第十九話 : 求めるのは、力
スコープを覗き込む。小さな筒の中に二人の人間が見える。
一人は男。無精ヒゲを生やして、いかにも悪者って感じの笑顔でヘラヘラと笑っていた。
男の腕の中に、もう一人の人間。
私と同じくらいの年齢の少女。涙に溢れた瞳が、こちらに助けを求めているのがわかる。
少女は男に首をがっしりと腕で捕まえられていて身動きができない。男は少女を盾にしながら、こちらに銃を向けた。
その銃に向けて、一発。
うまく銃にあたればお慰み、弾道がズレたとしても、男が突き出した右手には当たるはず。
『ぐあッ!』
男の右手から血しぶきと銃が弾け飛んだ。
続けて発砲、今度は肩に。
撃たれた衝撃で男の肩が後方へとズレた。女の子はその隙にうまく男の腕から逃れ走り去る。
――さっきまで涙目だったくせに、ちゃっかりしてるなぁ。
逃げた女の子に感心しながらも、照準は男から外さない。
弾け飛んだ銃を拾おうと、男は素早い動きで横へと飛んだ。右腕は使い物にならないと悟ったのか、左腕で銃を掴む。そして転がりながら装填、血だらけの右腕を固定台代わりに添えて、銃をこちらに向けた。
その動作はほとんど一瞬の間に行われた。――だけど、まだ遅い。定めた照準を外されるようなスピードじゃない。
男の銃がわたしの位置を捉える前に、わたしはもう引き金を引いていた。
『がっ』
断末魔の叫びと呼ぶには少し迫力が足りないけど、案外そんなものなのかもしれない。
額を撃ち貫かれた男は、そのまま慣性で転がり続け、やがてうつぶせで止まった。
何もない荒野にいくつかの男の死体が横たわる。わたしが倒した敵の死体。その全てが無精ヒゲの男と同じ顔だった。
その瞬間、目の前に『CLEAR』の文字が浮かぶ。そして背後からは、いつもの陽気な声が響いてきた。
「いや〜、簡単にクリアされるようになっちゃったわね〜。サンちゃんは優秀だね、超優秀〜」
ゴーグルを外して背後に振り返ると、そこには金髪を振り乱しながら喜ぶ先生がいた。
この教室の責任者であり、わたしが今やっていたゲームの開発者であり、わたしに銃の扱いを教えてくれた恩人でもある人、白秋先生。
白衣姿でケラケラ笑うその姿からは、とても銃の名手なんてことは想像できない。わたしもこの目で先生の射撃を見るまでは、とても信じられなかった。
ニコ〜ッと微笑んだまま、先生は三十メートル以上離れた場所で動く的を、あっさりと射貫いた。それも十回連続で。一度のミスもなく。
この人がその気になれば凄腕の暗殺者とかになれるんじゃないかって不安に思う時がある。白秋先生が笑いながら人とかバンバン撃ってる姿。……すごく簡単に想像できるのが怖い。
「もうこのレベルじゃサンちゃんには簡単すぎるみたいね〜。プログラム組み立てなおして、もう少し素早く動ける敵を複数同時でいれちゃおっかな〜」
「……先生、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん〜? なあに〜?」
「本物の銃を撃たせてくれないかな。できれば、弾も実弾で」
その言葉に、先生は真顔になる。
ここ半年、ゲームでの練習で照準の定め方、撃ち方、目標までの距離による弾道の逸れ具合、細かな修正、そんな基本的な銃の扱いは習ってきた。
だけど、まだ足りない。
わたしが必要としているのは、実践で使えるレベルでの銃の扱いだ。本物の銃による衝撃も、威力も、弾の詰め方も、それにかかる時間や手間も、わたしは知らない。知らなければ実践では何一つ使えない。
わたしの思いと眼差しをかわすように、白秋先生はまたいつものようにヘラ〜っと微笑む。
「サンちゃ〜ん、わかってると思うけどさ、わたしのこの授業って別に人を撃ち殺す方法を教えるためのものじゃないのよね〜。銃の扱いを知っておくのはアリだと思うけど、本物の銃を撃てるようになる必要なんて今のあなたの生活に必要なくな〜い?」
「たしかに必要ないかもしれないけど。……だけど、いざって時に知らないで後悔したくない」
「いざって時ってどんな時〜? もしあなたが人を撃ち殺さなきゃならない時が来たとしたら、私はその時に『教えるべきじゃなかった』って後悔でいっぱいになっちゃうわよ〜」
「人を殺すことに使うつもりはないよ!」
「犯罪者って、いっつも捕まった時には『相手を殺すつもりはなかった』って言うわよね〜」
……手ごわいなぁ。
白秋先生は銃の扱いを知ってるだけに、その危険性も充分知ってる。だからこんなに本物の銃を使わせることに反対するんだ。
でも、わたしだっていいかげんな思いでこんなこと言ってるわけじゃない。
変わらなきゃいけないんだ。
強くならなきゃ。強く、強く。
「サンちゃんは、銃を使ってなにするつもりなのぉ?」
「……取り戻したい」
「ん〜、なにを取り戻したいのかなぁ〜?」
白秋先生の声が教室に響く。わたし以外の生徒はもうすでに帰ったあとだ。
ゲーム用の銃を机に置いて、わたしは胸元のペンダントを取り出した。
ずっと昔、ナツ兄ぃに買ってもらった、おそろいのペンダント。
ナツ兄ぃのペンダントにはフカちゃんのメモリーチップが入っていた。中身を取り出すことのできない、開くことのない宝箱。
ペンダントを開いて、先生に見せる。
そこには、わたしの宝物が、一番幸せだったあの頃の写真が入っていた。
「あら〜、これってサンちゃんの小さい頃の写真〜? かわいいわね〜。サンちゃんの横にいる青年も好みだわ〜」
「へ〜、先生、男見る目あるね」
「ありがとん♪ で、この写真がどうかしたの?」
「……先生、わたし、『力』がほしいんだ。誰かを守れる力。誰かの助けになれる力。だから、今の自分ができること、全部やっておきたいんだ」
――もう、置いていかれたくないから。
「?? 先生、意味わかんないなぁ〜。わかりやすく教えてくれるかなぁ」
「うん、いいよ。でも、ちょっとつまんないかもしんないけど」
先生に全部話そう。別に隠すようなことでもないし、恥ずかしいことでもない。先生にわたしの決意を理解してもらうには、その方がいいだろうし。
ナツ兄ぃのこと。わたしの想い。六年前のあの特別な一日のこと。
そして、あの時誓ったわたしの決意も、全部。