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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第8局 熱血!春の団体戦(1日目・2015年5月10日日曜)
102/682

90手目 3回戦 来島〔駒桜市立〕vs葛城〔升風〕(2)

 とりあえず、同玉を読むよね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島(くるしま)さんの脳内イメージです。)


 で、6六角、同角、8七飛成。ここで8八合駒は7八銀の一手詰め。

 合駒はダメだから、7九玉、7八銀、6八玉、6七銀成、同玉。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)

 

 ここだね……この局面で、私に即死の手があるかどうか。

 一見するとないんだけど……うーん……葛城(かつらぎ)くんもかなり考えたから、やっぱり即寄りはないような気がする。とりあえず駒を補給にくるよね。

 私は、補給に一番効率的な手を考えた……金打ちかな。6五金、1一角成、7六金で桂馬を補充。ただ、こっちは馬ができて、鉄壁にならないかな?

「なんか罠の匂いがするね……」

「どうかなぁ」

 葛城くんの挑発。私は無視して考える。

 馬ができても大丈夫って読み? だとすると……馬筋を止めてきそう。

 止める方法は、4四銀とか3三金直みたいに、自陣の金銀を使うやり方と、もうひとつは3三桂でがっちりブロックするやり方の2通り。攻め駒が足りないから、3三金直か4四銀が本命かな。ただ、4四銀は7一角と打つくらいで、後手が危なくなるね。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)

 

 7七竜、4八玉と凌いでおけば、次に4四角成、同金、同馬が詰めろ龍取り。

 さすがに私の勝ちだと思う。うん、これは問題なし、と。

 だったら3三金直が本命……? なんか妙だね。3三金直でも、7三角と置くくらいで勝てるんじゃないかな。7三角、7七龍、4八玉……6七金かな? 6七金、5一金、4二玉で……寄らないか。5一金はやり過ぎっぽい。

 じゃあ、受けようか。5九香とか……冴えない?

 私はいろいろ考えて、根本的な方針をあらためた。

「同玉」

 実力差があるなら、むしろ流れに乗ってみよう。読み勝ちは目指さない方針で。

 葛城くんは1分ほど読み直して、6六角と切った。

 同角、8七飛成、7九玉、7八銀、6八玉、6七銀成、同玉。

「6五金だよぉ」

 ここまでは予定通り。

「1一角成」

 7六金、5七玉。ここでまた葛城くんは、1分使い直した。

 やっぱり即寄りはないみたい。もうちょっと雰囲気隠したほうがいいよ、葛城くん。

 獲物を狙うときは、なにくわぬ顔で近づいて、スッと殺らないとね、スッと。

 ……ん、桂馬を持った?

「3三けぇい」


挿絵(By みてみん)


 攻め駒を使った? ……あ、いいのか。さっきの私の読みでも、桂馬は攻めにも守りにも使わなかった。もとから駒が足りてないっぽい。私が有利な気がしてきた。

「でも飛車当たりか……」

「逃げるぅ?」

 ここで逃げると女がすたる……とはいえ、これ逃げないと寄るよね。

 さすがに2枚龍は防げないよ。

「2八……」

 私はそこで指をとめた。葛城くんは、じーっとこちらを見る。

「どうしたのぉ?」

「ごめん、もどすね」

 指はまだ離れてなかったよ。いちゃもん禁止。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 2八じゃなくて2七だね。これなら6七金〜5七金〜4七金に同飛と取れる。

「2七飛」

「7七龍ぅ」

「4八玉」

「やるねぇ。でもそれはそれで急所があるんだよぉ。4六歩ぅ」


挿絵(By みてみん)


 あッ……2七飛としたせいで取れない……。

 4七歩成とされたら終わるのかな? 4七歩成、同飛、同龍、同玉、7七飛……怖いけど3八玉と引いてみて、2六桂、2八玉……7八飛成? 2六桂を打たせたせいで、3八合駒を同桂成とされちゃう。これは寄り。

