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第十四話 : 特別な一日(2)

 

 ママと一緒に研究所の門をくぐると、もう入り口からすでにたくさんの人たちでごった返しになっていた。

 研究員たちやあの実験に携わった人たちやその家族、大学関係者や資金提供してくれた偉い人たち、さらにはテレビでしか見たことのない有名人やらなんやらで、かなり広いはずの研究所は人で充ち溢れて、はっきり言ってうざったい。

 会場であるラボは研究所の奥の方。そこまでは長い廊下を歩かないといけない。ママのメイクアップの秘密兵器とか奥義とかなんとかが余すことなく取り入れられた格好は、ハッキリ言って、かなり動きにくい。

 スカートはやたらとでかいし、肩はノースリーブっぽくなってるから動きやすくていいんだけどあまり動かしてるとストールがずり落ちちゃうし、髪には何箇所か派手なエクステとかウィッグとか付いてるし、とにかく、動きづらくててめんどくさい。

 なんでこんなめんどくさい格好をするのかママに問い詰めたら、こんな答えが返ってきた。


「アンタくらいの歳の子はこんな時にこそ背伸びして見えるくらいの格好がちょうどいいのよ。大人になるとなかなかできないからね、そういうの。かなり必死っぽく見られるから」


 何が必死っぽいのかはよくわかんないけど、だったらわたしだってこんな格好したくないんだけど。

 でもせっかくのドレス姿をナツ兄ぃに見てほしい気持ちもなくはない。やっぱりわたしだって女の子だしね。ナツ兄ぃから褒めてもらえるなら少し動きにくいくらいはガマンしてみせる。

 ……そんな気合で望んだっていうのに。


「おおっ、サン! キレイじゃないですか! 見違えましたよ!」


 わたしのドレス姿を一番に褒めてくれたのは、人波の中から這い出るように出てきたパパだった。

 パパにくっついて来たどっかのお偉いさんや研究員たちの嬉しくもない褒め言葉にいちいち返事を返さなきゃいけないし、おいしそうな豪華な食事もママの『絶対服を汚すな』の命令であまり口に運ぶこともできないし、とにかく、めんどくさい。

 肝心のナツ兄ぃの姿はどこにも見えないし、パパはまた人波引き連れたままどっか行っちゃったし、こんな状態のままあと二、三時間も過ごすの?

 ……死ぬ。めんどくさすぎて死んじゃう。


「ほらサン、クマさんのスピーチが始まるとこよ。あたしたちもスピーチ台の脇に行くわよ」

「めんどくさ〜い」

「めんどくさくても来なさい。それが終わったら好きなとこ行ってていいから」

「……ぶー」

「今は子ブタ禁止」

「にゃー」

「それならいいかな」


 ちぇ、いいのか。

 許可された『にゃー』を抵抗代わりに連呼しながら、ママの後に付いてしぶしぶスピーチ台の脇へ。途中、わたしよりもかなり小さい子が不思議そうな顔で『にゃー?』って言ってきたのには、さすがに恥ずかしかった。

 ……今度から人前で『ぶー』とか言うのは控えようかな。


「ははっ、今日はおとなしいじゃねぇか、サン」


 突然の不意打ちだった。

 わたしを不思議そうに見つめている子に気を取られている間に、わたしがずっと探していたその人は、いつもの笑顔ですぐ目の前に立っていた。


「うわ、ナツ兄ぃ! ナツ兄ぃだ! ナツ兄ぃがいる! 動いてる!」

「そりゃ動くだろ」

「ねぇねぇナツ兄ぃ! 見てよコレ、わたしのこの格好! どうよどうよ!?」

「ん? この格好?」

「うん、似合ってる。いつもよりもすごいかわいいよ、サン」

「うきゃ〜〜、マジっすか〜〜! ……って、サヤ姉ぇ?」


 ナツ兄ぃの背後からひょこっと顔を出したのは、随分久しぶりに会うサヤ姉ぇだった。

 スーツ姿のナツ兄ぃも珍しいけど、サヤ姉ぇのワンピース姿も珍しい。普段はカッコイイ系のスラッとした格好しかしないのに。

 ただでさえ美人のサヤ姉ぇのきちんとした格好を見ると、なんて言うか、自分が場違いな感じがしてちょっとやな感じ。くそ、美人はこれだからいやだ。


「あら、サヤじゃない。久しぶり〜」

「久しぶりだね、ミオ姉ぇ」

「相っ変わらずちびっこいわね。おまけになによそのワンピース。かわいい系で攻めていくつもり?」

「ミオ姉ぇこそ歳相応に落ち着いた格好だね。こういう場でこそ豪華な姿で本領発揮するのがミオ姉ぇだと思ってたけど。歳には勝てないってことかな」

「はん、華麗に着飾るだけが手じゃないわよ。いろんなしがらみや影響とかを考えて行動してこそ『大人』なの。この格好にもそれなりの意味はあるのにそれを見抜けないようじゃまだまだ『子供』ね。あ、『小人』の方が意味も見た目も合ってるかしら」

