第十七章『自分が正しいと思う判断』
「チアっ!?」
「話はそのぐらいでいい?」
「なにか用か、お前たちと話すことなど何もないが?」
「何もなくてこの城にわざわざきたと?」
「シンに話があっただけだ」
うー、なんて重い空気になったんだ。居た堪れない程この上ない。
「森から抜け出せず、来ただけでしょう」
「それはもう解決した。シンから『王の杮』を借りれればな」
あはっ、うそは止めてください。笑顔で誤魔化さなきゃいけないじゃないか。
「そうか、生きたまま借りれればいいわね」
その言葉を最後に重い空気が張りつめた。
沈黙がこれほど厳しく思えるのは初めてだ。
「あ、あのさ――」
全てをチアに話すつもりだった。ヴェーレは会話の中で借りると言ってくれている。ヴェーレの言うとおりおれはアレの価値を知らない、けどそれはあくまでヴェーレの推測であってまだ頼んでもいないことだ。それだったら、ヴェーレの事情を説明すれば理解してくれる可能性はゼロじゃないと思って。
「シン下がっていろ」
「最後の質問は終わってから聞く、考えておけ」
でも、おれは分かっていた。チアのセリフからチアがアレを貸す気がないということを、
――二人の気配が変わる。
アスターさんとセイが闘っていた時とは比べ物にならない程の殺意に、おれは気づいてしまったから。
二人の間に伸ばされた手は何も掴めぬまま、扉の前にいたチアが消え、近くにいたヴェーレも消えた。
そして、次の瞬間には伸ばされた手の先で二人が衝突した。
拳と拳のぶつかり合いは互いの力量を図るためだけのもの。地面に辿り着いた時にはお互いに距離を取り、死合の合図を待っている。
「なんで……」
争う理由がないのに……。
「なんで…………」
傷つけあうの……。
「なんでっ………………!?」
なんでっ、おれは立ち止まってるんだよっ!
「うわっああああああああああああああああああああああ!!!」
何も考えられなくなった。
だから二人を止める為だけ叫んで走った。
それが合図になるなんて知らずに――。
おれが間に入って二人の邪魔をしようとした時には、目の前にもうチアがいた。そのまま制服の胸倉を掴まれると邪魔だと言わんばかりに投げられる。それも野球での全力投球の球のようにだ。
「う、うわああああああああああああああああ」
今度はただ投げ出される浮遊感での悲鳴だった。
トスっ、と包まれるように誰かが受け止めてくれる。衝撃に備えて瞑った眼を開けるとおれをお姫様抱っこの要領で受け止めてくれたのはアスターさんだった。
「よかったじゃない。あんたの存在、球と一緒よ。球と」
横でバカにしてくるのは言わなくてもセイだった。
それにしても、
「いつのまに?!」
チアといい、アスターさんといい、ヴェーレといい、どんだけ急に現れるんだ。
「はぁ? 侵入者の気配がここにしかなかったんだから、ここにくるのが当たり前でしょ! お姉さまは最初からここに向かってたから一番だっただけよ」
「そうだ! そんなことより二人を止めないと、アスターさん下ろして!」
アスターさんが優しく下ろしてくれる。だけど、それは『下ろす』という部分のおれの願いを叶えただけだとその後知った。
二人の争いに向かおうと踏み出すと、後続に続く気配がない。
「二人とも何してるんだよ!?」
呑気に突っ立っているだけの二人に憤りを感じながら怒鳴りつける。
「なにがよ?」
「なにがって、止めないと……」
違う……。
「何も問題ないわよ。お姉さまがあんな奴に負けるわけないもの」
何かが違った。
「アスターさん?」
「…………私にも止める理由はありません。…………リチア様との約束の範囲には入っておりません。何より、族を仕留めるのを楽しんでらっしゃるところを止める権利は私にはございません」
「約束って……権利って……。そんな」
決定的に違うもの、
「受け入れなさいよ。あんたがこの世界にとって異質な存在でも、ここはこういう場所なのよ」
それは世界観――。
「例えあんたがあの二人の中に入ったってなにもできないわ」
郷に入っては郷に従えって……?
おれはこの世界の人間じゃないからって……?
意味もなく争っているのを見てろって……?
