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The Picture 第6話

ヘッドライトの青白く眩い光が、前方の暗闇を鋭く切り裂くように照らし出しながら車は走った。

あたしも佳原さんもしばらく口を利かないまま、ヘッドライトに照らされて現れては流れるように暗闇に消えてゆく前方の景色を見つめていた。

何か話の端緒がないものかって、頭の中でいろいろ考えてみたけど、さっぱり思い付かなかった。

佳原さんも運転に集中しているのか黙ったままだった。でも佳原さんはもともと無口なようでもあったので、特に運転に集中していた訳でもなくて、単に話す気がなくて黙っていただけなのかも知れなかった。

沈黙が気まずくて、話すことも頭の中で整理できていないままおずおずと口を開いた。

「あの・・・あの絵を見たとき、すごくびっくりしました」

そう言って佳原さんを見たけど、佳原さんは前方を見たまま特に何の返事もしてくれなかった。仕方なくあたしから話を続けた。

「最初は、誰かこっそりあたしのことを描いたんだって思いました。でも、日付が書いてあって、何年も前に描かれたんだって分かってもっとびっくりしました」

あの絵を見つけた時の気持ちを思い浮かべた。

「あたしだけじゃなくて、友達も先生もあたしにそっくりだって言ってました。だから、やっぱり気のせいとかじゃなくて、本当にあの絵の女の子はあたしによく似てるんだなあ、って思いました」

すると佳原さんがぽつりと訊ねた。

「気味悪くなかった?」

「え・・・何でですか?」

思いがけない佳原さんの質問に、首を傾げて聞き返した。そんな風には全然思ってもみなかったから。

「いや、自分によく似た人物画を見つけて、それが何年も前に描かれたものだったりしてさ。何か奇妙な感じで薄気味悪く感じたりしなかった?」

佳原さんの言ったことを頭の中で繰り返してみた。不思議には思ったけど、奇妙だとか薄気味悪く思ったりはしなかった。むしろ、とあたしは思った。あの絵を見た時あたしは不思議と安らぎとか優しさとかを感じて、あの絵と出会えて喜びを覚えたのだった。

だから佳原さんに笑って答えた。

「いいえ、全然」

あたしの声の響きを不思議に思ったんだろうか、佳原さんはちらっとあたしの方を見た。

あの絵を見た時の気持ちをあたしは素直に打ち明けた。

「だって、とっても素敵な絵だったから。絵の中の彼女はとても幸せそうに笑っていて、あたしあの絵がとっても好きです」

あたしの返事を聞いた佳原さんの横顔は、少し困惑したような照れたようなそんな感じに見えた。

佳原さんの横顔を見ていて、もっと心の奥にあるひっそりとした気持ちを、何故だか無性に伝えたくなった。

「それで、すごく・・・あの絵を描いた人に、・・・会ってみたかったんです」

躊躇いながらあたしは言った。言ってから急に恥ずかしさがこみ上げて来て俯いた。

また沈黙が訪れた。自分の言った言葉に焦りまくってた。佳原さんはあたしの今の言葉を聞いてどう感じているんだろう。佳原さんの表情を確認したかったけど、顔を上げられなかった。佳原さんは今何を思っているのか、ずっと黙ったままだった。


