第十六章『ヴェーレ』
「うーん」
床に寝っころがって悩む。一五にして結婚なんて考えるまでもなくしたくない。でも泥棒のままも嫌だ。だとしたら、チアをなんとか説得して首飾りの代替物を得るしかないのだけど、その名案が思い浮かばない。
自分で考えても思い浮かばないなら頼りになるのは宙だ。そのためには一旦戻るしかない。すぐに宙に頼るのが浮かんだから、部屋に一人にしてもらったのは正解だった。
「それにしても」
ボタンに触れそうになると納得いかない感じに躊躇わされた。
それはあの首飾りがそんなに大切なものに感じられなかったからだ。一度はチアの家族の形見みたいなものだと勝手にしてしまったけど、扱いはそれじゃない。それなのにこの取引に使われているのはあまりに暴挙というか、一方的というか。でも結局はおれが勝手にこの家から持ち去ってしまったのが原因で、言い訳すら通用しない。
「はぁ」
考えた結果はため息しかでてこないのだ。
「もどろ」
潔く諦めるには納得できる答えが出ない。今度こそ帰るしか手はない。
「ん?」
ピシッ――と冬場に水たまりの氷が割れるような、ほんの小さな破砕音が聴こえ天井を見上げた。
天井からガラスの破片が細かく降り注いでいる。
「なんだ?」
確か、あの狼襲撃事件で直されたはず、欠陥工事でもされたのか?
なににしろ。
「どうでもいいー」
おざなりに片づけたはずの独り言に、会話が成立する誰かがいた。
「その程度で片づけられることではないはずなのだが……」
「ッ!?」
この家の連中はどうして普通に部屋に入ってくることができないのか、暗闇に紛れてみたことのない女の子がそこにいた。
「やはり不可解な存在だな」
「びっくりしたー」
女の子の対応の方が不可解なきがするけど、その女の子は茶色がかった長い髪を一本に縛り、ローブのような布で全身を覆っていた。そのせいで体型ははっきりとは分からないけど、一つだけはっきりしていることがある。
「……おのれ」
嫉妬から来る妬みを小声で漏らす。だって、チアといい、アスターさんといい、初対面のこの女の子といい、身長がおれよりも高い。なぜだ……異世界だからってのは理由じゃないはずだ。セイはチア達よりも低くて、おれの世界では秋よりもちょっと低い。それでもおれよりは……ごにょごにょなわけで。
「妬ましい妬ましいぞ~」
「よく理解できないが、警戒していないのは都合がいい。坊主少し話をしたい」
あれれ、なんか勘違いしておれをお坊さんだと思っているみたいだな。
「おれは住職ではないですよ」
「?」
意味が伝われなかったみたいだ。
「お寺には住んでないの!」
「それはこちらが勘違いしているといった具合に聞き取れる。私は坊主のしんちょ――」
「ほうれんそうっ!!!」
「???」
とっさに緑の野菜の代表各を大声で叫んで危機を乗り切る。理解できなくて結構。これ以上こんないじめはごめんだ。
「おれはシンって呼んで」
「そうかシン。私の名はシュヴァルツ・ヴェーレ」
悪い人ではなさそうだ。素直に聞き入れてくれるなんてこの世界では初めてじゃないだろうか。
「ヴェーレね。んで話って何?」
今更ながら、話を振りかえす。どうせ、チアから指示を受けておれを監視でもさせられに来たのだろう。で、おれがボタンを押しそうになったら話をする。ちっ、見事なタイミングだったよ。話ぐらいしてやろうじゃないか。
「シン、主はなぜここにいる?」
「なんでって聞いてないの? それだったら面倒だから他の人から聞いてよ」
チアの奴め説明すら省いて監視させるなんて横着したな。
「では、主は『王の杮』を持ち逃げしたにも関わらずなぜまたここに来た。あれには特別な使用方法があるというのか?」
「それもおれに訊くより他の人に訊いた方が分かるんじゃないの?」
なんだか、話がずれている。
「それもそうか……。では主の種族はなんだ?」
「種族? まぁ勇者ではないだろうね」
「ふざけているのか?」
急に怒り出した眼光に、ちょっとだけ真面目にしようかなと思う。どいつもこいつも怒ると怖い……。
「んとね。何も訊かされてないみたいだから信じないかもしれないけど、おれはこの世界の人間じゃないから、おれの世界でされない質問にはなんて言っていいか分からないんだよ」
「異世界……?」
「そう。違う世界」
