93手目 恋愛にまつわる7つの対話(葉山光の場合)
※ここからは、葉山さん視点です。
いやあ、団体戦も始まって、新聞作りがはかどるわぁ。進捗、進捗。
部室のパソコンを叩きながら、私は写真の切り貼りをしていた。
「あとは、タイトルを決めて……」
「葉山ぁああぁああああああああああッ!」
「うわぁッ!?」
びっくりした。心臓が止まるかと思ったわよ。
振り返ると、泣きそうな顔をした箕辺くんが立っていた。
「どうしたの?」
「た、大変なことになった……」
「なに? 男子トイレが故障してたとか?」
箕辺くんは震えながら、事情を説明してくれた。かくかくしかじか。
「……というわけなんだ……助けてくれ」
「あのさぁ……ただの痴話ゲンカでしょ?」
彼女とケンカしただってさ。そんなのは犬も喰わないッつーの。
「俺はどうすればいい?」
「遊子ちゃんに謝ればいいじゃない。葛城くんを優先して悪かったって」
「それはダメだ。俺がふたばをかばったのには、ちゃんとした理由がある」
「理由があるとかないとかじゃないのよ。『仕事と私、どっちが大事』って訊かれたら、きみだって答えないとダメなの。一種の作法。分かる?」
「ふたばは大事な幼馴染だ。裏切れない」
もう、これだから男は融通が利かないのよ。
仕事と友人と奥さんの板挟みになってるじゃない。アホらしい。
「だいたい彼氏のいない私に相談するとか、イヤミでやってるわけ?」
「俺と遊子の関係を知ってるのは、おまえと獄門の神崎先輩しかいないんだよ」
ほらぁ……隠すからダメなのよ。私はそのことを指摘した。
すると箕辺くんは、遊子が隠したがってるからしょうがない、と答えた。
私はため息をついた。
「ねぇ……私の言うこと、怒らないで聞いてくれる?」
箕辺くんは、怒らないと約束した。ほんとかしら。
「ほんとに怒らない?」
「怒らないぞ……怒らせるようなこと言うつもりなのか?」
「じゃあ言うわよ……箕辺くんと遊子ちゃんって、釣り合ってないと思う」
箕辺くんは口をあんぐりと開けて、なにか言いたそうだった。
怒らないと言った手前、怒れないようだ。
「な、なんでそんなこと言うんだ?」
「冷静に聞いてね。これは新聞部のエース、葉山光としての客観的分析だから。まずね、箕辺くんはクラスのムードメーカーって感じだし、女の子にも人気あるでしょ?」
「あるわけないだろ。一度も告白されたことないんだぞ」
ほらね、本人が気付いてない。まったく。
だいたい、私が将棋部に定着したのは、箕辺くんがいるからで……こう……ああ、もうほんとに腹立つ。あんだけ丁寧に指導されたら、私に気があるのかと……ぐぅ、あんなバカな勘違いした私も私だけど……泣けてくる。
「は、葉山、どうした?」
「なんでもないわよ。それでね、遊子ちゃんのほうに話を移すけど、遊子ちゃんは休憩時間も昼寝してるかゲームしてるかで、男子どころか女子ともしゃべらないし、友だちは将棋関係者くらいしかいないし……とにかく、箕辺くんと対照的なのよ」
箕辺くんは、がっくりとその場にへたりこんだ。
「女友達に彼女の悪口言われるのって、思ったよりキツいな……」
「いや、悪口は言ってないから。たしかに遊子ちゃんは可愛いし、スタイルもいいし、頭にピ○チュウフードかぶってるとか、ときどきヤクザみたいな目つきになるとか、ともえちゃんみたいな変な子が取り巻きにいるとか、そういうのを度外視したら、箕辺くんが惚れたのも分かるわけで……ん?」
箕辺くんは急に立ち上がると、目を閉じて真剣な顔つきになった。
「おまえは、遊子のいいところが全然分かってないぞ。遊子はな、教室の花が枯れそうになったら水をやるし、将棋部の備品は率先して片付けるし、捨てられた子犬や子猫を見かけたら構ってやるし、内面がいいんだ、内面が。外見で惚れたと思ったら間違いだぞ」
はぁ? じゃあ内面さえ良ければ、私でもいいってこと? ……絶対ウソよ。
「あとね、遊子ちゃんは、志摩って女の子とツルんでるじゃない」
「ただの友だちだろ」
「志摩さんの噂、箕辺くんも知ってるんでしょ? 不良の元締めらしいじゃない」
「それはそれで偏見だ。志摩がヤクザの姉御みたいな雰囲気なのは認めるが、だから不良の元締めだとか、適当に推論しちゃダメだろ。風評被害だ」
