第十四章『プレッツァ』
おれは生きている、それを実感させたのはケンカをしていた二人(おれにはそうは見えなかったけど)とおれが並び、正座させられているからだ。
「はい!」
おれは手を上げて発言権を求める。
「却下よ」
そして、それを隣に座る女の子が拒否する。
「そうだな、まず名を名乗っておきましょう」
それはこの高校生ぐらいの女の子も同じようだ。
「このやろう…………」
おれは小声で文句を垂れる。ところが、耳がよろしいようで二人から睨まれた。視線だって刺されると痛い。女の子の腰にぶら下がった剣で刺されるよりましだけど。
「我が名は『ベルロ・トレリチア・フォルテ』呼び名はチア。好きな方で呼んで構わない。他も名乗りなさい」
「他ってお姉さま……。しかも、なんでこんな変態エロガキに名を名乗らなければいけないんですか!?」
うーん、おれの存在が余計悪くなってる……。
「名乗らないのでいいのね?」
「な、名乗ります」
所詮おれと同様正座させられている身、立場は弱いと見た。隣に座る女の子は睨み同然の圧力に屈して名乗ることを選んだようだ。
「『ベルロ・ラセイタ・プロモ』呼び名はセイよ」
なんとも投げやりな自己紹介だ。
と、次にこの場では最年長だと思われるお姉さんの番だ。お姉さんは、チアに言われなくとも静かに名乗り始める。それにしてもお姉さんが正座させられる姿はなんてシュールな光景なんだ……。
「…………『サーヴァント・アスター・フェデルタ』と申します。呼び名はアスターにございます」
これまた珍しい名乗り方だ。っと、流れから言っておれの番だな。いちいち睨まるのも嫌だから自己紹介ぐらいはしておこう。
「おれはきた――」
「それでお姉さま、なぜこれを生かしているんですか?」
「おぉおおおい待て! おれの順番だろ!」
しかも、存在すらあやふやになっている。
「セイ、名乗らせて。それに訊きたいことがある」
「……はい」
おれが名前を言うのすら渋々なのか。ちょっとヘコむぞ……。
「……北河斬心。方角の『北』に河口の『河』、斬るの『斬』に『心』」
これは余計なボケ防止のための処置だ。クラス替えやら進級やらで、必ず北側斬新と丁寧に発音まで変えてくる秋というヤカラがいる。
「呼び名は?」
「呼び名? ああ、シンって皆呼ぶかな」
三人とも名前が長いからな、あだ名みたいなもんだろうと思って答える。
「それでシン。お前はなぜまたここに戻って来た?」
うん、とりあえず正座は続く。って、そんなことよりも、意外なことに言い訳をさせてもらえる展開は喜んでいい。宙発案の作戦は失敗に終わったけど、これもまた作戦の範疇ってことで。
「それが……」
と思ったけど、どう切り出すか考えていなかった。あの首飾りを借りて(盗んだとはおれは思わない)行ったってことは知っているだろうけど、それが返せないと分かるとやっぱり怒るはずだ。
…………………………でも、思いつかないから正直に言おう。
「あの首飾り返せなくなりました」
「首飾り?」
復唱するあたり、隣で正座していたセイは知らなかったのだろう。思い当たる首飾りを視線だけ動かして探し、チアの首まで行って「あ、」と声を漏らした。
そしておれの方を振り向く。
きっと頭の中でおれの説明を整理しているはずだ。だって、気性の荒いセイが何も言わないなんて、おかしいってことぐらい丸わかりだ。
「おおっ、お姉さま!? 『王の杮』が! あんたなのね! 今すぐ返せ!」
ほーらね。
「殺す! いたたたたたっ――」
「ぷっ」
威勢がよく立ち上がったのは良いけど正座で足が痺れていたらしい。そぐにふらふらとへたり込んだ。異世界共通がこんなところにもあるなんて、思わず笑ってしまう。
「たかが正座で痺れるなんて鍛え方が足りないんだ! おれなんか、家が道場だから正座くらい――いででででっ」
「………………」
「………………」
「………………」
そういえば誰かが言ってたなぁ。家柄は関係ないって……。
