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第12話

 


 人々が、惑星の上に住み、様々な国家に分かれて暮らしていたころ。

 そのころの政治や戦争は、ある意味で敵の姿が明確に見えていた。


 例えば、いま日本と、どこでもいいが、ブラジルが戦争を始めたとしよう。

 そうすると、互いの国にとって敵のいる場所は明確である。

 つまり、地球という惑星の上において、ブラジルは日本のほぼ裏側にあり、日本はブラジルの裏側にある。それはまともな常識を持っている人には、よく知られた事実だ。


 だから戦争になる前から、敵の位置つまりブラジルなり日本なりの領土の位置は、お互い周知の事実だし、さらに監視衛星や気象衛星を用いれば、衛星で見たまんま敵の野戦軍の規模や装備、軍事基地、工場、政府機関、放送局の場所なんかがお互いにある程度は分かる。

 いざ戦争になったら、そのあたりをミサイルや、空母&航空機で叩くなり、戦車や歩兵を上陸させて占領するなりすればいいわけである。


 つまり、ゲリラ戦やら対テロ戦などの例外はあれ、敵あるいは仮想敵の、所在と規模がおおむね見えていて、その見えている脅威に対して対抗するのが、惑星上での戦争なのである。

 自国と相手国の所在が分かっており、監視衛星や気象衛星というものが存在する以上、戦力の完全な秘匿というのは案外と難しいからそうなる。


 大体のことは監視衛星とかでどうせバレる、というそういう状況では、自国の戦力の多寡をある程度であれ公にし、そのかわり相手国にも公開させることが、自国と相手国との間の緊張を緩和し、自国が生き残る確率を高めるひとつの良い方法となり得る。

 多少の例外はあれ、国家の軍事費の規模や、部隊の構成などが、ある程度公開されたりするのはその表れだろう。


 つまり、監視衛星などが一般化した時代の地球上においては、国家運営というものは、秘匿よりは公開の原則に支配されているのである。




 けれどもこれが、居住空間を備えた宇宙船を生活空間とした国家どうしのことになると、ちょっと話が違ってくる。


 地球上の国家であれば、相手国の領土は、限られていたが、居住空間を備えた宇宙船というのは、惑星上にある国家と違って移動可能だし、宇宙は無限に広い。

 そうなってくると相手のことを監視すると言ったって限界がある。


 例えば、数万隻の船団から成るA国という国があったとする。

 A国は、常日頃から公式発表で『自国の船団の保有している戦闘艦の数は三千隻ほどです』とか言っていたのである。

 そして、A国の船団がいるあたりの近隣の宙域にも、遊弋している船団がいて、それはB国という国だとしよう。

 そのB国は、A国の船団を観察した結果、たしかに戦闘艦の隻数はそれくらいだなと確認し、それなら自国の船団の保有している戦闘艦の数とそれほどかわらないぞ、と安心していたわけである。

 ところがA国は、実は船団のほうで保有している戦闘艦とは別に、少し離れた宙域で戦闘艦を一万隻ほどこっそり建造していたのだった。だから、A国の戦闘艦の隻数は、実際には合計で一万三千隻になるんである。

 A国の公式発表を信じ込んでいて、油断していたB国は、ある日突然A国に攻めかかられ、数倍する戦力によってあっという間に滅ぼされてしまった。

……などということは十分にあり得るわけである。


 宇宙は無限に広いから、惑星の上にある国みたいにちょっと監視衛星で監視するというわけにはいかない。地上と違って三次元で、しかも果てがないから、広すぎて十分に監視するのは不可能なのである。

 ということは、どこかの国が自国の軍事予算や生産能力について何を言おうと、他国はその国が言ったことが真実かどうかのウラが取れない。つまり信用ができないということだ。


 そうなると、戦力をお互いに公開することによって緊張を緩和しよう、などと言っても全くの絵空事である。


 そのような場合にどうするか。

 対応策は場合によって変わってくるが、自勢力の情報の秘匿が基本方針になる。

 お互いに情報公開しても、その公開した内容が信用できないなら、情報公開の意味はないからだ。


 情報の秘匿といっても、それは軍事力の多寡などの重要な機密のみが対象というわけではない。

 建艦能力をはじめとした生産力、情報収集能力、技術力、人口などは言うに及ばず、国家すなわち船団そのものの位置情報すら秘匿されるのである。


 宇宙を、その闇に身を紛れさせるようにしながら遊弋し、誰にも見つからないようにしながら、星間物質を片端から採取して資材化する。

 その資材で、どんどん生産設備や戦闘艦を建造し、自己の勢力の極大化に努める一方、探査機などを四方八方に放って、相手勢力に見つかるより先に、自勢力が相手勢力を先に見つけるように努める。

