第十八章『本気』
「はぁああああああっ!? あんたふざけんのも――」
「ふざけてない。このままじゃヴェーレがやられる。だからおれが加勢をするんだ。普通の事だろ?」
「――ふ、ふざけんじゃないわよっ! あんた誰のおかげでこの城に――」
「面白い、やってみなさい」
ヴェーレに最終通告を言い渡してできた少しの間に、チアがおれの参入を許してくる。
「お、お姉さまっ!?」
「…………リチア様!?」
「よし、おれたちが勝ったら『オウノコケラ』を貸してもらう」
ついでに条件を出しみた。乗っかってくれたら一石二鳥で色々方が付く。
「いいわ。その代りお前たちが負けたら、奴隷とセイの夫だ」
「はい!」
手を上げて確認するべきことがある。
「おれは奴隷でいいですか?」
「ぶち殺ぉおおおおおおおおすッッッ!」
あんなお嫁さんは嫌だ。
嫁(未定)から離れてヴェーレに近づく。全てを受け入れるチアの態度からしても油断している前半がチャンスだ。
「主、何を考えている?」
「面白いこと」
「何を企んでいるかしらんが、主を信じることはできない」
ヴェーレからすればこの状況ですら、おれとチア達が何か企んでの共闘だと思えるのだろう。だけど、そんな疑ったままだとまずい。
「どの道このままじゃ、負けるの分かってるでしょ?」
「……欺かれて千古狼の名を汚すくらいなら死んだ方がマシだ」
「……死ぬなんて簡単に言うな」
久しぶりに頭にきた。
「おれの世界じゃ簡単に死ぬことは罪だ。死ぬくらいなら恥を背負ってでも寿命を完うしろっ!」
「何をバカなことを、この世界は――」
「知らない。おれがこの世界に来た時点でそんな理屈通じない」
通じさせてたまるか!
「くくくっ、そろそろ茶番はいい?」
「それに、おれを信じる必要はないと思うよ」
「……………………」
「その代わり――」
第二ラウンドの、
「――おれの指示に従えぇえええええええええええええええっ!!」
ゴングが鳴った。
第二ラウンドはおれの指示で始まる。
「ヴェーレ、狼を五匹出して」
たったの五匹これだけで防御するには十分だ。
ヴェーレはまだ俺を疑ったまま、それでも五匹の狼を出す。そう、イヌ科の狼を……。
「ぎゃあああああああああああっ! いぬぅうううううううううううっ!」
「悪ふざけね」
離れた場所からセイの声が聴こえた。
さっきまでは離れていた狼も隣にいるヴェーレが出す狼は目と鼻の先、たとえおれに危害を加える素振りを見せずとも苦手な生物が近くにいる。おれは勢いよく後方へと逃げるのは仕方がないのだ。
「主はふざけているのかっ!?」
そんなこと言われてもダメなものはダメだ。
「だだっておおかみー、いぬー」
「少ないとはいえ無駄な力だが……、これならいいのか」
イラだった口調でヴェーレは何かをした。
すると、四足だった狼がみるみる人型へと変わっていく。それも後ろ姿は全裸の状態。それに気になるのが頭に獣耳、お尻の近くに狼の尾が付いている。なんでこんな時にコスプレなのか、この世界でもコスプレは存在しているというのか。……驚きだ。
おれの視線が尾にいっているのが気に食わないのか、次の瞬間にはそのコスプレ状態の人型ヴェーレは布を体に纏う。
さっきまでの戦いを見ていたおれには、これぐらいじゃ驚かない。だって耐性が付いていた。なにより、これなら犬はいない!
