The Door into Summer 第1話
6月の下旬から二週間余り、学校も生徒のみんなも期末試験モードに突入した。
部活も試験一週間前から試験終了まで活動禁止になったので、本当なら大手を振って匠くんの部屋に行きたい気持ちでいっぱいだったけど、その気持ちを我慢して試験勉強に集中した。会っていると何だか試験勉強が手につかないような気がして、それに匠くんと付き合うようになってから成績が落ちたなんて言われたくなかったし。
そんな気持ちを匠くんに電話で伝えたら、「頑張って」って匠くんは言ってくれた。
でも、全然連絡をしないでいるのも却ってフラストレーションが溜まりそうだったので、メールのやりとりと夜30分位の電話は自分の中で許可することにした。匠くんは勉強の邪魔にならないか気にしてたけど、電話を終える時いつも匠くんが言ってくれる「大変だけど頑張って」っていう励ましの言葉を聞くと、むくむくとやる気が湧いて来て、頑張るぞ!っていう気持ちになれた。そして試験が終わって匠くんと会えるまであと何日だって思いながら気合を入れた。
そうしてやっと期末試験最終日を終えた。
終わった瞬間、やったあ!って机の上のシャーペンや消しゴムを放り投げたい衝動に駆られた。もちろん実際にはしなかったけど。
試験の出来は自分ではまあまあだと思う。今迄も試験の時にはそれなりに勉強したし、そこそこの成績だったけど、今回は自分でも気合が入っていたし手応えもあった。我ながら現金なもので呆れてしまうけど、匠くんの事を思ってあんなに頑張れたんだと思う。なんだか匠くんがいるとあたしはどんなことだってものすごく頑張れちゃう気がする。
昨日の電話で、明日で試験最終日だってことを話しておいた。
「ね、あたしこの二週間すごく頑張ったんだよ。だから明日試験が終わったら、ご褒美頂戴ね」ってその時あたしはお願いした。
「ご褒美って?」
匠くんの訝しむ様子が目に浮かんだ。
「それは明日会ってから言うね」との言葉に、匠くんはちょっと警戒したかのような感じだった。
何か高い物でも買わされる、とか思ったのかな?お金はかからないんだけどな。
逸る気持ちを我慢して帰りのホームルームが終わるのを待った。
明日からの三日間、球技大会になるので体操着の用意を忘れないこと、それと明日から終業式まで午前中で放課になることが仲里先生から伝えられて、ショートホームルームは終わった。
試験を終えて開放感に溢れるざわついた教室で、千帆と結香がすかさず近寄って来た。
「萌奈美、試験が終わったのをお祝いして、これからどっか行かない?」
あたしは申し訳ない気持ちで手を合わせた。
「ごめん。約束があるんだ」
結香が「えー」って思いっきり不満そうな声を上げたけど、千帆は心得たように頷いてくれた。
「ほんと、ごめんね。また今度誘って。今日は急ぐからごめんね」そう言って教室を後にした。
ちょっと不満げに拗ねたような結香の眼差しに、少し罪悪感に駆られる。
「じゃあ、また明日」千帆がそう言って笑顔で手を振ってくれた。よかった。千帆の笑顔で少し安堵する。
昇降口へ向かう途中、春音のクラスの前を通りかかったら、春音のクラスももう帰りのホームルームを終え、生徒がぞろぞろと出て来始めたところだった。ちらっと教室の中を覗くと春音の姿があった。
開いていた窓から春音を呼んだ。
春音は顔を上げ、すぐにあたしの姿を見つけた。
「ごめん、あたし、約束あるから先帰るね」って伝えると春音は笑顔で頷き返した。それからあたしは付け加えた。
「千帆達、これからどこか行くみたいだったから教室覗いて見て」
「わかった」
春音は手で「OK」のサインを作って頷いた。
あたしはほっとして「じゃあね」って言って軽く手を振り、そそくさとその場を去った。