唐突に、車内に携帯の着信音が不躾ぶしつけなまでの大きさで響き渡った。

突然のことにびっくりして、シートの中でびくっと身を竦ませた。

見ると運転席と助手席の間のサイドボードに置かれている携帯が鳴っていた。佳原さんを見ると運転中で電話に出ることが出来ずにいた。

しばらく鳴り続けていた携帯の呼び出し音は不意に止まった。多分留守録に切り替わったんだろうって思って、ほっとした。

それも束の間、すぐにまた携帯はけたたましく鳴り出した。タイミングから考えて同じ相手がかけ直して来たに違いなかった。

こういう時に限って赤信号に引っかからず、なかなか停車する機会が訪れなかった。

そうしている内に携帯の呼び出し音が止まり、そうかと思うとまたすぐに鳴り出すのだった。これで三度目。結構しつこい相手だなあ、って内心辟易していた。

しつこく鳴り続ける携帯に佳原さんも憮然とした表情で運転している。

ちょっと迷いながら声をかけた。

「あの、佳原さん・・・?」

「うん」佳原さんは答え、すぐに「ごめん、代わりに出てくれる?」って言った。

佳原さんに言われ、あたしは戸惑って「え?」って聞き返した。

幾ら本人に頼まれたからって、人の携帯に出るのはやっぱり躊躇われた。でも止んではまた鳴り出す傍若無人な携帯が大人しくなる気配は一向に無さそうだった。

仕方なく迷いながらもけたたましく鳴り続けている携帯を開いた。画面に「麻耶」って表示されているのが目に入った。女性からの電話だって分かってあたしはどきっとした。

どうしようか躊躇いながら佳原さんを見たら、佳原さんは横目で見て「いいから、出てくれる?」ってあたしを促した。佳原さんにはどうやら電話をかけて来た相手の見当がついているみたいだった。

胸の中で「麻耶」って女の人が佳原さんの彼女とか恋人とかそういう間柄の人なのかなって思い悩みながら、あたしは通話ボタンを押して恐る恐る耳元に当てた。

「もしもし?・・・」控えめに呼びかけたところに、電話の向こうから「おっそーい!いつまで待たせるのよ!!」って大声で叱責する声が響いた。

電話に出た途端激しい剣幕で怒られ、びっくりして思わず携帯を耳元から離してしまった。まじまじと携帯を見つめていたら、スピーカーからは如何にも不機嫌そうに「もしもし?もしもし?」って大声で問いかけて来る声が漏れてきた。

慌ててまた携帯を耳元に当てて、「あ、あの、すいません。もしもし?」って呼びかけた。

向こうからも「もしもし?」っていう呼びかけが戻って来た。

「あの、すみません、佳原さん、いま運転中で電話に出られなくて・・・」早口で事情を説明した。

「え?・・・貴方、誰?」

電話の向こうからは一転して怪訝そうな声が問いかけてきた。

何て言おうか迷った。とりあえず名前を名乗ることにした。それが適切かどうかはよく分からなかったけど。

「あ、あの、えっと、あたしは阿佐宮萌奈美あさみや もなみって言います」

あたしが名乗ると電話の向こう側の「麻耶」さんって女性は、少し沈黙してから不思議そうに訊ねた。

「・・・えーと、昨日電話くれた市高のコ?」

それを聞いてあたしも、今話している「麻耶」さんが昨日佳原さんに電話した時に最初に電話口に出た女の人だって分かった。


「あ・・・」

小さく声を上げた。あの時の気持ちが再び湧き上がる。あの時も思ったこと。佳原さんの携帯にかけて真っ先に出た女性。佳原さんの携帯に佳原さんの代わりに出られる女性。一体誰なんだろう?親しい女友達?彼女?恋人?・・・奥さん?頭の中で疑問がぐるぐる回っている。

「もしもし?」

あたしが沈黙していたため、電話の向こうの麻耶さんは呼びかけて来た。

「は、はい」慌てて返事をする。

「匠くんが車の運転しているのは分かったけど、その車にどうして貴方が乗ってるの?」

彼女が呼ぶ「匠くん」っていうのが佳原さんのことだって気付くのに一瞬時間がかかった。

下の名前で呼ぶ間柄・・・あたしの予想の中で二人の親密さの度合いが増した。

頭の中では二人の関係について様々な憶測が浮かんできたけど、投げかけられた疑問に慌てて言い訳めいた説明を返した。

「あ、あの、佳原さんが描いた絵、あたしがいただいたんですけど、結構大きくて、それを持って混雑した電車に乗るのは大変だからって、佳原さんが車で送ってくださってるんです」

「ふーん・・・」

あたしの説明に、しかし彼女は納得していない様子だった。

「・・・あのさ、ちょっと匠くん電話に出してくれる?」

「え・・・」

佳原さんは車を運転してるから無理なんだけど・・・困って、佳原さんを見る。

「あの、電話に出してって・・・」

佳原さんも嘆息して、視線は前方を見据えたまま、少し顔をこちらに寄せた。携帯を耳元にあてて、ってジェスチャーだった。

慌てて佳原さんの耳元に携帯をあてた。

「・・・もしもし?」

佳原さんはとても不機嫌そうな声で電話の向こうの麻耶さんに問いかけた。あんまり不機嫌そうだったので、あたしに対して言われた訳じゃないのに、あたしは少し身を竦ませていた。

