第六章 『少女の好奇』
正体不明の少年が突然暗闇に吸い込まれた。
獲物を捕り逃がしあまつさえ自分の持ち物さえ盗まれるた少女の行動は油断以外のなにものでもない。
「……っち」
これは怒りだ。
娯楽と言える事情が起きない苛立ち、そして、久方の遊戯に邪魔が入った苛立ち。
「せめて、キサマだけでも殺しておかねばな」
少女は先ほどまで太刀筋は使わない。
本気の殺意。
「それには及ばなくなった。『王の杮』を失った一族などにもう用などない」
狼の口から人語が漏れる。
「たかが狼風情が吠えるな」
「たかが狼だと、我が『千古狼』を愚弄するな!」
「……千古狼」
『千古狼』という名の種族を耳にして少女は冷静になった。
「生き残りか……」
興味。
久しくない特異な種族に立場を忘れて少女から笑みが自然と浮かぶ。
「飼ってやろう」
失くしたモノことなどどうでもいい。新しい獲物が目の前にいる。
「行くぞ」
「ふん、その必要はないと言ったはずだ」
狼が言い、そのタイミングで部屋の扉が大きな音をたて押し開いた。
「お姉さまっ!」
一瞬。
その瞬く間の出来事に視線を背け、すでに狼は姿を消していた。
「――ははっ」
「お姉さま?」
「あははははははははははははははははははははははっ」
最強の一角と謳われる少女は二度も獲物に逃げられたのに、今度は怒りなど湧いてはいなかった。心に思い浮かぶは純粋な喜び。
少年の正体も忽然消えた原因の術も分からない。だが、狼の方はまだ少女の領土から抜け出せていない。この世にもまだ楽しいことが眠っている。
「セイ、直ちに侵入者の狼を追わせろ」
「狼がきたんですか?」
「早くしろ」
「は、はい!」
セイが廊下に出て、遣いに指示を出している。
「…………リチア様」
「アスターか」
入れ替わりで、アスターが報告と共にやってきた。
報告とは、これだけの時間この場所へとたどり着けなかった理由。
「…………狼の群生が城中に入り込み排除を試みたのですが、気配があるにも関わらず実態はないという特殊な術でした。おそらく、稀な種族かと」
「ふふ、千古狼と名乗って消えた」
「…………確か絶滅したはずでは」
「一匹ぐらい生き延びていてもなんら不思議ではない」
「…………左様でございます。それよりも、久しぶりにそのようなお顔を拝見いたしました」
少女からは態度だけではなく表情にも出ていた。
「そうだアスター、狼以外にも侵入者がいた。こちらも見つけ次第無傷で捕獲して」
「…………畏まりました」
「それと――」
失くした物の重大さを伝えようと少女はした。そして、同時にいたずらを試みる。アスターはあまり表情の変化が少ない。それを楽しもうとしていたのだ。
唇に僅かに残る血の味を舌で艶めかしく舐めとり、いたずらをする微笑の奥底で静かに動き始める。