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The Picture 第2話

帰りのホームルームも終わり、クラスメイトはみんなそれぞれ部活へ行ったり、帰宅し始めていた。まだ教室を去り難いのかお喋りに講じているコ達も結構いる。

ざわついた教室をあたしはノートと筆箱を持って後にしようとしていた。そこへ見計らったかのようなタイミングで春音が現れた。

「萌奈美、部活は?」

春音に訊ねられて、内心慌てながらなんとか平静を装って答えた。

「うん、ちょっと図書室。先に行ってて」

そのまま、そそくさと教室を逃げ出そうとする。

ふーん、って興味なさそうな反応を返す春音に、ほっと胸を撫で下ろして教室を出ようとした時だった。

「卒業アルバム調べるの?」

ぎくり。どうして?って疑問を顔に貼り付かせて思わず振り返ってしまう。この狼狽ぶりが既に答えを告げているようなものだった。

ああ、本当あたしってこういう時すぐ顔に出てしまう性格だ。今までそれで何度聖玲奈にからかわれて来たことか。

一方、春音は何でもお見通しなのよ、とばかりに不敵な笑みを浮かべている。

「さ、早く行こうよ」その眼は好奇心に満ち溢れていた。


図書室には昔からの卒業アルバムが保管されている。生徒は普段勝手には閲覧できないけれども、司書の先生に申し込めば図書室内での閲覧に限って貸し出して貰えることになっていた。

あたしはうちひしがれた気持ちと春音を引き摺って、カウンターにいた司書の先生にお願いして2000年度から2002年度までの卒業アルバムを借し出してもらった。卒業アルバムにはクラス写真の他に、部活動ごとに撮影した三年生の写真が載っていて、その横に氏名が記載されている。

あの絵を描いた「T.K」というイニシャルの生徒が美術部員だったら、この三年間の卒業アルバムの美術部の写真を見れば誰かが判るかも知れない。

まず2000年度の卒業アルバムを閲覧用の大きなテーブルに広げた。美術部の写真を探し、春音と顔を寄せ合い覗き込んだ。でもイニシャルが「T.K」の生徒はいなかった。

次に2001年度の卒業アルバムを開く。美術部の写真を見る。いた。イニシャル「T.K」の生徒が。だけど今度は二人も。「小橋董子こはし とうこ」と「佳原匠かはら たくみ」。あの絵を描いたのはこの二人の内のどちらかなのかな?

心の水面みなもに小さなさざ波が生じた。

それはアルバムに記された一人の生徒の名前を頭の中で読み上げた時のことだった。その幽かな波紋を見失わないよう、心に耳を澄ませ眼を凝らす。写真に写る一人の生徒の上で、あたしの視線はピンで留められた標本箱の中の昆虫のように固定されていた。

「どうか、した?」

怪訝そうに覗き込む春音の声にあたしは我に返った。

「ううん、別に」咄嗟に笑い返して誤魔化した。

結局、三冊の卒業アルバムを確認してみて、「T.K」のイニシャルの美術部員は全部で三人いた。

「誰だか分かんないね」

アルバムに視線を落としたまま春音ががっかりした声で呟いた。

「うん・・・」あたしは口ごもった。

三人のうち誰があの絵を描いたのか。そもそも、あの絵は本当に美術部の部員が描いたものなのか・・・

特定できる情報は何もなかったし、確証なんて何処にもない。だけど何故か、あたしは一人の卒業生の名前が気になっていた。もう一度写真を見る。うん、何でかな。やっぱり気になる。でもどうして気になるのか、自分でもわからない。わからないけど気になる。第六感とかひらめきとか?

気になっている。あたしの心がシグナルを送って来る。けど、それがどうしてかは説明できないので春音には打ち明けずにいた。

一応、三人全員の名前とアルバムの巻末に載っている卒業生の自宅の電話番号をノートにメモした。数年前から個人情報とかの関係で、卒業アルバムに卒業生の住所や電話番号を載せないようになっていたけれど、幸いにも2000年頃にはまだ住所と電話番号が載せてあった。

卒業アルバムを返却し、司書の先生にお礼を言ってあたし達は図書室を退出した。


あたしは既に心の中では電話してどうやって話を切り出そうか、そのことに思いを巡らせながら廊下を歩いていた。一方の春音は「T.K」が誰なのか特定する方法はないかって頭を回転させているに違いなかった。

