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幕間 : 宴の始まり

 

 ◆ ◆ ◆




「私の顔に何か付いていますか」

「あ、いや、そういうわけじゃないんすけど」


 二年前、彼と私が始めて交わした会話は、そんな他愛もないものだった。


 新しい事業着手への参考材料、最新の研究とやらの進展具合の確認。そう言ったことを口実にして訪れた、地方にある大学の研究発表会。

 どこででも行われているようなありきたりな研究の数々、大して実になりそうなものもなく、本来の目的にそぐう人材も見当たらず退屈に嫌気がさしていた頃、一人の若者がこちらに視線を投げかけているのに気付いた。

 視線などどこに居ても感じる。それは例えば妬みであったり、へつらいであったり、畏れであったり。

 どちらにしろ、それらの視線は私の持っている権力や財力、わたしの『力』に向けられているものだ。私自身に向けられる視線ではない。

 彼と初めて出会ったこの時も、そう思っていた。

 だが彼は、私のことを知っていなかった。『仙堂』の名前は知っていただろうが、その人物の顔までは知っていなかったようだ。

 彼の興味を引いたのは、私の風貌だった。

 まだ黒く残る部分を全て白く染め上げた頭髪。白のシャツを着込み、白のスーツを羽織り、白のズボンと白の革靴といった、頭の上から靴先まで全て白で統一されたこの姿に彼は興味を引かれたらしい。

 この姿に好奇の視線を向けるものは別に彼が初めてではない。むしろ、普通に見過ごしていく者の方が少ないだろう。

 確かに、全身真っ白の姿の人間など日常生活ではなかなかお目にかかることなど出来ないだろう。そのことをよくわかっているからこそ、好奇の視線を受けることはむしろ宿命と受け入れ、受け流してきたのだ。

 もちろんこの姿をしているのはただの道楽ではない。理由がある。

 その理由を誰にも話したことはない。誰かに話すつもりもない。今までも、おそらく、これからも。

 誰も知ることのないその理由を、彼はいとも簡単に口にした。


「……昔、おじさんみたいな真っ白な姿をした女の子を見たことがあるんです。彼女の同類なのかと思って、つい」


 ――『彼女の同類』。

 彼の知り合いだというその『彼女』とは、今の私のように全身真っ白だったと言うのか。

 その言葉が意図するものとは。

 目の前にいるこの若者は私と同じく、『例の存在』をその目で見たことのある者だと言う事ではないのか。


「興味深いお話ですね。よろしければ、少しお聞かせ願えませんか。私の名は、仙堂ジンと申します」

「あ、俺は日高ナツって言います。……仙堂ってどっかで聞いた名前っすね」


 これが私と彼との出会い。

 長い間捜し求めていたピースの繋ぎ手を、ようやく見つけた瞬間だった。




  ◆ ◆ ◆




『――で、その彼とやらは本当に役に立ちそうなんですかねぇ?』


 薄暗い書斎の中、モニターの向こう側から柳が話しかけてくる。

 話のついでに訊いてみただけだとでも言いたげに、柳は興味なさそうな顔をしながらそう訊ねてくる。

 私が見つけてきた彼のことが気になって仕方がないのだと、その態度が如実に語っていることを気付いてはいないのだろう。まったくもって、わかりやすい男だ。

 おそらく、柳が気になっているのは一つだけ。彼――日高ナツが、自分よりも必要とされているのかどうか。それだけだ。

 柳にとって、他人の自分への評価は常に最高でなければならない。自分よりも上の存在の人間など存在してはならない。認めてはならない。他人の評価こそが柳の生きる糧であり、コンプレックスなのだ。

 実際、彼の持っている能力や才能は極めて凡庸であると言わざるを得ない。

 彼が管制塔の高官という肩書きを得られたのはただの親のコネだ。彼とは長い付き合いになるが、それ以外の理由が見当たらないし、思い当たる節もない。

 自らの力量にそぐわない立派な肩書き。

 それ程の役職を用意できる彼の家庭環境。

 そんな家庭環境内での彼の存在意義。

 コンプレックスの塊のような人格が出来上がるのは、ごく当然だったのかもしれない。


「私としては、彼の力量にはさほど期待はしていないんですよ」


 私のその言葉を聞いて、柳はモニターの向こうで「ハッ」と鼻で笑った。

 どう見てもホッとしているような表情だが、そこに触れる程私は愚かではない。

 柳は機嫌よさそうに、私の言葉の続きを待っていた。


「私が彼に求めているものは一点のみです。『フライングマン』という存在を空想の産物としてではなく、真剣に研究対象として捉えてくれること。その点さえ充たしてくれれば、よほどのバカでない限りは有効利用させてもらいます。……答えになりましたか?」

『ええ、充分に。それにしても有効利用、ねぇ。ああ怖い怖い。僕もせいぜい仙堂さんに使い捨てされないよう、注意しときますよ』


 モニターの画像が消えていく。最後に映ったのは、柳のほくそ笑むような汚らしい表情だった。

 愚かな男だ。もっとも有効利用されているのが誰なのか、想像すらしていないのだろう。

 そんな男だからこそ、こちらも利用しやすいのだが。

 期待と信頼を渇望している者には、それらを与えてやればいい。どうせ本物の期待と信頼など彼は寄せられたことすらないだろう。例えそれが仮初めのものだとしても、彼はそれに気付きはしない。

 私が心から信頼するのは、後にも先にもただ一人。

 もうこの世に居ない、かつての親友――オズだけだ。


「……さて、そろそろ彼がこちらに向かっている頃か」


 柳と会話している間に夜も大分ふけていたようだ。

 そろそろ彼も、あの研究所からこちらに向けて出発している頃だろう。こちらからよこした迎えとうまく合流できていれば、明日の夜にはこちらに到着できるはずだ。

 まったく、我ながらずいぶんと遠まわしな方法をとったものだ。

 あの研究発表からすでに二年。二年もの間、あんな貴重な人材を野放しにしてきたのだから。

 しかし、これでようやく全てのピースはそろった。パズルを完成させてくれる繋ぎ手も見つかった。あとはパズルが完成するのを待つだけだ。



 さぁ、ようやくだ。ようやく始まる。

 イオの仇。オズの無念。そして私の野望が、ようやく動き出す。

 さぁ始めよう。復讐の連鎖を。終わることなき弧地獄を。

 宴の名はもう決めてある。その名は――《if》。




  ◆ ◆ ◆


 

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