 でも、2六桂に3九玉と引く手がある? ものすごく怖いけど……ドスのまえに丸腰で飛び出すような手だ。現に7八飛成が詰めろ。4八歩、4七歩、4九香、4八歩成、同香に4七歩ともう一回叩かれて終わりみたい。詰めろがほどけない。

 じゃあ、素直に受けようか。7七飛に5七桂、6七金。これが詰めろじゃないなら、私のほうにはかなり余裕がある。例えば、まずは2一馬として、4七歩成、同飛、同龍、同玉、7七飛、5七桂、6七金、3二馬、5七金、3七玉(3八玉は7八飛成があって危なさそう)、4五桂打、2六玉……これは受かってるっぽい?

 となると、問題は後手が詰めろになってるかどうか……ううん、関係ないね。私のほうにはもう詰めろが掛かりそうにないから、後手に対しては一手スキで良さそう。例えば4一角と打って、これで決着がつくんじゃないかな。


挿絵(By みてみん)


 (※図は来島さんの脳内イメージです。)

 

 6二玉なら6三角成、同玉、7四銀から詰み。

 ほかへ逃げるのも6三角成で終わり。私の王様は詰まない。

「ふぅ……」

 私は読みの重苦しい空気から解放されて、一息ついた。

 残り時間は、私も葛城くんも3分。

「じゃ、行こうか……2一馬」

 この手をみた葛城くんは、顔色を変えた。

「ふえぇ……それで来るんだ……」

 一番イヤな手を指されたみたいだね。

「残念、私は受ける棋風じゃないんだよ」

 だいたい、受けたらどっかに桂馬を打たれて加速するのが目に見えてるもん。

 葛城くんのほうが私よりも読めているせいか、露骨に悩み出した。

 よく分からないけど、どうやら急所に入っちゃったみたい。

「よ、4二金引ぅ」

 あ、手番が回ってきた。

 私はこちらに寄りがないことを再確認してから、7三金と貼付ける。

(おとこ)()パワーだよぉ! 7一桂ッ!」

女子力(じょしりょく)! 4四桂ッ!」


挿絵(By みてみん)


「……あッ」

 見た? この圧倒的女子力?

 ここで葛城くんが秒読み。私も気を抜かずに読む。

 盤面は簡単になった。ごちゃごちゃやられたほうが、私に不利だったよ、うん。

 同銀、6二角、6八龍、5八香、6七金、4四角成、5八金。

「絶対に詰まないッ! 3七玉ッ!」

「詰まなくてもいいから駒をちょうだぁい! 4七歩成ぅ!」

 同玉……は死んじゃうね。5七龍、3八玉、4八龍まで。

 私は2六玉と逃げた。

 2五香、1五玉、2七香成。


挿絵(By みてみん)


 あれ……? あやしくなってきた。マズい。っていうか、これ詰めろだよ、私が。

 つ、詰めろを解除しないと。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 うまく解除する手がないッ!?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「4三銀ッ!」

 受けがないなら詰ます。

「同金左ぃ」

「6二金ッ!」

 葛城くんは王様に指を添えて、スッと4一に引いた。


挿絵(By みてみん)


「これでボクの王様は詰まないよぉ。遊子ちゃんは必至ぃ」

 しまった……銀を渡したのが悪手……。

 5二銀、同銀、同金、同玉だと……詰まない。やらかした。

「投了するぅ?」

「しないもん」

 こうなったらギリギリまで考えて引き延ばすよ。チーム戦だし。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「3二銀」

「同きぃん」

 ノータイムで指すとか、転がされたいのかな?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「同馬」

「同玉ぅ」


挿絵(By みてみん)


 ハァ……やっぱりダメだったよ、辰吉(たつきち)くん。悲しい。

 とりあえず次の王手は……ん?