二人してよっぽど冴えない顔をしていたんだろうか、丁度廊下の向こうから歩いて来た井間田先生に声をかけられた。

「どうしたの、あなた達。どんよりした顔して」

井間田幸恵いまだ ゆきえ先生。保健室の先生だ。確かもう50歳を過ぎているのに、とても若々しくて綺麗な先生だ。優しくて気さくで仲の良い生徒がたくさんいる。保健の先生だけあってカウンセリングも上手で、女子の中には結構恋愛の悩みを相談したりするコも多かったりするらしい。あたし達もたまに保健室に行くと延々と話をして時間を費やしてしまう。そんな時も先生は忙しいはずなのに、嫌な顔ひとつ見せずにあたし達の無駄話に付き合ってくれる。とっても優しい、いい先生なのだ。

「えっと、美術室にあった絵なんですけど、9年前に誰が描いたのか調べてるんです。多分その時の美術部の生徒だと思うんですけど」

春音が事情をかいつまんで説明した。

「9年前?・・・っていうと2000年・・・?」

「何か分かりますか?」

井間田先生が思案顔で告げるのを聞いて、春音が身を乗り出す。

「確か・・・織田島先生がその頃生徒だったはずよ。ひょっとしたら何か知ってるかも」

意外な情報が飛び込んできた。

「織田島先生って世界史の?」

同じ二学年の先生なのであたし達も知っていた。

「そうよ、織田島先生は市高のOBなのよ。知らなかった?」

・・・全然知りませんでした。あたしと春音は頷いた。

「バドミントン部の顧問をしているから、今だったら体育館にいるんじゃないかしら」と居場所まで教えてくれた。


あたしと春音は早速体育館を訪れた。中を覗くと天井から吊るされているネットで仕切り、体育館を前と後ろ半分に分けて、前半分をバドミントン部が後ろ半分をバレー部が使用していた。

練習しているバドミントン部の部員達の中に織田島先生の姿を探す。いた。半袖、短パンの部員達の中で、一人だけ上下のジャージ姿が先生だった。

あたし達はバレー部の練習を邪魔しないように気をつけながら、壁際に沿ってバレー部の横をすり抜け、バドミントン部の練習している方へと向かった。

「織田島先生!」

練習で声を上げる部員達に負けないように、春音が大きな声で先生に呼びかける。

バドミントン部の生徒が一斉にこちらを振り向き、恥ずかしくて春音の後ろに隠れるようにあたしは身をすくめた。

でも織田島先生本人にもちゃんと声が届いたようで、振り返った先生はあたし達の姿を認めると、傍にいた部員に短く指示を出してからこちらへ来てくれた。

「なんだ?」

あたし達のそばへ来ると先生は開口一番訊ねた。二学年の世界史の授業を受け持っているので、よく知っているという訳でもないけれど面識はあった。それでもあたし達に呼ばれる心当たりは無かったので先生は怪訝な表情を見せていた。

あたしを見た時、先生の表情が少し動いた気がした。そう感じたのはこれが二度目だからで、以前にも織田島先生はあたしを見たとき少し驚いたように見えたのだ。どうしてだろう?疑問に思いながら、少し居心地の悪さを感じていた。

