104手目 4回戦 鞘谷〔藤花〕vs来島〔駒桜市立〕(1)
※ここからは来島さん視点です。
この世のなごり 夜もなごり
死にに行く身を たとふれば
あだしが原の 道の霜
一足づつに消えて行く
夢の夢こそ あはれなれ
「……来島さん、さっきから怖い顔して、どうしたの?」
「いえ、なにも」
「そ、そう……だったら、いいけど」
対局開始の合図を待つ。
「準備のととのっていないところはありませんね? ……では始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
一礼して、チェスクロを押す。私が後手、鞘谷先輩が先手。
7六歩、3四歩、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、8六歩、同歩、同飛、3四飛。
横歩か……受けて立つ。
「3三角」
「3六飛」
「8四飛」
8五飛戦法って、廃れてきたよね? そうでもない?
「うーん、そっちか」
鞘谷先輩は、すこし考えてから、2六飛と寄った。
2二銀、8七歩、5二玉。最新型に移行する。私の棋力だと、鞘谷先輩には、まだまだ及ばない……でも、勝機はあるはず。鞘谷先輩は受験勉強中だし、横歩の最前線を追うのは不可能だと思うから。わざわざ矢倉や角換わりにしなかったのも、そのため。
「……6八玉」
谷川先生の好きな形か……7二銀、4八銀。
「2四飛、ぶつけます」
過激に山崎流。
「ぐッ……いきなり激しい変化か……」
ここで鞘谷先輩は、1分ほど考えた。定跡を把握していない模様。
「大丈夫よね……3三角成」
同銀、2四飛、同銀、2二歩、同金、2三歩、同金。
「さあ、これで飛車を打ち込めるわけだけど?」
鞘谷先輩は、3一飛と下ろした。
うぅん……いきなり厳しい……でも、ここでひよるのは、女がすたる。
「全部受けて立ちます。2二金」
「3二角」
「5一飛」
「さすがに、それは読み切りよ、同飛成」
同金に3一飛の打ち直し。ここからは、少し研究してある。
「2七飛」
「ん……攻め合い……」
鞘谷先輩は、あごに手をあてて、ふんふんと考え始めた。
「まあ……後手は攻め合うしかないでしょうね……2一角成」
同金、同飛成、2九飛成。これが金当たり。
さらに、桂馬を入手してるから、純粋に角金交換の駒得になった。
「3九金」
「2五龍」
この撤退でどうか……というのが、私とカンナちゃんの研究。
吉と出るか凶と出るか、勝負。
鞘谷さんも難しいとみたのか、ここで長考。先手は、手が広いもんね。
一番やって欲しいのは、1一龍のうっかり。3三角で龍香両取りになる。先手はもう角がないから、7七角の打ち返しはできない。以下、2一龍、9九角成、7七桂で、後手が有利だと思う。でも、この楽観的な順は、多分実現しないよね、うん。
「……3六桂」
これは、カンナちゃんとの検討でも出た手。
「3三角」
「さっきから、指し手が速いわね」
あッ……もうちょっと、考えるふりをすればよかったかな。
でも、時間がもったいないよね。
私は寄せを読むのが遅いから、時間は温存しておかないと。
「……7七桂」
これは当然の一手。次の手も読んでいたはず。
「1二角」
「やっぱりそう来るか……3一龍」
4一金、6二金、同玉、4一龍、4二金、3一龍……今度は、さすがに私が長考。そこまで深く掘り下げてないんだよね……どうしたものか……一番分かりやすく……。
「3五銀」
銀は助かったね。桂頭にダイブして、いい感じになったよ。
「う、動かせる駒がない……ッ!?」
かな? 先手はもう、手がない気がするね。端歩か……6五桂?
横歩だとよくみる桂跳ねだけど、現状は怖くない。
「あるいは、8八銀……? 壁銀を解消して……いや、そのまえに……」
鞘谷先輩は、いくらか思考を漏らして、金を手にした。
どこに打つのかな?
「8二金」
これは……? 裏見先輩なら、「ふわあッ!?」とか言ってそうな局面。
8二金……8二金の意味……7一龍かな? それプラス、駒の補充?
こういうのって、あんまりよくない印象なんだけど……うーん……私の棋力だと、アリなのかナシなのか、判断がつかないね。とりあえず、7一龍、5二玉、7二龍の流れはイヤだから、龍を遮断しないと。
「4一桂」
これしか打ちようがないね。
「6五桂」
ここで桂跳ね……6四歩で殺せないってこと? 5三桂成、同金……ああ、これは3三龍で角を抜かれちゃう。痛いね。同玉は7二金で、銀を回収……ってことは、6四歩では殺せないわけだね。納得。
でも、両方をちゃんと回避できるんじゃないかな? ちょっと危ないけど、6一銀と引いて、5三桂成、同玉の顔面受け……大丈夫だよね?
「6一銀」
鞘谷さんは、1分ほど考えて、9一金と取った。
完全にそっぽ。私は手応えを感じる。これ、押さえ込めないかな? 次に8一金とされると、駒を渡し過ぎな気がするから、7二銀と上がりなおして……香車を打ってくる?
打つとしたら……うーん……5六香かな。桂馬と香車の2枚攻めで……えーと、こういうときは、どうやって受けるんだっけ? 4四銀とはできないし……あ、そっか。棋譜並べをしているときに、よく見る筋があるよ。5四歩だね。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
同香、5二歩と低く打ちなおして、先手はやることがなくなるね。
私は実際に安全なことを確認してから、7二銀ともどった。
「5六香」
「5四歩」
「くッ……その手筋を知ってるんだ……」
舐めプかな? 舐めプは命に関わるよ?
