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第4話


 クロイムツェルトは、荷物を片付け終わると、さっそくヒマになってしまった。


 近くの街に観光にでも行ってみようと思い立ったのはいいものの、現地通貨を全く持っていないことを思い出して、お金なしじゃ観光もつまらないわね、と思ったら、思考を読み取ったジーヴスに


(リオン副伯爵に金の粒を買い取っていただいたらどうでしょうか)


と提案された。


 両替商とか銀行とか貴金属店のようなものが施設はないのかとジーヴスに尋ねる。


(おそらく、探せば見つかるとは思いますが、陛下が貴金属をお持ちであることを知っている人間は、なるべく少ない方がトラブルを減らせると考えます)



 それで、クロイムツェルトは、メイドに言付けをしてもらい、リオンに手持ちのお金が無いことを話し、貴金属と通貨の両替を依頼する。そうするとリオンは、両替してくれるとのことで、リオンは、執事みたいな、クロイムツェルトが最初に門のところで会った人を呼び、その執事が天秤と錘を持ってきて、金の粒の重さを量ってくれた。


 すると、ちょうどそこに、奥さんのシャンテが通りかかってクロイムツェルトに言った。


「ねえ、町でお買い物でもなさるつもりなの?」


「ええ、まあ、買い物というか、いろいろ見て回ろうと思いまして……」


「あなたみたいな女の子が1人でうろうろするのは危ないわ。だれか供を付けましょう」


「いえ、あの、大丈夫です」


「そりゃ、今までは大丈夫だったかもしれませんけれどもね、そういう根拠のない自信は無謀というものよ。可愛らしい女の子が1人でふらふらやってきて、その上、初対面の相手を信用して、金の粒を見せて買い取ってもらうなんていう貴女の行動を見てると、あんまり危なっかしいわ」


 もちろん、強化された体とか、隠し武器とか、光学迷彩で隠している護衛とかがあるから危なくはないし、金の粒だって船の核融合炉で好きなだけ作れるから、別に盗られても困らない。だから根拠のない自信で行動してるわけではないけれど、そういうことを説明のするのも難しいから、クロイムツェルトは結局口ごもるしかない。


「……でも、そこまでして頂くのは……」


「いいえ、ダメです! それにキッチンのメイドの子達を町にやる用事がありますからね、ついでだから気にしないでくださいな」




 そういうわけで、シャンテが用意してくれた馬車に、クロイムツェルトが乗り込むと、しばらくしてから、男の人が一人と女の人が二人乗り込んできた。


 この屋敷のコックだという、でっぷり太った快活な感じの中年の男性に、下ごしらえを担当しているという、黒髪で背の高い痩せた女の人と、主に皿洗いをしているという体の小さな蜂蜜色の髪をした女の子だった。


 馬車の道々で、自己紹介をして、付き合ってもらってごめんなさい。とクロイムツェルトが言うと、蜂蜜色の髪をした方のハニエラという女の子が、


「いーえ、クロイムツェルトさんのおかげで、お屋敷の馬車を使わせてもらえるんですから、お礼を言いたいくらいですよぉ。」


と楽しそうに言って、


「普段はあの御者のマルコのやつ、馬車なんて出してくんないんですから」


小声で付け加えた。


「こら、“やつ”なんていっちゃだめよ?」


 黒髪の痩せた方の、マリエルという名前の女性がたしなめる。


 不満そうにしながらもハニエラが、はーい、といいお返事をする。


 何か、姉と妹みたいだなと思って、クロイムツェルトが微笑ましくみていると、二人のやりとりを楽しそうに眺めていた、でっぷり太った中年のコックのパーストンが補足した。


「つい先日、使用人達のためのパーティーがありましてな、皆は楽しく遊んだわけですが、私どものようなキッチンの連中は、料理を作ったり、汚れものを片づけたりでパーティーのあいだじゅうと終わってからも仕事をしなければなりませんのでね、それで奥様が気を使って代わりの休みを下さるわけですよ。それでまあ、休みの日に遊ぶといっても、このあたりでは、街にでも出かけるのが定番で、でも歩きだと街まで片道一時間近くかかるのですな」


「でも、馬車だと楽だし速いですものね」


マリエルがのんびりと言う。


それで、


(陛下)


ジーヴスが話しかけてくるので、意識を分割して会話を続けながら返事をする。


(なんなの?)