「よしっ、行くぞヴェーレ!」
「………………」
冷ややかな視線なんて怖くない。
「ふっ、出して早々消えてもらう」
そう言いチアが一体の人型ヴェーレの後ろへと飛び上がり回っていた。おれは次の指示をヴェーレに出さない。いや、出せなかった。指示を出したところで間に合わないと思っていたし、すぐに反応してくれるかどうかが分からなかったからだ。
でも、そのままチアの行動を黙って見ているわけじゃない。だからこそ、おれはチアから視線を外さなかった。
「甘いっ!」
おれはじいちゃんの武術の一つを見よう見真似で試す。といっても、母さんがじいちゃんにトラウマを植え付けるような武術と言えるようなものじゃない。ただ押すだけのものだ。
跳ね上がっている状態で押されれば最低でも体勢が崩れる。それも横からならさらにバランスを失う。
「なっ!」
ヴェーレに囮ともいえる狼を出させたおかげもあり、まさかおれが戦闘に参加してくるとは思っていなかったようだ。思惑通りチアは態勢を崩す。それでもさすがだと言わざるを得ない体勢から距離を取って離れた。
「押すだけだと、わざわざ好機を逃しただけになるわよ」
「ヴェーレ今度は二人で行くよ」
いちいちチアの見下した意見に耳を傾けている余裕はない。言った通りチャンスは前半しかないと見込んでいる。
「ヴェーレはそのまま、二体でチアに攻撃! 残りは待機!」
指示よりわずかに遅れて二体の人型ヴェーレがチアへと向かって走る。その速さは狼に引けを取らないけど、それよりもチアの方が早い――。
「シンを狙わないと思わなかった?」
初めて会った時から知っている。だいたいおれを狙わない理由なんて、思いあがっていない限り考えないのが普通だ。
二体の人型ヴェーレを無視しておれの後方へと移動していることを知りつつ、それにおれは視線を向けない。
「後ろっ!」
チアの声がすると同時にその方向をヴェーレへと指示する。すると、思ったより連携が取れていた。
間髪入れずにヴェーレは咆哮をチアに向かって叫ぶ。その衝撃波により後方へと飛んでいくチアは無傷。
それでも、チアの表情は歪んでいた。
それはそうだ。遊び半分で相手をしていた分、次の行動が読みやすい。それも意外性を意外性で返そうなんてありがち過ぎる。
「チア、こっちを睨んでいる暇なんてないよ」
そういうと今度はヴェーレが驚いた表情をしていた。
そして、
「――リチア様っ!?」
アスターさんが声を上げた。
チアの後方、おれに内緒で潜んでいた数体の狼がチアに襲い掛かる。
「えっ、どうして狼が!?」
チアが狼に噛みつかれている経緯が分からずセイも驚いていた。
「アスター、何があったの説明しなさい!」
「…………あの少年はリチア様の動きが見えています。いえ、正確にはこの部屋全体を把握している」
「はぁ? 逃げる事しかできないガキにっ!?」
「…………はい。それも我々が感じ取れる気配とは別なもので」
なにやら聴こえてくるアスターさんの声には敵対したものが窺える。それはこれが終わってからフォローしよう。セイはとりあえず無視だ。
「主、気づいていたのか」
ヴェーレからの質問は、たぶんおれへの警戒の為に潜めさせていた狼の事だろう。秋からの攻撃だって秋の行動を注意しているから逃げられるわけで、今回はその数を増やしただけ。だから、ヴェーレがこっそり狼を出していたのも気づけた。
「うん」
そんな会話をしている内に噛みついた狼は一匹残らず消し飛んでいた。
「舐めたマネを」
わざと血を流した時とは違い、油断が招いた傷は大きい。
「それでこの後はどうする、主よ」
血を流させたのは特別有利になっているわけじゃない。むしろチアに攻撃の幅を与えていることになる。
「信用してもらえた?」
「愚問。するしか今はないのだろう」
「どうだろね」
チアの血液は無数の針となって容赦なく飛んでくる。だけど、それは真正面からの単純なもの、さっき見ている通り途中で曲がったりはできないようだ。
それもヴェーレの咆哮で辺りに飛びちっている。
「次は?」
「たぶん、傷は塞がってすぐ血は止まる。さっきの傷痕もうなくなってるし(だから攻撃させたわけで)、チアだって血で攻撃できるにしても、なくなるまで使うことはできないってことだと思う」
「なるほど、血液がなくなるまで続けるというわけか」
話している暇がないから何も言わないけど、その考え方は直してもらいたい。なにもおれはこの世界のやり方に参戦したつもりはないのだ。
「――ふふっ、舐めていたのは私の方だったというわけか」
チアが不気味な笑みを零す。
「楽しめそうね」
剣を抜いたチアの姿。きっとこれが、
「くるっ」
チアの本気だ。
油断があるうちにヴェーレと中途半端な結束関係を壊せてよかった。
「真正面だ!」
「『影狼・双爪』」
チアの剣とヴェーレの両爪が金属と骨の削りあい、音を鳴らしながら弾く。
次には飛び散っていた血液がチアの剣へとまとわり、振るうと対の紅い斬撃となって飛んでくる。
「かげろ――」
「ダメだっ、避けないとっ!」
「――っ!?」
傍にいた二体の人型ヴェーレが狼の姿へと戻る。
「ひっ」
その狼はおれとヴェーレに勢いよく体当たりでぶつかり位置を変わると、真っ二つへと切断された。
ヴェーレがチアへと向かっていき、迎撃へといなくなる。こうなるとおれは完全なヴェーレの回避サポートしかできない。
そもそも、チアがおれも敵として行動するとなるとおれがチアの攻撃を回避できるのは偶然が重なって一回が限界。例えチアの動きが見えたって、おれの身体が反応してくれるかは運任せになってしまう。
それをヴェーレは瞬時に判断してくれた。いつも間にか、チアに向かっていった人型ヴェーレの二体がおれの傍で守ってくれているから、おそらくヴェーレはおれが戦いに向いていないことに気付いている。
当然、それはチアも知っていることだ。戦いに変動があればあるほど弱いおれが狙われる可能性が高い。
二人の動きをヴェーレに伝えてはいるけど、それでようやく互角か……伝えている分チアにも動きを読まれてそれ以下。均衡は崩れやすかった。