「もう立ってもいいわよ」
「な、なんて酷なことを」
「お、お姉さま」
と言いつつアスターさんの方を向いた。それはセイも同じで、どんなシュールな光景が拝めるのかすごく気になる。
「…………なにか?」
立った。アスターさんが立った。
「アスターさん、それおれの世界でKYって言うんだ」
ある意味じゃ言わないけど。
「シン」
「なに?」
足の痺れと戦いながら呼ばれたのでチアの方を振り向く。
「返せないとはどういうこと?」
そうか、その説明からしなきゃいけない。
「実は他の世界から来てるんだけど、分かる?」
「はぁ?」
「セイは一々つっかかってくるなぁ」
「気安く呼ぶな!」
それじゃ自己紹介した意味ないじゃん。確かに異世界なんて言われて納得するのもどうかと思うけど……。
「異なる世界……。アスター、シンを捕まえた状況を説明して」
「…………この部屋に突然現れました」
難しい顔をしながら考え込む二人に静かに待っている。納得してくれないことをどう説明するか考えないといけない。
「なるほど……。それでその理由が返せない理由とどう繋がるの?」
「お姉さまっ!?」
「え? 納得するの!?」
セイが驚くのも無理はない。おれだって驚いた。
「疑いは残るがそのぐらいしか私の目の前、そして城の中を逃げきれた理由、さらには戻ってくる理由がない」
「それは……逃げ足が速いか、それか術かなんかで」
「戻ってくる理由は?」
これまた意外な展開に、チアの理解力の高さをおれが後押しする。
「うっ、そ、それは……。そうよ、『王の杮』の使い方を知らなかったからよ!」
「うっ……」
セイの思いつきが意外にクリーンヒット。確かに使い方どころか名前すらおれは知らない。それに、それを言ったところで今度こそ納得してくれないだろう。
くそっ、セイのしたり顔に腹が立つ。
「だからと言って、またここにくるはずがない」
「お姉さまぁー」
タッタターン♪ チアがおれの味方になった。
「他にも言動に理解できない部分が多い」
「ごふっ――」
異世界の壁は厚かった。自己紹介やら少なからず無駄があったってことらしい。言葉が通じるだけマシだけど。
「続きは?」
リアクションで寝転がっていたおれにチアが説明を催促してきた。どうやら、コント仕様は知らないらしい。
「ここに来る時、『オウノコケラ?』ってやつが必要なんだけど――」
「アンタあれを使ったわけっ!?」
「セイっ、少し黙っていろ!」
怒られてシュンと落ち込んで静かになったセイにおれはフォローをしない。話をするのに静かになっていてもらった方がよさそうだ。
「使うって言うよりは、うーん、道しるべみたいなものだと思うけど」
博士の作った機械は何もなくてもブラックホールを開く。ということはあの『王の杮』そのものを使ったわけじゃないはずだ。だからこの言い方で合っていると思う。
「それで、ここに来るためにはおれの世界に置いてこないと来れないんだ」
「それだと一度目に城に来た理由が説明できていないわね」
「偶然としか言えない」
少し、沈黙が続いた。
「アスターはどう思う?」
「…………嘘は吐いていないとは思います」
なんとなくアスターさんも味方に付いてくれると心強い。
「…………一つだけお聞きしても?」
「うん」
そんなアスターさんから初めて質問されたから快く承諾する。
「なんか……、態度が違う気がするんだけど」
そりゃあ、出会いがしらに襲わなかった人がアスターさんだけだったからだ。
「…………『王の杮』以外には無理なのですか?」
「それそれ! それを言いに来たんだ」
「どういうこと?」
「あれじゃなくてもここには来れるらしいから、この世界にしかない物をくれれば返せる」
これで綺麗に話がまとまった。
「……結局、必ず一つは盗んでいくってことじゃない」
完全に無視しよう。話が拗れる。
「なるほど。では、『王の杮』は暫くシンに預けることにする」
「ん?」
聞き間違いか?
