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第十話 : 兆候

 

 研究発表まで、あと三日まで迫っていた。

 唯一の助手であるナツ兄ぃが泊り込みで研究を進めたって、費用は自費、さらに人員二名なんていう小規模運行ではさすがに進展具合にも限界がある。

 それでもなんとか発表用のスピーチ文、研究の有用性やその成果を表す人工苗なんかも出来あがって、あとは身体を休めて発表に備えるだけだった。

 なのに、ナツ兄ぃだけはそうしなかった。

 いつまでも苗の様子を眺めたり、スピーチ文の内容も手直しをしたり、今回の発表ではまだ発表する予定のなかった部分まで盛り込めるんじゃないかと画策したり。ほとんど毎日あまり睡眠も取らずに頑張ってきてようやくパパも満足のいく出来に仕上がったというのに、ナツ兄ぃだけはそれでもまだ満足していないようだった。


「ナツくん、もういいんですよ」

「でも教授、まだ三日も残ってるんですよ? 教授だって今回の発表でまだまだ言い足りないとこ、たくさんあるじゃないんすか!」

「無理に詰め込んだところで、成果も実績も根拠もない研究に説得力などありませんよ。それなら初めからいれない方がいいんです」

「でも教授!」

「ありがとう、ナツくん。君には本当に感謝してます。君がいなければこの研究は発表すらできなかったでしょうから。それを思えば今回の内容でも私は本当に満足しています。ですからもういいんです、君は本当によくやってくれました。あとは身体を休めて発表に備えましょう。いざ発表という時に身体を壊してしまっては元も子もないですよ」

「……わかりました。じゃあ発表とは関係ない部分の研究は続けてもいいですよね?」

「え? い、いや、ですからね」

「心配しなくても大丈夫ですって。俺は身体だけは人一倍丈夫っすから。たかが一ヶ月くらいの徹夜なんかでぶっ倒れたりしませんよ」

「え、え〜っと、そういうことではなくてですね」

「もちろん発表の時の雑用もちゃんとしますから。さぁ、それじゃ研究室いってきますね」

「ナ、ナツくん? 私の話をちゃんと聞いてるのかな? ナツく〜ん?」


 馬の耳に念仏。暖簾に腕押し。パパの心、ナツ知らず。

 パパの柔らかい言い方での休息の勧めも無視して、ナツ兄ぃは研究室へと戻っていってしまった。

 あとに残ったのは情けない顔のパパと、ため息ついてるママと、『マジこいつ頼りになんねー』って顔で思い切り不機嫌なわたし。パパの言うことだったら聞いてくれると思ってたんだけど、効果なしだったみたい。

 わたしたちがどう言っても、いくら言っても、ナツ兄ぃの態度は変わらなかった。

 朝は誰よりも早く起きて、夜は誰よりも遅くまで研究室にこもって、いつ寝てるのか、いつ休んでいるのかもわからないくらい、ナツ兄ぃは研究に没頭していた。

 正直、なんでそこまで頑張るのか、わからなかった。

 パパが頑張るのならわかるよ。わたしが産まれる前から取り組んでいた研究だし、今度の研究発表で少しでも認められて支援してもらえるならそれこそ飛び上がるほど喜ばしいことだろうし。

 でも、ナツ兄ぃにとってはそうじゃないのに。

 ナツ兄ぃがパパの助手になったのはもちろん研究内容に興味があったことはあったんだろうけど、一番大きな理由が従姉妹であるママが頼んだからだった。普通に助手を付けることになったならその分の報酬を用意しなくちゃいけないけど、ナツ兄ぃは『晩メシ作ってくれんなら手伝うよ』って、たったそれだけの報酬でパパの助手を引き受けたんだ。

 この研究がもし大成功して世間から脚光を浴びることになったって、ただの助手であるナツ兄ぃが賞賛を浴びることはないっていうのに。


「なんでそこまで頑張るの?」


 不自然すぎるほどのナツ兄ぃのあまりの頑張りように、素朴すぎるほど素朴な疑問を投げかけてみた。

 普段は自分がまだ小さな子供であることを歯がゆく感じているわたしだけど、こんな時くらいは子供である特権を使ってみたりもするのだ。ここらへんに多少ママの遺伝を感じるのは少し複雑だけど。

 ナツ兄ぃ少し困った顔をしながらも、答えてくれた。


「……恩返し、ってとこかな」

「恩返し? パパへの?」

「それもそうだけど、ミオ姉ぇやお前に対してもそうだな」

「え、わかんない。わたし、ナツ兄ぃに何かしてあげたことなんかないよ? って言うか、いつも構ってもらってるのわたしの方じゃない」

「そうでもないって。お前がいてくれたから助かったこととか結構あるんだぞ」

「……マジっすか?」

「だからホントだって。お前には感謝してるよ、サン」


 くしゃくしゃとわたしの頭を撫でながら、ナツ兄ぃは笑った。お日さまみたいな、ピカピカした笑顔だった。

 その笑顔を目の当たりにして、反射的に顔を伏せてしまった。

 ……やばい、顔を上げらんない。絶対に今のわたしの顔を見られたくない。

 だってそうでしょ、絶対ヘンな顔してるもん。ニヤけながら真っ赤な顔してるもん。ヘンタイみたいだもん。もしくはただのバカ。うわ、そんな顔、絶対見られたくない。

 結局その笑顔に負けて、その場ではそれ以上何も訊けなかった。


 ――ホントに、バカだった。


 もっとしつこく問いただしていればよかった。

 もっとナツ兄ぃのことをよく見ていればよかった。

 そうすれば、気付いていたかもしれないのに。

 ナツ兄ぃが頑張っている理由が『恩返し』なんかじゃなくて、わたしたちへの『罪滅ぼし』だったんだって、気付いていたかもしれないのに。


 

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