95手目 恋愛にまつわる7つの対話(不破楓の場合)
※ここからは、不破さん視点です。
「はぁ……」
師匠、またタメ息ついてる。どうしたんだろうな。
ここは、捨神九十九の一番弟子、不破楓様が相談に乗って差し上げるしかない。
「師匠、どうしたんですか?」
師匠は体育座りの状態から顔をあげて、こちらににっこり。
「あ、不破さん、どうしたの?」
「いや、先にこっちが訊いたんですけど……どうかしたんですか?」
あたしが尋ねると、師匠はふたたびタメ息をついた。
「ちょっと心配事があってね……」
学校の成績……なわけないか。将棋は絶好調だし、ピアノのスランプとか?
師匠は、それも違うと言った。そして、顔を赤らめた。
「実はね、ちょっと彼女のことで心配があるんだ……」
ああ、はいはい、了解です。
師匠、初めて彼女ができて、どう付き合えばいいか、分からないんですね。
やっぱりぶっちゃっけてもらわないと困りますよ。
「デートの行き先が決まらないとか、そういうことですか?」
「うぅん……そういうのは大丈夫なんだけど……」
へぇ、大丈夫なんだ。そっちのほうが意外。
師匠のことだから、デート中も将棋とピアノの話しかしてない気がする。
ま、相手もそれを承知でOKしたんだろうし、当分は大丈夫だろうな。
「じゃあ、なんなんですか? ファッションでもないですよね?」
「不破さんのまえで言うの、恥ずかしいんだけど……」
また水臭い。
「あたしと師匠の仲じゃないですか、今更過ぎますよ」
「んーとね……赤ちゃんができたらどうしようかな、って……」
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………………
「師匠……わりとシャレになってないですよ……」
師匠は赤ら顔をやめて、マジメな表情になった。
「や、やっぱりマズいかな?」
「マズいですよッ!」
っていうか、師匠、ちょっと幻滅しましたよ。
もっと優しいひとだと思ってたのに、そんな付き合ってからいきなり──
「んー、そうだよね……おたがいに学生だし……どうしよう……」
「えぇ……確定してるんですか? ちゃんとつけましょうよ……」
師匠は「え?」という顔をした。
「つけるって、なにを?」
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………………
そこからかよ。これは致命的。
「ゴムですよ、ゴム」
「ゴム? ……コウノトリって、ゴムが嫌いなの?」
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………………は?
「師匠、なんの話してます?」
「赤ちゃんの話」
「赤ちゃんって、どうやってできるか知ってますか?」
もちろん、と師匠は言って、
「コウノトリが連れてくるんでしょ」
と答えた。
こいつは反応困る……さすがに冗談だよな。
「師匠、セクハラですよ。女のあたしに対して、分かってて言ってますよね?」
「な、なんでセクハラなの? 僕、女の子に失礼なことしてないよ?」
うっそだろ……なんて反応していいのか、分からない。
「し、師匠、小学校とか中学校で、性教育受けなかったんですか?」
「うーんとね、僕のいた養護学校はなくて、中学のときは学校行ってなかった」
そういうオチか……どうしよう……スマホで検索させるか?
師匠には刺激が強過ぎるかもな。鼻血出して倒れる可能性あり。
そこまで考えて、ふと疑問が湧いた。
「師匠……ひとついいですか?」
「うん、ふたつでもみっつでもいいよ」
「彼女は、なんて言ってるんですか?」
「何について?」
「いや、その……赤ちゃんについて……」
あ、そのことね、と師匠は言って、いつもの笑顔にもどった。
「赤ちゃんは、工場で作るって言うんだよ。さすがにそれはないよね、アハハ」
工場ぉ? なんだそのSFみたいな設定。SFオタクか?
師匠をからかって遊んでるとか、どうしようもない女だな、まったく。
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…………………
………………
ああッ!
「不破さん、どうしたの? なにかあった?」
「な、なんでもないです」
分かっちまったじゃねぇかッ! 師匠の彼女がだれかッ!
