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第二十九話 : 白の波長

 

 わたしの記憶力はパパ譲りなんだと思う。

 一度聞いたこと、習ったことは忘れたことがない。思い出そうとすればすぐにその情報がパタパタと空から飛んでくる感じ。

 そして現在、わたしが欲しがっている情報は頭の上で羽を休めていた。


「――よし、やるぞ」


 一口大の大きさに切ったジャガイモをレンジでさっと火を通す。

 きゅうり、ゆでたまご、えび、マヨネーズで和えて、ナツ兄ぃはほんのり辛めが好きだからつぶつぶ状のマスタードも少し加えて。

 キッチンにある中で一番大きな器にこれでもか〜ってくらいに盛り付ければ出来上がり。

 大した手間も技術も必要のない料理だけど、それ以上に愛情っていう最高のトッピングが入ってるんだから問題なし。


「なっはっは! これなら三ツ星レストランも敵じゃないっしょ!」


 器にこんもりと積み上げられた自慢の料理を前に大満足の高笑い。

 背後から感じるコックたちの視線なんか気にしない。何しろわたしはあの『仙堂』の客人なんだから、多少のわがままは言ってもいいはずだよね。

 どうせこのホテルだって仙堂のおじさんと何かしら関係があるんだろうし。あんな超高級スイートの部屋をまるごと一室ナツ兄ぃの研究室に私用できるくらいなんだから。

 なんか文句でもあるのかって感じで振り返ると、コック連中は揃いも揃って視線を伏せた。


「じゃコレ、あとで部屋に持ってきてね。もちろん、コレに合った料理と飲み物も一緒にね、おじ様方」


 社交界の淑女のようにスカートを持ち上げる動作でそう言うと、コック連中は苦笑いの返礼でキッチンから出て行くわたしを見送った。

 まったく、揃いも揃って紳士失格。ちょっとキッチン占領したくらいでそんなイヤそうな顔しないでよね。

 ま、これから毎日占領するつもりだし、少しづつ理解してもらえばいっか。

 廊下沿いに並ぶ吹きさらしのような大きな窓から、顔を出したばかりの朝日の光がのぞく。

 ナツ兄ぃに告白してから二日目の朝はこうして訪れた。




  ◇ ◇ ◇




「さ、たーんと食べてねナツ兄ぃ!」

「あ、ああ。……いただきます」


 食卓に並べられた食事を前になんでだか顔を引きつらせるナツ兄ぃ。

 ちゃんと言いつけ通りにメインのポテトサラダを引き立たせるためのこってり系の料理とあっさり系の汁物。ポテトサラダを乗せて食べられるライ麦パンと一口大に切り分けられた数種類の果物。

 さすが高級ホテルのコックたち。ばっちりリクエスト通り。紳士にはなれなくても料理はできるんだね。

 相変わらず顔を引きつらせたままナツ兄ぃは料理を口に運んでいく。

 う〜ん、全然リアクションなしか。覚えてないのかな、ナツ兄ぃ。


「ねぇナツ兄ぃ。この料理見て何か思い出さない?」

「えっ、な、なにが?」

「……ナツ兄ぃなんだか挙動不審。そこまでうろたえるような質問じゃないでしょ今の」

「そ、そっか。いや、まだ起き立てで頭回ってねぇんじゃねぇか? はは……」


 歯切れ悪っ。

 どうしたんだろう。昨日からそうだけど、こんなに歯切れの悪いナツ兄ぃなんて全然らしくない。

 もしかして、わたしのこと、意識してるのかな? もしそうだったら、すごい嬉しいんだけど。


「だ〜か〜ら〜、この料理見て何か思い出さないかって訊いてんの! 特にこのホラ、テーブルの中央にドカンとおわすこのポテサラ見て何にも頭をかすめないの?」

「ポテサラ……? あっ!」


 ポンと手を叩いて、ナツ兄ぃがわたしの顔を見つめる。

 そうそう、思い出したよね。まだナツ兄ぃがわたしの家で助手をやってる時に食べた、わたしの初めての手料理のことを――、


「これポテトサラダだったのか! なんかのモニュメントかと思ってた!」

「モニュ……そんなわけないでしょーがぁ!」


 思い出したわけじゃないの!? ってかモニュメントって何よ! そりゃ確かに山ほどジャガイモ使ったけどさ。


「いや料理にしちゃ盛りすぎだろこれ! 絶対二人で食いきれないって!」

「いいんだよ、余ったらタッパーに保存しとくから」

「タッパー持参かよ。……もう生活苦しくないんだろ、お前んち」

「しょうがないでしょ、ママにそういう風に育てられたんだから」


 ママの呪いはいまだ健在。夕凪家のお財布事情は膨らんでいく一方だったりする。

 いつかパ〜ッと使いたいけど、今のところその使い道を家族の誰も思いついてない状態。

 要するに、根が貧乏性なんだ。

 目の前にあるジャガイモをどれだけ使ったっていいんだと思ったら、全部使い切りたい気持ちになっちゃうんだもん。しょうがない……よね?

