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乾いた大地は見渡す限り、まるで稲光のように、黒い亀裂がはしっていた。
焼けた地面に、這うような風が吹く。
乾いた風は、焼き鏝の如く、肉を乾す。
いたるところで激しい突風が吹き、地表の白い極細粒砂を巻き上げ、辺り一面視界を奪う。
乾いた死の大地――まるで人を阻むようだ。
風が落ち着くと、ゾアナはかつての部下たちの顔を確認する。
強化外骨格に軽量化ライフルを持った屈強な男たちが十余名、無秩序に立っていた。
が、彼らが注視する方向は一点。
視線の中心には、線の細い黒髪の女性――ゾアナ。
男たちとは違い、軽装だが、その身に纏うオーラは正に軍神。面差しは悪鬼の如く、猛々しい。
ゾアナは軍服ではないものの、略綬を左胸に着けている。
それは過ぎ去りし夢の跡。
掴み損ねた栄光の残滓。
彼女の、ひいては彼らの誇りであり、遺恨であった。
彼女は束の間の英雄であった頃と変わらぬ勇壮さで、声高らかに号令を下す。
「作戦を開始する――総員、索敵陣形へ移行! 標的掃討にかかれ!!」
『イエス・マーム』
ゾアナの指令への応えはヘッドセット“コムタック”から伝わる。
彼女以外全員、通信端末が内蔵された、軍用の特殊なヘルメットを装着していた。
男達は彼女の命令に服従の意志を示すと、踵を返し、各々に駆け出す。
先頭を行く半数が地を蹴った。
すると、大きく“上昇”する。
そして残りの半数は、猛スピードで地を“滑った”
ブーツには精霊石が組み込まれた魔術発生装置が内蔵されている。
これによって飛行、移動を行う。
特殊な戦闘訓練を受けた彼らだが、魔術師としては三流だ。
体力・持久力・精神力は超一流であるが、長時間猛スピードで自由自在に浮遊移動することは不可能であった。
しかし、魔術というものは便利なもので、戦闘どころか生活にすら欠かせない。
彼らの装備品には全て何らかの魔術が付加されている。
ブーツの場合は、彼らの――一般人に毛が生えた程度の魔力を少しばかり利用し、大きな力に変え、浮上かつ移動を可能にする。
だが一人だけ、ブーツに別の魔術を付加させている者が居る。
ゾアナだ。
彼女は特殊部隊員としても一流だったが、魔術師としても一流であった。
Cランクの魔術である“浮動”を使うことなど彼女にとっては造作も無い。
だが同時に幾つもの魔術を使うことは、いくら彼女でも困難であるから、装備品には用途に合わせた別の魔術を付加させているのだ。
『――目標捕捉』
偵察を兼ねた上空先頭の者からコムタックへ通信が入る。
肉眼では鳥一羽ですら確認できないが、
彼らのヘルメットには望遠機能が付加されている。
遥か遠方、
光学ズームで60倍に拡大して漸く視認できる緋色の塊が一つ、火を噴いた。
『進行方向に単独のルビーアリゲイタ』
元部下、現同胞の報告に頷くと、ゾアナもコムタックのマイクへ――一切の隙も無い、厳格な声を発する。
「よし、これより狩りを行う。行こうか、同士諸君」
『イエス・マーム』
彼らはこの日、ルビーアリゲイタを3頭狩るためにこの地を踏んだ。
――Sクラスの特級任務である。
世界でもSクラスの任務を行えるのは100チーム程しかいない。
任務とは、各連盟が加入者に依頼する、いわば“仕事”だ。
例えば、魔術連盟の場合。
国際魔術連盟【FIMA】というものがあり、その傘下に6つの大陸連盟がある。
魔術を使用する際には魔術師協会に登録の義務があり、
魔術師協会はFIMAへの加盟が義務付けられている。
魔術師はFIMAが設定した試験によりランクが付けされ、ランクに応じた任務を受けられる。
報酬は当然上位の任務の方が上がり、難易度も相応だ。
どの連盟も任務は希望して受けるのだが、
