第十章 『信用、そして再び』
待つこと数分で隠し扉の機械音が聴こえ、博士が登場した。
当然、博士は部屋に入った瞬間にそこにいるはずのないおれと宙に不思議そうに尋ねてきた。
「なんでここにいるんじゃ?」
特に宙とは初対面で戸惑うところがあるのだろう。おれの顔をチラッと見てからまずは身の周りの確認からしてきた。
「ここに入ってこれたということは縁がいたと思うのじゃが?」
「ああ、縁さんなら帰ったよ」
「そうか。まぁ、ええか」
そう博士は言い、
「すまん、名乗り遅れた。シンから聞いてはいると思うがワシは博士と名乗っておる」
続けて宙が頭を下げる。
「こちらこそすいません、勝手に上がらせてもらいました。緋衣宙です」
「おお、聞いてある名前じゃ」
「それで、早速で申し訳ないんですが昨日あったことをお訊きしたいんですが?」
「んん? そうか、話しておらんかったのか。別に隠すことでもないから話してもよかったぞ」
気を遣って話してなかったような口ぶりだけど、ごめん、おれには異世界なんて別次元の話を納得させる話術は持ち合わせていなかっただけなんだ。
「まかせる!」
だから堂々と委ねよう!
「つまり、シンでは説明できないから博士に話させようとしていたみたいで」
「なんじゃそういうことか」
幼馴染の前では俺の立場が形無しだ。
「シンの気持ちが分からんでもないが――」
そう始めて、おれに話した時と変わらず博士は【人口神隠しマシーン】と前置きなく説明に入った。その流れで、おれが時計を腕に嵌めた経緯も付け足す。
そんな話を静かに訊いていた宙だったけど、
「正直、信じることができません」
きっぱりと言った。
「でも、本当だよ。おれ異世界に行ったし」
「………………」
そうなると黙るしかなくなったみたいだ。わざわざ昨日知り合ったばかりの博士とグルに宙を騙そうとする理由はないと思ったのだろう。それに、宙がここにいるのはおれの後を勝手につけてきたわけで、おれが誘ったわけでもない。さらには、おれが説明しようとしなかった理由にもつながる。
何かを考えてしまった宙が静かになったので、その間におれはここに来た理由を博士にお願いすることにした。
「博士、昨日行った世界にまた行きたいんだけど」
「なぜじゃ?」
今度はおれが博士に説明する。その中には宙に相談したことも含ませてみた。
「なるほど、首飾りをなぁ。なら行く理由はなくなるの」
「なんで?」
「最初に説明したはずだが、同じ世界に行くためにはその世界の物質が必要になる」
確かにそんなことを聞かされたような気がしないでもない。
でも、
「これがあるじゃん」
そう言って首飾りをポケットから出して見せる。それでも博士の表情は難色を示していた。それとも、これじゃダメなのだろうか。
「分析してみないことには飛べるかどうかは分からないが、これを返すために行くのじゃろう? それに、できることならその世界について話を聞いて判断したいところだ。危険があるところにはわざわざ飛ばすわけにいかんし」
危険と言われればまさにその中に飛び込むことになる。だから、博士に説明するときはこの辺を隠すことにしておこう。
博士とそんなやり取りをしている途中、沈黙を守っていた宙が間に入ってきた。
「行く理由がないような言い回しに聴こえたんですが?」
言われてみれば、そう聞こえなくもない。
「ああ、説明しておらんかったか。特定の世界に行くために、あー、今回の場合はその首飾りをセットするわけなのじゃが、使っている間は取り外しがきかん」
「え!?」
じゃあ、行く理由そのものが無くなる。
「そんな……」
「行くだけ行って事情を説明することはできるよ」
「なるほど!」
「じゃが……」
「余計なことでシンに気負いさせたくないんです」
そういった宙はこっちに視線を送ってきた。なるほど、そういうことか。さすが宙だ。
「事情をの……。しかし、話を聞く限り返すのに困難さが窺えておったはずじゃが」
