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幕間 : 心を晴らす太陽

 

 ◆ ◆ ◆




「……こんなとこかな」


 同じような机が何席も並ぶ広い室内で、サヤはそう一人ごちた。

 ため息と共にやられた視線の先には、壁一面のモニターに大きな樹木の映像が映し出されている。ストレスを溜め込まずに仕事を進めるためのアイヒーリングのための映像らしいのだが、サヤはそれに疑問を抱いている。

 本物の樹木を見たことのある彼女にとっては、その映像はあまりにも作り物じみて見えた。確かにリアルではあるのだが、かつて間近で見たあの自然の迫力や、包み込むような偉大さはほんの少しも感じない。

 癒されるどころか逆に遺憾さを覚えつつ、サヤはENTERキーを力強く押し付けた。

 実際にはそこにキーなどはなく、ホログラムで投影されたキーボードが机の上にあるのみなのだが。

 ディスプレイ用の眼鏡をカタンと机の上に放って、サヤは一度大きく息を吸い、吐き出しながら、放った眼鏡の横で明滅する小さな光に気付いた。

 ホログラムのキーボードを消しながら、サヤは光を放っている携帯へと手を伸ばし確認する。どうやら着信があったようだ。


「あれ、日高さんもうそっちの処理終わったの?」

「ええ、少し休憩した後に別の仕事に取り掛かります」

「うわ〜、何よその余裕。できたらこっち手伝ってほしいんだけど」

「いいですよ。その前に、少し目を休めてきますね」


 隣のデスクの同僚に軽く会釈しながら、サヤはその部屋を後にした。

 過去旅行の際の歴史修正は大まかには自動的に修復されるが、やはり細かい部分まではどうにもならない。サヤの仕事は、その細かな歴史のほつれを繕う修繕作業そのものだった。

 過去旅行での旅行者たちの行動が未来にどういった綻びを作るのか、その綻びを修繕するにはどの記録を消せばいいのか、補えばいいのか。そういった一つ一つの細かい修繕作業が、在るべき未来の姿を保つために為されている。

 そのためにサヤたちオペレーターは眼鏡の向こう側のモニターと何時間も向かい合うことになる。数時間おきに仮眠や休憩を取ることが必要とされ、仕事を行う部屋の隣には仮眠室が設けてある。

 サヤが移動してきたのはその仮眠室。サヤはその仮眠室に入るやいなや数ある仮眠用のリクライニングチェア同士を隔つカーテンを、すべてめくった。

 誰もいないことを確認して、サヤは着信履歴に残っていた番号の主へと電話をかけた。

 相手はニ度目のコール音が鳴り止まぬうちに電話口に出た。よほど連絡を待ち望んでいたのだろうと予測して、サヤは小さく微笑む。


「早いね、お兄ちゃん」

『おせーよ、お前! 何度もかけたのになんで出ねーんだよ!』


 電話の相手は日高ナツ。サヤの実の兄。

 こっちも忙しいんだけどと愚痴を洩らす前に、ナツは畳み掛けるようにしゃべりまくった。


『一大事だよ! 大変なことになってんだよ! 俺、どうすりゃいんだよ、なぁサヤ!?』

「お兄ちゃんが大変なのは今に始まったことじゃないでしょ。そうだね、小学生あたりからやり直したらとしか言い様がないけど」

『……なんか、何気にひどいこと言ってねぇか?』

「かなり優しい言い回しにしたつもりだけど。お望みならもっと直接的に言ってあげようか?」

『……いや、いい』

「だったらちゃんと状況説明。何があったの?」


 研究で何か新しい発見があったのか。それとも何かしらのトラブルで行き詰まっているのか。

 サヤの頭にいくつかの懸念がよぎる。

 もともとフライングマンの研究なんて前例のないもの。それに加え、いつ『世界の意志』が何らかの影響をおよぼしてくるかもしれない研究だ。どんなトラブルが起こりえるのか、それこそ数え切れない程にあるだろう。

 果たしてどれ程のトラブルなのか、サヤの表情に緊張が走る。

 そして、ナツが口にしたそのトラブルとは、サヤの予想したいくつかの懸念とは見事に違うものだった。


『……あ、あいしてるって、言われた……』

「……は?」


 サヤの顔から一気に緊張が霧散する。

 サヤを知っている者ならば皆が皆、サヤのそんな間の抜けた表情を見たことがなかっただろう。

 数秒の間を置いて、復活したサヤがナツに問う。


「……バカ?」

『兄貴が真剣に悩んでるってのに一言目がそれかよッ!』

「お兄ちゃんが誰かに告白されたって私には関係ないでしょ。なに、嫉妬でもしてほしかったわけ?」

『バ、バカお前! さらに事態をややこしくすんな!』

「ん? ……もしかして、その人って私の知ってる人?」


 ――ほんの数秒、息を呑むような間。

 自分の直感が当たっていたことをサヤはその間で理解した。


「私の知ってる人でお兄ちゃんに告白するような人って一人しかいないんだけど。……男は除外していいよね?」

『当たり前だろッ!』

「じゃあ見つかっちゃったんだ、お兄ちゃん。さすがはミオ姉ぇの娘ってとこだね」

『……まったくな』


 同時にため息をつく日高兄妹。

 今までナツが身をひた隠しにしていたのは『世界の意志』からの何かしらの影響を考えてのことだった。自分たちだけに悪影響があるならまだしも、何の関係もないサンまでが巻き込まれりなどしたら、もはやミオに顔向けできない。