昇降口からは大勢の生徒が出て来ていた。みんな試験を終え、あとは半日授業になり夏休みを迎えるだけっていうことで誰もが開放感に溢れた顔をしている。その間を縫うようにして先を急ぎ、駆け抜けるように校門を出た。
逸る気持ちでいっぱいで、急ぎ足で駅までの道を歩いた。途中追い抜いたクラスメイトや友達に「バイバイ、萌奈美」って声をかけられた。中には「どうしたの?そんな急いで」って聞いてくる子もいたけど、あたしは立ち止まらず、振り向いて「うん、ちょっとね。バイバイ」って返事をして手を振った。
梅雨はまだ明けていなかったけど、今日の空は抜けるように青く、もうすっかり夏空の色をしていた。
駅に着くと電車が来るのが待ち遠しかった。ホームで待っている間に匠くんに電話をかけた。
二回のコールの後、耳元で匠くんの「もしもし?」っていう声が響いた。その瞬間胸がきゅっとした。
「匠くん?」あたしが問いかけると、「萌奈美?」って匠くんが聞き返した。
胸がじんわりと熱くなるのを感じた。これからもうすぐ会えるって思ってたまらなく嬉しくなった。
「今、北浦和駅。これから行ってもいい?」
自分でも声が弾んでいるのが分かる。
「もちろん。待ってるよ」
待っててくれる。匠くんの言葉がすごく嬉しかった。そして思わず言っていた。
「早く会いたい」
言ってから途端に恥ずかしくなった。
でも、携帯のスピーカーから少しの間があいた後、ちょっと照れた感じで「僕もだよ」って言う匠くんの声が聞こえて、もうどうしようもなくにんまりしてしまった。・・・誰か知っているコに見られてなかったかちょっと心配だった。
じりじりした気持ちを抱いて電車を乗り継ぎ武蔵浦和駅に到着した。お昼時でも結構人通りがある改札を抜け、駅からのペデストリアンデッキを匠くんのマンションへと急いだ。
エントランスで匠くんの部屋を呼び出し、少し待つとスピーカーから匠くんの声が返ってきた。
「いらっしゃい。どうぞ」
オートロックのガラス扉が開いて、待ち切れない気持ちで中へと進んだ。募る思いで胸を昂ぶらせながらエレベーターで階を上がり、匠くんの部屋の前に立った。玄関のインターフォンを押してから、ひとつ深呼吸をした。
鍵を開ける音がして玄関のドアが開いた。
「いらっしゃい。久しぶり」
笑顔の匠くんに告げられて、あたしは二週間ぶりに匠くんと会っていることを思い出し、胸がいっぱいになった。何だか眼もうるうるしそうになってしまった。
ドアを大きく開けて中へ招き入れてくれる匠くんに、あたしは思わず抱きついていた。
「えっ!?萌奈美?」
匠くんは慌てたみたいだった。
匠くんの問いかけに答えず、そのままぎゅっと力一杯抱きついていた。あたしの後ろで扉はゆっくりと閉まった。
匠くんのシャツに顔を埋め、匠くんの匂いを嗅いだ。
「も、萌奈美・・・」
「・・・ずうっと会いたかった」
匠くんに抱きついたままであたしは言った。声が昂ぶっていた。
「え、う、うん」
匠くんはあたしの突然の行動にまだ戸惑っているみたいだ。
あたしは顔を上げた。
「匠くん、お願いしたご褒美頂戴」
「え?」
匠くんを見上げたまま、眼を閉じた。
あたしが欲しかったご褒美はこれだった。
だけど、あたしが眼を閉じて待っているのに匠くんは一向にキスしてこなかった。
その姿勢のまま、頭の中で「?」マークを浮かべていた。普通このシチュエーションで迷うことはないと思うんだけど。はて?
その時だった。
「お二人さん、お熱いわねー」
びっくりして心臓が飛び出るかと思った。
恐る恐る匠くんの向こうを覗き込んだら、部屋から出て来た様子の麻耶さんが立っていた。
視線が合って、あたしは忽ち完熟トマトのようになった。な、なんでー!?
