手がある? オレも続きを読んだ。
「勝負所っぽいし……行くしかないか……」
そう言って飛瀬先輩は、飛車を進めた。
なんだ、普通の手じゃないか。オレは、8七金と上がった。
「9七歩成……」
「同香」
「同香成……」
「同桂」
さあ、飛車を逃げな。
「8七飛成……」
「ッ!?」
ひ、飛車を切っただとッ!?
「さすがに繋がらないでしょう」
「それは、指してみてのお楽しみ……」
さっき長考してたのは、この飛車切りを考えてたのか……迂闊っていうか、こんなの事前に予想できないぞ。イレギュラーバウンドみたいなもんだ。
とりあえず同銀だろ……それから……ンー、やっぱ、切れてないか?
オレは丁寧に読んで、同銀とした。
以下、8六歩、9六銀、9五歩、8五銀と、上部脱出の経路を作っていく。
「脱出されると困るから……8七金……」
まあ、そうしてくるよな……7九玉と下がる。入玉は、チャンス待ち。
飛瀬先輩は1分投入して、5五銀とぶつけた。
……どうみても、繋がってないんだよな。右が広いし。
暴発か? それとも、想定されてた棋力より弱い?
「6五銀」
攻め駒を攻める。基本だな。
ここで飛瀬先輩は、また長考。
さあさあ、さすがに切れてるでしょ。7三角とでも、してくださいな。
※ここからは、高崎さん視点です。