「師匠、ちょっと出掛けて来ますッ!」
「え? どこ行くの?」
あたしは適当に答えて、押井先輩の教室に向かった。
先輩から自転車の鍵を借りて、駐輪場へ。
校門を飛び出して、駒桜市立高校へと全力失踪した。
裏門からこっそり入って、茂みに駐輪しておく。鍵をかけて……と。
さあて、あの女、どこにいるんだ? 学年は分かるが、教室は分からない。
あたしは適当に見繕って、気の弱そうな男子に話しかけた。
「と、飛瀬さんですか? ……2年A組だったかな」
「校舎は?」
「そこに見えるやつですよ。3階です」
「サンキュ」
あたしは人気のないところから入って、3階の廊下に出た。
私服に金髪だから、かなり目立つな……先公に見つかるとマズい。
さっさと用事を済ませるぜ。あたしは教室のプレートを確認した。
「さっきから、だれを捜してるのかな……?」
「うわぁッ!?」
いきなりうしろから声をかけられて、あたしは飛び上がった。
振り返ると、飛瀬先輩がいた。
「ど、どっから現れたんですか?」
「普通に現れたんだけど……私を捜してるの……?」
えッ……なんで分かったんだ? なんか怖いな。
まあ、さっきの男子が告げ口したんだろう。あたしは気を取り直す。
「ちょっと話があるんです。いいですか?」
「いいよ……ここじゃマズいから、屋上にでも行こうか……」
あたしたちは屋上へ移動した。5月の風が心地いい。煙草吸いたくなってきた。
「で、なんの用かな……?」
あたしは、飛瀬先輩が師匠と付き合ってるんじゃないか、と尋ねた。
すこしは否認するかと思いきや、飛瀬先輩はあっさりと白状した。
「そっか……やっぱり不破さんもエスパーだったんだね……」
「は?」
飛瀬先輩は、あたしのことをジーッと見つめてきた。
「おかしい……全然通じない……」
「な、なにがですか? 日本語なら通じてますよ?」
「ま、いいや……それで……?」
「それで、ですね……」
説明しにくいな……女同士だし、ちょっと踏み込んでみるか。
あたしは、師匠から聞いた話をそのまま伝えた。
「うん……そうだね……赤ちゃんは工場で作るんだよ……」
えぇ……マジか……師匠も師匠だけど、この女もすげぇな。
演技じゃなさそうなところが不気味過ぎる。
「どこにそんな工場があるんですか?」
飛瀬先輩は、きょとんとした。
「そう言えば、地球の生殖プラントって、まだ発見されてないね……」
生殖プラントとか言い出したぞ。どうすればいいんだ。
「と、とりあえず、どうやって作るか説明しますから、聞いてください」
かくかくしかじか。
あたしの説明を聞いているうちに、飛瀬先輩はかなり動揺した。
「ウソでしょ……? ウソだよね……?」
「ウソじゃないですよ」
「え……だってそれ……えぇ……野蛮過ぎるよ……地球人、頭おかしい……」
あんたほどじゃないよ。っていうか、愛の営みを野蛮って言うな。
「そんな……地球人と付き合ってる時点でアブノーマルなのに……そんなことしたら、母星のみんなに白い目で見られちゃう……解雇対象になるかも……」
「地球人と付き合ったら、どのくらいインパクトあるんですか?」
「娘がアフリカに行って、ゴリラと結婚して帰って来るくらいインパクトある……」
あり過ぎだろッ! どんだけ見下してるんだよッ!
「それならもう、飛瀬先輩は変態ってことでいいじゃないですか」
「私は変態じゃないから……愛に目覚めただけだから……」
「その愛の力で、カルチャーショックを克服するんですよッ!」
飛瀬先輩は真っ赤になった。
このひと、最近また表情が豊かになった気がする。
これも愛の力?
「だって、捨神くんと、そんな……ああしてこうして……うーん……」
飛瀬先輩は、その場に倒れてしまった。おおいッ!
ど、どうする? あたしは介抱の仕方が分からずに、おろおろした。
AED、AEDはどこだッ!? 救急車、救急車ッ!
「楓さん、そこでなにをしてるんですか?」
ギョッとして振り返ると、もみじが立っていた。
「もみじッ! 助けてくれッ!」
もみじは、コンクリートのうえに倒れた飛瀬先輩を見て、
「あらあら、これは大変です」
と言い、てきぱきと介抱した。
変な液体を嗅がせると、飛瀬先輩は目を覚ました。
「ここは……宇宙探査局の救急センター……?」
「学校の屋上です」
もみじはそう言ってから、あたしのほうへ顔をむけた。
「楓さん、なぜここに? 天堂はお休みですか?」
天堂は、休みとか関係ないんだよなあ。授業中に姿がみえないとかデフォだし。
まあ、もみじもそれが分かって言ってる感がある。
「ちょっとね、立ち寄っただけだ」
「そうですか……飛瀬先輩、大丈夫ですか? 保健室に行きますか?」
「大丈夫……地球の薬は、あんまり体によくないから……」
ふたりはそのまま、屋上をあとにした。
ふぅ……とりあえず、勘違いは正したぞ。あとは、師匠が飛瀬先輩から教育されるのを待つだけだな。うん、いいことをした。
あたしはポケットから煙草を取り出すと、その場で一服した。
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あれ? なんであたし、飛瀬先輩が宇宙人みたいな前提で話してたんだ?
そんなわけないんだよなぁ……ま、いっか。




