Gift 第2話
あたしと匠くんは武蔵浦和から埼京線で新宿へ向かった。
あたしも匠くんも何となく新宿に行きやすい印象を持っていた。埼京線で渋谷にも行けるけど、何となく渋谷の雰囲気よりも新宿の方が馴染みやすく感じていた。もちろん、紀伊國屋書店新宿本店、紀伊國屋書店新宿南店、ジュンク堂書店って大型書店が幾つもあることもあたしと匠くんの間では高い評価ポイントだった。買い物をするにも伊勢丹、マルイ、高島屋ってあるので不便を感じないし。
そんな訳で待ち合わせ時刻まであたしと匠くんは新宿の街をぶらつくことにした。
匠くんが来たことのあるお店でお昼ごはんを食べて、マルイを見て回った。マルイ本店の1階にあるアクセサリー売り場でしげしげとショーケースを覗いていたら、後ろからついて回っていた匠くんに声をかけられた。
「気になるのがあるの?」
慌てて首を振った。
「ううん、別に」
匠くんはちょっとがっかりしたような表情を見せた。でも、すぐ笑って言った。
「あのさ、何かプレゼントしたいんだけど」
「え、そんな、いいよ」
あたしは更に慌てた。ショーケースをぐるぐる回ってたから物欲しそうに見えたのかなって反省した。
そして売り場を立ち去ろうと思って「じゃあ、行こっか」って笑って声をかけた。
「え、ちょっと待って」
匠くんが慌てたようにあたしの手を取って引き止めた。引き止められるなんて思わなかったので、ちょっとびっくりして匠くんの顔を見返した。
「あ、ごめん」
あたしの驚いた顔に、匠くんは慌てて掴んだ手を離していた。
「えっと、もしかしたら訳もなくプレゼントとかされるの萌奈美ちゃん嫌いなのかも知れないけど。もしそうだったら悪いんだけど・・・」
躊躇いながら匠くんは言った。
「僕がさ、何かプレゼントしたいなって思ってるんだ。萌奈美ちゃんが僕のプレゼントしたものを身に着けていてくれたら嬉しいから」
言い終えた匠くんがちらりとあたしの方を見て、照れ笑いを浮かべた。
匠くんに釣られてあたしも笑顔になった。何だかくすぐったいような気持ちだった。
「駄目かな?」
恐る恐るって感じで聞き返す匠くんに、ううん、って頭を振った。
「嬉しい」って顔を綻ばせて答えた。
匠くんはほっとしたようだった。
上がっていた肩がほっと息をつくのに連れて下がるのを見て、可笑しくてくすくす笑ってしまった。
それから改めて二人で顔を寄せるようにしてショーケースを覗き込んだ。
「気に入ったのある?」
匠くんに聞かれて、気になってるのがない訳ではないけれど、自分からこれがいいって言うのもちょっと気が引けて、あたしは曖昧に返事をした。
そしたら匠くんが「これなんかどう?」ってショーケースの中を指差した。それはさっきあたしが立ち止まって見入ってたネックレスで、匠くんはそのことに気が付いていたんだと思う。
「でも、値段・・・」気になって言った。
匠くんはあたしの言葉には答えないで、「ちょっと見てみようか」って言って、お店の人に「すいません、これ見たいんですけど」って声を掛けた。
お店の人がすぐに歩み寄って来て、匠くんが指差したネックレスをケースから取り出して見せてくれた。
金色と銀色の十字架が重なったチャームが付いたネックレスで、ちょっとハードな感じがするかなって思ったけど、でも可愛くて好きなデザインだった。あと三日月と星をあしらったネックレスもあってそれもちょっと気になっていたけど、手にとって間近に見るとこっちの方がいいなって思った。
「どう?」匠くんが聞くので、「うん」って頷いた。
すごくいいなとは思ったけど、でも幾らするんだろう。あたしは裏返しになっているプライスカードを確認しようとした。
「僕もいいと思うな。今日の服にも合うと思うし」
匠くんがあたしの手からネックレスをするりと攫った。あ、と声を上げかけたあたしの胸元の辺りに十字架をかざした。
言われてみると、トップスが白のハイネックのカットソーで少しシンプル過ぎる感じがするので、確かにネックレスとかするといいかも知れないって思った。
「どうかな?」
匠くんがあたしに聞いた。自分の胸元に飾られた金と銀の二重の十字架を見つめながら素直に頷いた。
「うん。素敵」
でも、と言おうとして、匠くんに素早く「じゃ決まり」って言われた。