 目の前にはこんもり盛られたポテトサラダの山。

 なんか、わたしの中のどうしようもない部分をそのまま形にしちゃったみたいで、ちょっとずつ恥ずかしくなってきた……。

 思わず視線をそらすと、そこにはわたしをジッと見つめるナツ兄ぃの驚いたような顔があった。


「……そっか。そうだよな。やっぱお前はサンなんだよな」


 ?? 何を当たり前のことを言ってんだろ、ナツ兄ぃ。別人だとでも思ってたのかな?

 確かにこの六年で見た目は変わったとは思うけど。背は伸びたし、胸は大きくなったし、髪はベリーショートにしたし、拳ダコできたし、腕太くなったし……って女の子っぽい変化一ヶ所だけか、わたし。

 力を身に付けることに夢中になってばかりでそういうとこに気を使ってなかったからなぁ。今度ママにそういうとこを教えてもらうのもいいかもしれない。

 パンをほうばりながらそんなことを考えていると、ナツ兄ぃが突然ものすごい勢いで朝食を食べ始めた。


「んぐっ、うぐっ、ほら、サンも早く食えよ! お前に手伝ってもらうことは山ほどあんだからな!」


 両手にも口の中にも食事を突っ込みながら、ナツ兄ぃはなにかが吹っ切れたようにそう言った。

 ……やる気になってくれるのはいいんだけど、もっと別のことを気づいてほしいんだけどなぁ。

 結局、ナツ兄ぃは最後までわたしの手料理に気付いてくれることなく、山のようなポテトサラダを半分ほど平らげた。

 残りの半分はもちろんタッパーの中だ。




  ◇ ◇ ◇




「まず最初に、研究の仕方について教えるからな」


 朝食をとってすぐ、ナツ兄ぃはわたしに研究のいろはを叩き込んだ。

 どういう素材を使い、どういう反応を起こせば、どういう結果を生むか。まず仮定し、実験によって結果を出し、その結果から次の仮定を考察する。研究とはひたすらそれの繰り返しらしい。

 仙堂のおじさんからもらった資材や資料をデータ化してHPCの中に保存し、そのデータを使って実験を行い、高い確率で成功を果たした実験だけを実際の資材を使って結果を出す。

 そんな単純作業を、ナツ兄ぃはこの六年間ひたすらやってきたんだ。

 フゥを救う方法を捜し出すため。

 ただそれだけのために。


「地道な作業だけど、それでもいろいろとわかったことはある。例えば、フライングマンの象徴である色についてだ」

「えっと、たしか、真っ白なんだよね、フライングマンって」

「フライングマンは基本的には誰にも認識されない存在だけど、過去旅行で歴史を逆行している者には認識できる。だけど色が認識できなくて真っ白に見える、……って前は思ってたんだけど、これは多分違う。俺が思うに、他の色が認識できないんじゃなくて、白が認識しやすいんだ」

「どういうこと?」

「つまりな――、」

「あ、もしかして可視光線?」

「か、……当たり。それだ」

「そっか、目に見える物は全部光が反射して網膜に映ってる映像だもんね。真っ白に見えるってのは、フライングマンに白の波長の光だけは反射してるってことなんだ。そっかそっかぁ、……あ、ってことはその波長を使えば他にも何かわかるんじゃない、ナツ兄ぃ!?」

「…………」

「ナツ兄ぃ?」


 面白くなさそうな顔をするナツ兄ぃ。なんか拗ねてる?

 とにかく、可視光線の中の白の波長がフライングマンと相性がいいって言う仮説はナツ兄ぃも思いついていたらしい。そこでナツ兄ぃは貴重な研究資材の一つを小規模な時空間移動にかける実験を行った。

 その結果、すごいことが起こったとか。

 白の波長を用いたゲートを使えば、こちら側の世界の物質を向こう側の世界に移動させることができるし、その逆も可能らしい。

 仙堂のおじさんが用意したその研究資材は、フライングマンと同じ世界に存在する物質。歴史の狭間にあるべき存在。それがこちら側の正常な世界に戻ってこれたんだ。ナツ兄ぃにとっての研究の最終目標はその時点で達成されるはずだった。

 だけどその実験は完璧に成功したわけではなくて、あくまで一時的にだった。こちら側に戻ったその物質は途中までは時間が流れていたけど、ある程度時間がたてば元通りに歴史の止まった物質になってしまったそうだ。


「きっと他にも何か条件が必要なんだ。フライングマンの呪いを解くためには、フゥを完全にこちら側の世界に戻せないと意味がないからな」


 その条件がまだわからないと、ナツ兄ぃはとても悔しそうに、顔をゆがめながらそう言った。

 ――ずっとわからないままならいいのに。

 そんな気持ちが、何のためらいもなく心に浮かんだ。

 そしてもう一つ浮かんだものは、なんとなく府に落ちない小さな疑問。


「仙堂のおじさんは、どうやってその『向こう側の物質』を手に入れたんだろうね?」

「う〜ん、仙堂さんは何度も過去旅行してるらしいしな。そん時に見つけて持ってきたとかじゃねーの? 管制塔にも柳っていう協力者がいるんだけど、もしかしたらそいつ経由かもな」

「ふ〜ん、そっか」


 心にふと湧いたその疑問は、すぐに脇の方へと片付けられた。

 その疑問こそが、仙堂のおじさんが隠している真実を知るための重要な鍵だとも知らずに。


 

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