「あーっ、やっと出た。全く、どれだけ待たせたら電話取るのよ!」

電話の向こうからは佳原さんの不機嫌そうな声など一向に意に介していない様子の声が返ってきた。携帯に耳を付けていないあたしにも聞こえる程の大きな声だった。

「あのな、あれだけ繋がらなきゃ普通は諦めるんだよ」

負けじと一層不機嫌さの度合いを増して佳原さんが答える。

相手の機嫌など一向に気にしていないそのやりとりには、二人の関係が気の置けないとても親密なものだってことが表れていた。あたしの中で、何かざわめきが広がった。何か、もやもやしたもの。


電話越しに麻耶さんが何を話しているのかは聞き取れなかった。佳原さんは憮然とした様子で話している。

「うん、・・・4、50分位で帰れると思う」

何時頃帰ってくるのか聞かれているみたいだった。夕食の用意とかそういうのかな?だとしたら一緒に暮らしてるんだろうか?いけないとは思いつつ聞き耳を立てては、佳原さんと麻耶さんの関係に思いを巡らせていた。

一瞬「えーっ」っていう大きな声がスピーカーから聞こえた。

「こっちも人を送ってるんだよ」佳原さんはうんざりした口調で説明した。帰りが遅いって麻耶さんに責められてるんだろうか?佳原さんの表情をちらりと盗み見た。

電話越しに麻耶さんが一方的に喋っているのが微かに聞こえて来る。佳原さんは口を挟もうとして何か言いかけるけど、タイミングが掴めず閉口してしまう。

やがて佳原さんは「はーっ」ととびきり大きな溜息をついた。魂まで吐き出しそうなその溜息に、あたしは隣にいて思わずぎくりとしてしまった。

「わかった。15分位で行けると思う」

力なく佳原さんは電話に向かって答えた。

途端に電話のスピーカーから歓喜の声が響いた。

「サンキュー!匠くん大好き!!」

その声はあたしにもはっきり聞こえた。自分でも何故だか分からないまま胸の奥にちりちりとした火傷のような痛みを感じた。

通話を終えて携帯を折り畳んだ。

佳原さんを見ると、普通親しい女性から「大好き」って言われたら嬉しい筈なのに、何故かがっくり肩を落として敗北感に包まれている様子だったのが不思議だった。

「ごめん。ちょっと寄り道させて」

佳原さんは申し訳なさそうな顔で言った。

「いえ、あの、どこか駅で降ろしてもらえれば、あたし電車で帰れますから」

却って迷惑をかけてしまっている気がしてそう答えた。

「いや、そんなに長引かないから。ちょっと家寄って、大して時間かからないで、すぐ送って行けるから。家、武蔵浦和だし」

そうなんだ。佳原さん武蔵浦和に住んでるんだ。じゃあ、西浦和と結構近いな。なんて、そんなことを思った。

「でも、あの、ご迷惑かけてませんか?電話の方・・・」

佳原さんの大切な女性ひとなんじゃないだろうか?・・・喧嘩しちゃってたけど。でも、すごく仲良さそう、っていうか、親しい感じだった。話の筋からすると一緒に住んでるってことだよね。同棲してるのかな?やっぱり奥さんとかなのかな?・・・

「・・・いや、別に」

佳原さんは何故か疲れたような顔をしていた。そしてボソッと呟いた。

「妹なんだ」

は?妹・・・さん?・・・なんだ。そっか、妹さんと一緒に住んでるんだ。

恋人でも奥さんでもなくて、ほっとした。・・・でも、何で?

さっきは胸の辺りがもやもやしたり、ざわっとしたり。今はほっとしてるし・・・これって何で?

あたしは一人で混乱していた。


少しして、車は武蔵浦和駅を通過した。そして駅のすぐ近くのマンションの駐車場に入った。

そこは昨年の暮れに出来たばかりの二棟建てのマンションで、武蔵浦和駅と歩行者デッキで繋がっていて、駅から5分って近さだった。家にも広告が入ってたことがあって、ママがそれを見て「いいわねぇ」って呟いてた。広告には確か5000万円台の価格が載ってたと思う。

すごい。あたしは目を見張った。佳原さんてお金持ちなのかな?

