90手目 3回戦 来島〔駒桜市立〕vs葛城〔升風〕(2)
とりあえず、同玉を読むよね。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
で、6六角、同角、8七飛成。ここで8八合駒は7八銀の一手詰め。
合駒はダメだから、7九玉、7八銀、6八玉、6七銀成、同玉。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
ここだね……この局面で、私に即死の手があるかどうか。
一見するとないんだけど……うーん……葛城くんもかなり考えたから、やっぱり即寄りはないような気がする。とりあえず駒を補給にくるよね。
私は、補給に一番効率的な手を考えた……金打ちかな。6五金、1一角成、7六金で桂馬を補充。ただ、こっちは馬ができて、鉄壁にならないかな?
「なんか罠の匂いがするね……」
「どうかなぁ」
葛城くんの挑発。私は無視して考える。
馬ができても大丈夫って読み? だとすると……馬筋を止めてきそう。
止める方法は、4四銀とか3三金直みたいに、自陣の金銀を使うやり方と、もうひとつは3三桂でがっちりブロックするやり方の2通り。攻め駒が足りないから、3三金直か4四銀が本命かな。ただ、4四銀は7一角と打つくらいで、後手が危なくなるね。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
7七竜、4八玉と凌いでおけば、次に4四角成、同金、同馬が詰めろ龍取り。
さすがに私の勝ちだと思う。うん、これは問題なし、と。
だったら3三金直が本命……? なんか妙だね。3三金直でも、7三角と置くくらいで勝てるんじゃないかな。7三角、7七龍、4八玉……6七金かな? 6七金、5一金、4二玉で……寄らないか。5一金はやり過ぎっぽい。
じゃあ、受けようか。5九香とか……冴えない?
私はいろいろ考えて、根本的な方針をあらためた。
「同玉」
実力差があるなら、むしろ流れに乗ってみよう。読み勝ちは目指さない方針で。
葛城くんは1分ほど読み直して、6六角と切った。
同角、8七飛成、7九玉、7八銀、6八玉、6七銀成、同玉。
「6五金だよぉ」
ここまでは予定通り。
「1一角成」
7六金、5七玉。ここでまた葛城くんは、1分使い直した。
やっぱり即寄りはないみたい。もうちょっと雰囲気隠したほうがいいよ、葛城くん。
獲物を狙うときは、なにくわぬ顔で近づいて、スッと殺らないとね、スッと。
……ん、桂馬を持った?
「3三けぇい」
攻め駒を使った? ……あ、いいのか。さっきの私の読みでも、桂馬は攻めにも守りにも使わなかった。もとから駒が足りてないっぽい。私が有利な気がしてきた。
「でも飛車当たりか……」
「逃げるぅ?」
ここで逃げると女がすたる……とはいえ、これ逃げないと寄るよね。
さすがに2枚龍は防げないよ。
「2八……」
私はそこで指をとめた。葛城くんは、じーっとこちらを見る。
「どうしたのぉ?」
「ごめん、もどすね」
指はまだ離れてなかったよ。いちゃもん禁止。
……………………
……………………
…………………
………………
2八じゃなくて2七だね。これなら6七金〜5七金〜4七金に同飛と取れる。
「2七飛」
「7七龍ぅ」
「4八玉」
「やるねぇ。でもそれはそれで急所があるんだよぉ。4六歩ぅ」
あッ……2七飛としたせいで取れない……。
4七歩成とされたら終わるのかな? 4七歩成、同飛、同龍、同玉、7七飛……怖いけど3八玉と引いてみて、2六桂、2八玉……7八飛成? 2六桂を打たせたせいで、3八合駒を同桂成とされちゃう。これは寄り。
でも、2六桂に3九玉と引く手がある? ものすごく怖いけど……ドスのまえに丸腰で飛び出すような手だ。現に7八飛成が詰めろ。4八歩、4七歩、4九香、4八歩成、同香に4七歩ともう一回叩かれて終わりみたい。詰めろがほどけない。
じゃあ、素直に受けようか。7七飛に5七桂、6七金。これが詰めろじゃないなら、私のほうにはかなり余裕がある。例えば、まずは2一馬として、4七歩成、同飛、同龍、同玉、7七飛、5七桂、6七金、3二馬、5七金、3七玉(3八玉は7八飛成があって危なさそう)、4五桂打、2六玉……これは受かってるっぽい?
