表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/96

第三十二話 : 逃避行

 

「――絶対ヤダ」

「……そう言うと思ったけどな」


 わかってんならそんなこと言わなきゃいいのに。

 そう言いたい気持ちをグッとガマンして、わたしはナツ兄ぃを強く睨みつける。

 何日か前の出来事が頭に浮かぶ。あの時も今とまったく同じことをしてた気がする。

 違うのは時間と場所、そしてナツ兄ぃの表情。

 こんな真夜中の、誰も通らないような路地の隙間で、ナツ兄ぃはとても真剣な表情で私を見つめながら、さっきと同じ言葉を口にした。


「もう一回言うぞ。――サヤのところに避難しろ、サン」

「じゃあ私ももう一回言うね。――絶対ヤダ」


 返事は当然のように平行線。なのにナツ兄ぃは表情を崩さない。

 いつもならこの辺で「ったく、しょうがねぇなぁ」なんて言いながら結局はわたしの言い分を通してくれるのに。

 今回の件は、ナツ兄ぃにとってそれくらい非常事態なんだ。


『あの人は、仙堂さんは、――フライングマンを自らの手で作り出そうとしてるんだよ!』


 フライングマンを作り出す。確かに、とんでもないことだよ。

 ナツ兄ぃから聞いたフライングマン、フゥについての話を思い出す。

 ――『絶対孤独』。

 誰かと会話をすることも触れ合うこともできない、干渉不可の呪い。

 そんな状態が何年も、何百年も続く。フライングマンの歴史は、その身になってしまった時点で止まってしまうから。

 永久に続く孤独。死を得られない身体。いくら叫んでもいくら望んでも、誰も応えてくれない。

 ……そんなの、想像するだけでゾッとする。

 そんな存在を仙堂のおじさんは作り出そうとしている。確かに、とんでもないことだよ。――それが本当のことなら、ね。


「わたしはあのおじさんがそんなことする人だなんて思えない」

「そりゃ、俺だって……」

「だったら! ちゃんと確かめもしないでこんな風に逃げなくてもいいじゃん!」

「確かめなくてもわかる」

「どうして!」

「仙堂さんの目を見たから」

「……それだけ?」

「ああ」


 ナツ兄ぃの表情は真剣なまま。こちらを見つめる視線には一切の淀みもない。

 その顔でそんなことを言われたら、わたしからはもう何も言えないじゃない。

 こうなったナツ兄ぃはテコでも動かないんだ。だったら、わたしが取るべき行動は一つしかない。


「……わかった。ナツ兄ぃの言うこと、信じる」

「そうか」


 ナツ兄ぃの表情が緩んだ。明らかにホッとしてる顔だ。

 だけどナツ兄ぃ、忘れてないかな?

 わたしもナツ兄ぃに負けないくらい、超がつくほどのガンコな性格だってこと。


「じゃあ、なおさらナツ兄ぃのそばを離れるわけにはいかないよね」

「そうそう、おとなしくサヤのとこに……って、なにぃ!? 何でそうなんだよ!」

「今ナツ兄ぃは仙堂のおじさんから狙われちゃってるんだよね? だったらボディガードが必要でしょ? 今からそんなの探してたんじゃ間に合わないし、信用できるかどうかも怪しいもんだよ。だったらもうわたししかいないじゃん」

「バ、バカ! 相手はあの仙堂さんだぞ!? 危険すぎる!」

「わかってるよ」

「わかってねぇよ!」

「ううん、わかってたよ」


 過去形のその言葉に、ナツ兄ぃは口をつぐんだ。

 そう、わかってたんだ。もう六年も前から。

 ナツ兄ぃが何か危険なことに首を突っ込んでるなんて、六年前のあの日からわかってたことだ。

 だからわたしは力を身に付けたんだよ。

 ナツ兄ぃの力になれるように。ナツ兄ぃの助けになれるように。ナツ兄ぃのそばに居られるように。

 そして何より、もう置いてけぼりにされないように。

 冷たい風が頬を撫でる。

 建物の隙間から月明かりが漏れてくる。

 空にはニヤけた目つきのお月様。

 目の前には、小さな頃からずっと追い続けた、大好きな人。

 せっかく追いついたのに、離れてなんかやるもんか。


「覚悟なんてとっくの昔にできてる。連れてってよナツ兄ぃ」

「…………」

「わたしはもう子どもじゃないんだからね」

「……はぁ」


 ため息を吐き出しながら、ナツ兄ぃは頭を抱えた。


「……中途半端な覚悟だったのは、俺の方かもな」


 ナツ兄ぃらしくない、弱々しい声。

 真夜中の路地裏。人はまったく来ないけど、風だけはやけに通り過ぎる。

 風はナツ兄ぃの背後から吹いてきて、ナツ兄ぃの言葉をわたしまで届けてくれる。

 それはまるで、風がナツ兄ぃの背中を押しているかのようで――。

 顔も知らない一人の少女が、ナツ兄ぃの背中に手を添えているようで――。


「誰も巻き込まないなんて言っときながら、サヤを巻き込んだ。自分一人で約束を果たすなんて言っておきながら、お前まで巻き込んだ。『世界の意志』にはもう危険はないからって安心して、仙堂さんにフゥのことを話しちまった。……そのせいで結局、皆を危険に巻き込んだ」

「…………」

「やっぱ俺、バカだ。バカなくせにいろんなことをしようとするからダメになる。だったらもう、何も考えずに突っ走りゃいい。そんな簡単なこと、また忘れてたんだな俺は」


 そう言った瞬間、ナツ兄ぃは私の手を取って走り出した。

 驚く間もなく、私はナツ兄ぃに引きずられるようにしながら一緒に走る。

 月明かりがわたしたちの進む道を照らす。

 こんな真夜中だと言うのに、ずいぶんお節介なお月様だ。


「――はっ、ハハハハッ! ワハハハッ!」

「ナツ兄ぃ、なんで笑ってんの!? って言うか、なんで突然走ってんのわたしたち!? 追っ手が来たの!?」

「いや、なんか懐かしくてさ! ハハハハッ! やっぱ俺バカだ! 大バカだーッ!」


 全力疾走しながら笑顔で大バカ宣言のナツ兄ぃ。

 でも……確かにこっちの方がナツ兄ぃらしいかも。ナツ兄ぃに真顔なんて似合わないよ。かっちょいいんだけどね。

 結局なんで走ってんのかわかんないけど、懐かしいってのはわたしも同感。

 小さい頃、ナツ兄ぃの手を引いて無理やりデートした時のことを思い出した。あの時照れ隠しで言った、この言葉も。


「うっきゃ〜! いっくぞ〜!」


 手を取り合って逃げる二人。映画やドラマにあるような、恋人たちの逃避行。

 危機的状況だってことはわかってるつもりだけど、今だけは成りきってもいいよね?

 大声でバカ笑いしながらの全力疾走。わたしたちは逃亡者にあるまじき行動で夜の街を駆けていく。

 お月様はそんなわたしたちを笑うように、ニヤリと歪んだ目つきのまま、進むべき道を照らしてくれた。


 そしてこの四日後。

 照らされた道を覆い隠すように『影』は現れた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