Aクラス以上の任務は連盟から直接依頼され、行う。
連盟から依頼される、ということはとても誇らしいことなのだ。
今回の『ルビーアリゲイタ狩り』の任務は、国際傭兵連盟からゾアナと彼女の元部下たちに直接依頼された。
傭兵連盟からは傭兵任務を主に請け負うのだが、稀にこういった“魔獣狩り”の依頼もされる。
獣狩りは本職ではなく、慣れないものの、ゾアナたちには経験があった。
このルビーアリゲイタも数度、狩ったことがある。
それに連盟にとって、彼女たちは大切な戦力だ。
無理な依頼は決してしない。
しっかりと吟味され、彼女たちの戦闘スタイルに合わせて、難しいが、可能だと判断した上での依頼だ。
困難な任務ではあるが、万全の装備と作戦で臨む彼女たちにとっては、充分に達成可能な任務である。
『――気付かれた!』
最前線上空のレガーチが叫んだ瞬間、
ルビーアリゲイタは両翼を上下させた。
ゆっくりと、だが力強く、
殆ど垂直に上昇したかと思うと、
今度は水平移動し、ゾアナたちの方角へ迫る。
『レガーチ伍長、B7! ソトラーノス軍曹、C3、ネルバ伍長B2――各員奮励、……迎撃せよ!!』
いつの間にか一番高い場所に陣取っているゾアナが、コムタックへ指示を出した。
命令された者は、速やかに移動すると、グレネードランチャーを装備したライフルを構える。
目標は等倍で目視できる程に迫っていた。
その巨体は翼を上下させ、上昇と水平移動を繰り返す。
姿は悠然としているが、迫る速度は、速い。
ゾアナたちとの距離をあっという間に詰める。
しかし彼女たちも黙ってはいない。
既に準備はできていた。
「――放て!」
まだ1キロ程の距離があるが、ゾアナを抜いた全員の擲弾が発射された。
魔術が付加された弾丸は、放たれると青いオーラを纏い、蒸気を上げながら高速で目標を捉える。
いくら的がデカイとはいえ、
この強風と距離から弾丸を命中させることは、常人には不可能だ。
だが彼らは常人ではない。
――旧ガビアルの元特殊部隊“STARs”
彼らは全員、
今は亡き大国“ガビアル”軍、特殊作戦部隊――通称スターズであった。
特殊部隊は特殊な訓練を受け、特殊な装備を持つ。
その中でも彼らは「他の特殊部隊員200人に相当する戦力を、スターズ隊員一人が保有している」とされる。
スターズは、厳しい条件をクリアした者のみ志願を許され、
その中でも合格する者は20%に満たない。
やっと選抜試験に合格したとしても、本格的な厳しい訓練に耐え切きれず脱落するものは半数を超える。
また、一度隊員になっても訓練は続き、一年のうち多くの期間を訓練に費やす。
肉体強化だけでなく、精神強化も行われ、
高度な語学力、医学の知識まで身につけなければならない。
近親者に精神異常者や自殺者がいてもならない。
正に選ばれた、エリート中のエリート達だ。
ルビーアリゲイタは体躯を捻り、甲高い奇声と共に焔を吐く。
正面の擲弾を巻き込み、青いオーラを無力化させるが、弾そのものの威力は落ちず、
全弾命中した。
しかしその硬く分厚い皮膚に傷がつくことはない。
誰かが叫んだ。
『そんなことは百も承知』
物理攻撃はただの誘導。
狙いは、がら空きになった下方から、青いオーラの威力が落ちていない弾を当てること。
その通り、
ルビーアリゲイタは避けきれずに、下方から被弾した。
腹、後ろ脚、と青いオーラが侵食し、表面を霜が覆っていく。
ルビーアリゲイタは奇声を上げ、興奮したように、両翼をいっそう激しく上下させる。
前進する速度が上がり、
あっという間にゾアナたちとの距離を詰めた。
前脚を振り上げれば、
頸を伸ばせば、届く距離だ。
『大尉!!』
――やはり来たか……。
上空のゾアナと、ちょうど視線が合う。
その巨体は体長15mほど――5階建てビルが聳え立っている感覚だ。