え、と目を見開くあたしに微笑んで、匠くんはお店の人にさっさと「すみません。これお願いします」って伝えた。
あたしは結局、あ、とか、え、とか口を動かすばかりで、匠くんは「ちょっと待ってて」ってあたしに告げてお店の人とレジに向かってしまった。
唖然として突っ立ったまま、レジで匠くんが財布からカードを出すのを見ていた。それから匠くんが何か話しかけて、店員さんはにこやかに頷き返していた。
匠くんと店員さんが戻ってきた。店員さんはお店のロゴの入ったすごく小さな手提げ袋と、それから剥き出しのネックレスを持っていた。
店員さんは小さな手提げ袋をショーケースに置いて「失礼します」って断って、あたしの背後に回って持っていたネックレスをあたしの首に回して止め具を止めてくれた。
あたしはぽかんとした感じで身を任せていた。視線を落とすと、白いカットソーの胸元に金色と銀色の十字架が煌いている。
本当にいいのかな。そんな気がして匠くんを見たら匠くんはにこやかに笑っている。
お店の人に「どうぞ」って言われ、小さな手提げ袋を受け取った。あたしは躊躇いを感じつつ頭を下げた。
「ありがとうございました」
あたしと匠くんに向かいにこやかにお辞儀する店員さんに、「どうも」って軽く会釈を返して匠くんはあたしの手を取ってお店を後にした。あたしは匠くんに手を引かれながら振り向いて店員さんにお辞儀をした。
視界の隅にあたしに向かって微笑んで軽くお辞儀をする店員さんの姿が映った。
匠くんは嬉しそうにあたしの手を引いて歩いた。
あたしは匠くんの気持ちとは裏腹にすっきりしない思いを抱きながらついて行った
あたしの方を向いた匠くんは、あたしの浮かない様子に気が付いたようだった。立ち止まって今迄の嬉しそうな顔を引っ込めて心配そうな顔を見せた。
「どうかした?」
不安そうな視線であたしを覗き込む。
「もしかしたら、あんまり気に入ってなかった?」
強く頭を振った。
「ううん、そうじゃなくて」妙に強い声で答えた。
「・・・迷惑だった?」
自信なさそうに匠くんが聞いた。
「違う」
また頭を振った。だから、そうじゃなくて。胸の中で怒ったように答えた。
匠くんは口を噤んで、あたしを見ている。あたしが怒ってるって思っているのかも知れない。そしてあたしが何で怒ってるのか分からなくて困り果てているのかも知れない。
「もし」恐る恐るって感じで匠くんが口を開いた。「嫌なら・・・」
「違うの」
匠くんの言葉を遮った。なんでこんなに強い口調で言わなければならないのか自分でもよくわからなかった。
匠くんを見上げると、驚いたように目を瞠ってあたしを見ていた。
「あのね」
もどかしく思いながら口を開いた。
「何だかいいのかなって、思って」
「え、いいのかなって、何が?」
あたしの言う意味がよく理解できずに匠くんが聞き返した。
「だから、こんな高いもの貰って、何だか、悪いっていうか、いいのかなって、思って」
胸の内に痞えている気持ちをたどたどしく説明した。結局値札を見ることは出来なかったけど、きっと何万円もしていたに違いなかった。
「なんだ」匠くんは少しほっとした顔を見せた。
「そんなの、気にしなくていいんだよ。僕が萌奈美ちゃんにプレゼントしたいって思ったんだから。萌奈美ちゃんによく似合ってると思って」
安心したように匠くんは笑みを浮かべて説明してくれた。
「それにさっきも言ったでしょ。萌奈美ちゃんが僕のプレゼントしたものを身に着けてくれてるとすごく嬉しいんだ」
それはあたしも、匠くんからプレゼントされたものをいつも身に着けていられるのはすごく嬉しいって思ってる。
「だから、値段のことは気にしないで、って言っても気になっちゃうのかもしれないけど、でも値段の事は気にしないでくれると嬉しい。って言うか、値段のことより僕からのプレゼントっていうことを気にしてくれてると嬉しい」
匠くんはそう言ってから、「・・・って何か意味分かんないかな・・・」って自分で首を傾げた。
「ううん、分かる」あたしは返事をした。
「じゃあ、値段のことは気にしない」
そう宣言した。
「それから、匠くんがくれたんだから、もちろんすっごく大切な宝物だよ」
胸元の十字架にそっと触れた。
「すごく素敵で気に入ってる。これからはいつも着けてるね」
「よかった」匠くんは嬉しそうに笑った。
