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第5話

 クロイムツェルトは、風呂から出た後、服を着て身支度を整えはじめる。



「ごめんなさいね。急にお風呂に行くとか言ったから、替えの服を用意できなかったわね」


クロイムツェルトが、最初に着ていた下着をもう一度身に着けるのを目に留めて、眉尻を下げながら、申し訳なさそうにマリエルが言ってくれた。


「いえ、私の方こそ急に同行させてもらったんですから、お気になさらないでください」


と、クロイムツェルトはそれらしく適当に答えたけれども、クロイムツェルトは一度脱いだ下着を風呂から出てもう一度着ることについてはあまり気にしていなかった。


 それはクロイムツェルトが汚ギャルだったから、というわけではもちろんない。


 高度な遺伝子操作の成果のよろしきをもって、クロイムツェルトの肌は、僅かの疵も曇りもない水気のある象牙色に見えるが、しかし実際には、彼女の全身の皮膚の表面には目に見えないほどに微小な無数のナノマシンが配置されていて、それらのナノマシンがクロイムツェルトから出る、垢や皮脂などの老廃物や、体表に付着した埃などを自動で清掃し、エネルギーに変換して利用するようになっているのだった。

 さらに、クロイムツェルトの周囲はエネルギー蓄積・放出コンデンサ内蔵のナノマシン群によって、常に快適な気温に保たれているから、汗もほとんどかかない。



 そういうわけでクロイムツェルトの下着は、一度着たものとはいえ実際は、ほとんど汚れてはいなかったので、もう一度同じ下着を着てもあんまり問題はなかったのだった。



 で、風呂に入る前に来ていた服を、もう一度着終わったクロイムツェルトが、マリエルとハニエラのあとについて脱衣所を出て、廊下を少し歩くと、広いホールのようなところに出る。



 石組みの高い天井に設けられた、ガラスが入った採光窓から差し込む光に加えて、浴室内にも備えられていたような、発光する結晶体が屋根のそこかしこに取り付けられていて、室内は明るかった。


 ホールの中には四人掛けくらいの木製のテーブルと椅子が幾つも置かれてあって、大勢の人がそこで食べたり飲んだりしている。


 マリエルとハニエラがホールの入口できょろきょろしていたら、こちらを向いて腕をぶんぶん振っている人がいて、それはパーストンさんだった。


「もう飲んでる」


パーストンさんの座っているテーブルの前まで来たハニエラが呆れたように言うと、


「昼ごはんをこんなとこで済ますのはイヤですからね」とマリエルも続けて言った。


 テーブルには、何かの揚げた芋らしきものと、揚げた肉のようなものが木皿に盛られていて、パーストンは、ビールらしきものの入ったガラスのジョッキを手にしている。


「分かってる、分かってるよ。ちょっとビール飲んでつまんでただけだって。まあ座れ座れ……おーい、ジュース三つ頼むよ」


 パーストンがそばを通ったボーイらしき男の子にそう言いつけると、すぐにガラスのコップに入ったジュースらしきものが運ばれてきた。


「ま、どうぞどうぞ」


 パーストンがそう言ってくれたので、クロイムツェルトは、頂きますと断ってから口をつけてみた。よく冷えている。


(紛うかたなき葡萄ジュースでございます)


 クロイムツェルトの味蕾からの刺激を、クロイムツェルトの脳内のセントラルコンピューター経由で読み取って解析したジーヴスから、わりとどうでもいい報告が上がってくる。


 葡萄ジュースの入ったグラスは、現代の工業製品のそれと比べて、透明感こそ劣るけれども、わりと形は整っている。そのグラスに入っている葡萄ジュースには氷がたっぷりと浮かべられている。



 この世界は、というかクロイムツェルトの見た範囲でのこの世界は、一見すると旧地球の中世・近世のヨーロッパ風に見える。

 けれども中世・近世の技術水準ではガラスのコップも、コップに入っている氷も、それほど安価なものではないはずだった。

 けれども、このさして高級というわけでもなさそうな、単なる庶民向けの公衆浴場に併設されているに過ぎない食堂で、氷入りの葡萄ジュースがガラス製のコップに入れて供される。


 やはり、空気中にあるエネルギー蓄積・放出コンデンサを用いる技術がこの世界で一般的に用いられているということが、文明の在りかたを少し地球のそれとは異ならせているんだろうか。