(ここから少し離れた道沿いの丈の高い草むらに、子供がひとりうずくまっています)


(映像、こっちにまわして)


光学迷彩の降下兵が上空からとらえた映像が流れ込んできた。


わりと高価そうな服を着た4歳か5歳くらいの女の子が、草むらに身を隠すようにして、馬車の方を窺っているのが見える。


(……体調が悪くてうずくまっているとかいうのじゃ無さそうね……)


 少し考えてみる。


 馬車の中の人たちに教えてもいいけれど、私が馬車の窓から見かけて、偶然発見するにしては、少しばかり距離が遠いし、草むらにしっかり隠れすぎている。それに女の子も、わざわざ隠れているのだから、なにか事情があるのかもしれない。


(とりあえず、女の子に危険が及ばないように保護はしておいて様子を見ましょう)


(了解しました)


 光学迷彩の歩兵機が数機と、降下兵が飛んでいって女の子を囲むように配置される。


 道なりに進む馬車が、女の子からもっとも近くを通る瞬間に、さりげなく馬車の窓を開けて、首を突き出してあたりを見回す。もちろんここからでは何も見えないので全く意味のない行為だけれども、こうしておけば、あとでその女の子を保護しなきゃならなくなったときに、何か動くものが見えた気がしたとかなんとかうまく言い訳できるかもしれない。







 街は分厚くて低い外壁でぐるりと囲まれていた。けれども、その壁の周囲を取り巻くように城下町が発展して市街を形成してしまっていて、もはや城壁の内部を旧市街とするなら、新市街と言えるほどになっている。


「とりあえず……」


「お風呂よね!!」


 マリエルが言い、ハニエラがかぶせた。


「……と申しておりますが、クロイムツェルトさんはそれでよろしいですかな?」


パーストンが聞いてきて、特に反対する理由もなかったので、頷くと、


「おーい、公衆浴場の前に着けてくれ」


 パーストンが馬車の窓から首を出して、御者の人に向かって言った。


「あいよぉ」


 マルコ氏の返事が返ってくると同時に馬車の進路がずれて、もくもくと湯気のでている煙突のある大きな建物のほうに寄っていく。








 リオン副伯爵が、クロイムツェルトの持っていた金の粒を買い取った後、またシャンテ夫人と寝室に引き上げて、リュートをいじったり、刺繍をしたり、本を読んだりして、のんびりしていると、騒々しい足音が聞こえてドアが慌ただしくノックされた。


「いいぞ」


 返事をしてドアが開くなり、顔を蒼白くしたメイドのリュシーが飛び込んできて、


「奥様! レイラお嬢様がいらっしゃいません!」


そう叫んだ。


「……レイラが?」


 リュシーが慌てているので、落ち着かせようとして、わざと平坦でゆっくりとした口調でリオンは問い返す。


「まあ、それは大変ねえ」


 同じようにのんびりした口調でシャンテも返す。


 この口調はわざとじゃなくて、素だろうなと思いながら、そういえば何日か前にもレイラが抜け出したとかなんとかいうのを聞いたような気がするなあとリオンが思い出そうとしていると、


「前のときと同じようにマーヤを探しに行ったんでしょうね」


とシャンテが言った。


 ああ、そうだ。レイラの乳母だったマーヤが、故郷の母の面倒をみるので、務めを辞めて、それで大好きな乳母にいなくなられてしまった可哀想なレイラは、マーヤを探してこのあいだ屋敷を抜け出したんだったなと思い出す。