でも、あたしの胸の痞えはそれだけじゃなかった。まだ、あたしの中でちりちりと燻っていた。それを言おうかどうしようか心の中ですごく迷っていた。それはほんの些細な、取るに足らないような事だった。匠くんに話したらきっと軽く笑われてしまうに違いない。そう思っても、それでもあたしの中の燻りは消え去らなかった。
「あと、ね」
すっかり安心して笑っていた匠くんは、見返すあたしの深刻そうな眼差しに気付いて途端に笑顔を引っ込めた。
「匠くんて、こういう事慣れてるの?」
「は?」
匠くんは何のことか分からないみたいに素っ頓狂な声を上げた。多分「こういう事」が何を指しているのか考えてるんだろうな。
「だから、ね」
そう言いながら、まだ匠くんに言おうかどうしようか迷っていた。だから、の後の言葉をなかなか告げられずにいた。
でも結局聞かずにいられなかった。
「だから、女の子にプレゼントあげたり、とか。そういうこと、もしかしたら匠くんて、すごく慣れてるのかなって思って」
問いかける声は次第に小さくなった。
今度こそ匠くんは訳が分からないっていう顔をしていた。
あたしは次に匠くんが馬鹿にしたように笑うんじゃないかって思った。或いは心外そうな顔して怒ったように抗議するんじゃないかって思った。
だけど匠くんの反応はそのどちらでも無かった。
ぽかんとした感じであたしを見返していた。そして意外そうに、純粋に疑問に思って「何でそう思うの?」って聞き返した。
「え、だって・・・」
匠くんに聞き返されて、少し言い淀みながらもその理由を打ち明けた。
「匠くん、あたしが値段見ようとしたら、さりげなくあたしの手からネックレス取って見せないようにしたでしょ。それにそのまま身に着けるからってお店の人に言ったんでしょ?そういうのも、なんか、すごく手馴れてる感じがして」
あたしの中でちりちりと燻っている痞えは嫉妬に他ならなかった。匠くんが女の子にプレゼントをあげるのに慣れているように感じて、それはつまり女の子の扱いに慣れているってことで、だとしたらかつて匠くんの傍に親しい関係の女の子がいたに違いなくって、あたしはその見知らぬ女の子の影に嫉妬を感じているんだった。
もちろん今迄に匠くんに付き合っていた彼女や恋人がいてもおかしくない。っていうかむしろ当たり前のことだ。それは匠くんは決して人付き合いが良くはない(っていうより率直に言って人付き合いが悪い)し、どうやら(あたし以外に対しては)無愛想なところがあるらしいけど、でもだからって言って全く女の子に縁が無さそうとまでは言えなかった。顔だって(あたしだから贔屓目に見てしまってるのかも知れないけど)それなりにいいって思うし(これは大分控えめに言っての評価だ。あたし的にはもう断然カッコイイって思っている。)、背格好だって標準的だし(どちらかっていうと痩せ過ぎかも。中には男の人は鍛えてなきゃ駄目っていう女の人もいるみたいだけど、あたしはそういうのは全然気にしない)それなりに収入もあれば、イラストレーターっていう職業だって見ようによってはスタイリッシュって言えなくもないし、その方面では憧れる人だっていると思う(事実、匠くんのファンと言える人達がいて、ファンレターが届いたりしてるし。その中には女性もいることをあたしは知っている。あたしとしては心穏やかな話ではなかった。)
あたしがやきもきした胸の内で怒ったような苦しいような顔をしている間、匠くんは本当に意外そうなって言うか、困ったような顔をしていた。
何て答えようか迷ってたような沈黙の末、匠くんは口を開いて言った。
「慣れてないよ、全然」
包み隠さずに言ったらこうなったっていう風に、とてもあっさりした答えだった。
「でも・・・」
簡単には納得できなくて言い募った。彼女或いは恋人がいたならいたって言って欲しかった。それでもいたって言われたら言われたで、どんな女性だったのかを今度は気にし出してしまうだろうことは分かりきっていた。
「彼女、とかいたんでしょ、もちろん?」
聞いてもどうにもならないことだって自分でも思いながら、それでも聞いてしまっていた。過去に彼女がいたとして、どうしようっていうんだろう、今更。
匠くんはますます困惑した表情を見せた。
「えーと・・・」
頭を掻きながら言い淀んでいる。何て誤魔化そうか考えてるんだろうか?