ちっ、博士もあんな機械をつくり出すだけあって頭は良い。
だけど、こっちも宙がいる。
「だから事情を説明するんです。代わりの物質があればいいようなので、持ち主が用意してくれるものを持って帰ってくればいい」
「……たしかにそうじゃが」
勝った。これなら博士が渋る理由が無くなる。
「全く……わかったわい。強かな友人をもったもんじゃ」
その意味していることが、博士とおれたちを差したものなのか、おれと宙をさしたものなのか分からない。でもおれは両方の意味で受け取る。
「へへっ」
その方が気分がいい。
「不気味じゃ」
「同感」
撤回しよう。
妙な裏切りにあってから早速例の部屋まで移ってきた。博士に首飾りを渡して機械で調べると行く分には問題はないようだ。
ここにきて、もう一度外せないか確認してみても結果は変わらない。諦めて宙が提案した作戦で行くしかないだろう。
「タイマーはセットしたか?」
「うん」
「仮に異世界にいけるとして、僕はいけないんですか?」
宙がまだ疑っていたようだが、やっぱり興味はあるみたいだ。
「行くことはできるが帰ってくることができん。そういう風にはまだ作っておらん」
「そうですか……」
残念だけど帰ってこられないと言われておれも一緒に行こうと言えない。それに、二人に話していないだけで、いきなり襲われる可能性は十分にある。体育の授業のほとんどを見学している宙が行ったらまず逃げられない。
「じゃあ、中に入りなさい」
「気を付けて」
「おう」
中に入って明るくなるまで目を瞑る。目を開けたままだと強い照明で目が眩んでしまう。
待っている間は前回よりも長く感じた。
……いや、事実長い。
外で二人が何か話しているのだろうか……。
◆
「もう一つお聞きしたいことがあるんですけど」
「うむ。答えなくともわかっておると思ったが?」
「まぁ、そうなんですけど一応確認のために」
「シンを異世界に行かせた理由か……」
「はい。腕時計が二つしかなく、取り外しがきかないというのはわかりましたけど、それとシンを異世界に行かせる理由は繋がりません。不確かなことが危険だと理解しているのに、なぜ簡単にシンの申し出を受け入れるのか」
「シンは理解しているのかしていないのか、普通は気が付くだろうな。確かにシンにも一度危険があることを伝えた。それで行かないと言ってくれたらよかったんじゃけどな。ワシも研究者の追及をやめられんらしい」
「…………」
「じゃあ、ワシからも一つ質問じゃ。お前さんはなぜ危険と承知でシンの手助けをしたんじゃ」
「……僕も不思議なことには興味があります。それを間近にしてそのままにしておくことはできない」
「……そうか」
「それに、」
「それに……?」
「シンならどこに行っても必ず帰ってくると分かっていますから」
「ほほう。それはどんな理由で」
「幼馴染だから分かるんです」
「ぷっははははははははははははははははははは! それは頼もしい」
◆
………………うん。遅すぎる。
「こらっあああああああああ、まだかあああああああああ」
『おお、すまんすまん。面白い話をしていたもんでな』
おのれ、一応おれだって緊張して待っていたのに二人で面白い話とは……、帰ってきたら聞かせてもらおうじゃないか。
『では、ジャンプじゃ』
博士のスタートの意味だった。思わず飛び跳ねようとしてしまった体に静止を掛けて、前回出現したブラックホールの小さな穴を探す。
ところが、
「ないな」
小さな穴どころか雰囲気すら影を潜め異世界への入り口は見つからない。また二人で話しているのかとため息を吐いて体の力を抜いた。
すると、
『これも言い忘れておった。ブラックホールの出現の仕方も場所も毎度違うからな』
言うならもっと早く聞きたかった。もうすでに足元の床はない。
「――しったでしたぁあああああああああああああああっっッッッ!?」
気を抜いたおれは落とし穴に嵌るが如く急落下していった。