鞘谷先輩は、さらに1分考えて8一金……ん? 8一金? 金を捨てた?
なにかあるのかな? 同銀……うーん、分かんない。
「取れるときは、取ります。同銀」
鞘谷先輩は、黙って6六桂と打った。
これは……これは、さすがに分かるね。5四桂の王手金取り。5四桂、5二玉、4二桂成、同角、1一龍は、さすがにこちらが危なくなるから……持ち駒チェック。
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………………
あれ? 金があるね。3二金打で、龍を殺しちゃダメなのかな?
鞘谷先輩の見落とし? ……なわけないか。仮に3二金打として、5四桂が王手。すぐに3一金とはできないから、5二玉、4二桂成……あ、これはダメだ。4二桂成が王手になるから、3一金の暇がない。7二玉と反対側に逃げて、4二桂成、3一金、3一成桂。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
……思ったより、先手も頑張れそう? こっちが不利なイメージはないんだけど、金2枚渡すのは、ちょっと怖いね。ガチガチに固められたら、どこかで飛車か角を捨てないといけないはず。私の陣地は、角も飛車も打ちたい放題。
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………………
ただ、深く考えても、しょうがないか。素直にいこう。
「3二金打」
「5四桂」
「7二玉」
鞘谷先輩は、桂馬を成るかと思いきや、4二龍と切った。
さっきから読みが外れる……順番の問題かな?
同金、同桂成、同角……ああ、そのとき5二香成があるのか。これが角取りで、角を3三に逃げなおすと、8四金。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
いきなり詰めろ。これは、私のほうが急激に危なくなってる。
6五桂の存在が予想以上にウザイ……殺らいでか。
「同金」
「同桂成」
「3六銀」
「ッ!?」
鞘谷先輩の顔色が変わった。これは、一見桂馬を喰いちぎっただけに見えて、6五龍のスライドを用意している。6六歩としても、紐がついていないから同角。以下、7七金と受けてきたら、同角成と叩き切る。金駒がないから、角金交換は、むしろ歓迎。
鞘谷涼子さん……死んでもらいます。
「狙いは単純なのに、回避できないッ!」
鞘谷先輩は、3六同歩とはせずに、4一成桂と入った。
6五龍、6六金、2五龍、3六歩、7四桂。
攻め駒を攻める。6六の金は王様から遠いけど、詰みには効いてくるから。
「な、7五桂ッ!」
8三歩と手堅く受けて、5三香成。
ここで私は、なるべく残していた持ち時間を使う。まだ13分もある。
まずは、自玉の安全度を……うん、詰まない。今度は、相手の王様の危険度を……うまい手があるかな……パッと見、6六桂だよね。そのために打ったんだし。6六桂、同歩の瞬間に、1二角の角筋が6七に貫通。鞘谷先輩の王様は、一気に危なくなる。ただ、ここで6七金なんて放り込んでも、なにも起きない。
だから、6六桂、同歩、同角を読んでるんだけど……6七歩と受けてくるよね。こう受けられると、めんどうかも。やることがない。9九角成、6三成香、8二玉、8五桂の追撃が怖いし。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
これが詰めろなんだよね……7三成香、9二玉(9一玉は8三桂不成、9二玉、9一金まで)、8三桂成、9一玉、8二金、同銀、同成香まで。さすがに私でも読める。
というわけで、もっと速い攻めが必要。速い攻め……速い攻め……6七が空いた瞬間、狙い目だと思うんだけど……6七に歩を打たれない方法……はないか。9九角成のあと、6六桂と捨ててみようか? ……あ、意味ないや。同歩のあと、5五桂と打てなくなる。
6六香と打ってみる? でもこれ、6六香自体が、そんなに痛くないんだよね。もう一枚香車があれば、6七香成、同金、6六香なんだけど……ん?
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…………………
………………
あ、6七の地点を開ける方法、あるね。
念入りに読んで……
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………………
うん、これでいこう。
「6六桂」
「同歩」
鞘谷先輩は、私との持ち時間の差を気にしたのか、ノータイムだった。
「同角」
「6七歩」
またノータイム。私はここで、とっておきの手を放つ。
「5五桂ッ!」
鞘谷先輩は、軽くのけぞった。
「えッ……角を見捨てるの……?」
ひたいに手を当てて、首をひねり始める。
「角が手に入ったら、そっちは詰めろでしょ……?」
さあ、どうでしょう。
鞘谷先輩は悩む。私は、おっかなびっくり、もう一度読みを確認した。
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………………
まあ、さすがに詰めろだよね……6一角、8二玉、8三角成、9一玉、8二銀、同銀、同馬、同玉、8三銀、9一玉、9二金までの詰み筋。6一角に7一玉としても、7二銀、8二玉(同銀は同角成、同玉、6三成香、8一玉、7二銀、9一玉、8一金、9二玉、8三桂成まで)、8三銀成、9一玉、8二金、同銀、同成銀、同玉、8三角成、7一玉、7二銀までの追い詰め。
でもね、そのまえに先手が詰むんだよ……私が間違ってなければ……6六歩、6七金と放り込んで、同金は同角成、6九玉、5八金まで。6七同金とせずに6九玉は、単純に7八金と取って、同銀、同角成、同玉、6七銀、8九玉、7九飛、9八玉、8八金、同玉、7八飛成まで。飛車があるから、7八角成に5九玉と逃げられない。
「しまった……角を取れないのか……」
気付かれちゃった。どう受けてくるかな?