やっぱり考え込んじゃった。これ新しい人と出会うたびにこんなやり取りしなきゃいけないんだろうか。次からは方便を用意しよう。
「それでか、特殊な匂いの中にさらに異様な匂いが混ざるのは……」
人の汗をそこまで匂いそうな表現でされると、さすがにおれの心だって復元しないぞ。しかも、多少離れた距離で匂いが届くだなんて……くんくん……、うん普通の匂いのはずだ。
「異なる世界……、私が知らないだけか」
にしても、ずいぶん受け入れるのが早いな。簡単に詐欺に引っかかりそうで心配になってくる。
「まぁ、信じてくれなくてもいいよ」
信じようと信じなくとも問題はない。
「そうだな。まだ主の気配には気になることがあるが、どちらにしろ目的は主が持っているはずの『王の杮』だ」
「あー、あのさ」
さすがに異変を感じ取った。いや、ガラスが割れていた時点で早く気付くべきだった。
「ヴェ、ヴェーレってこの家の人じゃないの?」
急激に襲い掛かる緊張感で汗が額から流れる。おれが初めてここに来たときの状況を考えると、この家には侵入者と称される赤の他人様が来訪してくるということだ。
「本来なら私が目の前に現れる前に気付くべきだが」
全身から汗が噴き出た。なぜだか、おれが『オウノコケラ』を持っていることを知っていて(今はないけど)、おれの目の前に現れたということは……、
「狙いは当然おれ?」
「そうなったな」
「ん、そうなった…………?」
ちょっとした違和感。最初の目的はおれじゃなかったということへの可能性が出てきた。
「ここの土地は特殊だった。出口を見つけられないので、ここに戻りその理由を調べるために囮を使い時間を稼いだ。それが、今は主がいる」
「げっ」
やっぱり狙われるのかと思って、もしかしたらという期待感が萎んでいく。
「だが、主を襲う気はない」
「へ?」
あれ、
「その代り取引をしたい」
あれれれ、また面倒事に巻き込まれそう。
「『王の杮』を一度私にも使わせてほしい」
「あ、それなら」
別にいいよ。というところでおれの中で停止する。持って来ようにもやっぱりアレの代わるものが必要になる。それはヴェーレに言えば解決するかもしれないし、さっきまで悩んでいた問題も同時に解決できるから、おれにとってはラッキーだと言えてしまう。
だけど、『オウノコケラ』っていうのを、使う、使わない、の許可を出せるのはおれじゃない。
「おれは別にいいんだけど、チアに訊いてみないと」
「それは無理だ。主は異世界の者だという。それはつまりアレの価値を知らず持って行ったと仮定しての話なのだ。アレの価値を知っているこの民からは許可はおりん。おりるぐらいなら最初からそうしている」
「確かに……」
ただ取引の話をしている内に不思議なことに気が付いた。
「おれからは無理に奪わないの?」
ヴェーレはここに『オウノコケラ』がないのを知っているような口ぶりだ。でもあの場にはヴェーレはいなかったはずだ。
「そうできるならばそうしていよう。だが、主がここで生かされている理由はおそらく、ここの民の手に『王の杮』が戻っていないからだと推測できる」
「あー」
正しくは違うのだけど、おおよそはヴェーレの言うとおりだ。
「あのさ、その『オウノコケラ』って何に使うの? 理由次第でおれから頼んでみるけど」
おれは『オウノコケラ』ってのがどんなものか知らない。ヴェーレの目的からその使い方が分かればいい方法が見つかるかもしれないし、そのままヴェーレの役に立つ可能性だってある。
「無理だろうが話しておくのは問題ないか……。私の種族はすでに滅ぼされてしまった。その生き残りが私一人、だが私一人では種の繁栄はもう無理なのだ。そのために『王の杮』がいる」
あの首飾りで種族を繁栄させる? ダメだ、よくわからない。
「ごめん。よく分からないや」
「……そうか」
ヴェーレは残念そうな顔をしたわけでもなく、おれがそう言うのを待ってたかのように頷いた。
だからなのかな、やっぱりチアには訊いてみようと思えた。それにこの世界に『オウノコケラ』を持ってくれれば一気に悩みも解決できる。
「最後に、シンに訊こう――」
ヴェーレはこの部屋のバカデカイ扉に視線をやり言い放つ。
「主は私の邪魔をするか?」
おれの返事を待たずに扉が開き、そこには妖艶な笑みを浮かべたチアがいた。




