3
一体何がどうなっているのか、判らなかった。
それはこの場に居る元スターズ隊員全員が同じで、全方向に対して警戒を向ける。“正体不明の攻撃を受けた”という建前であって、目撃も根拠も無いが、“彼が原因”だという予感は全員がしていた。
白髪の彼を最優先に警戒し、他方面へも警戒する。
得体の知れない攻撃から、チームを守るため、ゾアナは呪文詠唱を開始した。
『――ぐ、……止まれ! 手を上げろ、さもなくば撃つ!!』
ボビリョフは健在である丸太のように太い片腕と、肘から下がなくなったもう一方の腕でサブマシンガンを構え、白髪の不審人物へ狙いを定める。
しかし、捉えたときには確かにそこに居たはずの彼が、瞬きもしない間に消え失せていた。
ボビリョフは豊富な経験から、考える前に後ろを振り返り、
同時に、
足底から頭の天辺まで、地面と水平に――等間隔の輪切り状になって、崩れ落ちた。
『な……ッ!?』『軍曹!』
叫ぶ彼らの同志であるボビリョフが、肉塊となって血の海を作る。
その“骨付き輪切り肉”の高さを定規で測れば、ピッタリ20㎝間隔の厚みで斬られているなど、彼らには知る由もない。
『おい、おい止まれッ!!』
スターズ隊員たちは、もう全方位への警戒は止め、白髪の青年唯1人に、銃口を向け、銃爪の指を緊張させた。
『伏せろ!』『手を上げろ!!』
『畜生……ッ!』
『伏せろ!! 動くな!』
スターズ隊員たちは口々に叫ぶが、彼は構わず、ゆっくりと幽鬼のように歩く。
『大尉!』『大尉! 攻撃許可を……!!』
「やむを得ん、篩い落せ――!!」
特例と判断され、一斉射撃が開始された。
連続する轟音が周囲を包み、戦場と化す。
既にゾアナの呪文詠唱で、全員に対魔術障壁が張られていた。
次いで彼女は、対物理障壁の呪文詠唱も行う。
しかし、銃声が止まないうちに、3人のスターズ隊員が凍結した。
『な……魔術!?』
『畜生――畜生ッ!』
『しかし障壁が……いや、何故……』
こんな場所で、急激に複数の人間が凍結するなど、魔術以外には有り得ない。
――やはり魔術師か!?
ゾアナが真っ先に対魔術障壁を張ったのは正解だったのだ。
しかし現状は、それも虚しく破られてしまったというものだった。
ゾアナの魔術が破られたということは、彼女の魔術が発動するよりも早く、相手の魔術が発動したか、
あるいは――彼女の魔術を一撃で破れるほどの、巨大な魔力の持ち主であるか、二つに一つ。
隊員たちを凍結させたのは、奇しくもゾアナが先程ルビーアリゲイタに放った凍結霧<フロス・セアル>だった。
この地に居ればルビーアリゲイタとの戦闘は必須。彼がゾアナたちと同じように凍結霧を使って戦闘していたのならば、その惰性で使用したとしても不思議ではない。
凍結霧は魔王の親族の力を借りた、Aランクの魔術で、広範囲に作用する氷系魔術の中では最強だ。
使える者も少ないが、ゾアナは更に類稀なる才能を以って、詠唱を短縮した。
呪文の詠唱は4つの韻文からなり、才能によって韻文を削減でき、経験によって文節を省略できる。
彼女は先程の戦闘で、凍結霧の詠唱を2韻文と文節を少々短縮したのだ。
魔王族の力を借りた、Aランクの呪文詠唱を2韻文まるごと短縮したのだ。
ゾアナは間違いなく天才だった。
障壁の呪文はもっと短縮できる。それを凌ぐ早さで凍結霧を唱えたとなると、ほんの一握りの人間しかいない。
もし、そうではなくて、障壁が発動してから破られたとなると――
『魔族でしょうか!?』
人間の魔力を超えたモノにしか成し得ない。
「それはない、警報が鳴らなかった」
魔族は人間とは違う波長の魔力を帯びているので、様々な方法で接触を回避することが可能である。
『では……』
「ああ、大魔術師である可能性が高い」
“三大魔術師”という、FIMAが特別に呼称している者が在る。
他の総ての魔術師と一線を画さなければならない程、突き抜けた魔力量を誇る3名の魔術師。彼らを特別に“大魔術師”という。
「――だが、それが何だ。魔術では劣るかもしれんが、戦闘に於いては我々が上だ!」
実際に目にしたのは初めてだが、所詮魔術師。
「戦闘のプロである我々が勝つ! 出し惜しみするな!!」
ゾアナの煽動により、残った十名の男たちは、魔術弾を装填する。一発数百万とか数千万の価値がある、魔力が込められた弾だが、やられた同志の仇を討てるならば安い。
土煙が舞い、視界が不明瞭な分、迎撃のために備えるしかない。
『クソッ、何処だ!?』
焦りからの苛立ちが、緊迫感を与える反面。隊員たちは冷静に、研ぎ澄まされていく。
やがて土煙の中心。
一斉射撃が開始された時と全く同じ位置に、黒い人影が揺らめいた。
全員が固唾を呑む。
――嘘だろ?
