94手目 恋愛にまつわる7つの対話(飛瀬カンナの場合)
※ここからは、飛瀬さん視点です。
大会の翌日、私たちは駒桜市内の喫茶店に集合していた。
メンバーは、私と大場さんとエリーちゃんの三人。
遊子ちゃんも呼んだんだけど、なぜかすげなく断られてしまった。
「というわけで、地球人に問う……女子力とは何ぞや……?」
真っ先に大場さんが挙手した。
「角ちゃんみたいな女の子のことっスよ!」
「それは絶対にウソ……」
私の返答に、大場さんはショックを受けた。
「な、なんで全否定なんっスか!? これが、彼氏いる余裕っスか!?」
「そういうわけじゃないけど……ネットで調べた女子力の要素と、大場さんのイメージがどうも違うから……」
「ネットはネットっス! 信用できないっス!」
雑誌なんかで調べたのとも、かなり違うんだよね……。
これはもうアウトなんじゃないかな……。
「そのような質問をなさるために、わざわざ招集をかけましたの?」
とエリーちゃん。不満げ。
「ダメかな……? 団体戦中は、さすがにマズかった……?」
「Herrステガミとは両想いになられたのですから、そろそろ『どうすればエリーちゃんが佐伯様とおつきあいできるか会議』に改名していただけませんこと?」
それも、そうだね……どうしようかな……遊子ちゃんは欠席だし……。
「エリーちゃんは告白したらOKもらえるんじゃない……?」
私がそう言うと、エリーちゃんは顔を赤らめた。
「そ、そんなことございませんわ」
「またまたご謙遜を……」
じゃあエリーちゃんの件は解決ということで……。
「それにしても、まさか九十九ちゃんが一発OKだとは思わなかったっス」
大場さんは、深々とため息をついた。
「OKしたの私なんだけど……」
「マジっスか!? 九十九ちゃんから告白してきたんっスか!?」
私がうなずくと、大場さんは喫茶店のテーブルで、手足をじたばたさせた。
「おかしいっス! 九十九ちゃんそんな素振りみせてなかったっス!」
「Hmm……いまから考えてみると、全勝賞でケーキをごちそうしたり、いろいろサインはあったような気がするのですけれど……」
「地球人は遠回り……というわけで、女子力に話をもどして……」
女子力という謎概念を分析して、母星に報告したい……業績稼ぎ……。
「女子力なんてないっス。ただの幻想っス」
一転して全否定……でもね……私は鞄から、眼鏡のようなものを取り出した。
「女子力スカウター」
「女子力スカウター……? なんですの、それ?」
エリーちゃんは、興味津々のご様子。
「これはね……地球人の女子力を計る機械……」
「また宇宙人ごっこっスか? もうちょっとマジメに議論するっス」
「いや……ほんとに計れるから……地球人平均100に調整してあるし……」
だれかで試して……あ、藤花の三人組が入店した。
春日川さん、高崎さん、林家さん。
「あれ? ポーン先輩じゃないですか」
高崎さんは、ちょっとおどろいたような顔で挨拶した。
「Frauタカサキ、ごきげんうるわしゅう」
「先輩に丁寧語使われると、違和感バリバリなんですが……なにしてるんです?」
「女子力について話しているのですわ」
エリーちゃんの答えに、林家さんが反応した。
「私の女子力は53万です」
どれどれ……
ピピピピ……5
「これはめずらしいサンプルだと思う……」
「でしょ? 宇宙的美少女でがす」
あとでデータを保存しておこう……ちなみに、ほかのひとはどうなのかな。
ピピピピ……
エリザベート・ポーン 138
大場角代 125
春日川琴音 117
高崎伊織 98
へぇ……結構高い……IQとほぼ同じ推移をするようになってるから、一般人のMAXは150……エリーちゃんは限りなくエリート……まあ、そりゃそうだよね……大企業の令嬢だし、行儀作法も完璧……大場さんはなんだろう……裁縫が評価されてる……?
男っぽい高崎さんが平均よりちょっと低いのは納得できる……でも、春日川さんは……なぜ大場さんより低いのか……お嬢様っぽい顔して、実は腹に一物あるとか……?
「女子力がますます分からなくなった……とりあえずみなさんお座りください……」
サンプルは多いほうがいい。
早速、注文の品をチェックしてみる。
「コーラで」
高崎さんはありきたり。
「紅茶で」
春日川さんも普通。
「抹茶カフェ」
林家さんは和風。
ちなみに、大場さんはジンジャエール、エリーちゃんはコーヒー。
飲み物と女子力にはあまり関係がない……?