「ああ、奥様どうしましょう!」


 それで、マーヤの代わりに今はとりあえずリュシーがレイラについていたけれど、またしてもレイラはいなくなってしまったわけだ。


「どうしましょうと言われても手分けして探すしかないわよ」


「うむ、そうだな。手空きのものを集めてくれ」


「は、はいっ!」


 指示を出すと、リュシーがぱたぱたと走っていく。


「早いとこ探さないといけないわよ」


 シャンテが顔を顰めて言う。


「……まあ、敷地内にいるかぎり、衛士が見回っているから人攫いも入ってこないだろうし、動物は狐くらいしかおらんだろう」


「それはそうですけれどね。あの子は喘息もちですからね、空気が冷たくなってくるとひどく咳き込むわ。日が落ちる前に探さないと」


「そうか……そうだな」


 そう言われるとリオンは急に不安になってきた。


「急ごう」


 リオンは自分と妻の外套を出すためにクローゼットの扉を開けた。








 浴場は石造りの建物で、丸天井のドームを持つ建物を太い廊下でつないだような構造をしていた。片方が男性用の浴場で、もう一方が女性用だそうだ。


 ドームとドームをつなぐ中央の廊下みたいなところに入口があって、蜥蜴が直立したような生き物に、一人当たり銅貨を2枚渡すと中に入れてくれた。


 ジーヴスからの補足情報によれば、あれは蜥蜴族と呼ばれる知性体らしかった。受付をしていたようだった。


 建物の中に入ってパーストンと男女で左右に分かれる。


 廊下をつたって女性用のドームの入口のところまでいくと、子供のような背丈の直立歩行の犬のような生き物が、ちょろちょろとあたりを走り回っていて(ジーヴスによれば犬人族といってこれも知性体らしい)クロイムツェルトたちが入っていくと、現地語で大きく数字の書かれた蓋つきの木箱をくれた。


 皆で服を脱いで木箱に入れていく。荷物番のこれは普通の人間の女性に渡すと、手首に通す紐のついた引換えの木札をくれた。


 家の外でお風呂というものに入れる施設があるということは、クロイムツェルトも映像作品なんかを通して知ってはいたけれど実際に体験するのは初めてで、すこしわくわくしながら、皆の裸の背中のあとについて浴室に入ろうとしたら、ふとマリエルが足を止めて、クロイムツェルトのほうを振り向いた。


「ああ、クロイムツェルトさん、拭き布を持っていないわね」


「え……」


 クロイムツェルトが戸惑っていると、


「急に公衆浴場に来ることになったんだから仕方ないよねー。あっちに売ってるよ」


 ハニエラがかわりに答えてくれた。


「えーっとね、確か銅貨一枚で買えるけど、濡れた体を拭くのも要るからあわせて銅貨二枚……って財布は?」


「あの、木箱の中です」


 クロイムツェルトが答えると、


「あら、貴重品は肌身離さず持ってないと駄目よ」


 マリエルに優しく叱られた。クロイムツェルトはなにか嬉しい。


 よく見ればマリエルさんもハニエラも手首に小さな袋を紐で下げている。たぶん財布だろう。クロイムツェルトは木箱のところまで走っていって、金の粒とかの袋はちょっと大きくて目立つので、とりあえず両替してもらったお金が入っている財布だけ取ってきた。


 


 布を買って浴室に入ると、ドーム型の高い丸天井の所々に硝子をはめ込んで作ってある天窓から光が帯のように差し込んできて、さらに何かの発光する結晶体のようなものが各所に備え付けられてあって、室内は案外と明るい。お年寄りからほとんど赤ちゃんみたいな子供まで沢山の人が、体を洗ったり、湯に浸かったり、石でできたベンチのような段のところに腰かけて話をしたりしている。風呂だから当然みんな裸だ。


 クロイムツェルトは、そういえば離宮船のお風呂でくつろぐときには、メイドたちが飲み物を持ってきてくれたり、お風呂から上がるときにはバスローブを着せ掛けてくれたりしていたから、自分の裸を見られることはあっても、映像や画像でなく他人の裸を見るのはもしかすると初めてかもしれないと思う。しかもこんなに沢山の人がいる。


 生まれた時から機械知性に囲まれ、ナノマシンに鎧われ、メイド達を除けばアバタ-やあるいは義体を操作して人付き合いをしていたクロイムツェルトからすれば、それはひどく奇妙なような貴重な体験のように思えるのだった。


 

 そうやってぼんやりと考えているとクロイムツェルトは肩を叩かれた。振り向くとハニエラが立っていて、その手には小さな壺があった。


「ごめんごめん、石鹸も無かったよね」


 ハニエラちゃんはそういうと、空いている方の手を壺の中に入れて、おそらく石鹸であろう白いペースト状のものを手に取り、


「まあ背中流すから、ほら座って座って」といった。


「あ、いや……」


 クロイムツェルトは若干の抵抗をしようとするも、人付き合いスキルが圧倒的に不足しているためにうまく断ることができない。


 そうして背中が終わると、今度はマリエルに頭まで洗われてしまったクロイムツェルトは、前は自分で洗って、それから3人で並んでお湯に浸かった。



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