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第九話 : 記録されぬ者

 ――夕刻。

 お日様が一日の仕事を終えてお月様へとその役割をゆるやかにバトンタッチする頃。ナツたちの通う学園も下校時間になり、生徒たちも部活に通う者、居残って勉強する者、帰宅する者と種々様々。そして朝から続いた男と男(?)の戦いもついに終焉を迎えるのでした。

 ……ふっ、わたくしの完全勝利でしたねナツ。


「てめ〜、ズルいぞフカちゃん! 高等部へ逃げ込むなんて卑怯じゃねーか! 俺ら中等部が高等部に乗り込むのがどんなに怖いか知ってるくせに!」


 ふっ、戦略と言ってください。だいたい『俯瞰の眼』に勝負を挑むのが間違いなんですよ。それにわたくし空飛べるし。最初から勝負は決していたのですよ。


「くそっ、くそ〜っ!」

「あんたたちって仲いいわよね。意外と似たもの同士なのかもね」


 わたくしとナツの会話に割り込んでくるミオさん。わたくしがナツに追いかけられる原因を作った張本人。いつもナツのおバカな行動に便乗してふざけているミオさんですが、彼女の場合、知恵が働くから余計にタチが悪いんです。今回の件にしたって昨夜撮ったばかりの写真をいつの間に現像して、さらにそれをあの巨大掲示板一面にいつの間に張り付くしたのかもいまだ謎のままです。おそろしい女性です。魔性系。


「……(プク〜)」


 そんなミオさんの隣で、黙り込んだままガムをくわえて膨らませているサヤ。未来でもガムはもちろんありますが、この時代の『フーセンガム』という膨らませ放題のガムをえらくお気に召したようです。


「……(プク〜)」

「どーしたサヤ? 具合でも悪いのか? ……あ、わかった、生理だな!」


 ――パンッ! (パンッ!)


 見事なまでにデリカシーの無いナツと、見事なまでにガムとシンクロするサヤなのでした。


「イッテェ! なんで殴るんだよサヤ!」

「うるさい。ムダに声張るな。近所迷惑。バカ」

「うぅ……、なんかお前、日に日に暴言レベルが上がってないか?」

「そんなことより――ミオ姉ぇ、あの写真ってミオ姉ぇの仕業だよね?」

「ええ、そうよ」

「なにーーっ!?」


 ナツのあまりの大声に帰宅途中にあるマンションの住人がなんだなんだと窓から身を乗り出します。すっかり見破っていたサヤ。あっさり認めるミオさん。びっくりしているナツ。三者三様の三人なのでした。


「なんだよそれ、なんであんなことすんだよミオ姉ぇ! おかげで俺、クラスのみんなにサヤとそういう関係だってちょっと変な目で見られてるんだぞ!」

「だまらっしゃい! だいたい男たるものみだりに人前で泣いたりなんてしないものよ。それなのにアンタときたら妹や友達の前で散々泣きわめく始末じゃない」

「うっ、あ、アレは……」

「あの写真はアンタへの戒めよ。アンタを立派な男に育てあげるためのあたしなりの愛のムチなのよ! けしてあたし個人の趣味とか娯楽とかなんかではないのよ」


 ――ウソだ。絶対に個人的趣味だ。あの写真を見て驚くわたしたちの様子を見てどこかで腹抱えて笑ってたんだ。


 フーセンガムを膨らませながら、サヤは確信をもってそう思うのでした。長年の付き合いからミオさんの性格をわかっているだけに敢えて突っ込むこともしません。


「……そ、そうだったのかぁ! ごめんミオ姉ぇ! 俺、ミオ姉ぇの気持ち全然わかってなかったぁ!」

「ふっ、わかればいいのよわかれば」


 それに比べて全然わかっていないナツ。『戒め』とか『娯楽』とかの意味もおそらくわかっていないのでしょうが、ミオさんの有無も言わさぬ迫力に思わず納得&謝罪です。ナツ、チョロすぎ。


「ミオ姉ぇ、あの写真のことなんだけど」

「うん? なに、アンタも何か文句あんの?」


 フーセンガムを包み紙に入れながらサヤが問いかけます。当のミオさんは謝るナツの頭を中指立ててグリグリしているのでした。ナツの苦しむ顔を見ながら心底嬉しそうな表情です。う〜ん、魔性系。