「ま、麻耶さん、いたんですか?」
恥ずかしさに消え入りそうな声だった。
「ここはあたしの部屋でもあるんだから。そりゃいるわよ」
麻耶さんは心外そうに答えた。
「い、いえ。てっきりお仕事に行ってるのかと」
匠くんに隠れるようにしてもごもごと喋った。
「んー、モデルの仕事って結構時間不規則なの」
「そうなんですか・・・」
「いやいや、でも結構萌奈美ちゃん、大胆なのねー」
麻耶さんがいかにも意外そうにかつ面白そうに言うのを聞いて、あたしはますます恥ずかしくなった。茹でたばかりの蛸のように真っ赤な顔で頭から湯気が出そうだった。くらくらして眩暈を起こしそうな気がした。
結局あたしは眩暈を起こすこともなく、匠くんに「どうぞ」ってぼそっとした口調で言われ(匠くんも恥ずかしかったみたい)、赤い顔のまま俯いて「お邪魔します」って消え入りそうな声で言ってから部屋に上がった。
リビングのソファに腰掛けてからも恥ずかしくて顔が上げられず、ずっと俯いていた。
麻耶さんが冷たい飲み物を出してくれて自分も向かい合わせにソファに座った。
「いやー、せっかくの逢瀬を邪魔しちゃって御免ねー」ちっとも反省の感じられない、むしろ愉快そうな口調で麻耶さんは謝った。
「い、いえ。そんなこと・・・」
「あ、でも、却って居てよかったかも。二人きりで間違いが起こっちゃったら大変だしね」
麻耶さんは嬉々とした声で言った。
「おま、何言ってんだよ!」
匠くんが怒ったように言い返したけど、うろたえていてちっとも効果はなかった。匠くんのダメージの方が遥かに大きかった。
間違いって、えーっと。あたしも激しく動揺していた。でも、あたしは間違いが起きたってちっとも構わないんだけど・・・って、いやいや。あたしは頭の中の妄想を振り払った。あたしってば意外とエッチかも。
あたしと匠くんはそれ以上いたたまれなくなって、匠くんの部屋に逃げ込んだ。
部屋に入る時、「くれぐれも間違いを起こさないようにねーっ」って追い討ちをかけるかのような麻耶さんの言葉が飛んできた。
「やかましい!」
怒鳴って匠くんは荒っぽくドアを閉めた。
あたしと匠くんはバツの悪い思いでお互い顔を見合わせた。匠くんは仕事机の椅子に腰掛け、あたしはベッドに座った。微妙な距離が開いている。
「もーっ、麻耶さんがいるならいるってちゃんと言ってくれなきゃ」
まだ赤い顔のまま、ちょっと膨れていた。
「だって、萌奈美突然抱きついてきて言う暇なかったし」
匠くんは弁解した。それは確かにそうだけど・・・
でも、あたしは少し拗ねていた。
「まだご褒美も貰えてないし」
ちらと上目遣いで匠くんを見る。
匠くんは拗ねているあたしの視線とぶつかり、困った顔をした。
「ごめん」
謝りながら匠くんは溜息をついた。それからすぐに匠くんが動いた。
あ、と思った時にはもう匠くんの顔はピントがぼやける位の近さにあった。
瞼を閉じた。
柔らかく優しく重なる感触。唇を中心にじんわりと広がっていく幸福な感覚。しびれるように温かさが満ちていく。
十秒以上そうして静止していたと思う。匠くんが静かに離れていった。唇がひんやりと空気に触れる感覚。少し寂しく感じる。はあ、と吐息をついていた。
ゆっくり瞼を開けると、ベッドのあたしのすぐ横に座ってあたしを見ている匠くんの顔があった。あたしと視線が合って、匠くんは優しい笑顔を浮かべた。あたしも少し恥ずかしく感じながら微笑んだ。
「幸せ」独り言のように呟いた。
嬉しそうに匠くんが笑う。そして少し照れくさそうに言った。
「ん、僕も」
匠くんの言葉が嬉しくて、思わずまた、あたしからキスしていた。
軽く唇を触れる。匠くんが深く重ねようとするのをかわして逃げる。匠くんの唇が追いかけてくる。そのタイミングで今度は迎えるようにあたしも唇を近づける。匠くんに倒れ込むように抱きつく。唇がちょっと強くぶつかり合って、でも、気にもせず、お互い角度をずらし、唇を深く重ね合う。