 そして、支配下に置けそうなものは征服し、支配するのが不可能そうであれば、慎重に同盟や交易の芽がないかを探り、それも不可能であれば、こちらの存在を秘匿したまま、気付かれずに行方をくらます。

 クロイムツェルトが生活していた、宇宙時代の国家運営というのは、おおむねこのようなものだった。


 つまり、宇宙時代における国家運営というのは、地球上のそれとは違い、徹底した秘匿の原則に貫かれているのであった。





(……すなわち、我がほうに関する情報の秘匿という大原則は、他勢力との建設的同盟がもたらす勢力の極大化という可能性を考慮した場合、中・長期的な観点からすれば必ずしも最善と言い得るものではありません。

しかし、現状を鑑みるに、少なくとも情報収集が未だ不十分であり、ならびに現有戦力の増大がいまだ頭打ちとは言い得ないという現状を考慮するならば、もっとも安全かつ堅実な方策は、秘匿の大原則に立ち戻ることであるのは言をまたないのであり……)



 レイラと、その元乳母のマーヤ、ゼグスという鍛冶屋らしき土鬼族の男、ジェイクというその弟子の蜥蜴族の男、クリスティーネという大鬼族の女、それに名前の分からない森族の女。


 この六人と一緒にシャトルのほうへ向かって歩き始めたクロイムツェルトの脳内に、ジーヴスが、自己の情報を秘匿することの重要性について、というようなテーマで、戦略論の初歩のような講義を延々と流し込んでくる。


 鬱陶しいので通信を切りたくなるが、ジーヴスのような上位の機械知性には、必要と認められるときに、指揮権者に助言する権限が与えられているから、そういうわけにもいかない。


 それでクロイムツェルトは、

(……戦略論ならもう何年も前に履修したわ)と返事をするにとどめた。


(しかしながら、この方々がどのような背景を持っておられるのか分からない段階で、シャトルをお見せになるとすれば、そのことによる我が方の情報の漏示が、どのような結果をもたらすか予測し得ません。このようなことは時期尚早であると判断します)



 そのように思考を送られて、

 結局のところ、ジーヴスと私とは価値観が、乖離してしまっているのだなとクロイムツェルトは考える。


 ジーヴスにとっては未だに、船団の最高指揮権者たるクロイムツェルトの安全や、船団の維持が最も重要な事柄であるけれど、自分の属する元の社会や責任から切り離されたクロイムツェルトにとっては、もはやそうではない。



 クロイムツェルトは、ひょいと顔をあげて空を見てみたが、雲に阻まれて目的のものが見えなかったので、上空を遊弋している適当な駆逐艦の光学機器にアクセスする。

 光学機器から見ると、ここから西に数百㎞ほど離れた場所の上空、高度数kmほどしかない極めて低軌道に、円筒形をした、全長は15km、直径が5kmほどもある巨大な塔のようなものが浮いているのが見える。

 総質量で言えば、クロイムツェルトの保有している船団の大型戦艦ほどにもなろうか。

 軌道の速度と高度からして、通常の人工衛星にみられるような、遠心力と重力の釣り合いで浮遊している物体ではないことは確実である。

 すなわち何らかの重力制御技術が用いられているということになる。


 駆逐艦との接続を切って、今度は後ろを向いてみる。


 クロイムツェルトの後ろから、少し距離を開けるようにして、マーヤと、マーヤの腕に抱かれているレイラが付いてきている。


 彼らの今着ている服は、レイラのものは仕立屋に作らせたオーダーメイドで、マーヤのものは、少しシルエットの合っていない、おそらく古着らしき服である。

 それはつまり既製服が一般化していないということで、それは工業化による大量生産の時代にすら到達していない生活スタイルであるということだ。

 服に限らず、上空から見た感じに、この周辺の地域は、全く旧地球の中世から近世にかけて程度の文化水準であるように見受けられる。間違っても重力制御技術を理解し使いこなすような文明水準ではない。