「その格好の意味? もう華麗な格好なんてできない大人の侘しさしか感じないけど」

「あははは、なかなか言うじゃない、サヤ」

「ふふ、ミオ姉ぇこそ」


 いきなり胃が痛くなるような攻防を笑顔のまま繰り広げるママとサヤ姉ぇ。

 あいさつ代わりにこんな会話を交わすのがこの二人のいつものやり取り。仲がいいのか悪いのかよくわかんないけど、なんとなく楽しんでるような感じするし、ほっとこ。


「ねぇねぇナツ兄ぃ。しばらく研究をお休みするって聞いたけど、ホントのことなの?」

「ああ、そのつもりだよ。……教授の後にやるスピーチが、最後の仕事だな」


 ――最後の仕事。うわ、なんて魅力的な響きなんだろ。

 それさえ終わればもうナツ兄ぃは自由の身なんだ。もう研究に追われることも時間に追われることもない。前みたいにいっぱい一緒に過ごすことができるんだ。


「じゃあさじゃあさ! 今度ナツ兄ぃのうちに遊びに行くよ! 一ヶ月くらい泊まってくつもりで行くからね! 覚悟しといてよ!」

「はは、そうだな。……全部、終わったらな」

「そうだよそうだよ! うわ〜、早くスピーチ終わんないかな〜。パパに即行で終わらすように言ってくるね!」


 パパの次がナツ兄ぃのスピーチなんだから、パパが早く終わればそれだけナツ兄ぃの仕事が終わる時間も早くなるんだ。『一分以内に終わらさなかったら刺すからね』とかなんとか脅しておけばうまいことやってくれるはずだよ。


「ほら、行くよママ! パパを刺しに、……じゃなくてパパを激励しに行こう!」

「はいはい、それじゃ二人とも、また後でね」


 サヤ姉ぇとお話中のママの手を無理やり引っ張る。

 目指すはパパの居るスピーチ台。動きづらさなんて気にしてる場合じゃない。とっととナツ兄ぃを自由の身にするんだ! 二年間甘えられなかった分を取り戻すくらい、ず〜〜っとナツ兄ぃと一緒にいるんだから!

 その時のわたしの目には、すぐ先にあるはずの希望しか見えていなかった。




  ◆ ◆ ◆




「……で、なんでここに居るんだ、お前」


 元気そうに駆けていくサンの後ろ姿を見送りながら、ナツは傍らに立つサヤにそう訊ねた。

 人がたくさん居る場を苦手とするはずのサヤが、それなりの格好に身を包んでこの場に訪れていることを、ナツは不思議に思っていた。

 兄の晴れ姿を拝みにでも来たのかと、一瞬浮かんだ考えはすぐに消し去る。

 そんな理由でわざわざこの場に足を運ぶとは考えにくいし、サヤはこれからナツのしようとしていることをすでに知っている。祝うはずがない。

 サヤの表情から先程までの笑顔が消える。

 それは、覚悟の表情。

 これから訪れる事態を受け入れる覚悟を決めた、強い決意を秘めた表情。

 八年前にその表情で睨みつけた一人の少女を思い出しながら、サヤは少しだけ微笑んだ。


「あの時も今も、わたしは誰か大切な人を守るために動いてるんだね」

「……? 答えになってねぇし、意味わかんねぇんだけど」

「『さや』は刀身を守るためのもの。そんな名前に生まれたんだから、しょうがないのかもしれないけど」

「……なんかよくわかんねぇけど、もしかしてお前、俺を止めようとしてんのか?」


 その問いに、サヤは微笑んだまま首を横に振って答えた。


「そんな簡単に止められるような利口な人じゃないでしょ、お兄ちゃんは」

「じゃあ、なんのためにここに来たんだ?」


 サヤの視線が一人の人物を捉える。元気一杯に駆けていく、一人の少女の後ろ姿。

 その後ろ姿を見つめたまま、サヤは答える。


「だから言ったでしょ。大切な人を守るためだって」


 サヤの視線を追って、初めてナツはその言葉の意味に気付いた。




  ◆ ◆ ◆




 モニターからの視線を感じて、ふと我に帰る。少しばかり物思いに耽っていたようだ。

 会話中に意識を別に飛ばすなど失礼だったな。たとえ、相手が誰であろうと。


『嬉しそうですねぇ。何かいいことでもあったんですか、仙堂さん』


 薄暗い書斎に響き渡る柳の声。正直に言えば、不快なことこの上ない。

 この男との会話だけは音量を絞るように設定してあるはずだが、それでも耳につくあたり、私が本当にこの男を気に入っていない証拠なのだろう。

 にも関わらず、柳からの定期報告は欠かすことはできない。今のところ、重要な情報は彼を除いては得られないのだから。

 ――『今のところ』は、だが。


「ええ、今日は私にとっても彼にとっても特別な一日ですからね」

『彼? 特別な一日? ……なにやら興味のある話ですねぇ』

「柳くんにも紹介しますよ。なにしろ、私たちの『野望』の新戦力となってくれる方ですから」


 自らの為したいことを『希望』や『望み』などとは呼ばない。 

 私が目指しているものは高尚なものではないし、まして綺麗なものでもない。

 『復讐』には終わりはない。この世に実在する、連鎖する地獄。

 そんな薄汚いものを『希望』などと呼んではならない。

 狂人の願いなど、常人にとっては悪夢そのものなのだから。


 果たして『彼』はどちらだろうか。


 ようやく見つけたピースの繋ぎ手。ほつれた糸を一つずつ縫い合わせていく紡ぎ手となる存在。

 常人でも狂人でも、どちらでもいい。

 私の野望を少しでも実現に近づけてくれるのなら、どんな人間だろうがいとわない。

 二年前、地方の研究発表で出会った、若い研究員。

 彼の名は――、


「日高ナツ。それが、我々の救世主となってくれる男の名です」




  ◆ ◆ ◆

 

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