第二十二話 : 闇に差す一筋の光
「この辺りで声をかけられたんだよね。例の『顔だけはいい奴』にさ」
隣からミイちゃんの声が聴こえる。その言葉をそっちのけで、わたしの視線は上空にある空中歩廊、別名エア・ホローに釘付けだった。
高層ビルの間に走る、渡り廊下のような造りの舞台。透過セラミックなのか強化ガラスなのかわかんないけど、透明な素材で出来た舞台がそこにあった。
舞台の上ではアイドルかタレントか、数人の女の子がなにかの商品とかのプロモーション中。その姿はまるで空中に浮かんでいるように見えてなんだかちょっと神秘的。舞台の背後にあるビルの壁面全てを使ったディスプレイでは、舞台の様子が地上からでもわかるように大きく映し出されていた。
……あれ、いくらくらい費用かかってんのかなぁ……。
「ミイちゃんすっごいねアレ! さすが都会はやたらといろんなとこに金かけてるよね〜」
「……ったく、金持ちの娘が言うセリフか?」
「? わたしそんなにお金持ってないよ」
「はっはっは、よく言うわ〜。父親が偉い人だと娘は得だよね。なんの計画も準備もなくいきなり三機も飛行機乗り継いでこんなとこまで来れるんだから」
「あはは」
「あははじゃないよ。ったく」
ミイちゃん、少しご機嫌ナナメなご様子。午前中がまるごと睡眠タイムのミイちゃんをこんな真昼間に連れ出してるんだからしょうがないんだろうけど。
ミイちゃんからナツ兄ぃの情報を聞いたのが昨日の朝方。あれからわたしは即行でミイちゃんのいる地へ向かう飛行機へと飛び乗った。携帯は家に忘れたままだけど、カードだけは持ってて助かったよ。あれがなかったら空港でとんぼ返りだったし。
『備えあれば憂いなし。ムダなものは排除して大事なものは常に備えること』
……小さい頃から教え込まれたママの教えがこんなとこで役に立つなんて、ちょっと複雑。
「それで、ミイちゃんがナツ兄ぃと会ったのってどこら辺なの?」
「ん、この辺」
「え、えぇッ! この辺って、……この広場のこと?」
眠たそうに目を細めるミイちゃん。わたしの目は対照的に大きく開かれちゃってるんだけど。
ミイちゃんが指差したその場所は、高層ビルと大きな通りに挟まれた広場。さっきわたしが見上げていたエア・ホローを眺めるのに絶好の場所。さらに広場の周りにはいろんなお店や飲食店が立ち並んでいるばかりか、駅前って言う最悪のオプション付き。
要するに、行き交う人の数が半端じゃないくらいに多いってわけ。そりゃあちょっとくらい目大きくしちゃってもしょうがないでしょ?
「……さすがに簡単には見つかってくれないよねぇ……」
おとといの深夜、ミイちゃんと遊び友達数人は遊んだ帰りにこの広場で一時間くらい話していたらしい。そこにチャラい男連中が話しかけてくる。いい感じで話が盛り上がったところでミイちゃんが歳を明かすと、相手の男がドン引き。それにムカついたミイちゃんが文句を言ったら、それまでヘラヘラしてた相手の雰囲気がいきなり変わったそうだ。
「なんか今にも殴られそうな感じになっちゃってさー。周りにいる人も関係ないみたいな顔で助けてくんないわけ。ちょっと本格的にヤバイかな、って思ってたらいきなり相手の一人がボーンって吹っ飛んだのよ」
相手が吹っ飛んだ理由は、思いっきり助走をつけて繰り出された飛び蹴りのせい。
その飛び蹴りの主こそが、わたしがずっと捜し求めていたその人――ナツ兄ぃだった。
三、四人いたチャラ男たちはいきなりのナツ兄ぃの乱入に面食らって、抵抗する間もなくあっと言う間に叩きのめされたんだとか。
あぜんとするミイちゃんたち、ボコボコにされたチャラ男たちがうめき声をあげる中、ナツ兄ぃは声高々に『男は女を守るもんだろバカ!』と言い残して、ツレの白い格好のおじさんと一緒にその場を去っていったらしい。
そのセリフも行動も、気持ちいいくらいにわたしの知ってるナツ兄ぃのままだったから、思わず顔がにやけてしまう。
そこまで話して、ミイちゃんもわたしと同じようになぜだかにやけ顔。その理由はわたしのそれとはまるっきり違ってたんだけど。
「助けてもらっといてなんだけど、正直『どこの少年マンガの主人公よアンタ?』って思って笑いそうになったわ」
そういえば前に聞いたことがあった。ミイちゃんのタイプは『気が優しくてどこか儚げで思わず守ってあげたくなるような年下の男の子』。わたしのタイプとはまるで真逆。ミイちゃんとはなんでも分かり合える親友だけど、好みのタイプだけは共感できない。
……ごく最近そういうタイプの男の子から告白されたことは、今は内緒にしておこう。
まあそんな感じでミイちゃんは興味がなかったみたいだけど、ミイちゃんの遊び友達の一人はナツ兄ぃの行動に感激して、去り際のナツ兄ぃを写真に収めたんだとか。それが昨日送ってもらった写真なわけで。
ミイちゃんにはすでにマジギレされるくらいキスしまくったけど、その写真を撮った友達にも後でキスしまくってあげなきゃね。
「で、その写真を見てたらなんでだかサンが頭に浮かんできてさ、もしかして、と思ってアンタに名前を確認したら『日高』だっつーからさ、それでピンときたのよ」
ミイちゃんには小さい頃に何度もナツ兄ぃとのツーショット写真を見せては「かっちょいいっしょ、かっちょいいっしょ!」なんて言いまくってたから、わたしとナツ兄ぃの顔がセットになってて頭のどこかに残ってたんだろうな。ナイス、わたし。
まぁとにかく。
ナツ兄ぃの居場所はこの土地のどこか。首都近郊にあるこの街を基点にして探し続ければ何かしら情報が出てくる可能性はあるってことだ。もちろんすでに別の場所に消えているって可能性もあるけど、それでも何の手掛かりもなかった昨日までに比べれば段違い。
真っ暗だった世界に差し込んだ一筋の光。――見失ってたまるもんか。
「ミイちゃんホントありがと。あとは自分でいろいろやってみるよ」
「自分でって、どうすんの?」
「ミイちゃんにしたことと同じことだよ。ナツ兄ぃの写真見せて、何か知ってることがあるかどうかとにかく聞き込み。こんだけ人がいることだし何か収穫あるかも」
「聞き込み? なんでそんな地味なことすんのよ、ネットで書き込みすりゃいいじゃん」
「そうもいかないんだよね。敵はネット経由の情報を削除するのがお上手みたいだから」
「敵ってなによ?」
「さぁ? わたしも知りたい」
ミイちゃんがハテナ顔で顔を斜めにしたその瞬間、広場に時報の音が響いた。
正午であることを示す音楽が広場に鳴り響く。その音を聴いて、ミイちゃんは「うああ」と唸りながら空を見上げた。
「……こんな時間に起きてるなんて、あたしも墜ちたもんね」
空を見上げながら憂い顔を浮かべる自称夜の女、ミイちゃん。
夏真っ盛りで元気いっぱいの太陽は、一切の容赦なくわたしたちを照らしていた。