となると、問題は後手が詰めろになってるかどうか……ううん、関係ないね。私のほうにはもう詰めろが掛かりそうにないから、後手に対しては一手スキで良さそう。例えば4一角と打って、これで決着がつくんじゃないかな。
(※図は来島さんの脳内イメージです。)
6二玉なら6三角成、同玉、7四銀から詰み。
ほかへ逃げるのも6三角成で終わり。私の王様は詰まない。
「ふぅ……」
私は読みの重苦しい空気から解放されて、一息ついた。
残り時間は、私も葛城くんも3分。
「じゃ、行こうか……2一馬」
この手をみた葛城くんは、顔色を変えた。
「ふえぇ……それで来るんだ……」
一番イヤな手を指されたみたいだね。
「残念、私は受ける棋風じゃないんだよ」
だいたい、受けたらどっかに桂馬を打たれて加速するのが目に見えてるもん。
葛城くんのほうが私よりも読めているせいか、露骨に悩み出した。
よく分からないけど、どうやら急所に入っちゃったみたい。
「よ、4二金引ぅ」
あ、手番が回ってきた。
私はこちらに寄りがないことを再確認してから、7三金と貼付ける。
「男の娘パワーだよぉ! 7一桂ッ!」
「女子力! 4四桂ッ!」
「……あッ」
見た? この圧倒的女子力?
ここで葛城くんが秒読み。私も気を抜かずに読む。
盤面は簡単になった。ごちゃごちゃやられたほうが、私に不利だったよ、うん。
同銀、6二角、6八龍、5八香、6七金、4四角成、5八金。
「絶対に詰まないッ! 3七玉ッ!」
「詰まなくてもいいから駒をちょうだぁい! 4七歩成ぅ!」
同玉……は死んじゃうね。5七龍、3八玉、4八龍まで。
私は2六玉と逃げた。
2五香、1五玉、2七香成。
あれ……? あやしくなってきた。マズい。っていうか、これ詰めろだよ、私が。
つ、詰めろを解除しないと。
……………………
……………………
…………………
………………
うまく解除する手がないッ!?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「4三銀ッ!」
受けがないなら詰ます。
「同金左ぃ」
「6二金ッ!」
葛城くんは王様に指を添えて、スッと4一に引いた。
「これでボクの王様は詰まないよぉ。遊子ちゃんは必至ぃ」
しまった……銀を渡したのが悪手……。
5二銀、同銀、同金、同玉だと……詰まない。やらかした。
「投了するぅ?」
「しないもん」
こうなったらギリギリまで考えて引き延ばすよ。チーム戦だし。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「3二銀」
「同きぃん」
ノータイムで指すとか、転がされたいのかな?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同馬」
「同玉ぅ」
ハァ……やっぱりダメだったよ、辰吉くん。悲しい。
とりあえず次の王手は……ん?
「あれ……これって……」
私はじっと盤をみつめた。
「どうしたのぉ? 二歩も二手指しもしてな……ッ!」
葛城くんは、そこで急に口をつぐんだ。
……………………
……………………
…………………
………………
これ、詰んで……る? ない?
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「2一銀ッ!」
これは同玉しかない。4一、4二、3一に逃げたら3二金の一手詰み。
2二玉が一瞬焦るけど、1三歩成(!)、同玉、1二金(!)で詰み。
だから、2一同玉、4三馬で再度王手して……うん、いけそう。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!
同玉と取った。私は念入りに読み直してから、4三馬。
以下、3二桂、2二歩。
「な、なんで2筋に歩が利くのぉ!?」
序盤で飛車先の歩を交換させたからだよ。舐めプはよくなかったね、葛城くん。
諦めきれないのか、今度は葛城くんが59秒まで使い始めた。
ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!
「同……玉ぅ……」
私はノータイムで1三金。
詰んだ。これは私でもすぐに分かる。
さあ、葛城くん、いよいよ年貢の収めどき……って、あれ?
「な、なんでアレが負けになるのぉ……おかしいよぉ……」
葛城くんはぷるぷると震えて、涙目になっていた。
「ふぇえええええん!」
あ、泣いた。
葛城くんの大声を聞きつけて、ギャラリーが集まってきた。
「どうした?」
真っ先に声をかけてきたのは、辰吉くんだった。私は事情を説明する。
「私はなにもしてないよ。葛城くんが勝手に泣き始めただけ」
「ふたば、大丈夫か?」
……………………
……………………
…………………
………………え、そっちを心配するの?
