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第八話 : 二つの報告

 

「おはよ、サン」

「ほっほ〜、おっはよ〜ミイちゃん♪」

「おお? なんか前より機嫌いいね。気持ち悪いくらいニヤニヤしてるし。例のナツさんって人と進展あったの?」


 一週間ぶりの登校日。そして、一週間ぶりのミイちゃんへの進展報告の日。

 なるべく押し殺すようにしてるつもりなんだけど、それでもバレてしまうくらうニヤニヤしてるんだろうか? しかも気持ち悪いとか言われてるし。でも許しちゃう。それくらい上機嫌。

 ふっふっふ、今回こそはミイちゃんに一泡ふかせられるネタ満載だよ。


「上官殿! 報告は二件であります!」

「うむ。話してみよ」

「まず一つ! ……キス、しちゃった」


 いきなりの爆弾投下に、さすがの上官も一瞬動きを止めた。

 そのままギギギと故障したロボットみたいな動きでこちらに視線を向けるミイちゃん。うわ、目が怖っ。


「ミイちゃん、目、血走ってるよ」

「キ、キキキ、キ……!」

「うわ、ミイちゃんが壊れた」

「キ、キキ……キスですって〜!」


 普段は温厚なミイちゃんが、わたしたちと同じく学校へと向かう生徒達がチラホラいる通学路のど真ん中で、キキキキ言いながら、さらには大声で叫びだした。

 もちろん周囲の視線は全てミイちゃんが独占。隣にいるわたしにも数多の視線がビシバシと飛んでくるわけで。

 ……いやあ、テレちゃうな。


「キキキ、キスってやっぱ、口と口? マウストゥマウス? それともほっぺなんて甘っちょろいこと言わないでしょうね? おでこなら、……ちょっとアリかも」

「もちろん口と口です、上官!」


 歯と歯でとも言えるけど、歯も口の一部ってことでOKにしておこう。ウソは言ってないつもり。

 その言葉に何か衝撃波のようなものがこもっていたんだろうか? 追加砲撃をくらったミイちゃんはのけぞるように上体を逸らして停止して、バネのように勢いよく戻ってきた。右手の親指をグッと突き出したままで。


「よくやったーー!」


 ミイちゃん、会心の笑顔だった。


「なんでなんで!? いつの間にそんなに進展してんの!? どっちから誘ったの!? まさか向こうから!? やっぱり大人っぽく優しくエスコートしてくれたの!? それとも荒々しく奪われる感じ!? ヒャー、うそみたい! アンタ奪われちゃったの!? これからサンのこと、師匠って呼んでいい?」

「あ、あの、ミイちゃん」

「なに、キス師匠」

「キス師匠って……ミイちゃん、ネーミングセンス悪いね」

「ほっといて」

「あのね、キスしたのはホントだけど、ナツ兄ぃが寝てる時にちょっとガチンといっちゃっただけだから奪われたとかそういうのじゃないんだよね。どっちかって言うと奪ったって感じ。ナツ兄ぃはぐっすり寝てたから、キスしたこととか全然覚えてないんだ」

「な〜んだ、寝込みを襲ったんだ。でもよくやったわねサン。……ガチンって、ちょっと擬音おかしくない?」


 いや、あれはガチンで合ってるよ。真相は恥ずかしくて言えないけど。

 それでもフンフンと鼻息が荒いミイちゃん。寝込みを襲ったって言ってもキスの事実にはご満悦の様子だ。

 ママもわたしがナツ兄ぃを好きなことは知ってるけど、実際に相談にのってもらうことはない。一度だけのってもらったことはあるけど、出してもらった案がわたし向きじゃないと言うか、子供向きじゃないと言うか、恋愛初心者のわたしにはとても不可能なものばかりだった。『キズつけられる前にキズつけちゃえば?』とか『相手の心を染める前に自分自身をまず騙しなさい』とか。哲学的と言うか専門的すぎると言うか、全然カケラさえ理解できないんだから実行のしようがない。

 そんなわけでここ一年、恋愛相談はもっぱら親友のミイちゃんに頼りっきり。そんな長い間恋愛指南役を買ってきたミイちゃんにとっては、今回のキス事件は我が子が初めて立ち上がった時のような感慨深いものがあったんだろう。なんかすごい笑顔だし。

 さて、それはさておき。


「それでねミイちゃん。もう一つの報告なんだけど」

「あ、そういえばもう一つあったんだよね。ちょ、ちょっと待ってよ。いま心の準備するから」

「?? なんで心の準備?」

「あんな破壊力バツグンの爆弾放り込まれて心が乱されまくってるからね。さっき以上に殺傷能力の高いのがきちゃったらチビっちゃうかもしれないから」

「あ、だったら大丈夫。これはそんな大したことないから」

「そうなんだ、残念」

「残念なの?」


 ミイちゃん、刺激を求めるお年頃なのかな?

