終章~サイズの優劣~
「はぁ」
ヴェーレのことが気がかりだ。また来るとは言ったものの、また来た時どうすればいいのか全く分からない。きっと宙に相談したところで分からないと思う。
「キサマッ、着替えている最中に入り込んだ挙句、私の肢体を見てため息を吐くなどっ」
いつの間にか玉座って部屋に来てしまっていたみたいだ。それによく分からないけど平らに近い胸元を隠しながらチアは怒っているみたいだ。
「ごめんね」
なんで怒っているのか分からないけど、今はヴェーレの方が気になる。まぁ怒っているから一応謝っておくけど。
「キサマッ……」
ん、なんかチアの目尻が半端なくピクピクと怒りを表現している。危険な匂いがする!
「あぶなっ!?」
すぐ傍の床に剣が突き刺さった。
「なんで半裸なの? ああ、着替えをしてたのか」
あれ、でも玉座って王様がいるような場所で自分の部屋でするようなことには使わないと思う!
「おれの所為じゃないじゃないかっ!?」
セイの時はおれが悪かったけど、今度は完全に場所を選ばなかったチアが悪い。
「あれれ、なんで拳を作って指を鳴らしてるのかな?」
着替えを済ませ終わったチアから危険なオーラが放出されている。あれはケンカをする前に見られる仕草だ。
「教えてあげましょうか?」
「いえ、知りたくありません」
「教えてあげる」
「だからっ、結構です!」
「いや、死になさい」
「言葉が間違ってるーーーーーーーーーーっ!」
ヴェーレの事を考えなきゃいけないって時に、どうしてもこうも真剣な考え事がこの世界では落ち着いてできないの――そうか、戻ってから考えればいいんだ。
アスターさんに挨拶をしろと言われたけど、いなくなったことさえ分かればいいだけのことだ。
久しぶりに感じる帰還をするため、そして危険を感じるこの世界から脱出をするため右手を時計へと伸ばした。
「お姉さまの裸を見たですって!?」
「どっから来たっっっ―――――ふるべっ!?」
帰還は失敗に終わり、そしておれの正常の顔ともおさらばとなる。
――数分後、おれの頬はぷっくりと腫れ上がっていた。
「ここまでしまふか……」
「当然でしょ、それにお姉さまにされなかっただけありがたく思いなさい」
それは確かに。怒りに任せて張り手に拳におれを離さなかったセイのおかげで、チアは怒りを鎮めてくれた。代償は同じくらいあったかもしれないけど。
「で、……どっちの方が大きかったのよ?」
「は?」
小さな声で何やら意味不明な質問をされた。
「だから、私のとお姉さまのどっちが大きかったかって聞いてるの?」
「は?」
何度でも言おう、意味が分かりません!
「ぐっ、このっ……。一度しか説明しないわよ。お姉さまって隠れて着替えをなさるから、お姉さまの体を私は見たことがないのよ。で、お姉さまって完璧に等しい人だから、せめて勝てる場所を見つけようとしているの! ちなみにアスターは反則負けよ」
アスターさんの名前でようやくセイが何を知りたいのか分かった。
「ようは、どっちの胸がむぐっ――」
「バカ、そんな大きな声で言わないで、お姉さまに聴こえるでしょ。で、どっちよ」
正直、セイの時もチアの時も後ろ姿で、しかもそんなとこ見ていなかったからよくわからない。でもこの場合、チアには聴こえていないだろうから、セイと答えるべきだろう。だって、殴られたくないし。
「どっちかっていうと――」
風切音が聴こえた気がする。
「ちょ、ちょっと、突然寝るんじゃ――」
最強の地獄耳の持ち主に鎮圧された。
「それでセイは用事があって来たのでしょう?」
「はひっ、お姉さま」
そうとうテンパっているのか声が裏返っている。その分おれは秋に襲われ慣れているから、足が震える程度だね。
「なんていうか、お姉さまもなんですけど、こいつにも聞きたいことが」
これは意外だった。だからふんぞり返ってみる。
「おう。なんでも訊け――っで」
「なまいき」
この世界は暴力が満ちている。
「あんたの世界に行く方法があるのかなって」
なるほど、あれだけおれを毛嫌いしている割に興味はあったのか。でも、説明するのは面倒だし、セイだし無視しよう。過去にでも言って博士の説明でも訊いてくれ!