「文句じゃなくて質問。あのね、お兄ちゃんが泣きじゃくってたあの時なんだけど」

「うわ、サヤ、お前まであの時のこと蒸し返すなよ!」

「うるさい、黙れ、ガムひっつけられたい?」

「……すんません」

「それで? ナツがみっともなく泣きわめいてたのがどうかしたの?」

「うん。お兄ちゃんがみっともなく号泣してた時なんだけど」

「……もうどうとでも言ってください」

「あの時の写真にもう一人、女の人が写ってなかった?」


 ミオさんの眉がピクッと動きます。しかし、すぐになんてことないと言う風に「女の人って?」と聞き返します。まるで、小さな女の子がイタズラをする時のような、そんな笑みを浮かべながら。

 ミオさんのその様子に少し不審そうな顔をするサヤ。知っているのに知らないフリをしているのか、それとも本当に知らないのか。あの時の紀子ちゃんや健介くんのように、ミオさんにもあの少女が見えていなかったのか。

 しばらくの間ミオさんの顔を睨みながら、サヤは核心をつく一言を投げかけてきました。


「あの人は、自分のことをフライングマンだと言ってた。……ミオ姉ぇはどう思う?」

「……いきなり直球ね。もうちょっとだけサヤとの掛け合いを楽しみたかったのにな〜。ねぇサヤ、女には少しくらい余裕を持って行動するくらいの器量があった方が――」

「ミオ姉ぇ、茶化さないで。ちゃんと答えて」

「はいはい」


 肩をすくめて答えるミオさん。途端に少女のような笑みは消え、落ち着いた大人の女性の顔に戻ります。

 ミオさんのグリグリ攻撃からようやく解放されたナツも二人の様子がただごとではないことを感じたのか、静かに耳を傾けるのでした。


「あの娘が本物のフライングマンなのかどうかはあたしにもわからない。一つだけ言えるのは、たしかにカメラで写したはずの彼女の姿が、現像した写真のどこにも残っていないと言う事実だけ」

「……『記録されぬ者』……まさか、本当に?」

「さぁねぇ。ま、彼女が普通の人間ではないってことだけは確かかもね」

「――あの、ちょっといいかな?」


 二人の会話に割り込むナツ。その真顔に夕陽の赤みが差し込みます。前髪が風に揺れています。切れ長の眼が何かを訴えかけるように二人を見つめています。シリアスです。めっちゃシリアスな表情です。


「さっきから聞いてて思ったんだけど……」


 真顔のナツの言葉をジッと聞く二人。いつもはバカなナツだけど、何も考えないで行動したりするナツだけど、いざという時にはしっかりした奴になることを二人とも知っているのです。

 ナツは口の下に手を当てて、シリアス顔のまま、こう言葉を続けるのでした。


「……フライングマンって、なんだ?」


 次の瞬間、ナツはしこたま二人に殴られるのでした。


「な、なんで殴るんだよ二人とも!」

「アンタねぇ、あたしたちと同じ時代の人間でしょ! なんでフライングマンを知らないのよ?」

「そんなこと言っても知らないものは知らないし。フカちゃんも何のことか知ってる感じだし、俺だけのけ者にしないで教えてくれよ」

「のけ者にしてるんじゃなくて、お兄ちゃんが単にバカなだけ」

「そうね。バカね」


 バカですね。


「うぅ……、みんなでバカバカ言うなーっ!」


 ナツのあまりの泣き声に帰宅途中にある屋台のおっちゃんがなんだなんだと身を乗り出します。一応この話の主人公なのにこの扱い。さすがに少しかわいそうになってきました。


「……これくらいで泣くなんて、みっともない。しょうもない。情けない」

「あっはっは♪ なんて顔してんのよナツ〜」

「うぅ、俺にもフライングマンのこと教えてくれよぅ……ぐすっ……」


 涙目のナツ。冷たい視線のサヤ。大爆笑のミオさん。相変わらず三者三様の三人なのでした。

 ……よし、わかりました! ナツ、わたくしがフライングマンについて説明してさしあげましょう!


「フ、フカちゃん! それマジっすか!」


 マジっす。これマジっす。


「フカちゃん、甘やかすとつけあがるよ」

「いいじゃないサヤ。このままじゃ話進まないし」

「うおーっ! フカちゃ〜ん! 俺、お前のことただのプカプカ浮いてる丸い奴としか見てなかったけど、ホントはいい奴だったんだな〜!」


 ふっふっふ。丸い人に悪い人はいないんですよ。


「うおーっ! 丸い人サイコーっ!」

「……意味わかんない」

「二人にだけ通じ合う何かがあるんでしょうね。やっぱりこの二人、似たもの同士だわ」

「さぁフカちゃん! 早く教えてくれよ!」


 まぁまぁ、そんなに焦らないでください。うちに帰ったらゆっくり話してあげますから。

 わたくしたちの時代に伝わるおとぎ話――『さまよえる者』のお話を。


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