「あれ……これって……」

 私はじっと盤をみつめた。

「どうしたのぉ? 二歩も二手指しもしてな……ッ!」

 葛城くんは、そこで急に口をつぐんだ。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 これ、詰んで……る? ない?


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!

 

「2一銀ッ!」


挿絵(By みてみん)


 これは同玉しかない。4一、4二、3一に逃げたら3二金の一手詰み。

 2二玉が一瞬焦るけど、1三歩成(!)、同玉、1二金(!)で詰み。

 だから、2一同玉、4三馬で再度王手して……うん、いけそう。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ! パシリ!

 

 同玉と取った。私は念入りに読み直してから、4三馬。

 以下、3二桂、2二歩。

 

挿絵(By みてみん)


「な、なんで2筋に歩が利くのぉ!?」

 序盤で飛車先の歩を交換させたからだよ。舐めプはよくなかったね、葛城くん。

 諦めきれないのか、今度は葛城くんが59秒まで使い始めた。

 

 ピッ、ピッ、ピッ、ピーッ!


「同……玉ぅ……」

 私はノータイムで1三金。


挿絵(By みてみん)


 詰んだ。これは私でもすぐに分かる。

 さあ、葛城くん、いよいよ年貢の収めどき……って、あれ?

「な、なんでアレが負けになるのぉ……おかしいよぉ……」

 葛城くんはぷるぷると震えて、涙目になっていた。

「ふぇえええええん!」

 あ、泣いた。


 葛城くんの大声を聞きつけて、ギャラリーが集まってきた。

「どうした?」

 真っ先に声をかけてきたのは、辰吉くんだった。私は事情を説明する。

「私はなにもしてないよ。葛城くんが勝手に泣き始めただけ」

「ふたば、大丈夫か?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………え、そっちを心配するの?

 辰吉くんに声をかけられた葛城くんは、落ち着いてぐずり泣きになった。

「ぐすん……大丈夫だよぉ……」

 ギャラリーは口々に、うしろのほうでしゃべっていた。

「なんだ? 頓死でもしたのか?」

「よく分からん。先手が押し切ったようにもみえる」

「まあ、ここ決勝卓だったしな。市立の3−2勝ちだろ」

 あ、勝ったんだ。

遊子(ゆうこ)ちゃん……おつかれ……」

 カンナちゃんも顔を出した。

「おつかれ……私たち、勝ったんだよね?」

「うん……裏見(うらみ)先輩、私、遊子ちゃんで3−2……」

「もうしわけありません。私が負けてしまいました」

 と馬下(こまさげ)さん。

「遊子ちゃん様々(さまさま)です……ありがとうございます……」

 それほどでもあるよ。

「意外と優勝の芽がありそうね。この調子で2日目もいくわよ」

 と裏見先輩。


 こうして3回戦は、私たちの勝ちで幕を閉じた。

 1日目だから閉会式もなにもなく、後片付けをして解散。

 帰り道、私は辰吉くんを誘って、ふたりで帰ることにした。

 夕日に背中を押されながら、ありきたりなことをぽつぽつ話す。

「なあ……ひとつだけ訊いてもいいか?」

「なに?」

「3回戦の将棋……ほんとになにもなかったんだよな?」

 私は立ち止まって、じっと辰吉くんの目をみた。

 辰吉くんは、かなり困惑した様子だった。

「いや、なにもなかったのなら、それで……」

「なんで私が葛城くんをイジメたみたいな前提になってるの?」

 辰吉くんは、そういう意味じゃない、と答えた。

「じゃあどういう意味? さっきだって、葛城くんを先に心配したよね?」

「泣いてるほうを心配するのは当然だろう」

「ほらね。それって私が葛城くんを泣かせたとイコールでしょ? 違う?」

 辰吉くんはいろいろと弁解し始めた。私は無視して歩き出す。

「遊子、もう一回よく話し合おう。誤解だ。俺は……」

「遊子お嬢様、お迎えにあがりました」

 3回戦のあとで姿を消していたともえちゃんが、私たちを呼び止めた。

 車道には、黒塗りスモークガラスのベンツが一台。

 私はわざとらしくため息をつく。

「ともえちゃん、人目につくところへ車を寄せちゃダメだって言ったよね?」

「失礼致しました。ここしか場所がなく……おい、箕辺(みのべ)