「すごい、ですね。ここ。駅に近くて。あたしも広告で見たことあります。すごい高いですよね」

佳原さんは車を居住者用の専用スペースに入れながら答えた。

「別に。賃貸もあるんだよね」

素っ気無い声だった。

「それに、僕の収入だけだと、とてもじゃないけどこんなトコ住めないよ。妹の会社が殆ど家賃、持ってくれてるんだよね」

へえー。妹さん・・・麻耶さんの会社って大きな会社なのかな。こんなすごいトコの家賃、持ってくれるなんて。

車を停車させた佳原さんは、車を降りて訊ねてきた。

「どうする?車で待ってる?一緒に来る?」

折角だから一緒に行くことにした。マンションの中が見られるって思って。


駐車場から居住者用のエレベータホールにスタスタ歩いていく佳原さんの後ろを、もの珍しさにキョロキョロと周囲を見回しながらくっついていった。

あたし達はエレベーターで1階に降りた。1階はエントランスになっていて、ちょっとしたホテルのロビーのように幾つかのソファが設えてあった。そのひとつに座って笑って話している二人の女性の姿があった。

こちらを向いていた一人の女性が気付いて、佳原さんの姿を見て「あ・・・」って小さな声を上げて会釈した。後ろを向いていたもう一人の女性もこちらを振り向いた。

二人の容姿にびっくりしてしまった。二人ともすごく綺麗な女性だった。なんていうか輝いてるっていうか華があるっていうか、人目を惹かずには置かない美人だった。

振り向いた方の女性がにっこり微笑んだ。

「お帰り、匠くん」

どうやらこの人が佳原さんの妹の麻耶さんらしかった。それにしても綺麗な人だなぁ。二人の綺麗さに呆けたように見入ってしまった。

二人は、麻耶さんがシャープなクールビューティっていった感じで、もう一人の女性はキュートな雰囲気だった。二人で一緒に並んで歩いていたら、さぞかし注目を浴びるだろうなぁって思った。

それと麻耶さんはどこかで見覚えのある顔立ちだった。兄妹だからもちろん佳原さんに似ている感じがするっていうのはあるけど、でもそれとは別にどこかで見た事があるって思ったのだ。

あたしがそう思いながら見とれていたら、麻耶さんもあたしのことを見てびっくりしている様子だった。

大きな目を更に大きく見開いて、すごく驚いているみたいだった。その驚いた表情を既に何回か目にしていたので、麻耶さんが茫然としている理由は何となく予想がついた。

多分麻耶さんも、佳原さんの描いた絵の女の子とあたしがそっくりだっていうことを知っていて、それで驚いているんだった。でも、とその一方であたしは思った。佳原さんが9年も前に描いた絵のことを、妹の麻耶さんが覚えているものだろうか、普通?その点が腑に落ちなかった。

更には一緒にいた麻耶さんのお友達までもが、あたしを見てぽかんとした表情を浮かべていたのが気になった。

「おい?」

佳原さんが立ち尽くしている麻耶さんに声をかけた。

麻耶さんはやっと我に返ったのか、ビクッと身体を揺らした。誤魔化す様に笑顔を浮かべた。

「あ、ごめん。ありがとね」

麻耶さんがぎこちない笑顔でそう言うと、もう一人の女性も佳原さんに向かって申し訳なさそうにお辞儀をした。

「お忙しいのにすみません」

「いや・・・どうも」

佳原さんは言葉を濁すように頭を下げ返した。

あたしも今の状況に少し戸惑いながら、黙っているのも失礼な感じなので挨拶をした。

「あの、こんばんは」

ぺこりとお辞儀をしながら言った。

「あなたが、阿佐宮さん?」

麻耶さんは驚きを残したままの眼差しであたしを見続けている。

「はい」

麻耶さんは何か言いたそうだったけれど、言葉が見つからないようだった。

その様子をどうしたんだろうって思いながら見つめてて、ふと「佳原」って苗字と「麻耶」っていう名前が頭に浮かび、「佳原麻耶かはら まや」ってフルネームに思い当たった。

思わず声を上げそうになった。

佳原麻耶。彼女が市高でとても有名な卒業生の一人であることに思い至った。そしてどこかで見たことがあるっていう疑問も、同時に氷解した。

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