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第二十一話 : 暴走特急、再始動

 

 急転直下。晴天の霹靂。寝耳に水。

 物事が急激に変化した時に使う言葉を一通り思いついてみたけど、どれも実際にその状態になってみた今となってはピンとこない。

 一番的確なのは、頭が真っ白になるって表現。

 モニターの向こうのミイちゃんのその言葉は、まさしくわたしの頭の中をきれいに真っ白にしてくれた。


『やっぱあたし、さっきナツさんと会ってるわ』




  ◇ ◇ ◇




 その日は学校が夏の長期休暇に入ったばかりの、最初に一日だった。

 休暇中でもわたしの予定は全部詰まりに詰まりまくり。図書館で本を読みあさったり、師範のところに武道の稽古に行ったり、白秋先生に銃の扱いを習ったり、その合間に友達と遊びに行ったり。とにかく休む間なんかほとんどない超過密ハードスケジュール。

 そんな超密度のスケジュールが始まろうとした最初の一日目の朝、その電話はかかってきた。


『やっほ〜! サン、居る〜?』


 机の上に置いてある携帯から聞き覚えのある声と、見覚えのある顔が浮かぶ。

 充電器から投影されたその映像と声は、ほぼ毎日会話を交わしている親友、ミイちゃんのものだった。


「あーミイちゃん! おっはよ〜!」

『おお、やっぱ起きてたか、この健康優良児』

「起きてたかって、もう六時じゃん」

『あたしにとって六時はまだまだ夜のうちなの。寝るまでは今日なの。わかる?』

「なにそれ? もしかして徹夜してたの?」

『せっかくの長期休暇だしね。さっきうちに帰ってきたとこ〜』

「不健康だねぇ」

『ほっとけ』


 宙に投影されるモニターの中から、ミイちゃんはいつもの男の子っぽい顔で微笑んでいた。

 夜遊びでテンションが上がってるせいか、やけにニタニタしてる。それともお酒でも飲んできたのかな?


「ミイちゃん、お酒はほどほどにしなよ」

『酒じゃないって。明け方までやってるアミューズがあってさ、そこでフラッシュ浴びすぎて脳が興奮してんの!』

「……それ、やばくない?」

『毎日行ってる奴で頭がおかしくなった奴が居るらしいけど、週に一度くらいだったら大丈夫なんだって。クスリと違って依存性ないし。大丈夫、大丈夫!』


 ……心配だなぁ。光の脳への刺激と後遺症とかについて今度調べてみようかな。もし悪い影響が出るものなら、ミイちゃんを説得して止めさせなきゃね。

 小さな頃からわたしの恋愛相談役になってくれていたミイちゃん。四年前に都心の方に引っ越してしまってからも、ほとんど毎日電話で連絡を取り合っている。一緒にどこかに遊びに行くことは半年に一回くらいしか出来なくなっちゃったけど、それでも親友関係はちゃんと継続中。最近じゃわたしの方が恋愛相談される方になっちゃったけど。


『あ〜もう、なんでここらへんの男ってこうもチャラい奴が多いかなぁ? そのくせホントの歳言ったらソッコー引くんだよ? 十四歳、上等じゃないよ、ねぇサン?』

「そんなの彼氏にしたって長続きしないって。よかったじゃん、あっちから消えてくれたんだから」

『うー。でもさー、顔は良かったんだよねー、顔だけは』

「うんうん、顔は大事だよね〜。ところでミイちゃん、夜更かしばっかしてるとその大事な顔にシワが出来やすいんだってよ」

『げ、……マジで?』

「マジ。歳相応に見られてないってのもちょっとヤバイね。……ミイちゃん、老けた?」


 モニターの向こうで「ガーン」って言いながら崩れ落ちていくミイちゃん。いつの時代のリアクションなんだか。

 六年前の通学路で会話していた時と同じように繰り広げられるわたしたちの会話。それは本当に普段とまったく変わることのない、いつもの通りの何気ない会話だった。

 モゾモゾとモニターの前に戻ってきたミイちゃんが、その問いを口にするまでは。


『あ、そう言えばさー、サンの好きだった人って名前なんだったっけ?』

「好きだった、じゃなくて今でも大好きだよ」

『あ〜わかったわかった。で、名前なんだったっけ?』

「日高ナツだよ。わたしはナツ兄ぃって呼んでる。……どうして今さらそんなこと訊くの?」

『日高ナツ……ナツ……ひだか……』


 ぼそぼそとナツ兄ぃの名前を呟きながら首をかしげるミイちゃん。さっきまでのハイテンションはどこへやら、なんだか妙に真剣な様子だ。

 その呟きが消えたと思った、その瞬間。

 わたしの頭の中は、ミイちゃんの次の言葉で、真っ白に染められた。


『やっぱあたし、さっきナツさんと会ってるわ』


 ―――――――――。

 …………え?