「で、その志摩さんと遊子ちゃんに接点があるって、おかしいと思わない?」
箕辺くんは、急に反論をやめた。
ああ、これは薄々勘づいてるパターンだ。
「そ、それはだな……ほ、ほら、遊子はだれにでも親切だから……」
「ほ・ん・と・にそう思ってるの?」
箕辺くんは視線を落とした。でも、すぐにグッとこぶしをにぎった。
「俺は遊子を信じる。遊子は普通の女子高生だ」
「それは、遊子ちゃんが普通じゃなかったら振る、ってことでいいの?」
「……そうは言ってないだろ」
「じゃあ、遊子ちゃんが飲酒喫煙とかしてても、受け入れてあげるわけ?」
「なんで飲酒喫煙前提になってるんだ。むしろ抱きしめたらいい匂いがするんだぞ」
くッ、抱きしめてるのか。幸せ者め。
「まあ、私も言い過ぎたけど、最後にひとつだけ。箕辺くんと遊子ちゃんが付き合ってること、ほんと周りに気付かれてないでしょ。これって、どういうことだか分かる?」
「うまく隠せてるってことだろ?」
「違うわよ……カップルになりそうだと思われてないの。だから不釣り合い」
箕辺くんは、そばにあった椅子に腰をおろして、うつむいてしまった。
私はさすがに言い過ぎだったことに気付いて、おろおろする。
「ご、ごめんなさい……遊子ちゃんの悪口言うつもりはなかったのよ」
「いや……いいんだ……遊子がクラスで浮いてるのは気付いてた……」
ますます空気が重くなる。私のバカバカバカ。
「俺が外見目当てで遊子を選んだんじゃないってのは分かってくれ……顔だけなら飛瀬もかなりいい線行ってるし……まあ、飛瀬はぶっ飛び過ぎで比較したらマズいんだが……遊子は高校に入るまで将棋を知らなかったのに、あれだけマジメにやって強くなったのが、俺にはすごく好印象だったんだ……」
「箕辺くん……ほんとに将棋と遊子ちゃんが好きなのね」
「将棋がなかったら捨神や今の2年生とは会えなかったし、親父が死んだときに打ち込める趣味があったのはほんとに救いだった……遊子とも出会えたしな」
うぅ……さっき感情に任せてしゃべってたのがバカみたいだ。自己嫌悪の嵐。
「分かったわよ。仲直りのお手伝いしてあげるわ」
私たちは、まず遊子ちゃんが怒った原因から探ることにした。
もう一度、ケンカした経緯を復習する。
「んー……難しいわね」
「は、葉山もそう思うのか?」
「女の子として、言いたいことは分かるんだけど……そこまで怒ることかな?」
「俺もそれが気になってて……実はべつのことで怒ってるんじゃないかな、と……」
箕辺くんは、自分が知らない事情を心配しているらしかった。
「心当たりがあるの? ほかの女とデートしたとか?」
「するわけないだろッ!」
「……大声出さなくてもいいじゃない」
「す、すまん……とにかく、心当たりはない」
「週に何回くらいデートしてる?」
私の質問に、箕辺くんの顔が明るくなった。
「休み時間とかも含めたら、毎日してる」
くッ、リア充め……ということは、デート不足の可能性はなし、と。
「ちょっと変な質問かもしれないけどさ……」
「なんだ?」
私はもじもじする
「ど、どのくらい進んでるわけ……?」
箕辺くんも、すこし赤くなった。
「そ、それはだな……」
手をつないだりキスしたり……健全なおつきあい。
ただ、最近の高校生にしては、ちょっと消極的過ぎるような気もした。
「これは私の感想だけど……遊子ちゃんは、もっと積極的になって欲しいんじゃない?」
「積極的? ……例えば?」
うーん……半分は適当な答えだから、具体例を挙げろと言われると……困る。
積極策……いきなりウルトラCを決める……いや、ないか。
「定期的に愛のメールを送るとかは?」
「それは毎晩やってる」
やっとるんかいッ! 私は椅子から立ち上がると、手近な書類をはたいた。
「私、校内新聞の編集があるから、これくらいにしてもらえる?」
「そ、そうか……時間とって悪かったな。今度お礼するから」
箕辺くんは、来たときよりも若干落ち着いた様子で、新聞部の部室をあとにした。
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好きだった男がほかの女を全力で愛してる……つらい。