 クロイムツェルトはそのように推測した。




「みんなも食べてくれよ?」


「パーストンさん毎回この組み合わせじゃない。もう飽きちゃったよ」


「いや、風呂上りには、ビール、鶏肉の揚げたやつ、芋の揚げたやつ、この組み合わせは至高だ。これ以外の組み合わせなどありえん」


「それって思考停止よ。コックが食べ物で思考停止ってどうなの?」



 パーストンとハニエラが言いあっている横で、いただきます、と断ってから鶏肉の揚げ物をつまんで口に入れる。

 噛むと肉汁が溢れてきてとても美味しい。


(鶏肉の唐揚げであると分析できます)


 葡萄ジュースをごくりと飲んでから、今度は芋の揚げ物をつまむ。


(極めて高い確度でフライドポテトであると推察されます)



 なんでそんな食べ物の報告ばかり上げてくるのだと、ジーヴスに思考で尋ねる。



(この星と、旧地球との類似性の検証に関連のある問題であるからです。

 この惑星における葡萄、鶏肉、ジャガイモはいずれも旧地球に起源を持つそれと極めて類似しております。それは偶然によって生じる類似ではあり得ないと判断できます。故にその背後には何らかの人為、すなわち何らかの知られていない知性的存在を推測する証拠のひとつとなり得ます。

 故にその証拠たる事実について私が陛下の注意を喚起するのは正当なことです)



 ジーヴスのくだくだしい言葉を聞きながら、クロイムツェルトはよく冷えた葡萄ジュースをぐびりと飲む。

 果実のさわやかな甘さがあって、糖分が僅かにアルコールに替っているのか、ほんの少し酒精の匂いがして、それが心をひどく開放的な気分にする。


 それがどうした。


 クロイムツェルトがジーヴスの報告を聞いて思ったことはそれだけでしかなかった。

 結局のところクロイムツェルトは考えることを放棄したのだった。


 一度、死を覚悟して拾った命だからだろうか。あるいは、自分のほかには機械知性しか周囲にいない状況になって、王族であるゆえにほんの小さなころから責任というもので縛られてきた彼女が、初めてその責任というものから全く解放されたからだろうか。


 クロイムツェルトは、ジーヴスの答えに返すことなく、脳神経系を毒物から防御するためにスマートブラッド等を用いて通常は体内環境から閉鎖されている脳血管系のゲートを開き、酒精のもたらす酔いを脳内に招き入れて、その陶酔をただただ楽しんだ。


 その後は、クロイムツェルトはマリエルやハニエラが手紙を出したり、靴下や下着を買ったり、パーストンさんが書店に寄るといったのに付き合ったりして、どうということのない時間を過ごした。



「こんなどうでもいい場所ばっかりまわっても観光にならないわねえ、どこか行きましょうか」


 そうマリエルは言ってくれたけれど、「この辺りは初めてなので十分楽しいです」とクロイムツェルトは答えた。


 いや、そんな遠慮しなくていいのよ? とマリエルさんはさらにつっこんで気を遣ってくれたけれど、クロイムツェルトの答えは確かに彼女の本音だった。





 太陽が(というか母恒星が)西に傾き、帰る時間になって、最初に入った浴場の前に行くと迎えの馬車が来ていた。


「いやあ、帰りも馬車のお迎え付きなんてお大尽だわ~、クロイムちゃん様々よねえ。いつもこうだったらいいのに」


 ハニエラが馬車に乗りこんで座席に座って、喜びで脚をジタバタさせながら言った。


「まあでも帰りに散歩しながら帰るのもリラックスできていいわよ」



 クロイムツェルトはそんな会話を聞きながら、板ばねやコイルばねを通して伝わる馬車の振動をお尻に感じつつ、下位意識をひとつ振り分けて、行く道で見かけた少女がどうなっているかを確認することにした。


 降下・制圧分艦隊の旗艦のCICからアクセスして照会し、少女の周囲に配置した硬貨兵や歩兵機の位置情報と映像と音声をもらう。



 少女は最初に発見したときよりも少し街のほうに寄った位置にいた。


 それを確認すると、クロイムツェルトはすぐに降下・制圧分艦隊の機械知性のメモリーを漁って、上空の駆逐艦から固定視点で少女を撮影している動画を見つけだした。


 その動画は撮影開始時から現時点まで約8時間弱ある。


 クロイムツェルトは思考操作で、その動画を約2分ごとに400分割し、新たに下位意識を400人分ほど振り向けて、その動画の断片をそれぞれの下位意識ごとに1.5倍速で1分少々をかけて閲覧した。