 今ミイちゃん、何て言った?

 ヤッパアタシ、サッキナツサントアッテルワ。

 やっぱあたし、さっきなつさんとあってるわ。

 わかんない。わかんない。

 何言ってんの? 意味わかんない。どういうこと? 説明してよ。

 そうだ、説明だよ説明。そんなわけわかんないこと突然言われても困っちゃうじゃない。

 どういう意味よ、ミイちゃん。ねぇミイちゃん――!


「――ミイちゃんッ!!」

『うわァ!』


 ミイちゃんはまたもモニターから姿を消した。ってか、勝手に消えるなッ! 早く戻ってこいミイちゃん!


『あたたた……。アンタねぇ、いきなり黙り込んだかと思ったら突然大声だすんじゃないっての』

「ミイちゃん! ミイちゃん! ミイちゃ〜〜ん!」

『なによなによなによ!』

「さっきなんて言った? さっきなんて言った!? さっきなんて言ったのかもう一度言ってみろーーッ!」

『なによなによなによっつったわよーッ!』

「そっちじゃねぇー!」


 ぜぇぜぇと息を切らしながら互いににらみ合うわたしたち。朝六時から大声で叫びあってなにしてんだろうとか思う余裕なんか全然ない。

 だってそうでしょ? さっきのミイちゃんの言葉がホントなら、ナツ兄ぃの居場所が判明したってことになるんだから!


「ホントに!? ほんっとーにナツ兄ぃだったの!? ってかミイちゃんナツ兄ぃの顔知ってんの!? ウソだったら本気で怒るよ!」

『ホントホント、マジのマジ。前にアンタから写真見せてもらったことあるし、その人『日高さん』って呼ばれてたもん。もしかしてと思って携帯で顔撮っといたから、そっち送ろうか?』

「今やって! すぐやって! 五秒以内にこっち送って〜〜!」

『はーい、今転送中〜』


 ミイちゃんが言い終わると同時に携帯に新着通知の文字が浮かぶ。手馴れているはずの携帯なのに、メールを開く動作がどうだったかわからない。うわ。わたし今、超テンパってる。

 メールに添付されている画像には二人の男性の後ろ姿が映っていた。

 一人は白髪頭に上下白のスーツのおじさん。真後ろから撮った写真だから顔は見えないけど、多分五十歳くらいはいってそうな感じ。

 そして肝心のもう一人は、前髪をオールバックであげた二十代後半くらいの男の人。隣を歩く白い格好のおじさんに笑顔を向けていた。

 その横顔の目の部分に焦点を合わせて拡大。顔が変わったって体型が変わったって、目を見れば絶対に見分けられる。

 ゆっくり拡大されていくその目を見て、確信した。

 だってその目は、サヤ姉ぇとまったく同じ目だったんだから。


「……ナツ兄ぃだ。……ナツ兄ぃだよ。ナツ兄ぃがいる……」

『もしもし、サン? どうだった? 当たってた?』

「バッチリだよ、グッジョブだよ、完璧にこの人だよーッ!」


 六年前のあの時も少しやつれていたけど、写真の中のナツ兄ぃはそれよりさらにやつれていたけど、あのお日様みたいな笑顔はまったく変わってない。あの頃のままだ。

 なんでミイちゃんがナツ兄ぃの顔を覚えていたかとか、隣を歩く白いおじさんが誰かとか、なんでそんなにやつれているのかとか、そんな疑問は一切湧いてこなかった。

 湧いてきたのは、抑えようのない感激だけ。

 満面の笑みと共に、わたしはミイちゃんに向けて感謝の言葉を叫んだ。


「ありがとミイちゃーーん! 愛してるよーーッ!」

『あっはっは、そりゃ光栄だわ。そんで? このグッジョブの報酬は?』

「今すぐそっち行ってキスしてあげるーーッ!」

『は? 今すぐ? 何言ってんのアンタ。…………あれ、サン? おーい、サーン、愛しのサンちゃーん?』


 通話中の携帯をそのまま残して、わたしは猛ダッシュで家を飛び出していた。

 目指すはミイちゃんの居る土地。そして、ナツ兄ぃが居る土地。

 六年間探し続けたナツ兄ぃを、あの頃の幸せを取り戻すために。




 



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