一人の呟きが、伝染するように彼らの思考を支配した。
自分たちの目を疑う。それは、今まで絶対の拠所だった、ゾアナの言葉への忠誠が揺らぐ瞬間だった。
塵が晴れ、黒い人影は、はっきりとその姿を現す。
青年は平然と元居た場所に立っていて、暢気に、空中に映し出される画像を操作していた。
あれだけの攻撃を食らっても無傷で、それどころかその場から一歩も動いていない。
更に防御するわけでもなく、戦闘とは関係の無い行動をとっている。
ただの魔術師であろうが、こんな化物から逃げることができるのか――元スターズメンバーは、無意識にだが、彼に勝てることは万が一にでも有り得ない、と認めてしまっていた。
「なんかさあ……」
底冷えのするような、冷徹な声。
先程までとは違い、しっかりと意識のある声だった。
青年は、見下すように顔を斜めに上げる。
上空に居る者、
遠く距離をとっている者、
隔てなく、その場に居る人間全てを見下している。
「勘違いしているみたいだから教えてあげようか?」
つまらなそうに視線を何処かへ逸らすと、
空間に歪みが生じ、“黒光りする何か”が歪みから滑り出す。
青年は視線を合わせる事無く、ソレを空間から引き抜いた。
「オレ、確かに魔術師でもあるけど、剣士でもあるから。お前らの理屈じゃ勝てないよ」
言葉を終えた瞬間。
鮮血が上がる。
青年から一番近くに居た隊員の首から、噴水のように血が吹き出ていた。
頭部が地面に転がった先を、青年は歩いていた。
どうやって移動したのか、首を落としたのか、見た者は居ない。
「あ、ゴメン! オレ地獄耳だから、君らの話、聞こえちゃったんだ」
ははは、と乾いた笑いを漏らす青年の手には、黒と赤から成る剣が握られている。
きっと仲間の首を刎ねたのは、アレだ。
しかし彼の言葉よりも、また一人減った仲間のことよりも、その剣を見て、ゾアナたちは絶句することになる。
“彼が何者なのか”がはっきりとしたのだ。
空間転移で出したのだろうその剣は、あまりにも有名であり、恐らく全世界で、知らない人間は少ないだろう。
刀身が黒く、柄が赤と黒。
そんな風体の剣を持つ者は少数しかおらず、
そして大魔術師ともなると――
「シュウ」
ゾアナは軍人となり、初めて戦地へ赴いて以来の恐怖を感じた。
『最強』
そう口にしたとき、誰もが生を諦めた。
人類史上最強の人間。
人類史上最悪の大量殺戮者
それが、彼らが遭遇した脅威。
シュウという名のものである。
最強の人間、シュウ。彼が殺した人数は、正確には判明していない。
約20年間で、数万人とも数十万人とも言われ、文字通り今現在もそのカウントは増え続け、生きながらにして伝説と化している。
彼を止める手立ては無く。自然災害のようなものとして、人類は既に彼から敗北を喫していた。