「帰る前にヴェーレの事で相談があるんだけど」
「ちょっとっ、答えなさいよ!」
「はいはい。無理」
しつこいので簡単に答える。
「このっ」
「いらない心配はしないでいい。あいつならすでに別の手を打ってある。お前は一旦自分の世界とやらへ帰りなさい。あてが外れて少し考えたいことがある」
「お姉さままでっ」
「セイは少し考えてみなさい。シンが腕に付けているものがないと異世界には行けない。それはシンがそれを生み出したとは考えにくい。つまり、シンはその方法を知らないということよ」
なんとも失礼な説明だけど正解だ。そんなことができるなら宙も一緒に来られた。
「そっか。ならヴェーレの事は大丈夫だね」
「……………………」
と、急にチアが神妙な面持ちで喋らなくなった。
「どうかしましたお姉さま?」
「チア?」
急な静けさに心配になったセイとおれはチアを確認した。
「偽りか真実か分かるの?」
すると、そんな質問が投げかけられる。
「え、分からないよ。でもそう信じたい」
それに、無理やり理由を付けるならチアは頭が良い。それは今までの理解力でも明らかだ。それに改めて考えてみても、わざわざこの場でチアが嘘を吐く理由が思い当たらなかった。
「……この世界は退屈で面白くない。その場合お前ならどうする?」
さらに変な質問が続く。
「なにそれ? んーそうだな」
よくわからないけど、頭の良い人間からの質問に答えられるのは凡人としては中々魅力的だ。それに、チアの立場をおれに当てはめてみればいいだけなのだから、簡単なことだ。
「他の世界に行く!」
現時点でのおれがそうだ。人によってはおれの世界が退屈だという。だとしたら今のおれはものすごく面白い体験をしていると思う。
「あんたね、それができないってさっきあんたが言ったばっかりじゃない」
「それは、現時点での話で見つけることはできるじゃないか。異世界があるっておれが証明しているんだから」
「――――――」
珍しいというかチアもそんな顔をするんだと思わされるほど、呆けた表情におれは見とれてしまった。なんとなくおれの世界の平凡な少女がするような呑気な、それでいて幸せそうな、よくわからない表情。
そしてそんな短い時間の後に、
「あーはははははははははははははははははははははっ」
どこまでも純粋な大笑いの声が木霊した。
「なんだよっ」
馬鹿にされたような気がした。
「だとしたら、この世界にも私が知らないことがあるのかもしれない」
「そりゃそうでしょ」
おれの世界だって、頭の良い学者がまだ見つけられない何かがあるんだから。
「チアはこの世界の月が赤い理由を知ってる?」
「考えたこともない」
「おれの世界では月って赤くないんだよ。そんなことだって考えてみれば面白いことだよ」
「ふふ、そうね」
うーん、納得してくれたのに釈然としない。頭の良い奴は理解が早すぎて面白くないぞ、ちくしょう。
「そういえば、なんで紅いのかしら」
ほら、あれぐらい間抜けの方が面白いってのに――ギロッ――どいつもこいつも、頭が弱い分だけ勘が鋭くなるのかな。
「あ、そうだ。おれからの質問、ここって太陽はいつ昇るの?」
気付かれる前に誤魔化すなんて朝飯前だ。
「何言ってんの、ここはずっと夜しか来ないに決まってるでしょ」
頭の悪い奴は悪いで腹立たしいな。
「ん、」
そういえば、おれがここに来たのはあっちで夕方ぐらい。結構長いこといたけど、今何時だろう。
「おっとと、時計の機能はそのままあるんだった」
異世界へ行くための機械って認識が強すぎて忘れるところだった。
「えーと、二十一だから――って九時っっっ!」
門限は夜七時。
「まずい、じいちゃんに叱られる!」
両親が家にいることの方が少ない分、じいちゃんは意外と厳しいんだ。
「あんたが叱られないことなん――」
「じゃ、帰る、あとの事は任せた」
今度こそ、おれの右手は時計のボタンへと伸ばされた。
「ばいばーい」
「――無視すんなっ!」
だから、セイが何を叫んだのかなんてわからない。
とりあえず、泥棒の件も借りているという形で終わったし、ヴェーレの心配もチアの言葉を信じれば問題ない。これで、心配事はなくなって元の世界に帰れる。
これで一件落着、万事解決だ。
それまでは――、
「しーらないっと」
◆
「面白い奴……。それで、私の用事はなに?」
「あの、お姉さま作戦が失敗みたいなことを仰ってたんで、あいつが私の夫になるのかなーと」
「嫌なのか?」
「嫌です」
「そうか、なら考え直そう」
「お姉さま……」
「どうやら私はプレッツァ意外にあいつが気に入りそうよ」
「おおおお姉さまっ、まさか!?」
「ふふ」
「だだだだ、ダメです! そんなことっ、それぐらいだったら私が犠牲になります!」
「気にするな。私の意思で決める」
「そ、そんな……」
「さて、今日は良い夢が見れそうだ」
「…………あいつだけは絶対に殺す」