「織田島先生、市高のOBなんですか?」

春音が訊いてくれた。

「ああ、そうだけど?」織田島先生は何でそんなことを聞かれるのか不思議そうな顔だった。

「あの、2000年頃の卒業ですか?」更に春音が問いかけた。

「うん、2001年度の卒業だ」織田島先生はすぐに答えた。

春音はやった!っていう笑顔を浮かべた。あたしも思わず身を乗り出す。

「すみません、あの、もしかしたら先生だったらご存知かも知れないと思って。ちょっと一緒に来てもらえませんか?」

春音の申し出に、腑に落ちない表情をしながらも織田島先生は応じてくれた。


あの絵を前にして、織田島先生は腕組みしてじっと見つめている。あたし達は期待を膨らませて織田島先生を見守っていた。

やがて織田島先生は呟いた。

「そうか、だから何処かで会ったことがある気がしてたのか」

一人納得したかのように先生は言った。殆ど独り言に近かった。

「先生?」

春音が訝しんで声をかける。

「ああ、悪い」

気がついたようにこちらに視線を向けて、あたしを見た。

「阿佐宮のこと、何処かで見たことがある気がずっとしてたんだけど、この絵にそっくりだったんだな」

その顔はやはり意外そうだった。

「あの、それじゃ、先生、その絵のこと・・・」

あたしは我慢できずに訊ねた。

「ああ、知ってるよ。この絵を描いた人間もね」

織田島先生はいとも簡単に、この絵の作者を特定した。


この絵を描いたのは佳原匠かはら たくみという人だった。市高を卒業してからは随分会っていないってことだけど、在学時は織田島先生とも顔見知りだったらしい。

織田島先生の話しを聞きながら、やっぱり、って胸の中で呟いてた。

卒業アルバムを見た時、あたしが心を留めたのはまさしく「佳原匠」という名前であり、彼の写真だった。まるで強力な磁場が存在しているかのように、アルバムの中に記された「佳原匠」という名前に引き寄せられ、彼の写真から視線を動かせなくなった。

あたしにはあのアルバムで彼の写真と名前を目にした時から、絵を描いたのが佳原匠っていう人だということが分かっていた。それが何故かは分からないけれど。普通なら不思議なことだと思うけど、あたしはそのことを不思議とも何とも思わず、とても当たり前なものとして受け止めていた。

この絵は、二年生の時の文化祭展示用に描かれたもので、文化祭の展示会では結構評判になったらしい。その後、当時美術部の顧問だった柳河先生に勧められて、県の高校の展覧会にも出品したそうで織田島先生も印象に残っていたのだそうだ。

「偶然の一致にしてもすごいよな」

織田島先生は未だに信じられないっていうように、首を傾げながら呟いた。

美術部の誰かが言葉を続ける。

「まるでドラマみたいな」

うんうん、って頷く生徒もいる。

「それで先生、その佳原さんの連絡先とか知ってます?」

あたしが聞きたかったことを春音が一瞬早く質問していた。

春音の問いかけに、織田島先生は少し残念そうな申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「卒業以来会ってなくて、知らないんだ。確か実家出て一人暮らししてるとかって聞いた覚えがある」

それじゃあアルバムに載っていた住所にはもう住んでないし、電話してもいないんだ。織田島先生の話に内心がっかりしていた。

一人落胆していたら、織田島先生は思い出したように携帯を取り出した。そして何処かへ電話をかけ始めた。

呼び出して間もなく相手が出たようだった。

「よう、織田島だけど。久しぶり」

先生はずいぶんくだけた口調で話している。電話の相手とはだいぶ親しい間柄みたい。

「うん、今電話平気か?・・・実はさ、佳原の携帯とか知ってる?」

どきん、胸が鳴った。まだ手繰たぐっていた糸の先は切れていなかった。

「そう、佳原匠。ちょっと連絡とりたくてさ」

説明して間もなく、織田島先生はこちらを見て何かを書き記すジェスチャーをした。

あたしはすぐにノートを広げ、ペンを構えた。

それを確認して先生は電話の向こうで告げられる番号を声に出して復唱した。

「ああ、いいよ・・・090、××××・・・××××・・・」

あたしは聞き逃さないように先生の告げる番号を書き記した。

「サンキュー、助かったよ。うん、じゃ、そうだな、また近いうちに」

電話を切った先生に、すかさずお礼を告げた。

「ありがとうございます、先生」

「いや、別に」

先生はそう言って口元に笑みを浮かべた。


メモした電話番号と携帯の画面の番号とを、何度となく見比べて番号を押し間違えていないことを確認した上で、どきどきしながら通話ボタンを押した。

NAVIナビセンター(正式には何とか言うものすごく長い名称があるらしい。けど、生徒の間ではNAVIセンター、またはNAVIで通っている)の玄関ホールはひと気がなくひっそりと静まっていた。自分の高鳴る鼓動が反響して聞こえてきそうな感じがした。

織田島先生に佳原さんの携帯の番号を教えて貰って、あたしは春音にちょっと用事があるからって言って別れ、一人でここに来た。このNAVIセンターの玄関ホールは普段は閉まっていて使われていないし、生徒も滅多に来ないので密かに電話をかけたりするのには絶好の場所だった。

耳をぴったり押し当てたスピーカーの向こうで小さく呼び出し音が響く。2度、3度。緊張で胸が苦しくなって、電話を切ってしまいたくなるのを必死でこらえて呼び出しを続ける。5度、6度・・・

突然「もしもし?」って声が飛び込んできた。

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