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第九章 『結縄縁』

博士の家に行って異世界へ旅立つことで頭がいっぱいで、学園の授業はいつも以上に集中できなかった。


全ての授業工程を終えた段階でおれはすぐに秋と宙の側に近寄り、帰ることを告げた。秋は部活に顔を出すということで一緒に帰れないと言われ、宙は徹夜の所為で朝のHRから一日中寝ていた。それでも一応話しかけはしたけど、聞いているのか聞いていないのか、終始空返事が続き見捨てることにする。


教室から出る途中、誰かの視線を感じたけど、大した用事でもないのだろう。一応は辺りを見渡し確認したけど視線が合った奴はいなかった。


先生に注意される暇すら与えない程の走りで、廊下、校庭を抜ける。続いて、商店街、カミナリジジイの家、十字路を突っ切り博士の敷地が見えると柵を飛び越えた。


無造作に伸びきった草が小屋を隠しきっていて、小屋が見えないまでも走り続けたおれに待っていたのは――、


「ふんべッッッ!」


――激突。


痛がるのも忘れて隠密行動よろしく、辺りを確認して中に入る。誰かに見つかっても別にいいのだけど、異世界を独り占めしたくなるのは仕方がないってことで。


隠し通路の床を開いて今度は階段を丁寧に下りる。下り始めると同時、センサーが付いているのか明かりが独りでに点いた。階段が終わり、数メートルの廊下を歩きようやく入り口のごっつい扉がある。


制服のポケットに手をつっこみ例の首飾りがあることを確認。これを忘れては意味がない。あることを確認していざチャイムを押す。


…………ない。


「あれ……」


いや、確かにこんな映画で見るような攻略不可能な隠し金庫を護る扉にチャイムなんて似合わないけど、呼び鈴がなくちゃどうやって博士を呼べばいいんだ。


「ドクタああああっ」


とりあえず――、


呼ぶ(返事なし)。

引っ張る(頑丈)。

押す(ビクともしない)。

蹴る(コケた)。

破壊してみる(拳が壊れた)。


「攻略できないのかあああああ!」


まさかの障害は、博士の家に入ることすらできない。


切り札はどっかに隠しカメラでもあって監視している、などと不確定要素の運頼みを試みて、扉の前で手を振って跳ねたりしてみた。


変化は……ない。


ところが、博士の応答の代わりに誰かがおれの後ろから声を掛けてきた。


「中学生がここでなにしてるの?」


「うわっ!」


騒ぎ立てていたせいで接近に気付かなかった。おれは驚いてからその正体を確認した。


いつの間にか地下通路にいたその人は、少し年上の少年で買い物袋を二つほど手に持って不思議そうな顔でこちらを見ていた。明かりで確認できるその少年が着ている制服はおれが通う学園の高等部のもの、つまり先輩ってことになる。もう一つ分かるのはこの人は良い人だということだ。


どうして先輩がこんな場所にいるのか不思議で、


「えーと、どちら様ですか?」


疑問は訊くに限る。


「キミが訊く?」


うん。正論だ!


「えーと、おれは――」


「あ、ちょっとまった。制服から見て君達は知り合い?」


ん、達? その先輩の言動で階段の方を見る。どうやら、先輩の後ろにもう一人付いてきたようだが、その人物は嫌というほど知っている。


「宙っ!」


さっきまで寝ていたはずの宙が先輩の後を付いて来ていた。


「なんで……」


「ああ、朝の件が気になっていたからつけてきた」


あー、なるほど教室の視線はオマエだったか――


「――って声掛けろよ!」


「急いでいたみたいだから、こうした方が早いと思ってさ」


頭の良い奴の行動は効率的というか、変態的と言うか、実に失礼だ。


「まぁ、話は中で窺うことにしようか」


宙とおれの掛け合いを普通の人なら呆れるのに、その先輩はお構いないしそんなことを言ってきた。まるで自分の家かのように言ってのけた先輩だが、ここは博士の家で、なにより扉は呼び鈴すらない。