 ともえちゃんは、眼帯のないほうの右目でギロリと辰吉くんをにらんだ。

「な、なんだ?」

「貴様、遊子お嬢様に言い寄っていたように見えたが、どういうつもりだ?」

「べつに言い寄ってるわけじゃ……」

「はいはい、ともえちゃん、もう帰るよ」

 ともえちゃんは助手席に、私は後部座席に乗る。

 ドアを閉めるまえに、辰吉くんの悲しそうな顔がみえた。胸が痛む。

 でも、痛んでいるのは私も同じ。

「じゃあ、またね」

 ドアが閉まる。車は彼氏を置き去りにして、走り出した。

場所:2015年度春季団体戦 3回戦

先手:来島 遊子

後手:葛城 ふたば

戦型:矢倉


▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲6六歩 △6二銀

▲5六歩 △5四歩 ▲5八金右 △4二銀 ▲6七金 △3二金

▲2六歩 △4一玉 ▲4八銀 △7四歩 ▲7七銀 △6四歩

▲2五歩 △6三銀 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △2三歩

▲2八飛 △7三桂 ▲7八金 △5三銀 ▲6九玉 △8五歩

▲2五飛 △1四歩 ▲5七銀 △5二金 ▲4六銀 △4四歩

▲2八飛 △4三金右 ▲7九角 △6五歩 ▲同 歩 △同 桂

▲6六銀 △8六歩 ▲同 歩 △同 飛 ▲8七歩 △8一飛

▲6八角 △9四歩 ▲9六歩 △6四歩 ▲7九玉 △5二玉

▲8八玉 △1三角 ▲1六歩 △3三桂 ▲1五歩 △同 歩

▲1四歩 △2二角 ▲3六歩 △7五歩 ▲同 歩 △7七歩

▲同 桂 △4五歩 ▲5七銀右 △2五桂 ▲同 飛 △9五歩

▲同 歩 △5七桂成 ▲同 角 △5八銀 ▲7六桂 △6七銀成

▲同 金 △8九金 ▲同 玉 △6六角 ▲同 角 △8七飛成

▲7九玉 △7八銀 ▲6八玉 △6七銀成 ▲同 玉 △6五金

▲1一角成 △7六金 ▲5七玉 △3三桂 ▲2七飛 △7七龍

▲4八玉 △4六歩 ▲2一馬 △4二金引 ▲7三金 △7一桂

▲4四桂 △同 銀 ▲6二角 △6八龍 ▲5八香 △6七金

▲4四角成 △5八金 ▲3七玉 △4七歩成 ▲2六玉 △2五香

▲1五玉 △2七香成 ▲4三銀 △同金左 ▲6二金 △4一玉

▲3二銀 △同 金 ▲同 馬 △同 玉 ▲2一銀 △同 玉

▲4三馬 △3二桂 ▲2二歩 △同 玉 ▲1三金


まで131手で来島の勝ち



【2015年度 春季団体戦 中間成績】


《暫定1位 清心高校 チーム勝数3 勝ち星9》

挿絵(By みてみん)


《暫定2位 駒桜市立高校 チーム勝数2 勝ち星8》

挿絵(By みてみん)


《暫定2位 藤花女学園 チーム勝数2 勝ち星8》

挿絵(By みてみん)


《暫定4位 駒桜北高校 チーム勝数1 勝ち星7》

挿絵(By みてみん)


《暫定4位 升風高校 チーム勝数1 勝ち星7》

挿絵(By みてみん)


《暫定6位 天堂高校 チーム勝数0 勝ち星6》

挿絵(By みてみん)

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