悪夢は終わる
カーテンの隙間から入る日差しが、きらきらと光輝いている。
差し込む光は、真新しいベッドでスヤスヤと眠る、部屋の主である青年の輪郭を浮かび上がらせていた。
真っ白で柔らかそうな髪は煌めき、繊細な絹のよう。
同じく白い肌は、透き通るような、ぬめりとした色気がある。一目で青年と判る容なのだが、現実的ではない、整いすぎた美しい顔であった。
薄闇であっても、その穏やかな表情が見てとれる。まるで彼自身から光が発しているかのような白さである。
その姿はまるで天使のようで、仮に彼の寝姿を見ることができる者が居たならば、絵画を鑑賞している気分になるだろう。
ふと、
青年の長い睫毛が揺れる。
ゆったりとした動作で瞼を開くと、
徐々に真っ赤な瞳が露になった。
彼はぼんやりとしながら身体を起こし、後頭部を軽く掻くと、
壁に向かってにっこりと笑いかけ、
高くもなく低くもない声で、「お早う」と挨拶をした。
とても気持ちの良い朝だ。
何せ、10年振りに2時間以上、安眠できたのだから――
数日前から漸く眠ることに慣れ、時間も随分と伸びてきた。
それは今自分が幸せだと思える、一つの変化だ。
彼は滑らかな身のこなしで壁に縋り付き、頬を上気させる。
“壁”というより、
正確には、壁全面に隙間無くびっしりと貼られた――少女なのか美少年なのか良く判らない人物の写真に――だ。
「ヒル……今日も可愛いよ、好き……愛してる、愛してるよ」
彼は一番大きく引き伸ばした“写真”へ愛を語るのに夢中で、咥内に溜まった唾を飲み込むことも忘れていた。
口の端からだらだらと涎が垂れている。
満足いくまで自分の身体を写真に擦り付けた後、彼は上機嫌でベッドを下りる。
日課になっていた、写真の貼替え作業を行う為だ。
その日目覚めた時の気分により、写真を貼る位置を毎日変えているのだ。
とても楽しくて、有意義な時間である。
持てる集中力の全てを発揮し、慎重に作業していたところ、ふと気付く。
「もう、貼るとこが、無い」
彼は頭を抱え、蹲り、己の欲深さを呪った。
昨日どうしてもこの自室に貼りたくなった画像を、秘蔵データの中から20枚程プリントアウトしたのだ。
元々隙間無く貼られているのだ、20枚も更に追加する余地は無い。
彼は浮かれすぎていて、そのことが頭から抜け落ちていたのだ。
――これが戦闘なら、オレは死んでいたかな。
勝手に流れる心の声に、彼自ら驚き唖然とする。
一拍おいて、
「ふ、ふふふ……くくく、あっははははははは!」
つい楽しくなり、彼は部屋中に響き渡る大声で頭を抱えながら笑った。
目は見開き、とても笑っている人間がするような表情ではない。
ぴたりと無表情になり、何事も無かったかのように立ち上がると、機械的に彼は部屋に在るドアの一つを開ける。
「トイレは……さすがに、見られているみたいで、嫌だなあ」
便器を見ながら苦笑して、ドアを閉めた。
「そうだ! 壁を壊して、隣の部屋と繋げればいいのか!」
その場合、勿論住人は殺さなければならない。
「でも、此処から追い出されたら嫌だし……」
うーん、と彼は天井を見上げ、考える。
はっとして、彼は歪な笑顔を浮かべた。
顔半分は泣き出しそうで、もう半分は満面の笑みだ。
「そっか……オレは、オレはなんて馬鹿なんだ!」
何故、今まで思いつかなかったのか、
「コレが戦闘なら! 死んでいたよね! ね」
彼は狂喜乱舞し、くるくると廻りながら床に倒れ、仰向けに大の字を描き、
「――天井が、あるじゃないか!」
幸せ過ぎて、
昼時までずっと笑い続けたのだった。