 また別の土地で身を隠しサンから離れることを提案したサヤだったが、それも資金や資材提供している仙堂自身がサンの助手入りを後押ししているため不可能だとナツから聞かされ、案はため息と共に空に消える。


『でもな、世界の意志に関しては俺の考えは最近変わってきてんだよな。むしろ、アレって俺たちを守るために存在してるんじゃないかって思えるんだ』


 思わぬ言葉に、吐き出すはずだったため息を呑むサヤ。

 過去旅行からこの時代に帰ってきた時、皆の記憶の中からフゥとフカちゃんの行方に関する記憶は封じ込まれてしまった。

 それは十中八九、世界の意志の仕業だろう。

 フゥの記憶を奪うことがなぜ自分たちを守ることに繋がるのか。サヤは無言でナツの言葉を促した。


『もし世界の意志がフゥの存在を認めてしまったら、世界はもう一つ存在することになっちまうだろ? 二つの世界、二つの未来が生まれちまう。そうすると俺たちのいる未来がなくなって、もう一つの全然異なった未来に上書きされる可能性だって在り得るんだ』

「だから私たちは守られてるって? それって結果論じゃない。世界の意志がそうしようと考えてやってるわけじゃないでしょ」

『俺がそう思った理由は二つ。一つは、俺やお前や仙堂さんのようにフライングマンに遭遇し、その存在を覚えている人間がいること。もしも世界の意志が本気でフライングマンの記録を消そうとするなら、俺たちまでフライングマンにしてしまえばいいだけのことだろ。そうしないのは、もはや歴史の上書きが不可能だからか、フライングマンを歴史の狭間から救いだすためにそうしているか。どちらにしても俺たちに敵意はないだろ』

「……もう一つは?」

『もう一つは、……これは仙堂さんからもらった磁気データからわかったことだけど、時空間移動で発生する磁気はお前も知ってる通り、出発ゲートと到着ゲートと名付けられた二種類しかない。だけど、その二つ以外の異様な磁気データがいろんな時代からいくつも検出されてるんだ』

「それって……!」

『派生した世界がいくつもあるってこと。つまり、フゥ以外にもフライングマンは存在する』


 フライングマンが何人も存在する。それはサヤの想像の外に位置する考えだった。

 しかし、そう考えてみれば納得もいく。管制塔が過去旅行を運営してすでに百年以上経つのだ。その間に行われた過去旅行はいくつもある。その中に、フゥの時のような不運な事故がまったくなかったとは言い切れない。

 ましてや、その記録は世界の意志や、先ほどまで隣の部屋サヤがしていた『修繕作業』によって、抹消されてしまうのだから。

 フライングマンを生み出しているかもしれない作業をあんなにも淡々とこなしていたのかと思うと、サヤは自らの浅はかさに拳を振るわせた。


『世界はいくつも偏在している。そのうちの一つでもその存在が確定されてしまえば、俺たちがどうなるかどころの話じゃない。この星自体が消え去ることだってあるのかもしれない。世界の意志はそれを防ぐために、犠牲を最小限にとどめるために、フライングマンって存在を作り出したんだと思う』

「…………」

『――って、そういう話じゃねーんだよ俺が悩んでるのは! サンが俺にあ、あいしてるだなんて言ってきたんだぞ! しかもすげー色っぽい表情で! アレ、本当にサンか? あんなちっこかったサンか? 俺これからサンとどう接していいのかわかんねーよ! なぁサヤ、どうすりゃいいんだ俺!』


 唐突に、ナツに口調がいつもの調子に戻った。

 その口調があまりにも先ほどの会話の内容とは程遠い明るさだったから、あまりにもいつも通りのナツだったから。

 サヤは思わず笑みをこぼした。映像投影での会話ではなく、声のみの通話であったことがさらにサヤの表情を崩させていた。

 ――こんな表情をお兄ちゃんに見られたくない。

 いつもバカにしているくせに、誰よりもその兄を頼りにしている。それを兄が悟ってしまえば、自分たちの関係は今のままではなくなってしまう。それはサヤの望むところではない。

 曇りがかった心に再び太陽が顔を出す。

 なぜか太陽の顔は、ナツの顔だった。


「……気味悪い」

『なぁなぁ、教えてくれよサヤ! どう接した方が男らしい!? おかげで俺昨夜全っ然眠れなかったんだから! 頼むから教えてくれ〜!』


 太陽は必死な顔でサヤに教えを請う。

 浴びせかける言葉とは裏腹な表情で、サヤは太陽に向かって微笑むのだった。




 ◆ ◆ ◆

 

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