 二つ目の報告は宣言通りそんなに大した報告じゃない。でもわたしにとっては嬉しい報告。

 今月末、パパが講師として勤めている大学で各教授による研究・論文発表が行われるらしい。うちのパパも例に漏れず自らの研究成果を発表することが決定している。しかも今回はいつもの内輪な発表とは違い、有名な資産家や多くの博士号を持ってる人たちも招いているそうだ。

 教授陣にとっては自らの研究の有用性を発揮するまたとない機会。自費で研究を続けてきたパパにとってはスポンサーや後ろ盾を得るためにも、絶対に失敗できないチャンス。そのプレッシャーのせいか、最近パパが胃を痛めている場面をよく目にする。いつもはパパをないがしろにしているわたしでもさすがにちょっとは気を使ってしまうくらいの様子だ。ママはいつも通りだけど。

 それだけなら特にミイちゃんに報告するまでもないこと。それをわざわざ二つ目にもってきたのはもちろん、その研究発表がわたしの恋愛に関わっていることのわけで。


「その研究発表のおかげでナツ兄ぃがほとんど毎日うちにいるんだよ! 発表まで泊り込みだよ! もうわたし、今から家に帰るのが楽しみでしょうがなくて〜!」

「なるほどね。それでさっきの寝込みを襲った話につながるわけだ」

「ふっふっふ。うまくいけば毎日キスできるね」

「……お父さんが胃を痛めて大変だって時に、娘はよからぬことを考えてんだから」

「パパにはちゃんと感謝してるよ! パパがいなかったらナツ兄ぃがうちに通うこともなかったし。うわ〜、来月まで研究発表伸びないかな〜」

「そりゃないでしょ。偉い人が来るんだったらなおさら予定通りにするだろうし」

「ちぇ。わざわざ来るんだったらちょっとくらいゆっくりしてけってのよ」

「偉い人ねぇ。どんな人が来るのかな?」

「一人だけなら名前は知ってるよ。パパがよく言ってるもん、『その人に気にいられれば資金の心配はいらないのに』って」

「パトロンってやつ? そう言えば資産家も来るって言ってたね」

「確か名前は――仙堂って言ったかなぁ」




  ◆ ◆ ◆




『――どうしてまた、そんな地方の研究発表なんかに行く気になったんですか、仙堂さん?』


 問いかけの声が書斎の中に響き渡る。

 その声に振り返ると、モニター越しによく見る顔が映っている。

 問いの主はいつものとおりいけすかない表情でこちらを見つめていた。


「どうして、とは?」

『だってそうでしょう? どうせ聞くならもっと大きな場での著名な人物の研究や論文の方が聞き応えがあるでしょうに。仙堂さんが捜し求めているものがそんな地方なんかに眠っているとは考えにくいですがねえ』


 ヘラヘラと人をバカにするような笑みを浮かべて、柳は言葉を連ねる。

 この男は自分以外の人間を下に見ている節がある。自分のいる地点こそが頂点もしくはそれに準じる場所であり、それ以外の場所は見下ろすべきものだと言う偏見をもっている。

 それはおそらくこの男のコンプレックスからくるものだろう。

 だが、それは悪いことではない。

 この男の場合、それを一切隠そうとしないのだからわかりやすくて良い。それを内に秘めて一切表に出さない人間の方が何を考えてるのかわからないのだから。

 もしそういった類の人間だったのなら、私はこの男を『パズルの枠』の中に入れはしなかっただろう。


「そうかもしれません。しかし、案外そういった場所で掘り出し物が見つかることもあるのですよ。近くの大きな場所よりも、遠くの狭い所に眠っている価値があるもの。それを見つけて発掘するのは、私の唯一の趣味です。柳くんにとっては地味で意味のないことかもしれませんがね」

『ま、資産家として成功するにはそう言った風変わりな点がある方がいいんでしょうがね』

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

『ふ、そのつもりで言ったんですがねぇ』


 私にはその視線が蔑んでいるようにしか見えなかったが、彼にとってはそうでもないらしい。

 まったくもって歪んだ男だ。私が言えた義理ではないが。


『そこまでして仙堂さんが果たしたいこと。それは一体なんなんですか? そろそろお聞かせ願いたいものですがねぇ』


 その時の柳の表情は、この男にしては珍しく真顔だった。

 確かに、私は今までに彼に自分の目的を話したことはない。そのつもりもない。

 彼の役割はパズルのピースを集めること。それ以上の役割は望んでいないし、望んだところで彼には為しえない。

 所詮、私が買っているのはこの男の役職と野心だけだ。能力ではない。

 だが、もう六年も私の片腕として動いてきたのだ。少しくらいは明かしてもいいかもしれない。

 理解はされないだろう。

 この男も充分歪んでいるが、狂っているわけではない。彼は彼なりにまっすぐなのだろう。

 間違っているとわかっているのにその道を歩んでいる私こそ、狂人なのだ。


「そうですね。では、少しだけ話しましょう」


 モニターにまっすぐ向き合う。

 歪んだ人格の主と、自らを狂人と認めている者がモニター越しに向き合っているという、滑稽な光景。

 私たちの間には信頼などはない。なのに何年もこうして付き合ってきたのだ。彼が彼なりの野心を胸に秘めているのは間違いない事実だろう。

 私の目的が自分の野望のジャマにならないか、この男にとっては先程の問いはその確認にすぎない。

 どんな野心なのかは知らないが、どうせろくなものではない。――私の目的と同じように。


「柳くん。この世界には要らない人間が多すぎるとは思いませんか?」


 モニターの向こうで、彼はニヤリと微笑んだ。




  ◆ ◆ ◆

 

 

 一ヶ月も期間を空けてしまいましたが、連載再開です!

 同時進行していたもう一つの長編がようやく終わったので、今後はこちらに力を入れていけると思います!

 目指すは一週間に一度の投稿! 頑張ります!

 鮎坂カズヤでした!

 

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