「お姉さま!?」
「…………お言葉ですがリチア様、どのような理由で」
違ったようだけど意味が分からない。
「シンの世界ではあれをどのように使う?」
「装飾品だし、ここに来るために使わないなら首にかけるぐらいにしか……」
「それならそれでいい」
ダメだ分からない。そんなに大切な物じゃなかったってことでいいのかな? でも、二人の反応から大切な物な気がする、例えば形見とか。
「その代り――」
ああ、交換条件に使われるのか。南無チアのご先祖様。
「セイの夫となれ」
おれは親指を立てて言ってやる。
「ヤダ――おぶっ」
寝転がった態勢のおれの顔面を同じく足が痺れて腰を下ろしていたセイが蹴飛ばした。
「こっちの台詞よ! お姉さま、どういうおつもりですか!?」
「結婚しろとアスターがうるさいから。代わりにセイが跡継ぎを産めばいい。それにシンがいた方が少しは面白くなりそうだと思うからよ」
「そんな……、そうだ! こんなやつとの間に生まれた子供は混在種になります!」
「それはない」
「へ?」
「…………それが、シン様を無傷で捕らえた理由ですか?」
こんな奴もひどいけど、様付は荷が重い。
「ああ、シンはプレッツァだ」
「…………遥か昔に絶滅したはずでは?」
「確認した、間違いない」
「…………そうであれば何も問題はありません」
「アスターまで!?」
「これだけは言っておきたい」
おれは立ち上がる。
「良いわ、今だけはアンタを援護するわ!」
「結婚は子作りじゃない!」
「そっちじゃないわよ!」
「ぎゃああああっ」
治った足で逃げる為に走る。
「ぜぇええええええったいに殺す! 私の為に殺す!」
「セイ、これは決定事項」
「そんな…………」
まずい! 冗談じゃなくなってる。
「待った! それはさすがにおれも、うん、と言えない! 『オウノコケラ』ってのは返すから!」
「……遅いわよ。それにお姉さまが決めたことはお姉さまが撤回しないことには」
「諦めちゃだめだ! ここはなんとしても」
「シン」
「な、納得してくれた!?」
「腕を切り落として帰れなくしても」
いつの間にか無駄に理解してらっしゃるぅうううー。腕時計から音が出てたから、わかりやすかったのか。
でも、『オウノコケラ』ってヤツを返すにしても他の物質が必要になるし、仮にそれを勝手に持って帰ってもどっちにしろ泥棒の汚名は付いたまま……、それにしたって。――っ!?
「そうだっ!」
「なにっ!」
おれが思い出した逆転の提案にセイも期待ありげに顔を上げた。
「おれの世界では一八歳じゃないと結婚できないんだ!」
これで回避できたはずだ。だっておれはまだ一五歳なのだ。
「……所詮はカスってことなのね」
「なんでっ、そんなにおれを見下した!?」
起死回生のはずなのに!?
「アスター、分からないようだからシンに説明してあげて、ついでにセイも分かっていないようだからプレッツァの意味もお願い」
「…………畏まりました――」
説明されたって理解できるものじゃない。
「――お二方よろしいですか?」
「「好きにして」」
「…………最初にこの世界でのご結婚の年齢制限はありません。それに複数回可能です」
……理解して終わった。
泥棒か結婚か、犯罪者か夫か、牢獄か人生の墓場か、究極の選択にも程がある。
「…………次に、別の種族との間に生まれた混血の子をこの世界ではミストゥーラと呼ばれます。…………親の遺伝で残された力はほぼなく生きていくのも困難。それゆえ生きる価値のないものと他の種族からも問答無用で消される存在となります。…………ですが、他種との間に生まれた子でも他種の親の力を受け継ぎ、さらにその子もプレッツァの血を受け継ぎます。…………現在では話しでしか聞くことのない伝説級の血統のことです」
興味がない……。むしろアスターさんの間の取り方の方が気になる。
「……珍しい血統なら、いっその事私が吸い取って――」
そう言ってセイは口を開けた。吸血鬼の真似事だろうか、なんてバカバカしいんだ。いくら幽霊の類が苦手だとしても――セイの犬歯が鋭く尖りはじめ――目の前で真似事をされたところで――牙が生成されている――怖くない?
「――殺してやる」
「ぎゃあああああああっ吸血鬼ぁあああああ!!」
叫ぶと出したセイの牙が引っ込んだ。
「血を吸われるぅうううううう!」
「冗談よっ、お姉さまの命令を破れるような真似するわけないでしょ!」
「喰われるぅううううううううううう!」
この世界では夫は非常食になるんだ、きっと。
「血なんか食べないわよっ!」
「ぎゃっ――」
「ふふ、シンの世界の言語を覚えるだけでも暇つぶしにはなりそうね」
「…………はい」
チアが静かに笑い穏やかな表情をしているなんて知らず、セイの八つ当たりの標的としておれは殴られていた。