「でも、博士いないみたいで入れないですよ」


おれはちょっと得意げに言う。


――先輩は扉の横のパネルを開けてなにやらボタンを押している。


「少し時間が掛かるから待ってて」


「博士が帰ってくるまで……」


「あれは暗証番号って言って開錠の役目を果たすんだよ」


皆まで言うな宙。恥ずかしいじゃないか。


おれに気を遣ったのか沈黙が続き、五分程経ってから扉は開いた。


「適当に席に座って待ってて、今お茶入れるから」


「あ、お構いなく」


和風の部屋に入ってから先輩の気遣いに宙が返事を返しているが色々と納得いかない。宙が後をつけてきたことも先輩が当たり前のように暗証番号で扉を開けたことも。


「あのっ、先輩はなんなんですか!?」


だから疑問をぶつける。


「シン失礼だよ。先輩の正体が化け物みたいな言い草は」


その思考回路が失礼だろ。


「はは、失礼なのには慣れてるよ。まぁ、折角だし自己紹介しておこうか。天良学園高等部二年、結縄縁。よろしく」


先輩が腰かけて名乗ってくれたので続いて宙が名乗る。


「天良学園中等部、緋衣宙です」


納得はできないけどおれも名乗る。


「同じく中等部、北河斬心……」


「で、さっきの質問だけど俺はここの家政夫のバイトをしてる」


「家政婦……」


「夫だね」


「そうだね。まぁ、君たちが博士とどれくらいの知り合いか分からないけど、博士って夜型の人間だからまだ寝てるんだよ。だから、家のことはおれが引き受けてる。これで少しは納得いったかな?」


なるほど、それなら納得できた。


宙は博士と面識がないから、おれが返事は返す。


しかし、まだ寝ているってことは予定と違って異世界に旅立てないということだ。


「あー、と先輩。博士ってどれくらいに起きますか?」


「先輩っての止めてくれ、むず痒い。博士ならもうすぐ起きるよ」


そう縁さんが言ったと同時くらいに部屋の奥でピィイイイイイイイイイイッッッ!! とあまり聞かなくなった効果音が鳴り響いた。


「沸いたな」


どうやら、ヤカンでお湯を沸かしていたらしい。辺りを見渡し、ポッドがない、というより電化製品のほとんどがないことに改めて気が付く。


テーブルにお茶が並び、


「今ので起きたと思うから、もう少ししたらこっちに来るんじゃないかな」


ヤカンの悲鳴が目覚まし代わりだということを聞いた。


そして、


「さてと、悪いけど俺は行かないといけない場所があるから、これで」


「え、もう?」


「シン、敬語」


「あ、」


「別に気にしないからいいよ」


うーん、やっぱりいい人だ。おれを一目で中学生と言い当てるだけのことはある。


「じゃあ、博士によろしく伝えて」


「あ、はい。ありがとうございます」


それだけ言い残し本当に縁さんはいなくなった。


「不用心というか、無警戒というか僕たちだけ残していいのかな」


「いいんじゃない」


きっと縁さんはおれ達が善良な中学生だと確信を持ってくれていたのに違いない。


そんなことよりも、


「なんでおれの後を付けたんだよ宙」


博士が来る前に聞いておこう。


「ああ、朝泥棒の話をしていたよね」


断じて泥棒の話じゃない。分かってくれていると信じでそこは流そう。


「それで、昨日の今日だから例のお爺さんの話と関わっているんじゃないかと思ってね」


そこまで気が付いていたか。


「だいたい、あのお爺さんが本当にいるのは知っていたし」


「え? 知ってた?!」


「まぁ、近所だし、お爺さんだって隠れて生活しているわけじゃないだろうしね」


まぁ、隠れているような気もするけど……。あれ? だけど、そうなると。


「――ッ! 宙、なんで昨日教えなかったんだよ!」


そうすればあんな不審な行動を取らなくてもよかったことになる。


「え? 余計なことして秋に叩かれたくないし」


おのれ幼馴染、コノウラミハラサデオクベキカ……。


「でも、その内教えるつもりではいたんだよ」


……その辺は秋と違うところだな。


「帰るたびにシンの家まで送りたくなんてないからね」


処刑を敢行するべきだ!


「それで、ここを僕に隠した理由は?」


別に隠したわけじゃない。説明するにしても、さすがに信じないと思っただけだ。


「うーん、」


説明するよりも、見た方が早い気がする。


「博士が来たら説明してもらう」


他人任せ万歳!


呆れた宙の顔を眺めながら博士が来るまで待っていた。


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