「いないんだけど。本当に」
困り果てたように匠くんは答えた。
「嘘」
即座に言い返した。
「いや、嘘じゃなくて。本当に」
「だって・・・」
言い募ろうとするあたしを匠くんが制した。
「さっき手馴れてるって見えたんだとしたら、それ、たまたまなんだけど」
そう言われても素直には信じられなかった。たまたま、なんてそんな風には見えなかった。
あたしが不審気な視線を送っていたら、匠くんは思い出したように言った。
「手馴れてるって言えば、よく麻耶にアクセサリーだの洋服だの買いに行くのに付き合わされてたから、もしかしたらそういうので手慣れて見えたっていうのはあるかも知れない」
本当なのかな?真偽を測りかねて匠くんの瞳をじっと覗きこんだ。
「じゃあ、彼女とかは?」
素直に納得するのが何だか気まずくて、意地を張ってしつこく訊ねた。
「あんまり自信持って言うのも情けないんだけど」
匠くんはそう断ってから答えた。
「今迄に一人としていません」
「本当に?」
上目遣いで匠くんを見ながら、まだあたしは認めるのを躊躇っていた。
「本当に」匠くんはきっぱりと頷いた。
「僕が信用できない?」
匠くんの眼差しが真っ直ぐにあたしの瞳を覗き込んだ。
「そんなことない」
そう答えながら、俯いて匠くんの視線から逃げた。なかなか素直になれなかった。嫉妬した自分が嫌だったし、匠くんが何度も言っているのになかなか信じようとしない自分が嫌いだった。
匠くんはまだ信用してもらえていないって思ったのか、「麻耶に聞いてみて」って言った。
「あいつに聞いたら、僕に彼女がいたなんてのは愚か、女の子の扱いに慣れてるなんて120%有り得ないって爆笑しながら言われるに決まってるから」
匠くんは自嘲気味にそう話した。
匠くんの言葉を聞きながら、幼稚な嫉妬の感情で匠くんのことを疑って、匠くんの言葉を信用できないでいる自分を情けなく思い、激しく嫌悪した。
あたし達はその後ずっと気まずい気分のまま歩いた。
ほとんど言葉をかわさないまま、二人で当てもないまま夕方に差しかかった新宿の街を歩いた。
匠くんがあたしの事をすごく気に掛けてて、何か話しかけようとするのを感じながら、あたしは頑なな気持ちを拭えずにいた。
本当はあたしが謝らなければいけないってすごく思っていた。でも素直になれなかった。
突然匠くんが言った。
「帰ろうか?」
えっ?と聞き返した。ほんとにびっくりした。だって、これから約束があるのに。
匠くんは少し寂しそうに笑った。
「無理してても仕方ないから」
匠くんの顔は夕方の黄金色の陽射しを受けて深い陰影を作っていて、その瞳の奥を覗くことは出来なかった。
「でも、約束は?」
心細くなりながら聞き返した。
「ん、急用が出来たって言えば大丈夫だから」
匠くんの声はとても優しくて、そして寂しそうだった。
それから匠くんは駅の方角へ歩き始めた。
何か言いたくて仕方なかったけど、でも何も言えなくて、ただ心細い顔で匠くんの後にくっついて歩いた。
匠くんの後ろ姿を見ながら、気が急いていた。何か言わなくちゃ、って思った。このまま帰って匠くんと別れてしまったら、何か取り返しのつかないことになるような気がした。
そう思ったら突然不安が胸を締め付け心臓がドキドキと激しく鳴った。匠くんの歩調はいつもと変わっていないのに、すごくよそよそしく感じられて、なかなか声をかけられなかった。
もしかしたらあたしがしつこく匠くんに聞き返してばかりいたから、匠くんを信用できずにいたから、疑り深いあたしを匠くんは嫌いになってしまったんじゃないだろうか?
手を伸ばせば届くはずなのに、匠くんとあたしの間を目に見えない大きな壁が遮っているような気がした。あたしがいくら呼びかけてもあたしの声は匠くんの耳には届かないんじゃないかって気がした。夕陽に染まった街の中で、通りに落ちたビルの影に匠くんの後ろ姿が溶け込んでしまいそうだった。
「匠くん!」
息を大きく吸い込んで名前を呼んだ。叫んでいたのかも知れなかった。
匠くんのことばかり追っていて、足元の僅かな段差に気が付かなかった。匠くんの名前を呼んだその瞬間、段差に躓いてあたしはつんのめった。
「危ない!」
倒れ掛かったあたしを匠くんが抱き止めてくれて、危うく転ばずに済んだ。
「大丈夫!?」
心底驚いたように匠くんが訊ねた。
匠くんにしがみついたまま、匠くんの瞳を見つめ続けていた。匠くんの問いかけにも答えられなかった。
匠くんはあたしの顔を見て狼狽したみたいだった。多分、あたしは泣き出しそうな顔をしていたんだと思う。
「何処か痛い?何処かケガした?」
心配そうな視線をあたしの身体のあちこちに投げながら匠くんが聞いた。
あたしは頭を振った。
「ごめんなさい」
口を開いたら、堪えていた感情の堰がぷつりと切れた。
ぼろぼろ涙が零れ出すのを我慢できなかった。
「ごめんなさい」
涙声で繰り返した。
匠くんにしがみついたまま、泣きながら「ごめんなさい」って繰り返すあたしに、匠くんは困惑していた。
「どうしたの?ごめんって何が?」
聞かれても何も答えることができなくて、ただ泣きじゃくっていた。




