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第十七話 : 終わることのない悪循環

 

 ――成し遂げたいことがあります。一生をかけてでも、守ると誓った約束があります。

 ――約束したんだ。いつか必ず迎えに行くって。


 約束?

 約束って、なに?

 どんな約束?

 誰との約束?


 ――フカちゃんとも彼女とも約束した。これ以上、待たせていられないんだ。


 フカちゃんとも、『彼女』とも?

 彼女って誰?

 わたしの知ってる人?

 その人は、ナツ兄ぃにとってなんなの?

 ナツ兄ぃにあんな真剣な表情をさせるくらい、大事な人なの?


 ――じゃあ行ってくるな。いい子にしてろよ、サン。


 ……いや、いやだ。行っちゃやだよ……。

 行かないでよ、ナツ兄ぃ……。

 お願いだから、お願いだから……!

 ちゃんといい子にするから……!

 「そばに居て」なんてワガママ言わないから!

 だから、だから……!


「――――ナツ兄ぃ!」


 一面の、白。

 目の前に飛び込んできたもの。そして、頭の中で広がった光景。

 なにがなんだか、全然わからない。

 ここがどこなのかも、今がいつなのかも、それがなんなのかも。

 何分か過ぎてから、ようやく気付いた。

 ここはわたしの部屋のベッドの上で、今は明け方で、その一面の白はわたしの部屋の天井の色で。

 ベッド脇に目をやると、そこにはわたしの手を握りしめたまま寝ているサヤ姉ぇがいた。


「……なんでサヤ姉ぇがいるの?」


 まだ頭がうまく回らない。

 見慣れたはずの自分の部屋が、まるで初めて入った他人の家みたいに、どこかよそよそしく感じる。

 握りしめられているはずの手も、なんだか自分の手じゃないみたいに感覚がない。

 なにかが欠けているんだ。でも、なにが?


 ……本当はわかってる。だけど、わからないフリをしていた。


 何も知らないフリをしていれば、何も起こらなかったんだって錯覚できるから。

 何も思い出さなければ、何かが変わっていることを気付かなくてすむから。

 だけど、やっぱりそれは無理で。

 わたしの記憶は、わたしが望んでいなくても、全てを覚えていた。




  ◇ ◇ ◇




 別れのあいさつを告げたきり、ナツ兄ぃは一度も振り返ることなく消えていった。

 その後ろ姿を、わたしはまばたきすることもなく、ずっと見つめていたんだ。

 ずっと、ずっと。

 裸足のまま立ち尽くしているわたしを迎えに来てくれたのは、サヤ姉ぇだった。


「……サン」


 サヤ姉ぇが少し辛そうな顔をしていたことも。

 一緒に研究所の中へ戻ったことも。

 サヤ姉ぇがパパやママに話をして、皆で一緒に戻ってきたことも。

 そして、帰ってきた家の中で見つけた手紙の内容も。……全て、覚えていた。




『  サンへ


 俺のこと、ずっと心配してくれて、ありがとな。そしてごめん。

 さんざん心配させといて、突然いなくなること、許してほしい。

 許せないなら、恨んでくれてもいい。

 それくらい、お前や教授、ミオ姉ぇには申し訳なく思ってる。

 でも、それでもやらなくちゃいけないことがあるんだ。

 親友との約束を果たしたいんだ。

 大切な人との約束を守りたいんだ。

 そのためには、ちょっとばかし危険なこともやらなくちゃいけないんだ。

 だから、黙って行くことにした。

 サンたち家族を巻き込むことは、やっちゃいけないことだと思うから。

 俺はお前の兄貴のつもりでいたけど。

 お前は俺のことをそんな風に見ていなかったかもしれないけど。

 ダメな兄貴で、ごめんな。

 いつか約束を果たしたら、その時に罪滅ぼしさせてくれ。

 ちゃんと教授の言うこと聞くんだぞ。

 ミオ姉ぇの手伝いもしろよ。

 すぐ手をあげるクセは直した方がいい。

 食べ物は好き嫌いなく食べろ。

 いつでも元気で明るいサンでいてくれ。

 じゃあな。また、いつか。


  日高ナツ  』




 パパとママと、そしてわたし宛てに綴られた、ナツ兄ぃからの手紙。

 その手紙を何度も何度も読み直して、どこかに期待していた言葉がないかを探しまくった。それこそ、穴があくほどに。

 結局その手紙には、どこにも今夜起こったことがウソだなんて記述はなくて、逆にホントのことなんだと、改めて認識させることしか書いてなくて。


「なんで……ウソだよ……ウソでしょ……。――ウソって言ってよナツ兄ぃッ!」


 その頃になって、ようやく心は再起動し始めた。

 スイッチが入っちゃったら、もうダメ。もう、止まらない。

 手紙の文字が次第に見えなくなっていく。文字が滲んで。視界が揺らいで。手が震えて。

 心がかろうじて暴走しないですんだのは、サヤ姉ぇが抱きしめてくれたおかげだった。

 サヤ姉ぇの胸の中で、痛いくらいに実感した。

 この二年間に起こったことなんか、目じゃないくらいに最悪なこと。ナツ兄ぃがわたしの前からいなくなってしまったこと。それがどうしようもないホントのことなんだって、痛いくらいに実感した。




  ◇ ◇ ◇




 薄暗い明け方の光が、白い天井にぼんやりと反射する。その天井を見ながら、思う。

 どうして、一人っきりで行っちゃったんだ……。

 どうして、わたしを連れていってくれなかったんだ……。

 どうして、わたしは気付くことができなかったんだ……!

 ナツ兄ぃがおかしかったことは、ずっと前から気付いていたはずなのに……!

 悔しい……、悔しいよぉッ! ずっと見てたはずなのに! ナツ兄ぃのことならなんでも知ってると思ってたのに!

 泣かないように目を閉じても、歯を食いしばっても、もうナツ兄ぃの手はわたしの頭を撫でてくれない。あの温かい声で慰めてくれない。

 悔しくて泣いて、いつも慰めてくれた人がもういないことを思い出して、また泣いて。

 終わることのない悪循環は、眠っていたサヤ姉ぇが起きるまで、ずっと続いた。






 それから時は流れ、わたしは十四歳になった。

 ナツ兄ぃが過去旅行に行ったあの時と、同じ年齢に。





 

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