 次に、400人分の下位意識で閲覧したその映像の記憶400個分を、中位意識と上位意識を用い、瞬時に統合して思い返す。

 そしてその映像の記憶を時系列順に並べる。


 それから、上空にある別の駆逐艦からロングで地上の静止画像データーを一枚撮り、それを少女の映像と重ねて、少女がどのように移動したかを把握する。


 そうすると、つまり少女は、クロイムツェルトの乗った馬車が走った、その街道に沿うように、その街道の脇の茂みに隠れながら、街に向かって移動しているのだった。


 どうしたものか、とクロイムツェルトは思う。


 少女は街道を歩くのではなく、その街道沿いの茂みに隠れるようにして移動している。いや隠れるようにというか実際隠れているのだろう。


 少女が隠れるという明確な意思でもって隠れている以上そっとしておいたほうが良いのだろうか。いやでもこんな幼女が独りで出歩いていいものだろうか。それともこの星では幼児が独りで出歩いてもそれほど奇異ではないという文化なのだろうか。


 何かあの少女には事情があるのかもしれない。だから隠れているのだろう。


 たとえば、あのリオンさんのオネット副伯爵家というのは実は悪の秘密結社で、あの幼女は悪の秘密結社【オネット】と戦うために異世界から召喚された魔法幼女であり、あの幼女は敵の妖魔を無に還すためのアイテム『月の涙』があの街にあるとの情報を掴んで、街に向かって移動していたのだが、その途中でこの周辺を担当地域にしている敵の四天王の1人である【死の料理人】デスコック・パーストンに見つからないように茂みに身を隠しているのだ! という真相も全く可能性が無いわけではないこともないかもしれないわけではないかもしれない。


 などとクロイムツェルトは妄想を弄んでいたが、今現在の映像でみる少女の呼吸がだんだんと荒くなり、ゼイゼイといいはじめて、咳込みはじめたのを見て、妄想を打ち切った。


 光学迷彩で隠蔽してある直近の歩兵機をさらに、数メートルまで接近させて観察してみると、少女は、痰の混じったような荒い呼吸を繰り返して、時折ひどく咳込んでいる。


 クロイムツェルトがどうしたものかと観察していると、ひときわ激しく咳込んで、少し嘔吐した。ひどく苦しそうに見える。いったいどうしたものか。


 かといって、いまクロイムツェルトは馬車の中にいるわけだから、その少女の様子に気づけるはずもないことになっている。


 しかし幸いに、その少女は馬車の通る街道沿いの茂みの中にいる。


 それでクロイムツェルトは、降下・制圧分艦隊のCICを通じて、上空待機をさせてある駆逐艦の観測機器にアクセスし、上空からの映像を下位意識に流す。


 それから、何気ないふりを装って馬車の窓を開ける。


「暑いかしら?」マリエルが声をかけてくる。


「いや、むしろ寒いでしょ」ハニエラが答えているが、「いえ、ちょっと空気が悪くなってるかなって思って」


 クロイムツェルトは適当なことを言いながら、外に向かって開く馬車の窓を全開にした。そして、わざとらしく深呼吸をし、きょろきょろして見せる。


 そして上空の駆逐艦からの映像を見て、タイミングを計り、馬車が少女に最も近づいたタイミングで「あら?」とこれまたわざとらしく声を上げる。


 それから、馬車の窓から身を乗り出して、御者台のほうに向かって叫んだ。


「すみませーん! ちょっと停まってくださーい!」


 御者のマルコが、ちらりとこちらを振り向き、手綱を引く。



馬車が停まると「どーしたの?」と聞いてくるハニエラに「人の声がしたわ」と言う。


「そうなの?」

「ええ、確かこっちの方から……」


 馬車から降りて、きょろきょろと探すふりをしながら茂みをかき分けて……当然のことながらそこには、蹲って咳込んで苦しげにえずいている少女がいた。


「レイラお嬢様!?」


 クロイムツェルトの後ろをついてきていたマリエルやハニエラから驚きの声が上がる。


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