辰吉くんに声をかけられた葛城くんは、落ち着いてぐずり泣きになった。
「ぐすん……大丈夫だよぉ……」
ギャラリーは口々に、うしろのほうでしゃべっていた。
「なんだ? 頓死でもしたのか?」
「よく分からん。先手が押し切ったようにもみえる」
「まあ、ここ決勝卓だったしな。市立の3−2勝ちだろ」
あ、勝ったんだ。
「遊子ちゃん……おつかれ……」
カンナちゃんも顔を出した。
「おつかれ……私たち、勝ったんだよね?」
「うん……裏見先輩、私、遊子ちゃんで3−2……」
「もうしわけありません。私が負けてしまいました」
と馬下さん。
「遊子ちゃん様々です……ありがとうございます……」
それほどでもあるよ。
「意外と優勝の芽がありそうね。この調子で2日目もいくわよ」
と裏見先輩。
こうして3回戦は、私たちの勝ちで幕を閉じた。
1日目だから閉会式もなにもなく、後片付けをして解散。
帰り道、私は辰吉くんを誘って、ふたりで帰ることにした。
夕日に背中を押されながら、ありきたりなことをぽつぽつ話す。
「なあ……ひとつだけ訊いてもいいか?」
「なに?」
「3回戦の将棋……ほんとになにもなかったんだよな?」
私は立ち止まって、じっと辰吉くんの目をみた。
辰吉くんは、かなり困惑した様子だった。
「いや、なにもなかったのなら、それで……」
「なんで私が葛城くんをイジメたみたいな前提になってるの?」
辰吉くんは、そういう意味じゃない、と答えた。
「じゃあどういう意味? さっきだって、葛城くんを先に心配したよね?」
「泣いてるほうを心配するのは当然だろう」
「ほらね。それって私が葛城くんを泣かせたとイコールでしょ? 違う?」
辰吉くんはいろいろと弁解し始めた。私は無視して歩き出す。
「遊子、もう一回よく話し合おう。誤解だ。俺は……」
「遊子お嬢様、お迎えにあがりました」
3回戦のあとで姿を消していたともえちゃんが、私たちを呼び止めた。
車道には、黒塗りスモークガラスのベンツが一台。
私はわざとらしくため息をつく。
「ともえちゃん、人目につくところへ車を寄せちゃダメだって言ったよね?」
「失礼致しました。ここしか場所がなく……おい、箕辺」
ともえちゃんは、眼帯のないほうの右目でギロリと辰吉くんをにらんだ。
「な、なんだ?」
「貴様、遊子お嬢様に言い寄っていたように見えたが、どういうつもりだ?」
「べつに言い寄ってるわけじゃ……」
「はいはい、ともえちゃん、もう帰るよ」
ともえちゃんは助手席に、私は後部座席に乗る。
ドアを閉めるまえに、辰吉くんの悲しそうな顔がみえた。胸が痛む。
でも、痛んでいるのは私も同じ。
「じゃあ、またね」
ドアが閉まる。車は彼氏を置き去りにして、走り出した。
場所:2015年度春季団体戦 3回戦
先手:来島 遊子
後手:葛城 ふたば
戦型:矢倉
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀
▲5六歩 △5四歩 ▲5八金右 △4二銀 ▲6七金 △3二金
▲2六歩 △4一玉 ▲4八銀 △7四歩 ▲7七銀 △6四歩
▲2五歩 △6三銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩
▲2八飛 △7三桂 ▲7八金 △5三銀 ▲6九玉 △8五歩
▲2五飛 △1四歩 ▲5七銀 △5二金 ▲4六銀 △4四歩
▲2八飛 △4三金右 ▲7九角 △6五歩 ▲同 歩 △同 桂
▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛
▲6八角 △9四歩 ▲9六歩 △6四歩 ▲7九玉 △5二玉
▲8八玉 △1三角 ▲1六歩 △3三桂 ▲1五歩 △同 歩
▲1四歩 △2二角 ▲3六歩 △7五歩 ▲同 歩 △7七歩
▲同 桂 △4五歩 ▲5七銀右 △2五桂 ▲同 飛 △9五歩
▲同 歩 △5七桂成 ▲同 角 △5八銀 ▲7六桂 △6七銀成
▲同 金 △8九金 ▲同 玉 △6六角 ▲同 角 △8七飛成
▲7九玉 △7八銀 ▲6八玉 △6七銀成 ▲同 玉 △6五金
▲1一角成 △7六金 ▲5七玉 △3三桂 ▲2七飛 △7七龍
▲4八玉 △4六歩 ▲2一馬 △4二金引 ▲7三金 △7一桂
▲4四桂 △同 銀 ▲6二角 △6八龍 ▲5八香 △6七金
▲4四角成 △5八金 ▲3七玉 △4七歩成 ▲2六玉 △2五香
▲1五玉 △2七香成 ▲4三銀 △同金左 ▲6二金 △4一玉
▲3二銀 △同 金 ▲同 馬 △同 玉 ▲2一銀 △同 玉
▲4三馬 △3二桂 ▲2二歩 △同 玉 ▲1三金
まで131手で来島の勝ち
【2015年度 春季団体戦 中間成績】
《暫定1位 清心高校 チーム勝数3 勝ち星9》
《暫定2位 駒桜市立高校 チーム勝数2 勝ち星8》
《暫定2位 藤花女学園 チーム勝数2 勝ち星8》
《暫定4位 駒桜北高校 チーム勝数1 勝ち星7》
《暫定4位 升風高校 チーム勝数1 勝ち星7》
《暫定6位 天堂高校 チーム勝数0 勝ち星6》