強く吸われてくぐもった吐息が漏れる。その響きがちょっとエッチな感じがして顔が赤らむ。
さっきよりも長く、深く、唇を重ねていた。全身がしびれるような感覚に浸されていた。心地いいのに何か切ないようなそんな感覚が全身に広がる。こういうのを快感っていうのかな、ってぼんやり思った。
お互いに息苦しさを覚えて、唇を離した。二人の口から一緒に深い吐息が漏れた。見ると匠くんの唇は濡れていた。もちろんあたしの唇も濡れていた。
何だかすごく気恥ずかしくて視線を伏せてしまった。でも思い直して視線を上げて匠くんを見た。匠くんも少し照れたような困ったような笑顔を浮かべていた。
「ふふっ」
なんかくすぐったい感じがして肩を竦めて笑った。
匠くんはあたしの頬に触れて優しく笑った。
幸せな空気が部屋の中を満たしていた。
とっても素敵なご褒美を貰ってあたしはすごく満足だった。
◆◆◆
次の日からはまた天気は崩れ、雨の降る日が続いた。
7月に入っても梅雨はまだしばらく明ける気配がなかった。
学校ではみんな夏休みへの期待が膨らんではちきれんばかりなのに、こんな天気ではいまひとつ乗り切れずに不満げだった。
でもあたしはちっとも憂鬱じゃなかった。匠くんとなら雨降りの日でも何か心に触れるものを感じられて好きだった。
匠くんの部屋で匠くんと二人、窓の外で響く雨音を聞いていると、雨のカーテンで閉ざされて二人だけが世界に存在しているような気がした。夜遅くに匠くんと電話で話しながら、閉め切ったカーテンの向こう、夜の暗闇に降り続く雨の音に耳を澄ませて、匠くんのところでも今同じ雨が降っていることを思い浮かべて、何か不思議な、新鮮な感じがしたりした。
匠くんといると、今迄気にも止まらなかった様々なことが、改めて新鮮に感じられたり、はっとさせられたりすることが度々あって、少し大袈裟に聞こえるかも知れないけど、あたしは毎日新しく生まれ変わっているような気がした。そんな不思議な感じがした。
そんな訳で雨続きの天気はちっとも憂鬱には感じなかったけど、球技大会はちょっと、ううん、とても憂鬱だったりした。
そもそも運動神経はどっちかって言うとよくない方なので体育全般苦手なんだけど、特に球技はからきし才能がなかった。球技大会ともなればクラス対抗のチーム戦なので、あたしがみんなの足を引っ張ってしまうことになるのが気が重かった。
女子はバスケ、バレー、ソフトのどれかに参加することになっていて、なるべくあたしの穴が目立たない競技を選びたかった。
そんなあたしを亜紀奈がバスケに誘ってくれた。
亜紀奈はバレー部のエースで本当ならバレーに出たいところなんだろうけど、ハンデで部活と同じ競技には出られないことになっていた。それでも亜紀奈はちっとも残念がっていなくて、バスケもやる気まんまんだった。大体、亜紀奈はあたしと対照的にスポーツ全般が大の得意で、バスケもバスケ部員顔負けの腕前だった。亜紀奈が誘ってくれたのが嬉しくて、自信は全然なかったけどバスケにエントリーした。
あたしは補欠要員として応援専門でいるつもりだったのに、亜紀奈は持ち前のリーダーシップでチームを采配して、あたしを交代で試合に引っ張り出した。
「どうしよう?」ってパニくっているあたしに亜紀奈の厳しい指示が飛んで来て、言われるがまま相手チームのゴール下に駆けていくと、見とれてしまうような華麗なドリブルで相手のディフェンスをごぼう抜きにして来た亜紀奈からパスが飛んで来た。
「萌奈美、シュート!」
声につられて無我夢中でシュートしたら、球技大会直前に亜紀奈のコーチでシュートの特訓をした甲斐があって、ボールは信じられないくらい綺麗に相手ゴールを貫いた。