「――ッ! 従えるかッッッああああああああああああ!!!」
セイがムカッとした表情にしたのが見えた。
「うるさいのよっ! 黙ってみてなさい!」
「うるせぇっ、おれがこの世界で異質だったら、この世界を変える権利を持ってるってことだ! ざまあみろっ!」
「なっ、なんて生意気な意見を。あんたみたいな雑魚になにかできるわけないでしょ!」
「知らん!」
「し、しらんって……。こ、このっ」
「おれはおれの流儀でやってやる」
「フンッ、できるもんならやってみなさい! どうせ結果は見えてるわ。私たちは手を貸さないからね」
そう言われておれは座り込んだ。
「へ? な、なんで座ってんのよ。人をおちょくってんの!」
「うるさいなぁ。静かにしてろよ」
ギャーギャー騒いでくるセイに関わっている時間はなくなった。
確かにセイの言うとおり、おれがあの二人の渦中に巻き込まれたところで何一つ変わらない。それどころか簡単にやられるのがオチだ。
できることには宙が立ててくれた作戦があるけど、それを使うにも意表は付けないし、止める前に止められるのはさっきの行動をみて明らかでダメだ。
だったら、今おれにできることは一つ。
観察だけだ。
「真剣にお姉さまを見たって矛盾しているじゃない。ねぇアスター? ……アスター?」
集中し始めたおれには二人の会話を途絶えさせた。
その間にも、チアとヴェーレの争いは激化している。そして、また異世界の秘密を知ることになった。
「『影狼――」
「また実態のある狼?」
「――爪』」
「――っ!?」
ヴェーレが指を曲げ鉤爪の形を作る。それを振り下ろすと、その何倍ものある大きさの狼の爪が突如、チアとの距離を無いものし地面ごと抉り取った。
床に五本の爪痕が残され、そこにチアの姿はない。
「なるほど、実態があるわけね。作り出す、いや生み出すものは狼だけではないということか」
チアが言葉を放っていた時にはすでに壁を蹴りヴェーレの後方にいた。それも避けた拍子に空中に浮かびあがり、逆さまの態勢でヴェーレを観察までし終えている。
そんな二人を見ておれはただ「……すごい」としか呟けない。
「『影狼・狼』」
振り向かず、ヴェーレの周りに数体の狼が現れた。
「あっ」
思わず声を出したのは、ヴェーレがあの時の侵入者だと気づいたからだ。よくよく思い出してみれば、それらしいことをチアが言っていた。
それに気づいていたことは、もう一つある。
「ぐっ」
ヴェーレの目の前に現れる前、すでに数体の狼は生み出されていた。チアがその数体に噛みつかれる。それにおれは驚いた。チアは間違いなく後ろの狼に気がづいていたはずだ。
「愚かだな、気づいてすらいなかったのか」
ヴェーレはチアの行動に気づいていない。
「くく、その言葉何も知らぬ愚か者に返そう」
「なんだと?」
「我が種族に血を出させるなど滑稽な振る舞い」
噛みついていた狼の体が膨れ上がったと思った瞬間、無数の針が飛び出してきた。そのまま生み出された狼は姿を消す。
「さて、次はこっちからいくわよ」
血が水滴のまま浮かびあがり、ヴェーレに向かう途中一滴が一匹の蝙蝠となって襲い掛かる。
「狼を盾に遣ってみる?」
嘲笑うかのようなチアの声に、ヴェーレは「ふざけるな!」とでも言うように咆哮を衝撃波へと変えて消し飛ばした。消し飛んだ蝙蝠たちはまた血液となって床に飛び散っている。
「『影狼・大口開けた猟』」
ヴェーレが生み出した狼達に指示を出す。ヴェーレは前に集まった狼に大きな布で覆い隠すと、その中で轟轟と牙や爪がこすれ合う。まるで布の中で共食いの末、一匹が一匹を食っては大きくなるような光景に、おれは目を顰めた。それでも目を離さなかったのは、事実はそうじゃないとおれの世界での常識がそうさせてくれたからだ。
そして布が五メートルほどの高さまで立ち上ると、最後には一匹の巨大な狼へと変貌を遂げていた。
「喰え」
「―――――――――――――――――――――――――」
もはや狼の哮る声ではなかった。重低音の振動が押しつぶすかのように部屋全体を振るわせる。
耳を塞いでも皮膚を超えて心臓にまで負担が掛かる。
「騒々しい狼ね」
「――ッ!?」
巨大な狼に床に飛び散っていた血の針が下から貫いていった。その数、数千を遥かに超えている。
「よそ見していていいの?」
速いっ!?
「ぐっ………っ…ッ!?」
ヴェーレは背中を軽く押されていたように見えた。だけど、その声からは押されたなんて生易しい雰囲気は伝わってこない。
そして、それが初めてヴェーレ本人への攻撃だった。
「――キサマッ!?」
ヴェーレが後方に回ったチアを目視した時には、ズドンッと巨大な狼が崩れ落ちた。
「この土地では我が一族以外本来の力は出せないから、合わせたつもりだったけど、もう少し手加減が必要?」
チアの一言でおれの観察は終わりを告げる。
「よしっ!」
やることは決まった。
「なんなのよ、あんた。黙ってられないなら死になさい」
なんたる言い草なんだ。だけど無視しよう。
「ヴェーレ!」
「あんた無視した上に、なに介入しようとしてんのよ!」
「最後の質問の答えが決まったよ。おれ――」
観察で得た情報。それはチアの方が強いということだ。
「――ヴェーレの味方をする」