「みなさん、好きな食べ物を言ってください……」
「言ってどうするんっスか?」
「女子力との関連性をチェックする……」
みんな首をかしげた。一応答えてくれるようだ。将棋女子はやさしい。
「高崎さん→春日川さん→林家さん→大場さん→エリーちゃんで、どうぞ……」
みんな、「んー」と考え込んでから、
「基本的に好き嫌いはないですけど、腹一杯喰うなら焼き肉ですかね」
「母の手料理でしょうか」
「コンデンスミルク」
「コンデンスミルク……? あのネバネバ砂糖みたいなやつ……?」
「五代目三遊亭圓楽さんが大好きだったんで、マネしてるんですよ」
コンデンスミルクを、そのまま呑むらしい。
意味が分からない……発想が宇宙レベル……。
「大場さんは……?」
「角ちゃんは、家で食べるカレーライスっス」
「わたくしはフランクフルタークランツですかしら」
「それはなに……?」
「故郷フランクフルトのケーキですの。母が上手に焼きますのよ」
なるほど……エリーちゃんはFrankfurt am Main出身だったね……。
「全体としてみると、家庭的な女性は女子力が高い……?」
「それ絶対偏見だと思いますけどね」
と高崎さん。
「なんで高崎さんはそう思うの……?」
「女も普通に働く時代ですよ? 女=家庭とか時代遅れ過ぎでしょ」
ここで春日川さんが口を挟んだ。
「女子力というのは、男性に対する相対的な数値なのでは? 結局のところ、男性からどう見られるか、という話になってしまうと思うのですが」
「そんなのどうでもいいんですよ」
「女子力の定義を求めている以上、どうでもよくはないでしょう」
これは議論が盛んになってきた……どんどん突っ込もうか……。
「ではここで質問です……男性は家庭的な女性を求めていると思いますか……?」
一同沈黙。
「伊織ちゃん、出番でがすよ……いって」
林家さんは、頭をぽかりとやられた。
「オレは男じゃねぇだろ!」
「このなかで最も男に近いのに、なに言ってるんですかねぇ」
「だからそれが偏見だって言ってるだろうがッ! ジェンダー差別だぞッ!」
ここでまた、春日川さんが口を挟んだ。
「伊織さんはともかく、女性の面子でそれを訊いても仕方がないのでは?」
「ともかくってなんだよッ! オレは女だッ! 断固主張するからなッ!」
カランカラン
入り口の鐘が鳴って、私たちは一斉にそちらを見た。
「あッ……」
現れたのは、なんと清心の兎丸くんと虎向くん。
ふたりもこちらに気付いて、手を振った。
「先輩方、こんにちは」
兎丸くんは、まず上級生に挨拶した。
「ちぃす、女子会ってやつですか?」
虎向くんは、いつも元気そうだね……。
一方、高崎さんは、めんどくさそうに両腕を組んだ。
「なんだ、犬のおさんぽか?」
「俺はペットじゃないって言ってるだろッ!」
「嘘つくな。しっぽ振ってつきまとってるくせによぉ」
喫茶店で言う合うことじゃないと思うんだけど……ちらちら見られてる……。
ここで兎丸くんが仲裁に入った。
「そうだね、虎向は結構プレイボーイだよ。学校でも女子に人気あるし」
「ほらな」
「どうだか……あ、そうだ」
高崎さんは、ポンと手を叩いた。
「捨神先輩に彼女ができたって噂、聞いたか?」
兎丸くんと虎向くんは、おたがいに顔を見合わせた。そして、兎丸くんが一言。
「冗談でしょ?」
「それがなぁ、冗談じゃないっぽいんだよ」
「だれが言ってたの? ソース不明は信じないからね」
高崎さんは、すこしだけ声を落とした。
「楓だよ、楓」
兎丸くんは、まったく信用できないという表情。
「え? 不破さん? ……僕たちをからかってるんじゃないよね?」
「こんなのでからかってどうすんだ。楓が言うには、『白状してないけど、間違いなくそうだ』って話だぜ……おい、なんだ、その顔は?」
「白状してないってことは、それ不破さんの憶測だよね?」
憶測、おそるべし……不破さんにもテレパシー能力があった……?
今度テレパシーで話しかけてみようかな……わくわく。
高崎さんと兎丸くんが言い合っていると、虎向くんは楽しそうに口を挟んだ。
「ともかく吉報じゃないか。捨神先輩に彼女がいないのは、駒桜将棋界七不思議のひとつだったからな」
ななふしぎ……? また知られざる地球の概念が明らかに……。
「これはヤバいですね。御城先輩が聞いたら泣きますよ。あのひとガチでしょ」
と林家さん。
「捨神先輩もガチだって噂があったけどな。相手は箕辺先輩だって」
と高崎さん。
「あ、そう言われてみるとそうですね。もしかして、彼氏ができたんじゃないですか?」
「それ、ありえるなあ。ついに御城先輩とゴールインしたとか?」
「そ、その話、もうやめないっスか?」
大場さんは、高崎さんと林家さんの会話を打ち切らせた。
「九十九ちゃんがだれと付き合ってるかなんて、どうでもいいっス」
高崎さんは首をひねった。
「えぇ? 気になりません? 大場先輩、同学年ですよね?」
林家さんも同調する。
「そうですよ。あの捨神九十九と付き合うとか、すっごい変態ですよ、きっと」
私は変態だった……?
「林家さんは、なんで変態だと思うのかな……?」
林家さんは両手を頭のうえで合わせて、体をくねくねさせた。
「だって捨神先輩自体、変態じゃないですか」
「捨神くんは紳士だと思うんだけど……」
「どのへんが紳士なんです? やばいですよ、絶対」
林家さんは、あとで解剖しとこうかな……標本にぴったり……。
「とにかく、このテーマはやめるっス! 女子力に話をもどすっス!」
こうして、話題は女子力にもどった。
すると高崎さんは、となりに立ったままの兎丸くんを小突いた。
「おまえ、女子力高そうだよな」
えッ……? 今のは、聞き間違いかな……?
「兎丸くんは男子だよね……?」
「男子でも女子力ありますよ」
どういうことなの……ウソかもしれないから、チェック……。
ピピピピ……121
えぇ……地球人、おそるべし……。