 さらには、マーヤとレイラは見た感じ普通の人間であるからいいとして、問題は彼女たちについてきている人たちである。

 『人』と表現したものの、おそらくこの惑星の人以外は、彼らを一見しただけでは人であるとは断言できないだろう。

 彼らの外見は人間と似通っているところがあり、人間のように言葉を用いて話し、行動する。

 が、外見は人間とは異なるところが大いにあって、言うなれば亜人とでもいうべき存在だ。


 クロイムツェルトは、彼らのような亜人についての現地語の呼称を『土鬼族』『蜥蜴族』『大鬼族』『森族』と翻訳したけれども、これはいうなれば言葉の意味からの直訳に近い翻訳であって、クロイムツェルトは、彼らのことを、彼らの外見的特徴から、彼らはつまり『ドワーフ』『リザードマン』『オーガ』『エルフ』なのだ、と理解していた。


 もちろんクロイムツェルトのこの分類には根拠がない。

 クロイムツェルトがこの世界で発見した彼らのことを、勝手にそのような存在だと決めてかかって、そう理解しているだけだ。

 けれどもクロイムツェルトは彼らの姿形を見るかぎり、彼らはまさに『ドワーフ』と『リザードマン』と『オーガ』と『エルフ』としか見えなかった。


 つまりそれは、彼らが全く未知の生物であるにも関わらず、彼らの姿形が、クロイムツェルトが今までの人生のなか得てきた文化的蓄積、もっと具体的にはファンタジーものの映画やアニメやVR作品などに登場した『ドワーフ』や『リザードマン』や『オーガ』や『エルフ』の類型とかなり似通っていたということである。


 具体的には、ドワーフは手足が以上に太く、体もがっしりしているが矮躯である。髭もちゃんと生えている。

 リザードマンは深緑色の肌をした蜥蜴が直立したような、見たまんま蜥蜴人間である。

 オーガは、極めて太い骨と、ボディービルダーのような、不自然さすら感じさせる多量の筋肉によろわれた巨人である。ただ、この個体は顔が大鬼族というより人間のそれと似通っているので、人間との混血なのだろうか。

 エルフは、旧地球でいうところの北欧の白人種のように色の薄い肌、人工的な印象を与えるほどに整った顔立ち、左右に木の葉のような形に飛び出した大きめの耳。


 まさしく彼らは『ドワーフ』『リザードマン』『オーガ』『エルフ』であり、それ以外ではないようにクロイムツェルトには思えた。


 ということはもっと言えば、それはクロイムツェルトと似通った文化的背景を持つ何者かが、その文化的背景から構築したファンタジー世界を、この惑星上に現実化させた、という可能性が考えられるということにもなる。


 大気、土、水のなかに極めて高濃度のナノマシンが存在していることと、それに上空にこの世界におけるオーパーツめいた巨大な塔が浮遊していることとを考え合わせれば、それらを創造した存在を否定しようもない。


 そしてクロイムツェルトはその何者かに未だ接触できていない。接触する方法も分からないし、むこうからのアプローチもない。


 空中に浮遊する塔を、艦砲射撃などで穿孔し、内部を調査することも不可能ではないだろうが、敵対行動ととられる恐れがある。

 地上での文献調査などがまだ続いているが、手詰まり気味ではある。


 その何者かの意図や価値観をクロイムツェルトは理解できていない。

 ひょっとすると敵対的で危険な存在かもしれない。



 故にジーヴスは調査用の観測機器とアンドロイドだけを残して、クロイムツェルトがこの惑星上から撤退するように進言し続けるし、こちらの情報が漏示しかねない行為についてはいちいち釘をさす。



 けれどもそれは、クロイムツェルトの、すなわち船団の最高指揮権者の安全確保をもっとも重要視した考え方である。

 ただ生存し、自分以外の人間が誰もいない、ほぼ無人の船団を維持することよりも、元の世界での責任から解放されて、この世界で新しい人間関係を作り始め、そちらを重視しはじめたクロイムツェルトとは価値観が異なる。


 つまり、クロイムツェルトは、自分の持つ秘密を積極的に吹聴してまわることはないし、なるべく自分たちの存在を秘匿しようとはしても、レイラやその周囲の人達と良い関係を築くことこそが、クロイムツェルトにとっては重要なことになってしまったので、そのためならば多少の秘密が漏れることは致し方ないというのが今の彼女のスタンスなのだった。



 だから、シャトルを隠蔽して駐機してある場所にたどりついたときに、クロイムツェルトは、後ろからついてきているマーヤ達の一行に向きなおり、


(ジーヴス、もう決めたことよ)


 とジーヴスに通告して黙らせると、おもむろにシャトルの光学迷彩を解除したのだった。



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