「やったあ、萌奈美」
亜紀奈が駆けて来て、呆然としているあたしの両手を掲げてハイタッチをした。
あたしの穴をものともせず、亜紀奈の素晴らしいプレイであたし達のチームは勝ち上がり、見事優勝を果たした。
一応優勝チームに籍を置いていたあたしも、クラスメイトから「やったね」「おめでとう」ってお祝いの言葉をかけられて戸惑ってしまった。でも、やっぱり勝ったのは嬉しかった。
亜紀奈の周りに人がいなくなった時を見計らって「ありがとう」ってお礼を言った。
「ん、何が?」
亜紀奈は不思議そうな顔をした。
「バスケに誘ってくれて。亜紀奈のお陰で、あたしもすごく楽しかった」
「そんなの、あたしのお陰なんて大袈裟だよ。萌奈美は親友なんだし、一緒にやりたかったから声かけたんだよ」
亜紀奈は笑ってそう答えた。
亜紀奈の言葉が嬉しくて、あたしは心からお礼を言いたかった。「ありがとう」って繰り返した。
球技大会の結果は我がクラスは、結香と祐季ちゃんが参加したバレーは6位入賞、千帆が参加したソフトは15位、男子の方はサッカーが10位、野球が3位表彰っていう成績だった。
うん、みんな頑張ったよね。みんな一生懸命応援したし、一生懸命プレイしたし。みんな晴れ晴れとした、いい顔をしていた。
◆◆◆
三日間に渡った球技大会を終えると、期末試験の答案が返された。みんな悲喜こもごもだった。
あたしはと言えば、答案用紙を見ながら一人にんまりしてしまった。頑張った甲斐あって結構いい成績だった。
先生からも驚かれた位だ。職員室に用事があって行った時、仲里先生に呼び止められた。
「阿佐宮は今回頑張ったね。どの教科もかなり良かったよ。これからもこの調子で頑張るんだぞ」
言われてちょっとくすぐったかった。だって、別にいい点数取りたくて頑張ったっていうより、匠くんに褒められたくて頑張ったのが本当のところだから。
ちょっと後ろめたい気持ちで、「はあ」とかなんとかはっきりしない返答をしつつ慌てて職員室を退散した。
匠くんの部屋に行き、返却されたテストを自慢げに見せた。
匠くんは点数を見て「すごいな」って感心してくれた。
嬉しくてにこにこしているあたしの頭を優しく撫でて「よく頑張った」って褒めてくれた。えへへ。
「ねえねえ、こんなに頑張ったんだからまたご褒美貰ってもいいよね」あたしは匠くんに聞いた。
「この前ご褒美あげたんじゃなかった?」
匠くんはしれっと答える。
「えーっ、あれは二週間会わずに勉強頑張ったご褒美でしょ。今度はこんなに成績が良かったことのご褒美だよ」
あたしはその違いを説明した。
「そうなの?」匠くんは腑に落ちない表情で首を傾げる。
「そうだよ」って主張して、ん、と唇を突き出しキスをせがんだ。
二人きりの時、キスをせがむのがすっかり当たり前になっていた。
眼を閉じて待っているあたしの姿に、匠くんの苦笑した声が聞こえた。
そして間もなく匠くんの唇が重なる感触があった。今は少し慣れてきた感触。重なる度にじんわりと幸せな気持ちが広がって、しびれるような心地よさが全身を伝わっていく。
匠くんの唇をついばむようにした。そんな仕草も覚えた。最初はただ触れ合っていただけだったけど、少しずつ深く重なり合うように、より強く求め合うようになっていた。
ん、はあ。唇が離れると切なくて吐息が漏れた。もっともっと重ねていたかった。求め合っていたかった。お互いに視線でそれを確認し合う。そしてまた重ね合う。二度、三度。求め合う。
時に優しく甘く、時に激しく切なく。何度も何度でも。翻弄されるように溺れていく気がしていた。それでもいいかなって思った。
心の奥でもっと匠くんと触れ合いたい、重なり合いたい、ひとつになりたいって求め始めていた。




