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第十三話 : 特別な一日(1)

 

 夕凪家の中で一番先に起きるのはいつもわたし。

 その次がママで、パパは一番最後にあくびしながらリビングに来るのがいつもの順番だった。

 最近はパパが研究所に寝泊りして家にいないことが多いから、あのだらしないあくび姿を見ることは少なくなった。その代わりにママの寝起き姿がだらしなくなったけど。


「女しかいないところで気合入れたってしょうがないでしょうに」


 ……娘にだらしないとこ見せるのはいいのか。

 こんなママだから、パパが昨夜帰ってきたのかどうかは寝起き姿ですぐにわかってしまう。

 ママがだらしない姿の時は研究所に寝泊り決定、どことなくセクシーな姿の時は家に帰ってきてるわけで。『男の前で『女』でいられなくなったら終わり』といつも公言してるだけあるよ、ホント。

 そんなママが、今日だけはわたしよりも早く起きて、パパがいないのにも関わらず朝から髪も服装も化粧もビシッと整っていた。


「おお、朝から気合入ってんねママ」

「もちろんよ。今日は特別な日だからね」


 そう、今日は特別な日。

 パパの研究の集大成、砂漠に花を咲かせるあの実験の成功のお祝いと、今まで研究に携わってくれた研究員たちへの労いを込めた祝賀会が、今夜研究所で行われるんだ。

 研究所で一番広いラボを使っての祝賀会。そしてその主役は、この研究のパイオニアであるうちのパパとその第一助手であるナツ兄ぃ!

 今回の祝賀会にはパパの昇進のお祝いも兼ねている。教授から博士へ。給料が約十倍に。ママ大喜び。というわけで気合入りまくりなママだった。


「祝賀会始まるのって今夜でしょ? こんな早朝からパーティドレス着なくてもいんじゃないの?」

「ただチェックしてただけよ。あとの時間はアンタのために使うつもりだからね。ふっふっふ」

「げ。ママ、目が怖いんだけど」

「女は見られることを意識して魅せることを覚えるの。アンタもせっかく女に生まれたんだから、この機会に魅せる力を養っておきなさい。いつまでもナツの一人や二人で手こずってんじゃないの」

「……ぶー」

「さぁサン。メイクアップって言葉の意味を、骨の髄までしっかりと叩き込んであげるわ」


 わきわきと指を動かしながら笑顔で迫り来るママ。

 えっと、単にわたしをおめかししようとしてるってのはわかるんだけど……、なんでそんな言い方? なんでそんな笑顔? なんでそんな変な威圧感振りまいてんの?


「い、いや、だからまだ朝だし、今から準備するのは早すぎるんじゃ……」

「こういうのに早すぎるも何もないの! むしろ遅いくらいよ! そうやって後回しにすればするほど他の女に出遅れたりするの! アンタくらいの歳にこそ、そういう意識を早いとこ持っておく必要があるのよ!」

「なんか会話が微妙に噛み合ってないんだけど〜!」




  ◆ ◆ ◆




「……なんか、変だよね。噛み合ってないって感じ」

「そうか?」


 ――日高家のリビングから、二人の話し声が響く。

 昼食のサンドイッチをもぐもぐとほうばりながら、ナツはサヤの言葉にあっさりと答えた。

 その返答に納得のいかない表情を浮かべながら、サヤは目の前にいる兄の顔を見つめる。少し頬のこけたその顔が、この二年間のナツの研究への入れ込み具合を顕著に示していた。

 そこまで入れ込んでいた研究から今日限りで身を引く――その言葉に、サヤは引っかかっていた。


「サンは喜ぶと思うよ。あの娘はお兄ちゃんのことすごく心配してるから、研究から身を引くことでもうお兄ちゃんが無茶しないだろうって。……だけど、お兄ちゃんはそれでいいの?」

「なにが?」

「身を引くってことは、第一助手を他の人に引き継がせるってことでしょ。ようやくここまで軌道にのってきた研究を今さら他の人に任せていいの?」

「ははっ、あの研究は俺のもんってわけじゃねえし、俺なんかよりも優秀な助手は今はたくさんいんだよ。むしろ、俺なんかが居た方が珍しかったくらいだしな」

「じゃあ、なんでこのタイミングなの?」


 その質問への返答に、ナツは少し間を置いた。

 その『間』にこそナツの本心がある。サヤはそれを見抜いていた。


「……他にやりたいことが見つかったんだよ。だから、今回の実験の成功がちょうどいい潮時だと思ったんだ」


 その言葉に、サヤは思わず笑みをこぼした。

 ナツはウソをつかない。それが彼の誇りであり、信念であるから。妹であるサヤはそのことをよく知っていた。

 だからこそサヤは笑みをこぼした。

 その言葉からは、どうにかウソを含まずにサヤの疑問をやりすごそうとしているナツの必死さが、ありありと窺えたのだから。


「相変わらずバカ正直だよね、お兄ちゃんは」

「……褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」

「貶してるよ」

「貶してんのかよ! ったく、ウソでも褒めてるって言えよな」


 昼食を食べ終わり席を立つナツ。サヤに反論しながら、ソファに掛けておいたスーツを身にまとう。


「今日はさすがに白衣じゃないんだね」

「今日は研究じゃなくて、お祝いだからな」


 久しぶりに見るナツのスーツ姿を見ながら、サヤは少し感心した。

 こういう格好をするとそれなりにしっかりした人に見える。とても普段、イスの背もたれを飛び越えてから朝食をとるようなドタバタした人には見えなかった。

 同時に、疑問も一つ生まれた。

 ナツが手に持っているバッグは、スーツ姿には不釣合いな、パンパンに膨れ上がったボストンバッグだったから。


「ねぇ、お兄ちゃん――、」


 おそらくそのバッグの中身を訊ねれば、ナツは正直に話してしまうか、困ったような顔をしながら何も言えなくなってしまうだろうことをサヤは知っていた。だから敢えて訊ねない。

 代わりにサヤが訊ねたのは、ナツの不自然な行動や言動の元となっている、核心部分。

 忘れてしまったはずの、ある少女のことだった。


「――思い出したの? 彼女のこと」




  ◆ ◆ ◆


 




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